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第五話:貴様は何者だ

 野を越え山を越えること、三日と五時間。

 艦(ふね)はようやく目的地にたどり着いた。

 『――識別コードATR-G_BS/0000009。艦名<ヴルドガーズ>。確認しました。第八ドックへの入港を許可します。おかえりなさい――』

 『<ヴルドガーズ>より管制。入港許可を確認。第八ゲートへ進入します』

 アンドロイド兵達のやり取り(合成音声)を聞き流しながら、正面モニターに映る故郷を眺める。一週間ほど前に出航した時と(当然ながら)何も変わっておらず、相も変わらずRLED(次世代大型LED)によるサーチライトやネオンが、都市を浮かび上がらせている。

 アトランディア本国が置かれるこの平原は今の時期、霧が多い。RLEDによって存在を誇張する故郷は霧の中で幻想的に浮かび上がるが、彼はどうにも好きになれなかった。

 (いつも思うけどさぁ。これじゃまるで、どこかのテーマパークだよ)

 子どもたちに夢と希望を振りまいていたという、かつて世界のどこかにあった巨大テーマパーク。形状は全く違うものの、そのメイン・ビジュアルである、ライトアップされた城を彷彿とさせる。子供のころに見た旧時代の映像にはそういったものが多く残っており、確かに彼は夢や希望をもらったものだ。

 だが大人になるにしたがって、そんなもの-夢や希望だ-はこの世界には存在しないことが分かった。分かってしまった。

 この世界にあるのは権力と暴力と財力のみ。強者であることが平和を享受する絶対条件であり、弱者はただそれにかしずき奉仕し、搾取されるためだけの存在だ。

 (ま、弱者っつーか動物だけどね)

 ふん、と鼻を鳴らして一人ごちる。

 『<ヴルドガーズ>、メインゲートを通過します』

 首が痛くなる程に高い、そして頑丈なゲートをくぐると、そこは別世界だった。中心にそびえ立つ円柱状の建造物と、その周辺に散らばる無数のビル群。

 ビルの屋上や中央部には赤いRLEDが配され、飛行物体への注意を促している。ほぼすべての窓には明かりが灯り住人の存在を示しているが、なぜかそこに人の息遣いは感じない。それは彼らが機械化人種(インプランター)――サイボーグであるせいだろうか。

 『ゲート通過。第八ドックまで四百メートルです』

 「はいはい。ぶつけんなよ」

 『了解(ラージャ)』

 操艦用アンドロイドの精緻な操作によって、<ヴルドガーズ>は狭いゲート内を滑るように進んでゆく。

 周囲は数十メートルの高さをもつ隔壁で覆われ、街中を見ることは出来ない。だが彼――アクザール・アローガンス・アトランディアは、この隔壁の外を知っている。

 都市の最も外側に位置する為、外周区とだけ呼ばれているここは、いわゆる貧民街だ。

 住人は戸籍も人権もない。都市を維持するために必要で、かつ市民と呼ばれる存在が嫌がること。売春や各種汚れ仕事、非合法の仕事を請け負うものが溜まる、アトランディアの闇。

 アクザールにしてみれば、なぜそういった存在を隔壁の中に置いてあるのかが分からない。都市部とはさらに別の隔壁で遮られ、二重の輪(囲い)の中で暮らしているとはいえ、あれらはただの駒であり、いくらでも代わりの効く大量生産品の歯車に過ぎない。

 アトランディアによって滅ぼされた亜人種の民。強靭な動物の遺伝子を持つ彼らは、アクザールにとってもアトランディアにとっても、道端の石ころと同じようなものだ。

 それをなぜ帝国の隔壁で囲っている(守っている)かといえば、要は弾除けである。

 外周区は万一本国が攻勢にあった場合の緩衝剤であり、同族への――アトランディアに攻めてくるのは奴らの同族しかいない――警告である。

 『攻めてくるのはいいが、まず同族を殺さなければこちらへは来られないぞ』

 そういう意味だ。

 外周区の連中を開放される心配はない。なぜなら、彼らは皆首に特殊なデバイス――デス・リングを付けられており、有事の際は脳に直接暗示命令が届く。さらに、デバイスには小さな爆発物も内蔵されている。首から上を吹き飛ばすほどの威力はないが、主要な血管を損傷させ、死に至らしめるくらいの威力はある。

 反乱や外部からの襲撃の際、これを使ってことを有利に進めるためだ。文字通り死の首輪なのである。

 『<ヴルドガーズ>第八ドックへ進入。接舷まで、5・4・3……』

 「やれやれ、やっと帰ってこれたか」

 アクザールはそう呟き、それが敗残兵のようなニュアンスを含んでいることに気付くと、思い切り顔をしかめた。

 「くそ。僕ともあろうものが、やっとなんて言葉を発するとはね。マジ腹立つ」

 アクザールがブリッジの床を蹴りつけると同時に、<ヴルドガーズ>が接舷した。艦に鈍い衝撃と重い音が響く。

 『接舷完了。作業員はただちに補給を開始せよ。整備要員は状況をアップロード。指示を仰げ。爆発物のシールド解除は現場の判断で。なお、その処理を現在の最優先事項とする』

 艦橋に詰めていたアンドロイド達が一斉に席を立ち、ヴィスコット少佐によってエンジン部に仕掛けられた爆発物の処理と、艦全体のメンテナンスを行うべく退出してゆく。

 一方操艦用アンドロイドは<ヴルドガーズ>に固定されている為、退出することができない。必要に応じて艦橋内をレールで移動することは出来るので、|彼(?)は床を滑るように移動してあちこちの端末を弄り始めた。

 「さて、と」

 アクザールは両手を例の光球に置いて、アンドロイド達の状態と作業内容を瞬時にチェック。問題のある個所やより効率化できる場所の命令文を書き換え、それが実行されるのを見届けてから立ち上がった。

 爆弾の処理は専門の部隊も呼んだので、彼が監督する必要はない。

 「じゃ、あとよろしく」

 『はい、艦長(アイ・サー)』

 無機質な声に背中を押されて艦橋を出る。

 カンカンと音を立てながらいくつもの階段と通路を抜けてゆくと、目の前に透明な円柱状の通路が現れた。乗艦用ロビーとの連絡通路である。

 いわゆる“動く歩道”となっているそれに乗って一人空を渡り、アクザールは対岸の建物にたどり着いた。

 「お疲れ様です、殿下。ご帰還をお持ちしておりました」

 彼が通路を進んだ先にあるエントランスで男が一人、アクザールを出迎えた。アトランディアの高級士官軍服を一部の隙もなく着込んでいる。その姿は数日前通信機越しに見た時と何も変わらない。口ひげは定規でもあてたのかというほど直線的にセットされ、服には塵ひとつなく、勲章は一点の曇りもなく輝いている。

 「ヴァルター、久しぶりだね」

 「はい殿下。お元気そうで何よりです」

 彼――ヴァルター・ブリストス大佐は、アクザールの軍事指導顧問であり、幾度かの戦いを共に駆け抜けた戦友であり、そしてアクザールの忠実な部下である。

 「早速で申し訳ありませんがこちらへ。アハトバーム博士がお呼びです」

 「やれやれ。一息つく暇もくれないのかい、あのじじい(魔法使い)は」

 思わずため息が漏れる。

 <ヴルドガーズ>内においてアクザールは、基本的に座っているだけである。適宜例の光球でアンドロイドの状態を確認し修正する仕事はあるが、常時そうしているわけでない。戦闘状態であれば話は別だが。

 とはいっても王都に比べれば格段に狭い行動範囲の中、それも閉鎖された艦内での長期間の生活は、やはり疲労がたまる。

 脳に埋め込んだチップやサイボーグ化されたパーツのメンテナンスは随時行っていたし、生体パーツも清潔に保ってきた。それでもまずは、自室で熱いシャワーでも浴びたいし、きちんとした施設で体のメンテナンスを受けたいものだ。

 だというのにまったく、人の都合を考えないところはアクザールが幼い頃から変わらない。

 「申し訳ありません。時間をずらすか、日を改めていただけるようお願いしてきたのですが。何しろ大変多忙な方ですので……」

 ヴァルターが律儀に頭を下げる。

 「はあ。いいよ別に。お前のせいじゃないさ、ヴァルター。進言してくれただけでも感謝しとくよ」

 「恐縮です、殿下」

 アトランディア内にはいくつかの“院”と呼ばれる建物が存在する。行政院、司法院、総括軍事院、外政院、そして技術院だ。

 各“院”は五~二十ほどの建物で構成された、それだけで一つの街と言える規模のものである。

 そして、各建物間は幾本もの空中回廊やチューブ・カーのパイプなどで接続されている“院”の間も同様に接続されている上、商業施設や娯楽施設なども隣接しているおかげで、アトランディアの市民は一度も外気に触れることなく一生を過ごすことさえできる。

 余談だが、このシステムを考え構築したのもアハトバーム博士だと言われている。若かりし頃の彼は都市計画院と呼ばれる、今はもうない“院”のトップとして、アトランディアの創造に力を注いできたそうだ。

 アクザールはヴァルターの案内に従って通路を曲がり(あーあ。こっちに行けばシャワーが……)、技術院と呼ばれる建物へ歩き出した。

 たった今降りてきた自らの艦を横目に空中回廊を歩き、チューブ・カーの駅へと向かう。

 「しかし、災難でしたな」

 護衛の意味もあって少し先を歩くヴァルターが話しかけてきた。

 「帝国内でもかなりの規模と装備を有する殿下の部隊を以ってしてなお、あれほどの被害を受けるとは。このヴァルター、思いもしませんでした」

 「あまり言うなよ。結構腹立たしいんだからさ」

 「これは失礼を」

 そうは言うが、アクザールの顔は苦笑していた。

 これが赤の他人や他の王族に言われたのであれば皮肉の一つも言い返してやるところだが、ヴァルターは別だ。長年の訓練で地に這いつくばらされ這いつくばらせ、戦いで辛苦をもなめ合った彼とは気心が知れている。

 生真面目な彼は心から主を心配しているのを、アクザールは分かっている。

 「今回の事態はさすがに僕も想定外だったね。ま、<SOCom>はほとんど失ったけど艦はほぼ無傷だし、壊されたとはいえ新型<SOCom>はなんとか回収できた」

 「それに敵の新型機のデータもある程度はそろえられました。殿下もご無事でしたし、あとはアハトバーム博士のご尽力があれば早晩、かの国への再侵攻も実現するかと」

 「ああ、そうだね」

 本当は今すぐにでも部隊を再編し攻め込みたいところだが、手持ちの戦力はほとんどなく、数をそろえるには帝国の王子と言えど時間がかかるのも理解している。

 そして何より、あのイレギュラー、<アルヴァリオン>とかいう機体についての対策を練らないことには、今回の二の舞になる。

 自分が留守の間に都市で起こった出来事(暴動やその鎮圧、資源の生産率やなにやらだ)についてヴァルターから簡易的な報告を受けながら、アクザールは彼と共にチューブ・カーに乗った。

 行先はもちろん技術院である。

 透明な真空チューブの中を走るチューブ・カーは全自動操作だ。

 技術院の中にその運行管理部門があり、そこに設置された大型コンピュータが都市中のチューブ・カーを制御している。

 シートベルトを締めてからものの数分で五キロ以上の距離を走りぬけ、二人は技術院に到着した。

 「ヴァルター・ブリストス大佐だ。アクザール殿下をお連れした。アハトバーム博士はいずこか」

 巨大な技術院のエントランスで、ヴァルターは案内用の女性型アンドロイドに用件を伝えた。

 『お疲れ様です、大佐殿。少々お待ちください』

 女性型アンドロイドはプログラムに従い、にこやかな顔と流暢な発音をして見せる。

 うなじから伸びたケーブルで有機的にコンピュータと接続された彼女は、目の前の端末に手を触れることなく情報を検索、提示した。

 『お待たせいたしました。アハトバーム博士は地下五階、専用の研究フロアにてお待ちです。案内は必要でしょうか』

 「必要ない。では参りましょう、殿下」

 「ああ」

 受付を離れ、主従はエレベータに歩み寄る。

 しかし王族が来たというのに出迎えるどころか、地下に招き入れるとは。相変わらずあのじじいのやることは分からん。

 というかアハトバーム博士以外が同じことをやったら、その場で不敬罪が適用され、射殺されるだろう。

 研究フロア直通のエレベータに乗り、減っていく数字を眺めながらアクザールが小さくため息を漏らした。

 視線を上げれば、休めの姿勢のまま微動だにしない副官の背中がある。

 アクザールはその背中に小さく話しかけた。

 「なあ、ヴァルター」

 「なんでしょう殿下」

 「……いや、なんでもない」

 「は――」

 ――勝てるよな。

 これまでの人生で初めて口にしそうになった弱気な問いは口から出ることなく、アクザールの胸の内にしまわれた。




*  *  *

 

 技術院地下五階研究フロアは、アハトバーム博士専用のフロアの一つだ。彼はこのほか専用の格納庫や金属の精製工場、薬品の生産調合施設などを各所に持つ。

 アクザールとヴァルターが足を踏み入れたのは、その中で技術開発を主とする一角だ。

 エレベータから降りた二人の前に、ローブ姿の人物が立っている。天井も壁も床までが白い廊下の中で、濃いグリーンのローブが異様に浮いて見える。まるで空間の染みだ。

 「ようこそ王子。我が居城へ――」

 相変わらず顔がはっきりと見えないフードの中から、ボイスチェンジャーで合成されたような気味の悪い声が響く。地の底から響くようなその声が、アクザールはこの上なく苦手だった。

 「帝国の領内で城なんて言えるのはあんたくらいのもんだ。ていうかまだくたばってなかったかジジイ」

 背筋に走る悪寒を振り払うように、アクザールはいつも以上に上から目線で声を出す。

 「そういう殿下もまたご健在で何より。かの国との戦いで戦力を失ったと聞いたときは、私も心配しましたぞ?」

 「はっ!心にもないことを。あんたが心配してたとしたら、僕に預けた新型機の方だろうに」

 アクザールからは殺気と言っても過言でないほどの気が溢れているが、彼より一回り以上も小柄なアハトバーム博士は臆することなく言葉を返す。

 「殿下はそう簡単にはやられませんからな。しかし私めが開発した新型機どもは未だ成長途中。殿下より弱いのでございますよ。弱きものを心配するのは当然の事と存じます」

 「けっ!」

 顔を歪めて廊下に唾を吐き捨てる。

 やっぱこのジジイ、いけ好かない。いつかぶん殴ってやる。

 「……ご無礼を、博士」

 苛立たしげに壁を蹴りつける主に代わり、ヴァルターが代わりに非礼を詫びた。

 「お気になさらず、副官殿。元気がいいのは何よりでございます」

 「は。それでは本題ですが。新型機の修理と、例の謎の機体。何か分かりましたか」

 フードがかすかに揺れ、首肯したことを示す。

 「ええ。ご説明しますので、こちらへどうぞ。……殿下、そんなに壁を蹴って靴の跡を残しても、貴方の靴の跡は一世紀以上たたないと価値が出ませんぞ」

 「うっさいよジジイ」

 「ほっほ」

 だらしなくズボンのポケットに手を突っ込んだ青年と、律儀な敬礼をしてくる軍人を従え、アハトバーム博士が廊下を歩き始める。後続の二人がカツカツと足音を立てているというのに、彼からは全くそれが聞こえない。ローブの裾を翻し、まるで滑るように廊下を進んでゆく。

 「さて……まず新型の<SOCom>ですが、こちらは先ほど私の格納庫に届きまして。現在はダメージのチェックが終わり、改修プランの修正をしている最中でございます。ずいぶんと手ひどくやられましたな」

 彼らのいる廊下は格納庫の二階部分に相当し、左側は強化ガラスになっている。眼下を見下ろせば、その先には広大な格納庫が広がっていた。

 こちらから見て格納庫の奥側には機体や資材の搬入口があり、そこから搬入されたのだろう漆黒の人型兵器がガントリー付トラックの上に横たわっていた。アハトバーム博士が開発した新型の<SOCom>だ。

 リーファルミアの駆る<アルヴァリオン>によって破壊された機体は、傷跡もそのままにがっちりと固定されている。コクピット部分に鋭い刺突痕、胸部や腹部、頭部に蹴り飛ばされたり殴られたりした際のヘコみや擦過傷が多数残されていた。

 「ダメージレベルは五段階評価で三・八。かろうじて中破と言われるレベルですな。修理にはややしばらくかかりましょう」

 トラックの周囲をせわしなく動き回り、漆黒の機体によじ登って作業を続ける人員に顔を向けながら、アハトバーム博士が説明する。苦心して開発し作り上げただろう機体が初陣でボロボロになってきたというのに、彼の声にはどこか状況を楽しんでいる響きがある。

 アクザールはそれが気に入らなかった。

 「なんか楽しそうだなあんた。自分の顔に泥を塗られたってのにさ」

 フードがぐりっとこちらを向き、影の奥からメガネのレンズらしきものが光を弾く。

 「ほっほ。まあ楽しんでいるのは否定しませんがね。今回の戦いでかなりのデータを取得できましたからな。殿下が機体を持ち帰ってくれたおかげで修理をし、データを反映させ、この子らはまた強くなることができる」

 アハトバーム博士はローブの中から端末を取り出し、画面に指を走らせる。

 「すでに改修プランはできていますのでな。資材が集まり次第改修に取り掛かりましょう。何、ややしばらくといっても……そうですな、四日以内にはなんとかなるでしょう」

 ヴァルターがわずかに首をかしげる。

 「四日――でなんとかなるのですか、博士」

 技術系は門外漢の彼にとって、これほどまでに破損した機体が四日やそこらでどうにかなるとは思えなかったのだ。外見はもとより、思い切りぶん殴られた機体は内部フレームにも歪みが出ていることは想像できる。

 さらにそれらをただ直すのではなく――フレームを直すのも一苦労だろうが――改修するという。その作業量は膨大なはずだ。いかに作業員が不眠不休のアンドロイドと言えど、短時間でどうにかなるとは考えにくい。

 だがアハトバーム博士は当然とばかりに頷き、大仰に腕を広げた。

 「なりますぞ、副官殿。すでにプランは出来ていると申し上げたように、私の頭の中には改修後のこの子らの姿が見えております。そこに至る道筋――設計図もです。聖(セント)・ネロウの新型機への対抗策盛り込みが無ければ、もっと短縮できたでしょうな」

 「……それだ」

 聖・ネロウの新型機、というフレーズにアクザールが反応した。強化ガラスから視線を引っぺがし、アハトバーム博士に詰め寄る。

 「ああ、それだよ。なあおいジジイ。あんたあの機体が何か知っているって言ってたよな。教えろ、今すぐに」

 彼の纏う空気が急に色を変え、燃え上がったような錯覚を受ける。

 狂気さえ孕んだかのようにギラついた瞳に見据えられ、しかしローブ姿の怪人はまるで動じなかった。

 「ほっほ。そうですな。では私の部屋へどうぞ。詳しくご説明――ッ!」

 「今、すぐ!と言ったはずだ、僕は!」

 さらに詰め寄ったアクザールが、アハトバーム博士の襟元を締め上げたのだ。相当腹に据えかねているらしい。

 「ぐ、む」

 「で、殿下!落ち着いて下さい!」

 アクザールの方が、アハトバーム博士より背が高い。彼は襟首を掴まれたまま、宙に持ち上げられた。

 慌ててヴァルターが主を止めにかかる。彼の力を以ってしても、アクザールの腕力に対抗するのは至難だった。なにしろ王子の体の方が、サイボーグとしての出力が大きい。

 それでもどうにか腕を滑り込ませ、両者を引きはがそうとする。

 「殿下、どうか落ち着いて下さい。博士も説明を拒んだわけではありませんぞ」

 「……ちっ」

 細腕からは想像できない力で持ち上げられていた博士の足が、地に戻った。

 「ごほ……ごほ……。や、やれやれ。せっかちなお人だ。そのように首を絞められては話すものも話せんというのに」

 軽くせき込み、アハトバーム博士は喉をさする。

 「ごほん。仕方ない、ではこちらの部屋でお話ししましょう。またぞろ首を絞められては敵いませんしな」

 ぎらりとアクザールの眼が光る。

 「……」

 「殿下」

 足を踏み出そうとしたアクザールを、ヴァルターが遮った。

 アハトバーム博士はちょうど彼らの右手にあるドアを開き、王子とその従者を招き入れる。

 自動的に照明がつき、室内の闇が払われた。ここが完全な防音設備の整った部屋であることは、シームレス構造の四隅を見ればわかった。

 内部には簡単なテーブルとイスが備え付けられており、博士はそこに二人を促した。自らは壁際に立ち、スクリーンのスイッチを入れる。

 正直なところヴァルターは、主の無礼でアハトバーム博士が気を悪くしたのではないかと冷や冷やしていたが、話し始めた博士の口調は至っていつも通りであった。

 「ごほん。さて王子。あなたが聖・ネロウで目撃した機体、あれはかの国で“救世機”と呼ばれるものです」

 「……“救世機”だァ?」

 「はい。世を救う機体、と書きますな。その力は凄まじく、天を裂き地を割るほどと伝えられます。が、これは誇張ではありません。ほとんど知られていませんが、五百年前に帝国が侵攻した際、かの機体は一機で帝国軍を押し返したのでございます」

 「なに……?」

 話の内容より、その話そのものがアクザールの眉を顰めさせた。

 肉体をサイボーグ化し、記憶さえ電子頭脳に移して劣化を防ぎ、事実上の不死を手に入れたと言っても過言ではないアトランディア帝国の国民だが、実はその技術が確立されたのはここ二百年ほどのことだ。

 「ちょっと待て、おい」

 さすがに五百年前にそんな技術はないし――故に生き証人などいない。無論、アクザールは五百年前の戦いについては知っていたが、帝国軍が押し返されたなどという話は知らなかった。

 つまりアハトバーム博士の言葉、それは――。

 「……王族でさえ知らない事実がある、といっているのか。お前」

 「御意」

 肯定の声には、自らの話による王子の反応をどこか面白がっている響きがあった。

 アハトバーム博士は簡単に認めたが、これは一大事である。。

 王族とは、国の全てを把握していなければならない。ましてこれほどまでに巨大になった国をまとめるのだ。知らない、では済まされない。

 「なぜだ。王族は宮殿の地下にあるデータベースに自由にアクセスし、そこにある情報を閲覧できる。僕の階位ならレベル四まで見れるはずだ。そこまでにそんな情報はないぞ」

 フードが軽く上下する。

 「これはその上、レベル五にでさえ載せていない情報ですからな。レベル六に相当します。閲覧できるのは国王のみでございます」

 「レベル六だと……?誰がそんなものを設定した」

 いや、聞くまでもない。果たして答えは、アクザールの予想通りだった。

 「無論私ですよ」

 ガタンと音を立て、王子が立ち上がる。

 「貴様、いったい何者だ」

 アクザールは今初めて、このアハトバームという人物を“胡散臭い”ではなく、“危険だ”と感じた。目を細め、殺気を漏らし、返答いかんでは命を奪うという意思を示す。

 ヴァルターもまた主の意図を察して出入り口付近に移動し、逃走経路をふさぐように立ちはだかる。

 「貴様の話も権限も、一技術者が知りえる、持ちえるものじゃない。それは父上――国王のレベルだ。国を動かせる階位の権限だ。なぜそれを貴様が使える。もう一度聞く。貴様、何者だ」

 アクザールの手が、腰に下げた拳銃にかかる。

 自分に向けられる敵意も殺気も受け流し、アハトバーム博士はくつくつと笑う。

 「王子。今重要なのは私の正体ではなく、件の機体のことではないのですかな?その銃で私を脅しますか、撃ちますか。そんなことをしてごらんなさい、私は二度とあなたに――いや、この国に協力などしませんよ」

 声は笑っているが、博士の纏う空気は急に鋭さを増した。一触即発の空気がピリピリと肌を刺す。

 彼は本気だろう。

 アクザールが尋問や拷問めいたことをすればその瞬間、博士(自分)はアトランディア帝国を見捨てる。もはやこの国は、この人物(ワタシ)なくして発展を望めないが、それでもいいのか、と。

 アクザールは知っている。

 そういう風に、このアハトバームという人物が手を尽くしてきたのだということを。国を治める王族に対し、国そのものを盾に取れる出来るほどに、権力を影響力を持っていることを。

 『国の維持は可能でも、これ以上の発展は難しい』

 忌々しいが、そういうことだ。

 さてどうする?

 フードの奥で妖しく光る眼が、そう問いかけている。

 「……クソジジイめ」

 睨む視線はそのままにヴァルターを下がらせ、アクザールは自らも拳銃から手を離した。

 「結構。さて、では話を続けてもよろしいかな?かの“救世機”を打ち負かす術を、これからご説明いたしましょう――」

 底知れぬ笑い声をあげ、アハトバーム博士はスクリーンに向き直った。


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