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第四話:聖・ネロウ

 「わあああああッ!!!」

 「ありがとう……本当にありがとう!」

 「ひめさまー!」

 『お、おおう。こりゃすげぇ……』

 戦いの事後処理をカーリック大佐やヴィスコット少佐達に任せ、一足先に本国に帰還した俺こと<アルヴァリオン>と友軍<E・A>の一団。

 崩れた――っつか俺が崩した城壁を避けて正規の門から入るや否や、俺は空気を震わせる大歓声に出迎えられた。

 戦闘前、つまり<アルヴァリオン>として目覚めた直後はリーファルミアにせかされるままぶっ飛んできたからな。

 じっくり見る間もなかった見慣れない街の物珍しさもあり、<アルヴァリオン(俺)>はあちこちを見回した。

 「ふふ、驚いたみたいね」

 映像になってもぴょこぴょこ動く俺の後ろ髪を眺めながら、リーファルミアが微笑んでいる。

 『おう』

 老若男女、あらゆる人々が壊れた家屋や通りからこちらを見上げ、ちぎれんばかりに手(と、耳やシッポ)を振っている。

 ひざまずき涙を流している老婦人、拳を振り上げ感謝を叫ぶ男たち、<アルヴァリオン>やその背後につき従う<E・A>部隊の横を共に走る少年少女達。

 「……よかった」

 『ん?』

 今にも泣きそうな声が聞こえたので振り返って見ると、リーファルミアは眉尻を下げて涙を浮かべながら笑っていた。

 「みんな、無事でよかった……」

 『そうだな』

 俺のおかげだなって胸張りたいところだが、最後爆弾仕掛けて実質的に退かせたの俺じゃねぇからな。

 『……で、ここが聖・ネロウ王国か』

 務めて明るい声で話題転換を図る。

 幸いリーファルミアはそれに乗ってきてくれた。

 「……そう、これが聖・ネロウ王国。あなたが守ってくれた国よ」

 『守ったのはお前さ。俺は手を貸しただけだよ』

 ざっと眺めた感じ、聖・ネロウの街並みはよくあるファンタジー世界のそれに近いな。

 木やレンガで造られた、三角屋根の民家。石を敷き詰めた街道。

 王宮を中心かつ最上部とし、円状に下がっていく形に街が広がっている。

 「王宮からは東西南北に延びる街道があるわ。今通っているのもそこよ」

 東側には山脈があるので、実質的に西・南・北が王都への出入り口だ。

 「見てのとおり、ここは山岳地帯だから港はないけど、陸路での物流が盛んなの」

 『ほう……』

 戦時中でなければかなり美しいであろう街並みは、だが今回の戦闘で城壁近くに被弾したため衝撃で崩れているものも多い。

 数十年に渡る戦いで疲労の蓄積した建造物は、耐久性が著しく落ちているんだろう。

 実際、見た感じそれほど頑強な建物、例えば鉄筋コンクリートとかじゃないからな。

 特に街道から外れた路地なんかには、崩れた建物の慣れの果てみたいなのが散見できるし。

 俺がじっと瓦礫の山を眺めていると、リーファルミアが悲しそうにうつむいてしまった。

 「……私が小さいころはもっと綺麗だったのよ」

 『ここ五~六年ってとこか、崩れてから』

 「分かるの?」

 『まあな』

 <アルヴァリオン>の解析能力っていうより、こりゃ俺の単なる勘だけどな。

 「私が小さかった頃はね、パン屋さんからいい匂いがして、商店があって、露店も開かれてたの。特に今歩いているこの南街道。ここが王国のメインストリートなんだけど。休日ともなるとそれはもう、人々でにぎわったものよ。生誕祭の時なんてすごいんだから」

 『……いい国みてーだな』

 楽しそうに語るリーファルミアを見て、俺も自然と笑顔になる。

 「そう。いい国だし、いい人たちなのよ。国土も本来はもっと広くて、広大な農園と豊かな自然があったの。……もう何十年も前の話らしいけど……」

 『リーファルミア……』

 ……かける言葉が見つからねぇ。

 くそ、自分のボキャブラリの少なさが悔しいぜ。

 仕方なく意識を外に向けて通り過ぎる街並みを眺める。

 時速は約十キロ。かなり遅い。

 たぶん凱旋のパレード的な意味もあるんだろう。

 ゆっくりと歩を進めていると、リーファルミアがぽつぽつと話し出した。

 「この世界における世界地図にはね、聖・ネロウのあるロドノア大陸しか描かれないの」

 『そりゃまたどうして』

 ここも惑星であることは当然で、であるからには他の大陸もあるはずなんだが。

 「ロドノア大陸以外は暗黒大陸って呼ばれてるのよ」

 いわく、かつては全ての大陸の地図があったそうなのだが、大戦の中で失われちまったらしい。

 それでなくとも戦争中、それも負け戦で国は滅亡の危機に瀕しているってんだから、周りは必然的に敵の領土。

 そりゃ何もわからなくなってても不思議じゃねぇか……。

 「今ロドノア大陸にはふたつの人種が住んでいるわ。片方は私たち聖・ネロウに属する、強靭な動物の遺伝子をもつ亜人種(バイスター)。もう一つが私たちの敵、アトランディア帝国に属する、機械化した体と脳にバイオチップを埋め込んだ人々。ああ、人なんて呼ぶのも悍(おぞ)ましいわ!私たちは機械化人種(インプランター)って呼んでる」

 二つの種族は互いに、自らこそが『ヒト』という種であると主張し、互いを畜生、冷血種などと呼んで蔑視している。

 当然交流はなく、出会えばそこに争いが生まれた。

 「……その果てに戦いが起こったの。今も続いている、何百年にも渡る戦いがね」

 『何百年って……』

 そんなにやってんのかよ。

 「いつ始まったかなんてもうわからないわ。伝承じゃ千年前って話だけど」

 『せ……』

 かの有名な銀河全体を巻き込んだ戦争だって百年だぞ?

 戦争なんてそんなもんだというが、いやはやなんとまあ。

 時折<アルヴァリオン>の腕を振って国民に応えて見せながら、リーファルミアは淡々と歴史を語ってくれる。

 何も知らない俺としちゃありがたいが、女の子の悲しそうな顔は胸に刺さるぜ……。

 「今でこそ一王国としての規模でしかない聖・ネロウだけどね、かつてはこの大陸の三分の二に渡る広大な領地を治めていたの」

 王都を中央とし、大きく六つに分かれた各地には領主が置かれ、それぞれが州を名乗っていた。

 州にはそれぞれ特産物や特徴的な地形があり、それを生かした産業と交易で互いを成り立たせ発展していたそうだ。

 『じゃあアトランディアはよ?』

 今や帝国とまで名乗っているような国家だ。その頃からさぞ強硬な鉄血国家だったんじゃないのかね。

 「アトランディア帝国はその頃、むしろ弱小国家だったわ」

 リーファルミアは唇の端にあざけるような笑みを浮かべている。

 「私の国は自然を愛し一体となるような街を作って暮らしてきたわ。でも一方で<E・A>をはじめとする機械の技術は聖・ネロウ側のほうがはるかに上だったのよ」

 今でもそうだけど、とリーファルミアは自慢げに胸を張る。

 まあ、確かに今日初めて見たばかりの戦闘を思い返しても、<E・A>は単機で<Socom>の集団圧倒してたからな。

 「でもあいつら、ある遺跡を発掘してからメキメキとそっち方面の技術力を上げ始めたの。それは異常な速度だったと聞いているわ」

 アトランディアはわずか数年で、特に機械技術系で恐るべき進歩を見せ、聖・ネロウに属する付近の国家や領地を接収し、あっという間に膨れ上がっていく。

 「帝国を名乗りだしたのもその頃だったそうよ。そして現在の王が即位すると同時に聖・ネロウ本国にまで戦争を仕掛け、領土を奪いさらに大きくなったわ」

 リーファルミアの顔が憎々しげに歪められた。

 「あいつら質で勝てないなら量とばかりに、毎回毎回大量の兵器を投入してくるの。今回なんて少ない方よ」

 『でもこっちだってやられっぱなしってわけじゃなかったんだろ?技術力は上だったんだし』

 「そりゃそうよ。でもあの異常なまでの物量は……どうにもならなかったわ」

 聖・ネロウでは戦争が始まってしばらく経つと、亜人種(バイスター)の国としての守りをより強固にすべく、六つの州は統合されて三つの国と変わり、それぞれ統治者と軍が置かれるようになった。

 そうまでしてリーファルミアたちの国は善戦したものの、日々改良されていく帝国製の兵器の前に苦戦を強いられ、次第に追い詰められていく。

 そして今では――大陸のほとんどは彼らの物となってしまったってことか。

 「今聖・ネロウの人々はわずかに残った領地間で交易を行い、かつての繁栄を想いながら日々を過ごしている状態よ。明日をも知れない絶望と不安の中で、ね」

 『……』

 くそ、こりゃ思ったよりヘヴィーな状況じゃねーか。

 アニメじゃよくある話だろうが、自分で巻き込まれてみると全くどうしていいかわからん。

 察するに俺はこれから<アルヴァリオン>としてリーファルミアと共に戦い、この聖・ネロウって国を救うために動くんだろうが……。

 こいつは……とんでもないことになっちまったな……。

 「つい最近も友好国だった、王制を敷くカノト=アっていう小国が滅ぼされて、アトランディアの州として隷属とされてしまったの。あそこには王都から部隊を送る予定で編成が進んでいたところだったのに……ッ」

 外の喧騒とは裏腹に、リーファルミアの口調は悔しさと悲しさに溢れている。

 『そんなに強えぇのか、あいつらは』

 一人で三百もの人型兵器と戦艦を操っていた男の姿を思い出す。

 俺の世界じゃ一騎当千なんて言葉があるが、あの野郎はまさにそれだ。

 まあ敵に、それも敵であっても尊敬すべき相手にならともかく、女の子を雌犬呼ばわりするようなヤツにつける名じゃねえがな。

 「そうね。悔しいけどあいつらは強いわ。でもアトランディア本来の人口は、実はそんなに多くないと考えられているの。今の聖・ネロウで三千万人くらいなんだけど、アトランディア本国の人間はおそらくその半分にも満たないと予想されているわ。……あ、そこ曲がるから」

 『あ、あぁ』

 城壁から歩いて五分ちょっと。

 俺たちはメインストリートを逸れてさらに王宮へ近づいていく。

 『今更だけどよ俺たちどこに向かっているんだ?』

 てっきり軍事施設に向かってるんだと思ってたが、周囲には荘厳な雰囲気が漂っている気がする。

 俺の頭でも、この道の先が軍事施設に繋がっているとは考えにくいぞ?

 「王宮の専用駐機場よ」

 リーファルミアがあきれ顔をした。

 「軍事施設は損傷した<E・A>の受け入れで手いっぱいだもの。それに、この機体は普通じゃない(・・・・・・)でしょう。出自も所属も。自分でいうのもなんだけど搭乗者も。だから王族専用の格納庫に行くの」

 あぁ、忘れてた。

 『そういやお前、お姫様だったな』

 ぶん、と俺の映像が乱れた。

 『何をする』

 「いえ、ちょっと運動したくなっただけよ」

 『ひえ!?』

 リーファルミアは頬をぴくぴくさせながら牙をむいてやがった。

 おまけに縦長の瞳孔がきゅっと収縮……怖えぇっつーに!

 『あー、ごほん!話を戻すか!』

 殺気が!背中から感じる殺気がやばい!

 『さっきお前、アトランディアの人口ってそう多くねえ、って言ったよな?それって例のインプラントのせいか?』

 背後からの視線はしばらくして弱くなった。

 あっぶねぇ。マジ怖かった。俺映像で良かったぜ。

 「……正解よ。あの国では彼らの言うところの“人間(ヒト)”っていうのはほとんどいなくて、彼らが使役している機械や隷属とされた国の民の方が多いから」

 たった一人で数百からの機体を操作できるようなヒトが――それをヒトと呼んでいいんならだが――わんさといれば、たしかにそうなるだろうな。

 「ついでに教えると、今のロドノア大陸で聖・ネロウ王国民以外の、つまりどちらかの国の庇護下にない集落はまだ各地に点在しているけど、アトランディア本国の出身でない以上は皆ネロウの遺伝子を持っているわ。つまり亜人種(バイスター)ってことになるわね。でも一度奴らに掴まったが最後、アトランディアで死ぬまで奴隷扱いや見世物扱いされることになるわ』

 そいつぁ……なんともひどい話だ。

 『何とかして解放してやりたいところだな。……しかし、機械の方が多いのか。どっちが支配者なんだかなそりゃ』

 「まったくだわ」

 捕えられている同胞については多くを語らず、リーファルミアは肩をすくめた。

 「さ、ここよ」

 『ん?あれ?』

 いつの間にか周囲で歓声を上げていた連中の姿が消えている。

 後方カメラで確認してみると、そいつらはもう一キロも後ろでこっちを見ていた。

 高度は城壁より三百メートルは上がってきている。

 『ずいぶん上ってきたんだな……』

 「前、橋があるから気を付けて」

 『おう』

 正面の城壁外周を円状に循環し、要所要所で下へ流れていく小川。

 市街と王宮の敷地を区切っている川だと分かる。

 そいつに架かっていた橋を越えて城壁をくぐると、急に眼前が開けた。

 『おお、広い!』

 王宮らしき巨大な建物の周囲に設けられた、公園のように開けた場所へ<アルヴァリオン>と<E・A>の隊列は足を踏み入れた。

 ここから王宮までの間には長い石畳の道が伸び、距離はかなりある。ざっと八百メートルってとこか。

 それだけ離れてるにもかかわらず、聖・ネロウの王宮は目の前にあるほどの錯覚を起こさせるほど巨大だ。

 『で、デカい建物だなぁ……』

 俺が見上げるのに合わせて<アルヴァリオン>の頭部がぐぃーんと上を向く。

 さっきは急いでいたのでゆっくり見る暇なんか云々。

 「それはそうよ。王宮だもの」

 リーファルミアによれば、ここは先ほど出撃した場所の真反対に当たるって話だ。

 振り返れば、二十メートルはあろう壁。

 その内側や歩道には紋章のようなものが描かれた旗が翻っている。

 <アルヴァリオン>が横向きで寝そべられそうなほど広いストリートには噴水や樹木、彫刻などが配され、ここがすでに特別な場所なのだと訪れるものに示している。

 ……そんな美しく光あふれる場所だってのに、全くそぐわない武骨な物体がいくつか突っ立っている。

 <E(エンブレム)・A(アーキテクト)>だ。

 武装した人型兵器は一定間隔で配され、直立不動で通りを見下ろしている。

 センサーによれば人は乗っているようだが、こちらもちらとも見ない。まるで石像だな。

 ――いや、こいつらはまだいい。

 <E(エンブレム)・A(アーキテクト)>の名にふさわしく機体は艶やかな青で装飾が施され、武装もどこか儀礼的なものだからな。

 「本来ここは<E・A>がいるような場所じゃなくて、国民にも開放されていた憩いの場だったんだけどね。今はご覧のとおり、軍の施設と化しているわ」

 似つかわしくねぇのは――。

 『<E・A>だけじゃねーな。歩兵はともかく、戦車に高射砲にミサイルユニットみたいのまである』

 そう。

 <E・A>とは全く別物の、グレーで塗られた味もそっけもない完全な軍用車両が通りには駐車している。

 ファンタジックな街並みには全くもって似つかわしくない。

 というかどう見てもこれ、別の技術体系から生まれたものに見えるんだがな。

 どっちかつーと俺たちの世界にあったような。

 それをリーファルミアに聞いてみると、

 「ああ、あれは旧時代の遺跡からの発掘品よ。動かせそうだったから防衛用に置いてあるの。気休めだけどね」

 と答えが返ってくる。

 発掘品?これが?

 「結構新しく見えるがな」

 「専門の調査員が整備したからね。でもこれを使うときは国が滅亡する時よ」

 そらそうだろうな。

 ここは王宮、つまり国の中心の喉元だ。

 こんな所まで敵が入り込んでるとなりゃ、城下町がどうなってるかなんてバカでも分かる。

 『しかし発掘品(そんなもん)まで使うのか』

 「使えるものは何でも使うわ。悲しいけど、今は戦争中なのよ」

 リーファルミアは戦闘兵器群を迂回して、<アルヴァリオン>を建物の側面へ向ける。

 俺はぼけーっと、次第に角度を変えていく王宮を眺める。

 建物自体は北欧地方などで見かける中世の城を巨大にしたような感じで、四角い建物のあちこちから円錐状の屋根を持つ塔がそびえたっている。

 各円錐の頂点には紋章をかいた旗。

 建物は石……いや、違う。

 <アルヴァリオン>のセンサーが建物の外壁を走査する。

 石に見えるが、超高硬度に固められた未知の物質だ。

 セラミックに似ているが、より自然石に近い物質らしい。

 おそらくは天然ものじゃなく人工的に生成された物質だ。

 「この王宮は一度空爆でかなりの被害を受けてね。それ以降頑丈な素材で作りなおされた経緯があるそうよ。もう二百年以上前の話だけど」

 『……なるほどな』

 っつか国の最重要拠点に空爆って。

 それもうほぼ負けてんじゃん。

 再建された王宮はより要塞としての側面を強調したってリーファルミアが言ったが、外見だけは再建前とあまり変わっていないのだろうってことが、俺にもなんとなくわかった。

 『おぉ、すっげぇ……。デカいし、豪華だ。まるで王宮みたいだ』

 「王宮だってば」

 そこで生まれ育ったリーファルミアは、別段感傷も見せず歩を進める。

 『で、よ。その王宮まで来たは良いけど、俺たちどこに行きゃいいんだ?』

 「私が案内するから大丈夫よ。とりあえずは地下に入るから」

 『地下?』

 「そう。そこが王族やその守護を務める特別な部隊が待機している場所よ」

 王国内に<E・A>の駐機場は二つあり、片方は一般兵士用、もう一つは王族やその守護隊“王族(ロイヤル・)守護隊(ヴァンガード)”が使用する特別駐機場だ。

 王宮の地下にあるのが後者ってわけだ。

 『ってことはつまり、俺たちの後ろからついてきてるのはその、守護隊だかの機体ってわけか?』

 「今更だけどその通りよ」

 正面に頑強な金属製の隔壁が現れた。

 「聖・ネロウ王国王女リーファルミア・ネロウ・アーデルローテ!ただいま帰還しました!」

 外部マイクを起動してくれっていうから何かと思えば、リーファルミアのやつは大声で自分の帰りを伝えようとしたのか。

 「開門願います!」

 『承知しました。おかえりなさいませ、姫様』

 リーファルミアの帰還報告(ただいま)は誰かが聞いてたらしい。

 ゴゴンと重い音がして、隔壁が左右に分かれて開いていく。

 開き切った出入口は差し渡し二十メートルはある巨大な口を開けている。

 「これが通常の出入り口。これからはここを使うことになるから覚えておいて」

 『あ、あぁ』

 俺たちは後続の<E・A>と共に地下に降りてゆく。

 十メートルほど薄暗い通路を下ったところで、広大な空間に出た。

 強力な照明が真紅の機体に反射し、ギラギラと輝かせる。

 複数の人型へ気の足音ががんがんと反響して、かなりうるさい。

 『あれ?』

 「どうしたの?」

 『いや、後ろの連中が……』

 ずっとついてきていた後続の<E・A>たちが立ち止まり敬礼している。

 なにやってんだあれ。

 「守護隊は別の区画なの。いいから進んで」

 『あ、あぁ。分かった』

 「私の、ううん、私達用のガントリーはあっちね。『666番』」

 ……うーん。

 ――なにかこう、不吉を感じさせる数字だなおい。

 俺が眉をひそめると、リーファルミアは不思議そうにこっちを見下ろした。

 「変な顔してどうしたのよ」

 『いや、なにかこう、不吉を感じさせる数字だなーと』

 するとリーファルミアは不快気に眉根を寄せた。

 「失礼ね。不吉どころか聖なる数字なのよ?」

 『え、そうなのか?』

 俺の世界じゃ暴君を表す数字なんだがな。

 「そうよ。神様を表す数字だもの」

 それ邪神じゃねえだろうな……。

 俺は首を捻りながらも<アルヴァリオン>が封印されていたっていう隠し格納庫じゃなく、ごく普通の王族用特別駐機場を進み、指示された(666番)ガントリーに向かう。

 周りにはガントリーが設置してあったがはほとんどカラ。

 整備中と思わしき機体がフレーム状態で数機、所在なさ気に佇んでいるのみだ。

 なんか寂しい場所だな……。

 「――妃殿下!リーファルミア妃殿下ぁー!」

 『あん?』

 駐機場内に<アルヴァリオン>を進め、ガントリーに身を収めると同時に外部マイクがリーファルミアを呼ぶ声を拾った。

 『誰か呼んでるぞ?』

 「ミリ!」

 呼ばれたリーファルミアも大声を出した。

 『ど、どうした?』

 「ここ開けて!はやく!」

 『お、おう?』

 がこん、ぐぃーん。

 <アルヴァリオン>の胸部ハッチが開きだす。

 「う……んしょっ!」

 もどかしげに外骨格から体を引っこ抜き、ハッチが開ききるより前にリーファルミアは外へ飛び出した。

 「姫様ーっ!」

 「ミリ!よかった、無事で……!」

 リーファルミアがひしっ!と抱きしめたのは、その背丈の半分ほどしかない、小柄な人影。

 よくよく見ればその人影は、白いフリルのついた膝上丈のエプロンドレスに、頭にカチューシャと、よく見るメイド服姿の――。

 『……女の子、だよな』

 服装がそういうのなので、たぶん――いや間違いなくこの女の子は王族じゃないだろうが。

 たぶんリーファルミア付きのメイドかなにかだろう。

 ネコのそれによく似た耳とシッポがピコピコ動いている。

 ……やっぱそれ系、ついてんのな……。

 「姫様ぁ……。わたし、とても心配してたんですー!」

 「ごめん、ごめんねミリ。契約に成功した後すぐ出撃しちゃったから、貴方には何も言えなくて……」

 「千年も動かなかった機体を姫様が動かしたとお聞きした時はとてもうれしかったのですが。そんな骨董品ですぐさま出撃なされたと聞いたときはわたし、もう心配で心配で……」

 むかっ。

 骨董品とはなんだ骨董品とは。

 この国助けたのは自慢じゃあないが、この俺(とリーファルミア)だぞ?

 俺の中でこいつに対する評価がツーランク下がった音がした。

 「そんなことないわ。この機体のおかげで私達、助かったのよ。あなたもね」

 「……はい。ですがわたしには、姫様が無事に戻ってくれたことが何よりの喜びです」

 「ミリ……」

 ……そろそろいいだろ。

 『あー、あのよリーファルミア。盛り上がってるところ悪いがいろいろ聞きたいことが』

 「!?な、誰です!?」

 ミリ、と呼ばれた少女が飛び上がってあたりを見回した。細いシッポがピンと立ってら。

 「ぶ、無礼な!誰です?出てきなさい!」

 このガントリー内に俺達――いや、少女達以外の人影はない。

 だからだろうな、この少女は誰かが盗み聞きしているとでも考えたらしい。

 「違うわミリ。これよ」

 リーファルミアが俺を指さす。

 これってなんだよ。

 いやまあ見た目ロボだけどよ。

 「これ?いえ、そこには遺跡の<E・A>があるだけで……」

 『いや喋ってんのは俺だ、俺。このスーパーロボット<アルヴァリオン>だ』

 ミリの口がぱかりと開いた。

 「え……な!?<E・A>が喋ってます!?なんですかこれなんですか!?ひ、姫様!?」

 俺がくいくいとゴツい指で自らを指さすと、ミリっつーらしい少女が目を見開いて驚きを露わにした。

 だが惜しいな。

 『<E・A>じゃあない。カテゴライズが違う。俺は勇気と愛とガッツで動く正義のスーパーロボットなんだ』

 「は、はあ?」

 今度はぽかんとした顔をするミリ。

 リーファルミアが、はあ、とため息を吐いた。

 「あのねミリ。今喋っているのは、正確にはこの<E・A>、<アルヴァリオン>の管制AIよ。名前はクロガネっていうらしいわ。クロガネ、彼女はミリ・エクリエール。私の侍女よ」

 『おう、よろしく。俺のフルネームは城井鐡。故あってこの機体のAIとなった、元人間だ』

 「……あの、姫様?」

 そう胡散臭げな顔するなよ。

 俺だっていまだに訳分かってないんだ。

 「最後のは私にも分からないわ。っていうかもう全部分からないのよ、この機体。AIも武装も由来も、なにもかも。ようやく動いてくれたのはいいんだけど……」

 「そ、そうなのですか?」

 パイロットスーツ姿のリーファルミアは、豊かな胸の膨らみを抱えるように自らを抱き、俺を見上げる。

 細い腕で持ち上げられた膨らみがむにゅりと形を変え、より強調されてる。

 ――これはいいものだ。録画しておくか。こういうことが思うだけでできるのはマジありがてぇ。

 コクピットのモニターに『REC』の文字が点滅。

 誰も見てねぇしいいだろ。

 「そうなのよ。機動力や防御力は<E・A>の比じゃなく優れているのはいいんだけど。問題は武装ね。腕そのものがぶっとんでく兵器だわ、肩のアレは斧だかブーメランだかになるわ、あげくにビーム兵器までついてるのよ?それもとんでもない威力の」

 ほら、あの胸部分の光球よ。

 俺に自分の姿を録画されてるとはつゆほども知らずに、リーファルミアは<アルヴァリオン>を指さしながらかいつまんだ説明を聞かせていた。

 うむ。光球がムネで、とんでもない威力(男子的に)だ、確かに。

 ……じゃなくて。

 「そ、それは……。さすがは伝説の救世機、ですね?」

 「おまけによ?そういう武装を使うとき、なぜか大声で武装名叫ぶのよ、このAI」

 『音声入力式なんだ。しゃーないだろ。あとロマンって意味もあるが』

 「無駄この上ないわ」

 『ひでぇ!』

 俺の美意識をリーファルミアが一刀のもとに切り捨てやがった。

 実は各種兵装は外骨格の操作と脳波で起動させることもできるが、俺はあえて言わない。

 だって燃えがないだろ!スパロボは技名叫んでなんぼだろ!?

 「そもそもあなたAIなんだから、音声入力しなくても使えるんじゃないの?」

 ぐ、鋭い。

 確かにAIになってる俺なら、本来叫ぶ必要はねぇ。

 プログラム実行のコマンドを入力すれば各種武装は無言で使える。

 だが、やらない。だって燃えが以下略。

 『……』

 「だ、黙ってしまいましたよ、姫様」

 「……まあいいわ。ようやく動くようになった機体だもの。うちの技術班に隅々まで解析させて調整させる。できればAIの性格も変えて欲しいわ」

 『断固辞退する』

 「あ、喋った」

 「なんなのよもう……」

 当たり前だろが。

 せっかくこんなに燃える展開になっているのに、(出来るのかどうか知らんが)性格変えられて機械みたいな思考回路になるのは御免こうむる。

 「こいつのことは博士に任せましょ。この後なんだけど。ミリ、何か聞いてる?」

 「あ、えと、はい!エスペディート国王陛下から、姫様を謁見の間までお連れするように-と。そのあとは神官様や技術班との会談が予定されています!」

 ほけーっと俺を眺めていたミリは急いで視線を外し、主に向き直る。

 ――元気のいい子だ。それに表情もころころ変わって、見てて面白い。

 「分かったわ。シャワー浴びて着替えて、身支度を整えたらすぐ行くから。ミリ、手伝って」

 「はい!姫様!」

 颯爽とリーファルミアが歩きだし、ミリがそのあとに続く―っておいおい。

 『ちょ、ちょっと待ってくれリーファルミア。俺はどうしたらいいんだ?』

 「ほぇ?」

 不思議そうな顔をしたリーファルミアがくるりと振り向いた。

 「どうもなにも。そこにいてじっとしてなさいよ」

 『え、なんで?』

 「なんで、ってアンタ<E・A>、じゃなかったスーパーロボットとやら。要は兵器でしょう?なら格納庫にいるのが普通じゃない」

 それともまさか、その図体でついてくるつもり?とリーファルミアが首をかしげる。

 『む、む』

 うむ。言われてみれば確かに。

 俺は普通に彼女について行こうとしていたが、今の俺は<アルヴァリオン>。つまり全高三十メートルの巨体なのだ。どうがんばっても人間サイズの暮らしに入っていけるわけはない。意外な不便さを発見。

 「分かったらそこでおとなしくしててね。またあとで来てあげるから。いろいろ聞きたいこともあるし」

 『……分かった。了解だリーファルミア』

 「ぶ、無礼なAIですね!姫様を呼び捨てなんて!」

 ミリが憤慨している。

 「いいのよ別に。不思議とそんなに嫌じゃないし」

 「ですが!」

 「それよりほら、早く行きましょ。父さまを待たせるわけにはいかないわ」

 「あ、姫様ぁ!」

 「いいこと?そこでおとなしくしてなさいよクロガネ」

 スタスタ歩き出した主を追って小柄なメイド少女が走りだし、作業通路の先にあるアーチ形の出入口をくぐって二人は姿を消した。

 『……さて。とはいったもののな』

 急に静かになった。目覚めてからこっち、騒音と轟音と爆音の中にいたせいで、この静寂は耳に痛い。

 『なんか、一度にいろんなことがありすぎたよな……』

 俺は改めて、自分の置かれた状況を再確認してみる。

 ――ここは俺の夢の中、だったはずの場所。だがどう見ても現実だ。そして俺は、あのサンガじいさんが作ったはずのスーパーロボット<アルヴァリオン>の管制人格になっている。

 前世で俺は何冊かのライトノベルも読んだが、この状況はその中でもよくネタにされる、異世界転生もの、というやつだろう。ジャンル的にはTS――トランス・セクシャル系にも近い。

 『異世界に転生したら(多くの場合)女の子になってました!?』というやつだ。この手のラノベは結構好きで読んでいたが、まさか自分がそうなるとは思わなかった。

 『ただなぁ……』

 果たして転生してロボットになっている、というのはTSに入るのだろうか。いや、入るまい。そもそも性別どころか種族が変わったわけでもなく、ましてや高位生命体だの異次元生命体だのになりましたなんて話でもない。

 『しいて言うならトランス・ロボット、TRとかになるんだろーか』

 ぼそぼそとどうでもいいようなことを呟くロボットは、傍から見てかなりシュールだろうな。

 『…………』

 ためしに腕を持ち上げてみると、ゴウンと音がする。表面はかすかに光を帯びていたが、それは天井からの照明で光っているのか分からない程度のレベル。非戦闘状態であるため、<BRAVE>粒子の活性率を下げているからだ。

 がきょん、ぎょいん。

 拳を握り、開いてみる。作動音こそ物々しいものの、この手は俺の思い通りに動く。

 ぐーん。

 首も。

 うぃーん。

 足首も。

 ごぉーん。

 足そのものも。

 『俺の、生身の体みたいに動く』

 ゴンゴンと表面を叩いてみると、痛みはないが触っている感触は腕に伝わった。

 ――<アルヴァリオン>と搭乗者はダイレクトな連動操作のために、互いの動作を認識する必要がある。特に搭乗者は機体を自分の体の延長として扱うことになるため、触覚を含めた双方向のフィードバック機能が、この<アルヴァリオン>には搭載されている――のだそうだ。俺の記憶に焼き付けられた情報によれば。

 例えばパイロットが怪我をしてその部分を動かせなくなると、<アルヴァリオン>はフィードバック機能によってそれを感知し、怪我をした部分の動きを代わりに行う。逆に<アルヴァリオン>の損傷は操縦用外骨格に伝えられ、動きが鈍くなったり動かなくなったりする。

 今は搭乗者であるリーファルミアが乗っていないため、フィードバックは双方向ではなく機体から機体、つまり<アルヴァリオン(俺)>の中で完結している。

 がんがん。ごんごん。

 どこを叩いても当然ながら硬質な音が鳴り、関節を動かせばサーボ音が響く。

 『俺、マジでロボットになってるんだなぁ……』

 こんな状況になっても意外と落ち着いている自分に、我ながら感心するぜ。いくらロボットが好きでも自らがそれになっているなんてことになればパニくってもおかしくないだろうに、だ。

 おまけに俺は一度死んでいる、っぽいのだが、そのことについても『あー……マジか』くらいの感想しか出てこねぇ。

 『俺ってこんなにずぶとい精神だったのか……』

 ぼんやりと天井を見上げ、俺は一人ごちた。

 グレーの天井は高く、ライン上の発光素子が何本も走り、俺を照らしている。周囲を見回せば同じようなガントリーが壁いっぱいに備え付けられている。キャットウォークにも床にも人影はなく、この特別駐機場は静まり返っていた。

 っつーかよ。

 “お姫様”がのった“特別な機体”が帰ってきたってのに、この扱いはひどくねーか?なまじここに来るまで大歓迎を見てきたからな。もっとすごいのが待ってると思って期待していたっつーのに、これじゃ肩透かしだぜ。

 まぁ、もうじき他の機体も帰ってくるのだろうし、リーファルミアも戻ってくるのだろうが――。

 『……ずっとこれじゃ飽きちまうな』

 格納庫の外には人の気配を感じるが、中に入ってくる気配はない。

 休眠状態――要は寝てしまえばリーファルミア(パイロット)が来るまで俺は意識を飛ばしていられるが、それももったいない気がする。

 『どうしたもんかね……』

 と言ったところで右も左も分からん俺は、ぼけーっとするしかない。この巨体だとこっそりあたりを散策するわけにもいかないしな。なるほど、そういうところもまた不便だ。

 ――コツ……コツ……コツ。

 何度か時間を確認するが――まだ三十分もたってねぇ。暇だ。

 ゲームしてぇ音楽聞きてぇ漫画読みてぇ。

 『……ん?』

 ――コン……コン……コン。

 などと考えていると、音響センサーが二人分の足音をとらえた。

 「――こっちですぅ、博士」

 「分かってるよ」

 『ん、これは……。リーファルミアじゃねーな』

 パイロットとなった彼女の声紋はしっかりと記憶している。彼女の従者、ミリという少女の声も同様だ。だが今通路の向こうから聞こえてくる声はそのどっちでもない。

 「おぅ、あったあった」

 「お、大きいですぅ……」

 なんだかやる気のなさそうな声と、舌足らずで妙な語尾の声がだんだん近づいてくる。

 先ほどリーファルミアたちが出て行った通路を見ていると、人影がふたつ出てきた。

 片方は白衣を着崩した妙齢の――やはりケモミミとシッポのついた女性。もう片方はゴスロリ服を着た、ミリと同じくらいの少女だ。

 (ん?耳とシッポがない。いや、そもそも――)

 そもそも、生体反応がない。間違いなくニンゲンの形をして、喋って動いているのにだ。

 (いや、そうか。アンドロイドか)

 この辺の分析能力はさすがロボというべきか。アクザール王子の振動破砕槍と同様、ざっとスキャンするだけで構造が把握できる。

 「ふーん。思ったよりデカいじゃないか。それにまあ派手だねー。兵器としてみりゃ最低の色遣いだ。無駄な突起も多いし」

 むかっ。なんだこの女。

 白衣の女は俺の全身を眺めまわしながら無遠慮な視線を投げかける。

 「リーファルミアの話じゃ面白いAIが搭載されてるってことだったけど。おい、聞こえてるか、AI。聞こえてたら返事しなー」

 つーん。

 俺は無視を決め込む。いきなり現れて失敬な事言うようなやつはシカトするに限るからな。

 「……ありゃ?反応がないね」

 「一応稼働状態にはあるようですぅ。博士が失礼なことを言うもんだから怒ったんじゃないですぅ?」

 「はっは。バカ言うんじゃないよ。どこの世界にそんな感情豊かなAIがあるんだい?」

 「ここにいるですぅ。博士が作った私が、それに該当するですぅ」

 「おっと。そうだったね」

 ――いや、ほんとなんなんだこいつら。

 俺はかすかに首を動かし、二人を見下ろしてみる。その際首のモーターがかすかな音をたて、白衣の女はそれを聞き逃さなかった。

 「あん?なんだ、反応したじゃないか。こっちを見ているね。おーい。聞こえてるのかいAI。返事くらいしたらどうなんだー」

 『……誰だお前』

 思いっきり不機嫌そうな声を出してみる。気を悪くするかと思ったが、白衣の女はむしろ嬉々とした顔をしやがった。

 「おー、喋った喋った!ずいぶんと人間臭い反応をするプログラムだねぇ。面白い」

 『だから誰だと聞いてるんだよ。っていうか何しに来た』

 「あっはっは!不機嫌そうなリアクションまでしてみせるか!まるで感情があるみたいだ!」

 『……めんどくせぇヤツが来たな、なんか』

 ぎょーん、と<アルヴァリオン>の肩が下がる。生身の体でいえば、ため息をついて肩を落とした感じだ。

 「まあそういうなよAI。いや、クロガネ、だったっけ?」

 『誰に聞いた?いや、リーファルミアか。さっきんなこと言ってたしな』

 「会話ログからの推論も完璧。素晴らしいね!」

 感心しながら、女は俺の周囲のキャットウォークをぐるぐる回る。

 近づいて装甲表面を観察したり、こんこん叩いてみたり。

 「ふぅん。装甲も構造も<E・A>とは一線を画している。興味深いねぇ」

 「あ、あの博士?あまり近づかない方がいいですう。なんかコイツ、野蛮な顔してるですぅ」

 興味津々の女とは対照的に、アンドロイドは怯えもあらわに手すりを掴んでいる。

 『誰が野蛮だ誰が。例えお前がアンドロイドであっても、女に手を上げる俺じゃねえ』

 「!」

 ゴスロリアンドロイドがぴくっと驚く。

 「こりゃ驚いた。所見でこの子をアンドロイドと見抜く奴はそういないよ。さすがは古の救世機ってやつなのかね」

 『俺はロボだからな。んなもんは見りゃ分かる』

 ちょっと得意になる。

 「……し、」

 『ん?』

 なにやらアンドロイドがぷるぷるしてる。どうした、トイレでも――ってンなわけないか。

 「し、し……」

 『し?』

 「し、視姦されたですぅ~!!」

 『はぁ!?』

 いきなり何を言いだすかコイツは!?

 「視(み)られたですぅ~!全身をつぶさに観察されたですぅ~!あんな所やこんな所まで舐め回すように舐(ねぶ)るように!もうお嫁にいけないですぅ~っ!」

 『……』

 嫁に行くのか、最近のアンドロイドは。進んでるな。

 「あっはっは!」

 あからさまに嘘泣きをするアンドロイドと、唖然とする俺。そして大笑いする博士|(らしき人物)。

 なんなんだこの状況。

 「責任取るですぅ~!責任とって自爆しろですぅ~っ!」

 『誰がするか、阿呆』

 「口も悪いですぅ~!」

 『お前が言うなお前が』

 白衣の女は巨大ロボとアンドロイドとの言い合いを楽しそうに見ている。

 「面白い。こりゃ面白いねまったく。AI同士がここまで人間のマネをしてのけるとは。アタシのプログラムした疑似感情に負けずとも劣らずじゃないか。こりゃ――」

 リーファルミア(あの子)が、AIが自分を人間と言ってる、ってのもあながちウソじゃないのかもね。

 白衣の女はそうつぶやき、顔を引き締めた。

 「試すようなことをして悪かったね、AI。いや、やっぱクロガネって呼んだ方がいいのかい?」

 『そうしてくれ』

 未だに泣きわめいているアンドロイドをほっといて、俺は女に目を向けた。

 「アタシはリキュエル。リキュエル・フレーバー。この聖(セント)・ネロウの技術開発主任兼、旧時代遺物の研究第一人者で、博士って扱いになってる。よろしく、クロガネとやら」

 『ああ……よろしく。で――その博士が何の用だ』

 「そりゃもちろん、アンタを調べにきたに決まってるじゃないか。当然アンタ、自分がどういう存在か知ってるんだろう?」

 『実は今一分かってない』

 「……おや。自己存在概念(アイデンティティー)に問題あり、かねこれは」

 リキュエルと名乗った女はぽりぽりと頭をかき、アンドロイドに目を向けた。

 「リコ。いつまで嘘泣きしてるんだい。うるさいから黙っとくれ」

 「はーいですぅ」

 ころりと嘘泣きを収める、リコという名らしいアンドロイド。

 なにやってんだこいつは。

 「さて、と。アタシゃあんたから情報を引き出すつもりでここに来たんだけど。ここまで高度なコミュニケーションが取れるとなると、直接聞きだした方が早そうだね」

 『俺もそうしてくれるとありがたいし、こっちからも聞きたいことがある』

 「結構。互いの思惑が一致したね。じゃ早速だけど」

 『ああ、その前に一つ聞きたいんだが』

 「ん、なんだい?」

 一つ気になっていたことを、俺は聞いてみた。

 『なんでこの格納庫、俺のほかに誰もいないんだ?』

 「誰も……?ああ、他の機体ってことかい?いるじゃないかあっちに」

 確かに整備中らしいのは何機か見えるが……。

 『いや、あー……そうじゃなくてだな。まあいいか……』

 俺はどちらかと言えば他のヒト、という意味で聞いたんだが、当然の如くリキュエル博士は他の機体と言う意味で認識したらしい。

 『“お姫様”が乗った“特別な機体”が帰ってきたってのに、ヒトが誰もいないじゃねーか。こういう場合、普通は超絶的に歓迎されるもんじゃねーの?』

 ここに来るまでの、市民の皆さんみたいにさ。

 俺を見上げる二人が首をかしげた。

「歓迎するかは知らないけど、整備員たちなら外で待機してるよ。彼らを入れる前にこのアタシが調べる必要があるのさ。危険がないかどうかをね。遺跡同然の場所からようやっと動いたんだから」

 うんまぁ、外に人がいるのは分かってる。って……?

 『……遺跡?』

 そういやリーファルミアもそんなこと言ってたな。

 千年前からどうとかなんとか……。

 「そうだよ。アンタがいた場所は千年前から存在してた。もちろんアンタ自身もね。そんなもの、遺跡と大差ないじゃないか」

 だから、その辺の専門家であるアタシが来たんだよ。

 端末を片手に俺をスキャンしながら、その専門家さんが呟いた。

 「ちなみにここは王族専用の格納庫だけど、これまで王族が使ってきた機体は大半が別のブロックに封印中さ。もう使うことはないだろうからね」

 使うとしたら本土決戦の時さ、とまるで他人事のように言い放つ。リコが聞きとがめ、縁起でもないと言わんばかりの眼で睨んだ。

 ん?てことは、リーファルミアは今までどうやって戦ってきたんだ?察するに俺――<アルヴァリオン>に乗る前にも戦いはあっただろうし、その時彼女が乗っていた機体もあるだろう。それもここにないってのはどういうこったか。

 『なあ、博士。じゃあこれまでリーファルミアが使っていた機体はどうしたんだ?昨日今日で封印した、ってことはないんだろ?』

 ぎょいん、と<アルヴァリオン>の首が傾げられる。

 「……無駄に人間臭い動きですぅ」

 「いいじゃないかリコ。アタシゃ好きだよこういう反応。で、リーファルミアの機体だね。答えは、“ない”だよ」

 『は?』

 「だから無いのさ、彼女の専用機は。アンタが彼女の最初にして最後のお相手さ」

 『最初にして……最後?』

 はて。

 今度は腕を組んで考え込む<アルヴァリオン>。ああ、格闘機って関節の自由度高くていいな。表情付けが豊かにできる。

 「その辺はおいおい彼女に聞きな。ちょいと複雑な事情があるからね。アタシからはあんまり言えないよ。……それよりも、だ」

 リキュエル博士が身を乗り出し、変にキラキラした目で俺を見上げる。

 俺としてはもうちょっとリーファルミアの情報が欲しかったんだが、リコはもちろんリキュエル博士もこれ以上彼女について話す気はないみたいだ。

 「今はアンタの方だよ。アタシゃアンタって存在を調べたくてここまで来たんだ。答えてもらうよ、クロガネとやら」

 紫煙をくゆらせながら白衣のポケットに手を突っ込み、、今度は手のひらサイズの電子端末を取り出す。

 『あ、ああ。分かった。それはいいんだが……』

 「……今度はなんだい」

 話が進まないね、と言った顔をされた。

 こんな薄暗いところでこれ以上の長話をするのが嫌だった俺は、その顔を無視して聞いてみる。

 『できれば外に出られないか。風に当たりたいんだが』

 「……」

 「……」

 リキュエル博士とリコが黙りこくる。

 あー、ものすごく変な目で見られている。

 『……お前らが何考えてるか大体想像がつくが、頼むよ』

 「……風に当たりたいだの頼むだの、そんなこと言うおかしなAIは初めて見たよ」

 「キモイですぅ」

 『うるせぇ。特に最後』

 どうもこいつとはウマが合わねーような気がする。向こうもそう思っていそうだが。

 「まあ、いいだろ。アタシから申請してみよう」

 『まじか!』

 「え、ええ!?いいのですか博士!」

 俺とリコは、ほぼ同時に頓狂な声を上げた。

 ぎょいん!と響く、<アルヴァリオン>全身のサーボ音。

 これ、かっこいいんだが場合によっちゃうるせぇな。ブッピガンとかじゃないからまだいいけど。

 「構わないさ。それでAIの気が少しでも晴れて、饒舌になってくれるならね」

 『あ、ありがとよ。悪いな』

 「気遣いまでしてくれたよ。ほんと驚いた」

 この博士、向こうにとっては得体のしれない機体を自由にするだけの権限を持ってんのか。俺から聞いておいてなんだが、まさか聞き入れてもらえるとは思っていなかったぞ?

 リキュエル博士は備え付けの端末を何やらカチャカチャ弄りだす。

 「まあ、それにだ。アタシの勘だが、あんたは悪い奴じゃなさそうだ。少なくともこの国に害をなす存在じゃないってのは分かるよ」

 『……俺が言うのもなんだが、初対面の人間-じゃない、ロボをそこまで信用していいのか?』

 胡散臭げな視線を変えないリコを横目に、聞いてみる。失礼にも当たるだろうコイツのような態度が、俺みたいなのを見た時の正常な反応だろう。

 「じゃあ逆に聞くけど、アンタはアタシやリコや――この国に何か害をなすつもりなのかい?」

 端末を弄る手を止め、リキュエル博士が振り返る。細められた目は俺の心の底までを見見透かそうとしているかのようだ。

 『……いや。そんなことはしねぇ。俺はリーファルミアを助けるために契約した。あいつの望みを叶えると決めた。あんたらのお姫様は、そういうことする人間じゃあないだろ?なら俺も、そういうことだ』

 リキュエル博士が鼻を鳴らして視線を戻す。

 「素直じゃないね。惚れたっていいな、リーファルミア(お姫様)にさ」

 『なっ!?』

 ずざざっ!とリコが後ずさる。いちいち動作がわざとらしいな!

 「やっぱりキモイですぅ。というか不敬極まりないですぅ!ロボの分際で!」

 『うっさいわ!お前だって似たようなモンだろが!』

 確かにリーファルミアは一目で惚れそうな美少女ではあることは否定しねぇ……できねぇけどよ!。

 「リコはロボじゃないですぅ!生体部品で作られたアンドロイドですぅ!」

 『大して違わん!』

 そのあとも続く俺とリコの不毛な言い合いをBGMに端末に指を走らせていたリキュエル博士は、しばらくして俺を振り返った。

 「さ、許可が下りた。整備員たちにも待機指示を出したし、行くよクロガネ」

 『あ、ああ……っておい。何してるんだアンタら』

 俺に言い負かされてむすっとしているリコの手を引き、二人は開きっぱなしだった<アルヴァリオン>のコクピット――俺の中に潜り込んでくる。

 「何って。名目上アンタを外に出すにはアタシが動かして出すことになってんだ。ならアタシがここにいないと不自然だろう?」

 「そういうことですぅ」

 『いや、だがお前は乗らなくてもいいだろう?』

 「黙れですぅ。リキュエルの行くところリコ有り、なのですぅ」

 さいですか。

 「ほれほれ、さっさと歩くですぅ!」

 『へいへい、分かったよ!』

 「どうでもいいけどねリコ。アンタ創造主を呼び捨てとはいい度胸じゃないか」

 アンドロイドに命令されているような気がして今一釈然としなかったが、ともかく<アルヴァリオン>は地響きを立てながらガントリーを出た。




*  *  *

 

 「――じゃなにかい。アンタは自分が元々人間で、しかも別の世界の住人だったと?」

 『そうだ』

 「おまけにこの、今やアンタ自身でもある<アルヴァリオン>って機体は、アンタの世界の科学者が作った代物だっていうのかい」

 『ああ。俺の記憶と細部は違うがな。けどそんなことで見間違いやしない。この機体はサンガじいさん――ああ、森林山雅ってスパロボ好きのじいさんが作ったものに間違いねえ』

 666番ガントリーを出て地上に戻ると、俺はリキュエル博士の案内に従ってだだっ広いコンクリート敷の上を歩かされた。

 背後にそびえ立つ王宮を半月状に取り囲む形で、その周囲には倉庫や整備工場、格納庫と思わしき建物が規則的に配されている。分かりやすく軍事基地といった感じだな。

 「細部が違う?」

 リキュエル博士が小首をかしげる。

 『あぁ。そもそもじいさんが作ってたのはこんな、ガチの戦闘用じゃないはずだ。あのじいさん、戦争用のロボなんて絶対つくらね―からな』

 少なくとも――俺の知っている<アルヴァリオン>にこれほどの装甲は施されていないし、大出力の武装もない。せいぜいが<ストレイトクラッシャー・パンチ>くらいだろう。

 コクピットにしても、シート式ではなく外骨格式に変更されている。

 「つまり大まかに、あるいは大元が同じはずなのに細部が違うってことかい。……ああ、そこ右」

 『あいよ』

 基地の南端には<E・A>の演習場への入口があり、互いの情報を教え合いながら俺たちはそこをくぐる。

 流石に戦闘が終わってすぐ演習を行う物好きな連中はおらず、丸々開いていたそこをリキュエル博士が貸切ったのだ。

 地上を走り回る整備員やパイロットから奇異の視線と歓声を浴びせられつつ、俺は時折腕を振ってそれに応えながら演習区画へと歩く。

 警戒のまなざしも多いが、俺がにやりと笑って手を振ると驚いたように顔を見合わせ、恐る恐る手を振りかえす。

 <アルヴァリオン>の表情づけは、人間のそれのようにできるからな。笑顔は大事というやつだ、うん。

 さらにコクピットハッチは開きっぱなしでそこからリコの姿が見えるため、周囲の人々は『イコール、あの博士もいるんだろう。なら見知らぬ機体が歩いていても大丈夫』と考えているらしい。リキュエル博士様々だぜ。

 その博士に俺は、自らの素性と<アルヴァリオン>として目覚める前の記憶を、簡単に話して聞かせたわけなんだが、案の定『こいつ何言ってんだ』って顔された。

 俺でもそうするだろうけどな。こんな突拍子もない話聞かされりゃ。

 『でも全く別の機体って可能性はないはずだぜ。機体の起動コマンドにも<アルヴァリオン>って表記されているしな』

 「アンタはそういうけどね。さっきも言ったけどこの機体は確かに、遥か昔から聖(セント)・ネロウの王宮の地下、アンタが眠りこけてたあそこに安置されていたんだよ。文献もその他の記録もあるからこれは間違いない」

 ホログラフの俺を前に、リキュエル博士は首をひねる。

 『それが分からんのだよなぁ』

 いくらサンガじいさんが天才でも、二十一世紀にここまでの性能を持ったスーパーロボットを作るのは無理だろう。

 だとすればいったいなぜ、誰が、いつ、<アルヴァリオン>を真のスーパーロボットにしたのか――。

 情報が少なすぎてわからんな。

 「少なくとも五百年前には今の形であった。それは確かだよ」

 『うーむ……』

 ここは間違いなく別世界、だと思う。少なくとも俺のいた世界じゃあない。

 「アンタの妄想じゃないですぅ?寝すぎてメモリがバカになったとか」

 『失敬な奴だな』

 「すみません。これは失敬ですぅ。言葉が悪かったですぅ」

 『分かればいい、分かれば――』

 「アンタは元々バカそうですぅ」

 『……地上に叩き落としたろかこんにゃろう』

 相変わらずリコは口が悪く、何かと俺に突っかかってくる。これが彼女に嫌われているのか、はたまた性格なのかは判断がつきかねるが、いずれにしてもこういう風にプログラミングしたのは――。

 「なんだい。アタシゃそこまで細かくリコの性格を作ったわけじゃないよ。これは彼女のAIが学習の過程で作り出した、正真正銘リコ自身の性格さ」

 ホログラフ映像の俺にジト目を向けられたリキュエル博士が得意げに胸を張る。

 ……意外にデカい。だほっとした白衣だと分かりにくいが。

 『じゃこの性格の悪さはマジ物……ってこら何をする』

 「よ!け!い!な、お世話ですぅ!この骨董品!」

 コクピットに潜り込んできたリコが内部のボタンやらレバーやらをめちゃくちゃに弄り回す。操作優先権はAI(俺)にあるため何も起きないが、体の中で好き勝手暴れられるというのは気持ちのいいものじゃない。

 『あまりボタン押しまくると自爆スイッチ入るぞ』

 俺は少し脅しをかけてみることにした。

 「ふん!そんなものあるわけないですぅ」

 『あ、そう?でもお前が今押したソレ。俺の処理が終わるまで手を離すなよ』

 「?」

 リコは不思議そうにソレ――右手のひらの下にある、彼女の手より少し小さめでオレンジ色をしたボタンを見る。

 「これがどうしたですぅ」

 『いや、だからほれ』

 ぴこっ!とリコの前にウインドウがポップアップ。そこには、

 「か、カウントダウン……?」

 十……九……八……。

 一定間隔で数字が減っていく赤文字ウインドウを見て、リコがひきつった。冷や汗まで流してらぁ。

 『そういやお前、さっき責任とって自爆しろとか言ってたよなぁ』

 精神コマンド:追撃。

 「え、え?まさか、いやそんなばかな、ですぅ……」

 「アンタ……何押したんだいリコ。よく分からない物をめちゃくちゃに弄るからだよ」

 (ありゃ。この博士は動じてねーな)

 青ざめたリコとは対照的に、リキュエル博士は眉一つ動かさない。たぶん俺の意図を見抜いているんだろう。

 五……四……三……二……。

 息を詰めて数字を見つめるリコが、ぎゅっ!と目をつむる。

 ……一。

 「ご、ごめんなさいですぅ!」

 ……ゼロ!

 「ひぃっ!」

 リコが頭を抱え目をつむりしゃがみ込む。

 ………………………………。

 ――が、何も起こらない。そりゃそうだがな。

 「……あ、あれ?」

 『分かればいい、分かれば』

 「なかなかいい性格してるじゃないかクロガネ」

 『ふ』

 ニヤニヤするリキュエル博士と俺の映像に見つめられ、リコがきょとんとする。

 当然俺に自爆する意思などないし、そんなすぐ押せる位置にスイッチがあるわけでもない。

 リコが押したのはコクピットハッチの開閉スイッチで、カウントダウンを表示したウインドウは俺が生成した作り物(フェイク)だ。

 ちなみに今は俺が介入しているから、もちろんハッチは動作しない。

 「た、謀(たばか)ったですねこのポンコツ!乙女心を弄ぶなんてひどいヤツ、もといひどいロボですぅ!」

 『くっくっく』

 「はっはっは」

 「きぃー!」

 八重歯をむき出し真っ赤になるリコだが、いかんせん半泣きでは威厳も怒りもあったものじゃあねぇ。

 けっけっけ。ちったぁ肝が冷えたかコンニャロ。

 これで静かになってくれるといいんだがな。

 『んじゃ、リコが謝ってくれたからこれはこれで置いといて、だ』

 「謝ってないですぅっ!」

 「はーいはい。リコ、オトコノコが気になるのは分かったから少し黙ってておくれ。話が進まないじゃないか」

 「は、博士ェ……」

 どこぞの忍者みたいな声を上げ、リコが押し黙る。ほんとこいつ、リキュエル博士には従順なのな。

 「さて、この辺でいいだろう。クロガネ、その丘に座りな」

 『あ、ああ。サンキュ』

 盛り土でできたような小高い草地の丘に、俺はできるだけそっと腰を下ろした。腰部の装甲がめり込んでいる気がするが、知らんぷりしとこう。

 『…………』

 風速一メートルほどの風がさわさわと吹き、装甲表面を撫でていく。

 外気温は摂氏二十四度。湿度は三十パーセント。暑くも寒くもない、実にすごしやすい気温だ。

 気圧が一・三あることから、ここが高地であることが推測できる。

 今までは体感として感じていたそれらを、<アルヴァリオン>のセンサーは細かな数値を伴って俺に教えてくれる。

 『……風が気持ちいいな』

 装甲表面には、ヒトでいう感触を伝えるセンサーもある。

 ぼそっと呟くと、リキュエル博士がまた変な顔をした。

 「いやはや。ロボットが、風が気持ちいいなんていうとはね」

 『言ったろ。俺は元――っていうか俺の感覚じゃついさっきまで人間だったんだ。そういう言葉も出るさ』

 「……そうかい」

 彼女はその疑問をとりあえず棚上げすることにしたらしい。ごほんと咳払いを一つして、操縦用外骨格を押しのけて作ったスペースに寝転がった。

 「さってと。他にもアンタから聞いておきたいことはあるかい?」

 『……そうだな』

 リキュエル博士がそう言ってくれたので、俺は格納庫の事でもうひとつ気になっていたことを尋ねてみた。

 『666番格納庫の事だけど。あそこって王族が使う機体専用の格納庫なんだろ?この国にどれだけ王族がいるのか知らないが、リーファルミアだけってことはないよな?でも機体はほとんどなかった。あんたは封印中とか言ってたが……なんでだ?』

 「む、そのことかい……」

 リキュエル博士とリコが顔を見合わせる。二人とも気まずそうで-かつ悔しそうな、悲しそうな、微妙な顔をしている。

 ……あれ?まずい質問だったか?

 「……そうだね。起きたばかりのアンタが知るわけもないか」

 「さすがにリコからは言えないですよ、リキュエル」

 『お、おい?』

 ごぅん、と腕を振って慌てる俺。やっぱこれ、何か地雷だったのか!?

 「あぁ、うん。順番に答えるとだね。さっき言った通り、確かにあそこは王族やその守護隊が使う専用の格納庫だ。王族も当然、十数人居る。だけどね――」

 サバサバした話し方をしていたリキュエル博士が急に言いよどみ、リコを見る。

 「え、やっぱりリコですか?。うー……。しゃーなしですぅ、説明してやるからありがたく聞きやがれですぅ」

 偉そうにない胸を張り、リコが一歩進みでる。

 「えーと、この国では古来から士気向上の目的もあって、最も若い王族が戦場に立つという風習があるのですぅ。でもここ十数年、聖・ネロウの王族とそれに連なる家には、新しい命が生まれていないのですぅ」

 リコがしぶしぶ教えてくれたことによると。

 聖・ネロウの民は長命であるがゆえにあまり子供をつくらない。

 この国において、一人の女性が一生に産む子供の数は五~六人ほどだと言われているそうだが、八十年ほどの寿命であれば――つまり俺のいた世界の話だ――それは多い数字になるけど、寿命が倍以上もある亜人種(バイスター)にとっては少ない数字だ。

 だが、王族であれば話は別だ。

 彼らは国を維持するほかにも重要な役割――戦いもその一つだ――を多く持っている。その為、王となった存在は最低でも十人は子供を作らねばならない。これは国の決まり事としてあるそうだ。

 さらに、何らかの理由で皇位継承者がいなくなった場合のいわば予備として、古くから王家に連なる家柄――準王家とも呼ぶらしい――から男子や女子を王族に加えることもある。

 「でも、その王家に連なる家にも、若い子供はいないのですぅ」

と、リコ。

 『なんでまた?』

 「お前、バカですぅ?戦争中で国が亡ぶかどうかの瀬戸際で、たくさんの子孫を残す余裕があると思うですぅ?」

 あ。そうか。ていうかそこまでやばい状況なのか、この国。そりゃほとんど滅亡寸前……てことだろ。

 「リーファルミアが言ってなかったかい?今回負ければ滅ぶ、ってさ」

 『むぅ……』

 確かに。

 押し黙る俺の前で、リキュエル博士は白衣のポケットから煙草らしきものを取り出し、くわえる。

 シボッ、とライターの音。

 コクピットの中に一瞬だけオレンジ色の小さな光が生まれた。白衣の腰部分に開いた穴から出された尻尾が、ぱたりと揺れる。

 リキュエル博士のそれはリーファルミアとは違ったもふもふ(・・・・)を持つ、まるで狸のような尻尾だ。

 こげ茶色のそいつを振りながら、もわりと紫煙を吐き出す。

 「そいつは間違ってないよ。実際今回負けりゃ、この国の戦力はほぼゼロになっただろうね。で、その隙を突いた連中が攻め込んできて聖・ネロウは消えてなくなってただろうよ」

 『まじかよ。そんなに瀬戸際だったのか』

 「そうさ」

 話を戻そうかね、とリキュエルが体勢を変え、コクピットの壁にさらに寄りかかる。

 「現在の聖・ネロウにおける王族、つまり国王の子供達はすでに戦死したか、後方で別の重要な職に就いているかのどちらか。そして国王のエスペディート一世はすでにかなりの高齢。子供をつくる力はないのさ。気力的にも、肉体的にもね」

 『お、おう……』

 なんかすんごい微妙な話題になった気がするが、説明役の二人は至極真面目な、そして暗い顔だ。

 リキュエル博士は煙草をくわえたまま天井を仰ぎ、もう一度紫煙を吐き出した。

 「リーファルミアは陛下がかなり高齢になってから生まれた子なんだよ。そして彼女以降この国に新しい王族の子は生まれていないし、リコが言った通りの理由で準王家の子供もいない。つまり――」

 「戦場(いくさば)に立つ役目はリーファルミア姫様おひとりしかいない、というわけなのですぅ」

 『あー……。なるほど。そういうことか』

 二人の話を総合すれば、666番格納庫は実質的にリーファルミア専用の格納庫になっているようだ。守護隊ももちろんいるが、今は戦いの事後処理のため出撃中。そのためほとんど機体がなかったようだ。

 さらにリーファルミア(あいつ)は唯一自由に動ける王族として戦いから社交からプロパガンダから、何から何までを押し付けられてしまう立場にあるらしい。

 『大変だな……』

 リキュエル博士とリコがそろって首肯する。

 俺が座り込んだことで地面との距離が近くなっているが、それを見て、話が一段落したと見たリコがコクピットからはい出した。

 「む、むなくそわるい話ですぅ。リコは風に当たってくるですぅ!」

 『転ぶなよ』

 「うっさいですぅ!」

 ひょいひょいと身軽に、<アルヴァリオン>の突起を足掛かりにリコは地上へ降り立つ――直前に、足が滑ったらしい。

 「ぷへっ」

 あ、顔面から落ちた。フリフリスカートの奥から、水色のストライプの入った白地がちらりとのぞく。

 ……ちゃんとパンツ穿いてんだな。

 「…………」

 『…………』

 しばらくの沈黙。

 俺とリキュエル博士が無言で見つめる中、アンドロイド少女がむくりと起き上がった。

 「……」

 土や草がくっついた顔で、ぎろりとこっちを睨む。

 『ぷ』

 いけね。つい笑いが漏れちまった。

 いや、だってなぁ。

 「っ!」

 リコは再び真っ赤になると、

 「でずぅ~っ!!」

 両手を後ろに向けて走る――いわゆる後ろ走りで丘を駈け下りて行った。

 「……アレはほっといていいよ」

 『おう』

 言われなくてもそうする。

 ま、あいつの渾身のギャグのおかげで暗い空気は見事に払しょくされたがな。

 「さて、じゃ今度はアタシの番だ」

 『あぁ、なんでも聞いてくれ』

 俺達はリコのゴスロリ後ろ姿を眺めながら、話を再開させたが、今度は技術的な話になった。

 <アルヴァリオン>の技術体系は<E・A>のそれと全く異なる。

 目を輝かせて話に耳を傾けるリキュエル博士にゃサンガじいさんに通ずるものを感じるな。

 俺としてもこういう専門的な話は結構胸躍るものがある。伊達にロボット好きを名乗っていたわじゃねーしな。

 これまでほぼサンガじいさんとしか通じなかった話題を赤の他人として、しかも話が通じるとなればこれはもう、同志を見つけたようなもんだ。

 『――てわけで、俺がいた世界で発見された画期的な粒子、<BRAVE>粒子を使ってこの<アルヴァリオン>は動いているのさ』

 <BRAVE>の名を聞いたリキュエル博士はコクピットから顔をだし、<アルヴァリオン>の装甲に目を近づけてつぶさに観察する。装甲は今も<BRAVE>粒子を帯びているから、うっすら光っているのが分かるはずだ。

 ちなみに当然人体には無害なので、触っても吸い込んでも平気だ。

 「ふーん。<E・A>は完全に内部の駆動系で動いているが、そうか。この機体は外からの力を使って動いているのかい。発想の転換だね。こいつを作った奴は掛け値なしの天才だよ」

 『俺もそう思うぜ』

 電装系や最低限の駆動系は電力だが、これは――そう、自家発電みたいな感じで作られる。自動車が走ることで発電するのと同じようなもんだ。

 「……その複雑な制御システムをただのAIで制御するのは確かに極めて困難だろうね。元・人間だというアンタが入って初めて、こいつは本来の性能を発揮できる、ってわけだ。しかし――なるほど。そうか、そういうことかい」

 尻尾を振り振り頷く。

 ふと、俺はそこに妙な引っ掛かりを感じた。

 『なるほどそういうことか、って。今までにもこいつが動いたところを、見たことあるような言い方に聞こえるな』

 「ああ、あるよ」

 は?

 『な、なんだって!?』

 あっさりと肯定され、俺は度肝を抜かれた。

 思わず映像であることを忘れて詰め寄る。

 『ちょ、ちょっと待て。あると言ったのか!?<アルヴァリオン>が動くところを見たことあるって!』

 「落ち着きなよ少年。正確には直接見たわけじゃあない。映像記録が残っているのさ」

 リキュエル博士が爪を噛み噛み教えてくれた。

 アトランディアとの戦いが千年に及ぶことは、俺もすでに知っている。

 その戦いの開戦当初、<アルヴァリオン>はすでにこの聖・ネロウに封印されていたとされる。

 される、っていうのは、その当時最深部の格納庫は完全に封印され、そもそも存在を知られていなかったからだ。

 だがある時国が滅亡の危機に陥った際に<アルヴァリオン>は自立的に起動し、圧倒的な力を以ってアトランディアを退け、その際格納庫も共に発見されたのだそうだ。

 「その、ある時ってのが今からちょうど五百年ほど前。アトランディアとの戦いが最も激しかったころの話さ」

 『あ、あぁ……』

 俺は身を乗り出して先を促す。

 <アルヴァリオン>は迫りくるアトランディアの大部隊をほぼ単機で殲滅することに成功したが、装甲もなにもボロボロになっていたそうだ。今回のように圧倒的な防御力や機動力もなく、武装も剣が一本だけだったという。

 それでも並みの攻撃は跳ね返し、敵の防御手段を物ともせずに戦う姿はまさに一騎当千。この戦いを以って<アルヴァリオン>は『古の救世機』と呼ばれるに至った。

 「誰かが言っていなかったかい?アンタは伝説の救世機だ、って」

 『そういえばリーファルミアがそんなことを言ってた気が……』

 あいつが契約の際何度も俺に言った言葉には、そういう意味と過去があったのか。

 「たぶん五百年前の戦いはAI制御だったんだと思うんだけどね。動きはぎこちないし、どこか機械的だし。それに当然、喋らないし」

 『そ、そうか』

 俺もそんな(戦っていた)記憶なんてないし。

 でね、と、そこでリキュエル博士は意味ありげに唇を釣り上げる。

 「面白いのはここからさ。これは映像記録にはないし、公式にもなかったことになっている事なんだけどね。見た(・・)って兵士がいるそうなんだよ、当時。戦闘中のこの機体の傍でね」

 『なにを?』

 「ふふん。……ユーレイさ」

 『……は?』

 ユーレイ、というと、あの幽霊だろうか。

 冗談というかなんというか、ある意味ありきたりなフレーズは、逆に胡散臭さを感じる。

 「白いワンピースを着た長い髪の女――というか少女が、<アルヴァリオン>の肩に乗って、まるでこの機体を導くかのように腕を掲げていたんだそうだよ」

 そして<アルヴァリオン>が最後の一体を倒すと、少女は虚空に溶けるように、すぅっと消えてしまったそうだ。

 ――戦場ってのは極めて特殊な場所だと聞く。敵の命も友の命も、自分の命さえもいつ散るかわからねーし、戦いがいつ終わるのかさえも分からない。そんな場所で駆け回る兵士たちは時にありもしない物、見えないはずのものを見ることがあるらしい。

 故郷の両親、死んだはずの友、あるいは――全く見知らぬ幽霊とか。

 そういう類の話の話だと俺は一笑に付そうとしたが、彼女の顔を見るとそんな気は失せてしまう。

 だって至極真面目な顔なんだぜ?

 「なんだいその顔は。科学者がユーレイを信じてちゃいけないかい?」

 『い、いや。別に』

 「ふん。アンタはそういうの信じなさそうだものね」

 そらそうだ。楪ならともかく。俺はそういうオカルトの類は信じない――が、正直この状況そのものがオカルトと言えなくもないので、その辺の芯は少々揺らいでいたりもする。

 「まあいいさね。じゃあ次に――」

 ――ピー、ピー、ピー――

 リキュエル博士が話し出そうとした矢先、センサーが動体を捉えた。

 「どうしたい?」

 『動体センサーに反応。誰かが近づいて――って、なんだ。お前か』

 ザクザクと土を踏み、丘を登ってくるものがいる。

 「……なんだとはご挨拶ね。父さまたちとの謁見が終わったから格納庫に行ってみれば、あんたいないんだもの。ちょっと焦ったわ」

 今の俺はほとんどのセンサーを休眠状態にしてリキュエル博士との会話に集中していたんだが、そのせいで気付くのが遅れちまった。

 我がパイロット、リーファルミアが、ケモミミをぴこぴこ動かしながらこっちに歩いてきていた。

 『よくここが分かったな』

 「格納庫でリキュエル博士があんたに乗っていった、って聞いてね。それにこの図体なら見つけるのは難しくないわ」

 『そりゃそうだ』

 よ、ほっ。

 <アルヴァリオン>の突起を足掛かりに、リコより数段身軽な動きでリーファルミアがコクピットまで登ってくる。

 この動きだけでも相当身軽だってことが分かるな。

 しかしまあ動くたびにデカい胸がたゆんたゆんしてる。実にいい眺めだ。

 『(むっは~)』

 「やあ、元気そうだねお姫様」

 「こんにちは、リキュエル博士。……クロガネからいろいろ聞けましたか」

 「ああ、まあね。アンタの言うとおりなかなか興味深いAIだよ」

 この博士、お姫様相手でも口調を変えないどころかアンタ呼ばわりか。むしろリーファルミアのほうが敬語を使ってるじゃん。

 「それで、どうしたんだいお姫様。アンタも話を聞きに来たのかい?」

 たとえばユーレイの話とか。

 リキュエル博士がニヤリと笑った瞬間、リーファルミアの顔が引きつった。ケモミミが倒れシッポまで丸まっている。

 「や、やめて下さい。私そういう話苦手なんですから……」

 『ほう。そうなのか』

 こいつは有益な情報だ。

 「ちょっと。いいこと聞いたぜ、みたいな顔するの止めてちょうだい」

 『いや、実際良いこと聞いたぞ』

 「もう!」

 「なんだい、残念だねぇ。この話にはまだ追加があるってのに」

 「結構です!」

 ケモミミを前に倒し、はあ、とため息ひとつ。

 「ここに来たのは話を聞くためじゃないわ。あんたを格納庫に連れ戻しに来たのよ」

 『俺を?』

 コクピットの縁で仁王立ちしていたリーファルミアが、ぐいと顔を近づける。

 「そうよ。いい?あんたは私のものなの。おとなしくしててって言ったのに勝手に出歩かないでちょうだい」

 『いや、俺はこの人に連れ出されただけなんだが……』

 「おいおい、外に出たいと言ったのはアンタだろうに。アタシゃそれを叶えてやっただけだよ」

 心外だと言わんばかりのリキュエル博士。

 あー、そういえばそうだったか。

 「まったく。あんたってロボットなのにどうして勝手なのよ」

 その言い方にちょっと腹が立つ。

 王都への帰還中は笑顔で俺に接してくれていたというのに、急に上から目線になりやがった。

 返す言葉にも棘が混じってしまう。

 なまじ楪を相手にしてるような感覚がある分、会話もあいつ相手にしてるような感じになっちまうな。

 『悪かったな勝手で。風に当たりたかったんだよ』

 「そんなAIがあるもんですか」

 『だから俺はただのAIじゃなくて人間だっつーのに』

 「こんなメカメカしい人間がいるわけないでしょ」

 売り言葉に買い言葉。

 「痴話喧嘩ならよそでやっとくれ。アタシにゃ犬も食わない物を眺める趣味はないよ」

 顔を突き合わせて言い合う俺達を眺め、リキュエル博士が呆れ声を出す。

 「『痴話喧嘩じゃないわよ!(ねーよ!)』」

 同時にリキュエル博士を睨み異口同音の俺達。

 「……はぁ」

 急にバカらしくなったのか、銀髪をかきあげながらリーファルミアが身を起こした。

 「もういいわ。次から気を付けて頂戴。それと、話はもう一つあるの」

 『……なんだよ』

 また文句でも言われるのかと身構えた俺だったが、彼女の口から出たのは全く別の内容だった。

 「今日戦った例の戦艦のことよ。……博士、アレが本国へ帰還するルートを通っているそうです。斥候が伝えてきました」

 戦艦というと、アクザールの野郎が乗ってたアレか。艦全体が要塞と言えるレベルの重装甲、重武装だった。ガチでやり合えば、今の<アルヴァリオン>じゃ勝つのは厳しいだろうな。

 「……ほう。前線基地じゃなくて本国まで戻るのかい。てことはかなりガッツリ補給する気だね」

 「ええ。情報部も同じ結論です。爆弾の解除もそっちでやるつもりなんでしょう」

 「ふん。アレは我が国謹製の特別なものだからね。前線基地の設備程度じゃどうにもならないだろうさ」

 ――後程、他の情報の分析もお願いされると思います。

 一つ頷き、リーファルミアがそう言った。

 『アイツ……強敵だったな』

 刃を交えた時の事を思いだす。

 件の陸上戦艦をはじめ、三百機もの人型兵器を一人で操作し、かつあれだけの力を以ってこの<アルヴァリオン>を追い込んだその技量。

 「そう、強敵よ。あの男が聖・ネロウ攻略司令官なんだけど。何度も苦杯をなめさせられているわ。落とされた領地も両手じゃきかない数よ」

 リーファルミアが虚空を睨む。

 『まじかよ……』

 どうやらアクザールと聖・ネロウ――いや、リーファルミアとの間には相当の確執があるみたいだな。

 まさか千年前からの因縁、ってことはないだろうが。

 っつーかリーファルミアって何歳なんだ?

 どう見ても十代後半だけど実はもっと年上なのか?……ないか。

 「しばらく来てなかったんだけど、城壁が劣化してるのを知ってここ数年断続的に攻めてきてるからねェ。本国がしびれを切らしたか、それともあいつが飽きてきたのか。いずれにしてもまた来るだろうね」

 「私もそう思います。事に、今回は<アルヴァリオン>に手ひどい敗北を喫しましたからね。彼の性格上、必ずリベンジに来るでしょう」

 ――それも、近いうちに。

 リーファルミアが深刻な顔で唇を噛む。

 アトランディアの本国とやらがどこなのか俺は知らなかったが、どうやらかなり遠くにあるらしい。

 といってもあの陸上戦艦の速度なら、往復で一週間ちょっとくらいだそうだ。

 補給も含め、大体二週間ほどで再度侵攻してくるだろうと、聖・ネロウの情報部は分析しているそうだ。

 『その城壁は大丈夫なのか?今日の攻撃でも結構被弾してたっぽいが』

 頑丈なのは分かるが、あちこち崩れているのもまた事実だ。

 俺が崩しちまったことはこの際棚上げだ。

 「アタシが設計した城壁はそう簡単には破れないからね。劣化が始まっているとはいえあと二年は保障できる」

 リキュエル博士が得意げに胸を張る。

 <E・A>だけじゃなくてあの城壁設計したのもこの人なのか。もさーっとした外見からは想像もつかんハイスペックだな。

 「ただまあ、正直そろそろ全面改修が必要ではあるね。資材を調達できれば、の話だけど」

 作られてから早数十年。度重なる侵攻と被弾、改修を経て、城壁はもう限界に近いのだそうだ。自己修復機能も失われてしまっている。

 だがその修理用に備蓄していた国内の資材はほぼ底をつき、調達できる採掘場も今はアクザールに強奪されてしまっているっつー話だ。

 八方ふさがり。もうやられるのを待つだけじゃねぇかそれ。

 「さて。それはそれとして、クロガネ。ヤツが来るまでに機体をちゃんと調整しておくんだよ」

 城壁の改修はなんとかするさ、とやる気のなさそうな顔で――しかし瞳には確かな熱を込めてリキュエル博士が指を鳴らす。

 『あぁ、それは了解だ。それまでに最低限の武装のチェックは終わらせておくぜ』

 「……」

 意気込む俺とは対照的に、リーファルミアは渋い顔をしてる。

 「……ねえ、まだ増えるの?ああいうおかしなの」

 心外な。

 『おかしなってことはないだろう。ありゃ立派なスーパーロボットの武器だ』

 「ライフルとか、ないの?」

 『ない』

 我がバイブル<勇者皇帝(ブレイヴカイザー)>シリーズにおいてそれは、どちらかと言えば味方の支援ロボが持ってるモンだ。主人公機もたまに持つが、味方のロボから借りたりして使うことがあるだけだ。

 合体後の一形態<アルヴァイン・ガルム>ならば話は別だが、かの主人公機<アルヴァイン>本体には装備されていない。

 どっちにしても<アルヴァリオン>にも装備されていないんだなこれが。

 「持っていくことは?」

 『出来るが、照準やら何やら調整は必要だぞ』

 っつか<E・A>規格のコネクタやトリガーつかえねぇと思うぞ。<アルヴァリオン>の指太いし。

 「はぁ……」

 「くっく。せいぜい精進しなお姫様。武器なんてものはね、要は敵を倒せればいいのさ」

 リキュエル博士が他人事のように笑う。

 『ほら、ため息ついてないで特訓でも行こうぜリーファルミア。武装の調整は俺の仕事だが、機体の完熟はお前の領分だ。少しでも<アルヴァリオン>に慣れてもらわんとな』

 純白の尻尾をぱたりと動かし、リーファルミアが顔を上げる。

 「せめて明日からにしてくれない?背水の戦いが終わったばかりなんだもの」

 ……おっと、忘れていた。

 『む。そうか、そうだな』

 「アンタにそんな暇ないよクロガネ。アタシに付き合ってもらうんだ。格納庫に戻って解析タイムだよ」

 『あのよ。そういえば俺も戦いが終わったばかりなんだが。拒否権は?』

 「「あるわけない」」

 『……』

 ですよねー。

 リキュエル博士は丘の中腹でふて寝をしていたリコを呼び戻し、コクピットに引っ張り込む。

 俺は三人(正確には二人と一体か)を落とさないよう注意しながら、しぶしぶ666番格納庫に戻ることになった。

 その途中――。

 「姫様のシッポ、もふもふですぅ~」

 「ひゃん!?ちょ、どこ触ってるのよリコ!」

 リコに尻尾を触られたリーファルミアが飛び上がり、お尻を押さえた。

 「シッポですぅ」

 「毛並みが乱れるからやめて頂戴!」

 毛並みって。

 およそ人間型の生物から聞く言葉じゃねぇなぁ。チュー○ッカとかならまだしも。

 『俺ももふってみてぇな、それ』

 触れないけど。

 「絶対に嫌よ!」

 ずしんずしんと足音を響かせながら歩く<アルヴァリオン>のコクピットで、リキュエル博士を除く三人がワイワイと騒ぐ。

 女三人寄ればなんとやらだな。コクピットが女性限定オープンテラスみたいに賑やかだぜ。

 「ああほんとだ。もふもふだね」

 むぎゅっ。

 「リキュエル博士まで!ひゃ、ひゃあん!」

 尻尾を無造作に握られたリーファルミアがさらに悲鳴を上げる。

 むぎむぎ。

 「あ……ん!?」

 っておい博士よ。あんたが揉んでるのは尻尾じゃなくて尻だろうが。

 けしからんもっとやれ。

 「んや……!?」

 おおーなんかエロい。

 「何見てるのよクロガネ。ちゃんと前見て歩きなさいよ!あと博士、やめてください!」

 頬を染めたリーファルミアが、犬歯を覗かせながら俺を威嚇する。

 『問題ねぇ。前なら見えてる』

 「映像の方もよ!」

 ちえ。まあここは言うこと聞いてやろう。実はコクピット内の様子は、俺という映像がどこを向いていても確認できるしな。




*  *  *

 

 「……しかしね……」

 悲鳴を上げるリーファルミアの尻尾と尻を弄りまわしながら、リキュエルが口を開いた。

 「荷電流体粒子理論と<BRAVE>粒子。それに“サンガ”という名前。どこかで聞いたような気もするんだがね……」

 その小さなつぶやきは誰にも聞き取れず、はしゃぐリコとリーファルミアの声に消され、流れていった。


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