第十三話 キツネ
小屋の裏側に回るとそこには先ほどまでなかったはずの細道があった。
(なんで…?いや、丁度いい。このままこの道を行こう)
道ができていることに驚いて足が止まっていた秋良だが、カラスを追うため、すぐにまた走り出す。
周りの木々がサラサラと葉を揺らし、次々と視界を通り過ぎていく。
『カァー、カァー』
カラスは常に鳴きながらゆっくりと、真っすぐ飛んでおり、秋良はそのカラスを見上げながら追いかけている。
「ちょっと秋良!いきなりどうしたんだよ!」
走り続けているとすぐに空兎が秋良の横に並んだ。やはり、秋良と空兎ではそもそもの身体能力が違うようだ。
「あのカラスがなんかあんのか!?」
「わからない、でも、見失ったらダメな気がする…」
そういうと秋良は走りに集中するため、話すことをやめた。秋良は空兎と違って身体能力が高いわけではない。そのことを空兎は知っているため、さらに問いを重ねてくることはなかった。
『カァー、カァー』
1分ほど走り続け、秋良の息が上がってきた頃、カラスがある建造物の上を通り過ぎた。
ある建造物、それは………鳥居だ。
真っ赤な鳥居だ。階段にあった鳥居よりも大きい。しかし今日見てきた鳥居と違い、苔が全く生えていない。というより、汚れ一つ見当たらない。手入れがされているという話ではなく、まるでつい1秒前に建てられた、そんな風に感じられた。
「……」
「……」
秋良も空兎もその不思議な鳥居に言葉を失っていた。
『カァー』
だがカラスの一声により、2人とも正気を取り戻し、カラスの飛んでいった方向、鳥居の向こう側へと目を向ける。
「まじか……」
鳥居の下を通り、中へと歩いていくと2人を2体の狛狐が迎えていた。
右の狐は石の玉を、左の狐は先端が折り返されている鍵を口に加えており、2体とも首には赤色の布を首から下げている。
そして、そのさらに向こう。
そこには大きな本殿がそびえ立っていた。
(ちゃんと狛狐がある………。それにこの不思議な感じ、やっぱりここが………)
「なぜここに人間がおるんじゃ?」
神社の中の様子に驚いていた秋良と空兎の耳に突然、今まで聞いたことのない地を這うような低い声が入ってきた。
すぐに声のした方向、本殿の屋根へと顔を向ける。するとそこには面をつけた1人の子供が立っていた。
風で長い髪がサラサラと揺れている。
子供とその後ろにある太陽のせいで姿がうまく見えず、詳しいことは分からない。1つ分かることがあるとすれば、その姿はおそらく少女、もしくは少年ということだろう。
「聞こえんかったか?なぜ、ここにおる」
(…!?)
次の瞬間、その子供が視界から姿を消した。
(どこに…!?)
「ここじゃよ」
どこに行ったのか首を左右に振ろうとした瞬間、2人の立つ場所のすぐ後ろから声が聞こえてきた。
反射的に2人は体をすぐ反転させる。
「お前が……キツネか……?」
その子供を目の前にして、空兎が驚きからか、それともただの疑問からか、秋良も気になっていたことを呟いた。
「狐?それはわしの名か?それともこの姿が、ということか?」
2人の通ってきた鳥居を背にし、子供が顔についている狐の面に手をかける。どうやって今までその面を顔につけていたのだろうか。ゴムを外すような素振りも見せず、そのまま、ゆっくりとした動作で面を外した。
そして、予想もしていなかった顔面が現れたのだ。
「………へ?」
「………女の子?」
面を外した子供の顔面。
そこには可愛らしい少女の顔があった。
「ふぅ、やはり少し窮屈じゃな」
わたあめの様なふわふわとした声が秋良と空兎の耳を通り過ぎてゆく。
先ほどの低い声を発した者と同じ者からでた声とは思えぬほどの安心感のある声が聞こえてきて、秋良と空兎、2人揃って度肝を抜かれてた。
何よりもその容姿だろう。
身長は小学校低学年ほどしかない。
面を外した開放感を味わうためか、首を軽く左右に振っており、そのたびにサラサラと狐色の髪が揺れ、髪と同じ色の狐耳が左右に揺れている。
こちらを見上げるその瞳は、田一面に生える金色の稲を彷彿とさせるような澄んだ黄金色をしている。
(見つけた。絶対にこの子だ。絶対にこの子が、キツネだ)
秋良は確信した。
目の前にいる少女が自分たちの探していた“キツネ”なのだと。
「………かえれ」
「………え?」「………は?」
秋良と空兎の体にキツネを見つけた喜びと緊張が駆け巡る。だが、その2人の耳に予想もしていない言葉が入ってきた。
「今の人間は耳が悪いのか?帰れ、と言ったんじゃ」
「いや、なん……」
そこで空兎は言葉を止めた。
キツネが睨んでいるのだ。秋良ではなく、空兎を。眼中にないと言わんばかりに秋良の方へと顔を向けない。そのせいで、空兎だけがその言葉の対象のように思えてくる。
そこで秋良は気になった。
空兎は秋良よりもキツネに会うことに執着していた。現在、やっと会うことができたキツネを目の前にして、 帰れと言われている。そんな状況に何もせず帰ることができるわけもなく……、
「ここまで来て、帰れるかよ……」
案の定、空兎がかすかに聞こえる声で呟いた。
「やっと、やっとなんだ………」
拳を硬く握りしめている。
正直、秋良には何がなんだかよくわかっていない。空兎もなのだろうが、秋良はさらにこの状況が飲み込めていない。
(どうする……。このまま素直に帰るわけにもいかないし、だからといって、ここで変なことをしてハグレについて知れなくなってしまうのも駄目だ)
秋良がどうするか悩んでいる時、空兎が大きく深呼吸をした。心の中を落ち着かせるようにして。
「…一つ、聞きたい………」
その言葉にキツネが激怒した。
先ほどよりも強く空兎を睨みつける。親の仇とでも言わんばかりに。
「まだ言うか!妾はここに入ることを許した覚えは一つもない!なりたてごときが―――」
「入れたのは私だよ」
あまりの迫力に気圧されていた時、キツネの言葉を遮って、低く、そして、落ち着いた声が空から降ってきた。




