第七話 スーパープレイ
もう日が変わるけど、
ゴールデンウィーク3日目!
グラウンドの端にあるベンチに1人の生徒が座っていた。
「おい大丈夫か、秋良。ほら、保健室から氷もらってきたからこれで冷やしとけ」
「ん、ありがとな、空兎」
そこへ空兎が氷を手に持ってやってくる。氷を受け取り、籠もったような声で秋良は礼を言う。それを聞いた空兎は、よいしょ、と言いながら秋良の隣に座った。
「いやー、あれだけ大見得切っといてあんな盛大にミスるとは思わなかったわ。逆にもうあれがスーパープレイだろ」
「…うっせ………」
空兎に見ておけよ、と秋良が言ったそのすぐ後、秋良は思いっきり転んだ。ただ転んだわけではなく、空兎の言う通りスーパープレイといえるような天才的なものだった。
まず、秋良のもとにボールが転がってきた。その場所はゴールのすぐ前で蹴ればゴールが決まる距離であった。そのため秋良は全力でボールを蹴った。そして、きちんと足はボールに当たり、ゴールの方向へと飛んでいった。
しかし、その反動でか秋良は尻餅をついて転んでしまったのだ。
直立した状態で足を後ろに振り上げ、そのまま勢いをつけて空を蹴ると転んでしまった、という経験があると思うが、まさにそのような感じだ。
そして転んだだけならまだいい。だが今回は違った。
秋良の蹴ったボールがゴールポストに当たり、何の運命か秋良のもとへと一直線にはね返ったのだ。そして予想できるように秋良の顔面に直撃した。
よって現在、秋良は鼻から流れてくる血をティッシュで抑え、鼻の付け根を氷で冷やしていた。
「……もうサッカーしねぇ………」
「えぇ、ただ1回ミスっただけじゃんか」
「その1回がデカすぎるんだよな…」
鼻血を出している秋良を気遣ってか空兎が雑談相手になってくれている。
それから少しすると、空兎がほかの男子生徒に助太刀を頼まれた。どうやら空兎のチームが負けてしまっているようだ。
「じゃあ俺行ってくるわ」
「了解、がんばれー」
心のこもっていない応援をする秋良に呆れながらも、空兎は頼みに来た生徒と共にグラウンドへと戻っていった。
空兎が試合に戻ったことで戦況が一気にひっくり返った。華麗なドリブルで相手をどんどん抜いていきゴールを決める。これを何度か繰り返して、チームを勝利へと導いていた。
だが秋良は空兎のサッカーの上手さよりもその身体能力の高さに驚いていた。
一度空兎がボールを持って走り出してしまえば、もう後から追いつくことはできない足の速さ。全力で体を動かしていても息切れを起こさずに次の行動へとすぐに移行するその体力。
ほかの生徒が話しているのを小耳に挟んだのだが、どうやら空兎は足のバネがすごいようだ。秋良は見ていないが前に空兎が垂直跳びで1メートルを超えたらしい。男子バレーボールのトップ選手が70〜90センチメートル以上が多いらしく、それを超えている空兎がどれだけ異常なのかがわかる。
その異常なバネのおかげであの走りが出せているのだと思われる。
まるで、空を駆ける兎のように。
「秋良、今日も図書館行くだろ?」
「あぁもちろん、まだわかんないことばかりだしな」
終礼が終わりまた今日も二人で帰るため、扉付近でごった返している生徒たちを待ちながら会話をしていた。
そこで生徒たちを見ながら秋良があることに気がついた。
「なぁ空兎、普通にそこら辺にいるみんなにハグレのことを聞いたらいんじゃないか?空兎が知らないことでも他の人たちなら知ってるかもしれないし」
(そうじゃないか、俺たちが知らなくても他の人なら知ってるかもしれないんだし)
この町の人たちはハグレがいることを知っていると空兎は以前秋良に説明していた。なのであれば、ハグレについて詳しい人が1人ぐらいいても何もおかしくない。だが、
「いや、それは辞めたほうがいい」
その案は空兎にきっぱりと断られた。
「なんでだよ」
「確かにこの町の人たちはハグレついて知っている。でも、だからといって全員がハグレを見たことがあるわけじゃないんだよ。なんなら、ハグレを見たことがない人のほうが圧倒的に多い」
どうやらハグレがいることは知られているが、だからといって詳しいわけではないらしい。
「それに、あまりこの町の人前でハグレの話は辞めたほうがいい」
「なんでだよ」
「それは俺にもわからん、ただこの町の人たちはハグレと関わりを持たないような生活をしてる。それだけこの町ではその話題がタブーなんだろぜ」
秋良にとってそれは初耳だった。しかし、それよりも疑問な部分が秋良にはあった。
「ん?なんで空兎はそれを知らないんだ?」
そう、空兎はこの町の人間のはずだ。だというのにも関わらず、ハグレに触れてはいけない理由を知らない。
「なんでって……、そりゃー俺も転校してきたからな、この学校に。秋良と一緒だよ」
「………え?」
(転校?じゃあ空兎はこの町の出身じゃないのか)
驚いた表情で空兎を見る。
秋良はずっと空兎はこの町出身なのだと思っていた。だからこそ、空兎が秋良と同じように転校してきたというのは秋良にとって予想外だった。
「じゃあ空兎はどうやってハグレの存在を知ったんだ?この町ではハグレの話はしてないんだろ」
秋良も空兎にハグレについて教えられなければその存在を知ることはなかっただろう。ならば、空兎はどうなのだろうか。どうやってハグレの存在を知ったのだろうか。
空兎は一度深呼吸をし、少し間を空けてから話し始めた。
「俺も秋良と一緒で出会ったんだよ、ハグレに」
(ハグレに出会った……俺と同じ……もしかして、ひとみさ―――)
「あぁいや、秋良と一緒っていってもひとみさんじゃないんだ。角が生えたウサギでさ、すげぇ面白いやつだったんだよ。秋良も本を読んだからわかると思うけど、ハグレの中には悪さをしないヤツがいるって。俺が会ったのはそういうやつなんだ」
角が生えたウサギ、秋良はハグレの本をざっくりとだが読んでいた。しかし、そんなハグレは見たことがない。
「今そいつは……」
「さぁな、ある時から居なくなっちまって……、ほんとはひとみさんじゃなくてそいつに秋良を会わせたかったんだけど、ごめんな」
空兎の表情はどこか思い出に浸っているようで、そんな目は遠くを見ている。
そして、秋良に対して言った、ごめん、は秋良には別の誰かに言っているように感じた。
「………なぁくう―――」
「よしっ、そろそろ帰るか。ほら行くぞ」
「え、あぁ」
一度目を瞑り、その後ニカッと笑って普段の明るい空兎へともとに戻った。そして、秋良に帰るぞと呼びかけてから、スカスカになった扉に向かって歩き出す。
そんな前にいる空兎の後ろを秋良は小走りになりながら追いかけた。
足をブラブラさせてたら転んじゃったのは、私だけではないはず………




