第八話 開かずの教室
ゴールデンウィーク4日目!
「なぁ空兎、そもそもなんでそんなにハグレのことを調べてるんだ?」
学校からの帰り道、秋良は一つ質問をした。
これは秋良が初めから思っていた素朴な疑問だった。秋良としては自分も気になっているため協力すること自体になにも不満はないが、空兎がそんなにも調べたがる理由をまだ聞いていない。
すると、少し戸惑いながらも空兎は秋良の質問に答えてくれた。
「え、いや、まぁ…なんというか人探しみたいなもんだな……うん……」
「人探し……、人探しって空兎が会ったっていうハグレのことか?」
「………あぁ、そうだよ…」
(ん?なんだ、今の間は……)
学校を出る前、空兎は秋良に自分の出会ったハグレについて話してくれていた。そのハグレは今はもういないらしく、どうやらそのハグレを見つけることが目的らしい。
空兎はそのハグレと何か大切な思い出があるみたいだ、ということは数日共に過ごしていて分かった。そのため、そのような理由があるならば納得できるが、答えるまでの少しの間が本当にこのまま納得してもいいのだろうかという疑問を秋良の中に残してしまった。
すると、空兎が話の話題を変えてくる。
「そういえば秋良は何か部活に入らないのか?うちの学校では大抵の奴が部活に入ってるんだが…」
(部活……、そういえばそんなんあったな…)
「ん〜、今のところは入るつもりはないかな。今から入っても足手まといになるだけだろうし……。そういえば、ここ最近一緒に帰ってるけど、空兎は部活入ってないのか?」
空兎はかなり運動能力が高い。体育の授業でもその競技をしている生徒すらも観客にして、無双するほどだ。そんな空兎なら何か部活に入っていてもおかしくない。
「俺?俺も部活には入ってないぜ」
「え、なんで?あれだけ動けたら大会とか無双できるでしょ。それにスカウトとかも凄えげつない量来てそうだけど……?」
「まぁ確かに毎日スカウトとか来るけど毎回断ってんだよ。前に野球部入ったらほかの部活と俺の取り合いが始まってさ……。わたしのために争わないで!って。全く、モテる男はつらいぜ………」
「うん、そだねー」
空兎の自慢話を適当にあしらい、また別の話題へと移り変わってゆく。
ハグレの存在を忘れて友達と普通の会話をするこの時間を秋良は純粋に楽しんでいた。
それから一月ほど経ち、秋良も新しい学校生活に慣れてきていた。その間の放課後、ほとんど毎日図書館でハグレについて調べていたのだが、特に進展はないまま日々が過ぎ去ってしまっている。
あれからひとみさん以外のハグレとは出会っていない。楽しい学校生活を送っているからか、だんだんとあの恐怖を忘れていっている感覚があった。
「秋良帰るぞー」
「おっけー」
今日もいつものように2人で帰る。
2人で靴箱に歩いていき、帰ろうとしていると、
「おっ、ちょうどいいところにいるなー。秋良ちょっと手伝ってくれないか?」
いきなり声をかけられた。
2人が声のした方向へ向くと、そこには担任の鬼灯先生がいた。笑顔でこちらに向けて手を振っている。
すると、空兎が靴を置いて鬼灯先生の前へと移動する。
「先生何を手伝うんすか?」
「この荷物を一緒に3階まで運んでほしくてな。いやー、流石に1人では無理でな」
あははは、と笑いながら言う先生の隣には大きな段ボールが4つほど積み上げられていた。
「力仕事なら秋良よりも俺のほうが向いてるっすよ」
「いや、でもお前部活あるだろ。流石に部活生には頼めないな」
「いや俺部活入ってな―――」
「いいよ空兎」
必死に自分がやったほうがいいと抗議する空兎の肩に秋良は手を乗せる。
そのまま秋良は空兎の耳元で囁く。
「美人な先生の力になってやりたいっていう気持ちは分かるが、空兎は図書館で調べ物があるんだから、俺に任せなって。俺も別に力が弱いわけじゃないんだからさ」
「いや違っ――」
2人でコソコソと話している様子を首かしげながら先生は見ている。
そんな先生の元へと顔を赤く染めている空兎の横を通って進む。
「先生、これを運べばいいんですよね」
「おう頼む。じゃあそっちの2つを持ってくれ。もう2つは私が運ぶから」
(おっ、まぁまぁ重いな……)
先生に言われた通り段ボールを2つ持ち、階段を登る。階段を登る時に空兎のいたところを見てみれば、いつの間にか居なくなっていた。それだけ恥ずかしかったのだろう。
秋良は1人考えていた。
目的の教室に着いた秋良は手が塞がっているため、足を使って扉を開けようとする。だが、いくら力を入れても開く気配がない。
「おい秋良、そこじゃないぞー、その一個となりだ」
「あ、そうでしたっけ」
後から来た先生に違う教室だと教えられる。
「そうだぞ、それにこの教室は鍵がかかってるから、どれだけ頑張っても開くことはない」
鍵のかかった扉を開けようとしていた秋良を追い抜いて、本来の教室へと先生が入っていく。その後ろを慌てながらも段ボールを落とさないように秋良はついて行く。
「ふぅー、いやー助かった。ありがとな秋良」
「いえいえ」
段ボールを運び終わり、先生に礼を言われる。
「それでな、実はもうちょっと手伝ってほしいことがあるんだがいいか?」
「…?はい、いいですけど……」
「ほんとか!いやーほんとにありがとな。流石に1人でこの量の段ボールをさばききるのはキツかったからなー」
どうやら中にこれからの授業で使っていくワークやスポーツ道具、実験器具などが入っているようだ。後からそれぞれの教室に運ばれるらしいのだが、一時的にそれらを保管するのがこの保管室らしい。
それからきちんと頼んだものがあるか、破損はしていないか、などのチェックをして指定の場所へと収納するという作業を繰り返していた。
「いやーー、やっと終わったーー」
「先生、教師が床で大の字に寝転ぶのはどうかと……」
「ん〜、あぁ、すまんすまん」
そう言って先生は、寝転がったまま一度体を伸ばしたあと体を勢いよく起こした。
「秋良、ほんとに助かった。手伝ってほしいことがあったら何でも言ってくれ。めんどそうなものじゃなければ手伝ってやる」
「めんどくさくないものは自分でやりますよ……」
先生は笑いながら秋良の肩をバシバシと叩く。それが地味に痛く、秋良は顔が歪んでいるのだが、先生はそれに気づかずに叩き続けている。
そこで秋良は聞きたいことがあるのを思い出した。
「そういえば先生」
「ん、なんだ?」
「隣のあの教室って普段何に使われているんですか?鍵もかかってて、カーテンも全部閉められてましたけど………」
あの教室というのは秋良が間違えて開けようとしていた教室のことだ。あの教室はすべてのカーテンが閉められている。少しだけカーテンのすき間から中が見えたのだが、真っ暗なだけで中に何があるのかは見えなかった。おそらく窓側のカーテンもすべて閉まっているのだろう。
「あぁ、あの教室か。実はあそこずっと使われてないらしんだ」
「どうしてですか?」
「さぁな、それは私にもわからない。噂では昔何か大きな事件があったらしいんだが…。人が殺されたんだー、とかいう話もあるが本当かどうかはわからん」
どうやらあの教室で何かがあったらしい。そのためあの教室は封鎖されていると。
「じゃあ秋良ありがとな。気をつけて帰れよー」
「はい、さようなら」
そういうと先生は笑顔で保管室を出ていった。秋良もその後に保管室を出てそのままトイレへと向かった。手についたホコリを洗い流すためだ。
蛇口を捻り冷たい水を出し手を洗う。
今は7月なため気温が高い。そのため出てくる水がとても心地よく感じた。
鏡の前の自分と視線を合わせながら、先ほどのことについて考える。
(あの教室明らかに怪しいよな。事件といわれて思いつくのはやはりハグレのことか)
ハグレが何か事件を起こしたという話は一切聞いたことも見たこともない。ずっと図書館で調べものをしていてもそんな話は出てこないのだから当然だろう。
空兎はハグレと出会うためには条件があると言っていたが、逆に考えれば、ハグレが姿を現すためには条件が必要ということだ。
現在ではそのような条件が必要であるとしても、昔はどうかわからない。もしかしたら、条件はいらずに姿を現すことができたのかもしれない。
しかし、これらはすべて秋良の憶測だ。何も確証はない。
(やっぱり今のままじゃ何もわからないか。今鍵を握っているのはこの町の人がハグレと関わりを持たないようにしている理由だな。)
この町全体がハグレと関わりを持たないようにしている。それはこれまで生活してきて紛れもない事実だった。それだというのにみんなが利用する図書館にハグレの本があるのはおかしい。そしてその本を書いているアノニモスという者についてもまだ何も判明していない。
(よし、わからん。とりあえず、空兎と別れてから結構時間経ってるし、そろそろ図書館に行くかー)
考えていても埒が明かないため、一旦諦め、空兎のいるであろう図書館へと向かうことにした。
蛇口を今度は逆に捻り、水を止める。
そして、トイレから廊下に出たとたんおかしなことに気がついた。
(なんでこんなに暗いんだ………?)
そう、廊下が暗いのだ。
今の季節は夏だ。ほかの季節よりも昼間の時間は長くなる。先ほど先生との作業を終えたときの時間は5時だった。そしてそれからほとんど時間は経っていない。この時期で暗くなるとしたら7時を過ぎたあたりからだろう。
やはりおかしいと思い秋良は窓の外を見た。普段なら部活生の声で溢れかえっているグラウンドが見えるはずだが、そこには………何も広がっていなかった。
正確には真っ黒な壁が広がっているようだった。窓を開けようとしても開かないため本当に壁かどうかはわからない。だが、そこに何かがあるのは確かだ。
あらためて廊下を見る。
真っ黒な壁で覆われているはずなのに、廊下は夜のような暗さではなく、夕方のような薄暗さをしていた。その様子が逆に奇妙さを湧き出たせていた。
電気をつけようとスイッチを押しても全く電気がつかない。
秋良は今の時間を確認しようと思い、自分の腕時計を見る。しかし、やはり時間は5時5分と作業を終えてから数分しか経っていない。
この奇妙な状況に忘れかけていたあの恐怖が蘇ってくる。
(これってまさか………)
そんなとき、秋良とは反対の廊下からコツンコツンと足音が聞こえてきた。




