第十二話 稲荷神社
「いや見つかんねぇ!」
暗い夜道の真ん中で空兎が大声で叫ぶ。幸い周りに人はいないため変な目で見られることはなかった。
あれから2週間が経過した。神社同士の距離がそれなりに離れているため、1日2社まで。その後に図書館に行って調べ物をするという方法をとっていた。
この2週間、雨天時のときも合わせ合計で25カ所もの神社に訪れていた。しかし、キツネは一向に見つからず、捜索は難航していた。
「しょうがないだろ、この町全部で52個の神社があるんだから」
秋良がいなり寿司を口に頬張りながら答える。
先ほど行ってきた神社で祭りをしており、なぜだかこの時期にいなり寿司を販売していたため、秋良は面白くなり買っていたのだ。
「そもそもなんでそんなに多いんだよ!」
「やっぱりハグレがいるからじゃないか?最近調べてたけど、昔の人たちって神頼みが多かったみたいだし、ハグレっていう奇妙な存在は怖かったんだろ。俺もできれば会いたくないしな」
「でもさぁ!やっ――もごっ!?」
愚痴をもらす空兎の口に秋良がいなり寿司を突っ込む。そのまま空兎は口をもぐもぐさせ、ごくんっと飲み、うまい…と呟いた。
(そうだろそうだろ、このいなり寿司は美味しいだろ)
秋良はまるで自分が作ったと言わんばかりに大きく頷く。そして、最後の一つを自分の口の中へと運ぶ。最後であるため、その味をしっかりと噛みしめる。
と、ここで秋良が一つのことに気がついた。
(キツネって狐だよな。てことは………)
口の中のいなり寿司を飲み込み、空兎の方へと顔を向ける。
「なぁ空兎、俺キツネのいる場所分かったかもしれない……」
「なぁ秋良…ほんとにここなのか………?」
空兎がどこまでも続いているように見える階段を見上げながら言う。
「あぁここで合ってる」
秋良たちは今日、かなり遠くの神社まで来ていた。
その名を【朔涼稲荷神社】
秋良は昨夜、いなり寿司を食べている時に気がついたのだ。
キツネは狐なのだ。ということは神社は神社でも稲荷神社にいるのではないか、と。
稲荷神社とは普通の神社とは違い、狛犬ではなく、狐の像が置かれている。そして、稲荷神社で祀られているのは“神”ではなく、“神使”といわれる狐だ。
神使は神の使いであるため力関係は神の方が上だ。もしこの神社にキツネがいるのであれば、この町に神社がとてつもなく多いという理由にも合点がいく。さらに、この町には稲荷神社はこの場所、たった一つしか存在していない。
もう一度、神社へと続く階段を見てみる。
林のなかに一本の階段がずっと続いており、霧のせいでなのか、階段が長すぎるからなのか、ここからでは最後の一段は見ることができない。10段ほどの間隔で3メートルほどの鳥居が設置されており、林の中のため、光が階段まで入ってこず、その鳥居は奇妙な雰囲気を纏っている。鳥居は長らく手入れされていなかったのだろう。全体に苔が付着しており、その隙間から見えるこの雰囲気に合わない明るい朱色がさらに不気味さを倍増させていた。
晴れているのにもかかわらず、林の中は霧が立ち込めているという状況に秋良と空兎は不思議な感情を抱いていた。
(ここにいてくれると嬉しんだけど…。ていうか、いるだろ、この雰囲気なら)
今更ながら、ハグレに会いに行くという今までにない行動を取ろうとしていることに気がつき、冷たい汗が流れてくる。しかもその相手とは、ハグレにも関わらずハグレを殺したことがあるという。今までで一番危険なハグレかもしれない。
秋良と空兎は額から流れてくる汗を拭う。そして覚悟を決め、震える足を一歩前へと踏み出した。
階段は人ひとり通れるほどの細さなため、前に秋良、その後ろに空兎という順番で上っている。階段には鳥居と同じように苔が付着しており、ところどころヒビが割れているところや欠けているところが見える。
等間隔で置かれている鳥居の下を通るたびに奇妙な感覚に襲われる。今すぐにでも引き返したいという思いを抱きながらも2人は、必死に足を動かし、その思いに抗っていた。
そして、5分ほど登り続けたとき、秋良はついに最後の一段に足をかけた。最後の一段を他の一段よりも力を入れて登りきる。
「はぁ…はぁ…」
膝に手を置いて前かがみになり少しでも休める体勢になる。
今秋良は長距離を走ったあとのような状態になっており、登る前に出ていた冷たい汗は今ではすべて熱くて出てくる汗へと置きかわっていた。
「ふぅ、やっと着いたか」
秋良の少し後、空兎が階段を上り終えた。振り返って見てみると、秋良と同じように汗をかいているはが、息切れまではしていないようだ。さすが空兎だな、と秋良は思いながら、階段上の最後の鳥居の下を通ってその先に目を向ける。
「なぁ秋良、もう一度聞くけどさ、本当にここで合ってんだよな?」
空兎が秋良と同じようにその先を見て聞いてくる。秋良も同じことを思ってしまった。
2人の視線の先には学校の教室ほどの小屋があった。あの鳥居と同じように長らく手入れがされていないようで、木造の小屋はボロボロになっている。
小屋以外には木や茂みがあるだけなので、必然的に秋良と空兎はその小屋のもとへと向かうことになった。
「どうだ?なんかあるか?」
「いや特に何か変なところはないと思う」
空兎と秋良はひとまず小屋を一周して外見を見て回った。しかし、特におかしなところは見当たらない。
「ほんとにキツネがいんのかよ。もしかして中か?」
小屋の入り口らしきところに行くと、空兎が扉の取っ手に手をかけた。その扉は見た目からしてスライド式だろう。
「いや、まだそういうことはしないほうが―――」
空兎は秋良の言葉に耳を傾けることはせず、思いっきり横に引っ張った。秋良にはそんな空兎の姿が焦っているように見えた。
「くっっ!!…はぁ…はぁ、なにこれ硬っった!!」
しかし、ボロボロな見た目に反して扉はびくともしなかった。空兎が両手をグーパーグーパーさせながら驚いている。
念のためということで秋良も同じように引っ張ってみる。しかし、空兎と同じようにびくともしない。他にも様々な方法を試したが結果は変わらなかった。
「なんだよ、結局ここもハズレかよ…」
空兎が小屋の壁に爪を立てながら呟く。そのせいで木の破片がポロポロと地面へと落ちていく。
2人ともこの場所ならいると確信を持って今日やってきた。しかし、いくら探しても結局キツネらしきものは見つからない。せっかくここまで階段登ったのに……と同じ状況なら誰もが思うだろう。無駄足だったのかと空兎は落胆している。
だが、秋良には気になることがあった。
(狐の像が一つもない……?)
そう、ここにくるまでたった一つも狐の像を見ていないのだ。ここは稲荷神社。狛犬の代わりに狐の像が置かれているはずだ。
なにかがおかしい。
秋良にそう思わせるだけの違和感がここにはあった。
もう一度周りを見て回ろうと足を前に出そうとしたその時、
『カァー、カァー』
風に揺れ、木のせせらぎだけが聞こえていたこの場所に1つの鳴き声が響いた。
秋良はその鳴き声が聞こえた方向、空を見上げる。秋良につられて同じように空兎も空を見上げる。
そこには1羽のカラスが円を描くように飛んでいた。
普通のカラスのように見えるが、普通のサイズよりも少し大きめに見える。
そのカラスを眺めているといきなり上からこちらを見下ろしてきた。秋良と目が合う。
本当に目が合ったのかはわからない。だが、秋良には今、カラスと自分の視線が交わったような気がしたのだ。
「なぁ、あき―――」
なぜだかカラスから目が離せない状況を不思議に思ったのだろう。空兎が秋良に声をかけようとしたその時、カラスが円を描くのをやめ、そのままある方向へと飛んでいってしまった。
――見失ってはいけない――
なぜだかそう思った秋良はその方向、小屋の向こう側に走りだした。




