第十四話 カラス
(だれだ……!?)
いきなり聞こえてきた声の正体を確かめるため、秋良と空兎は同じタイミングで顔を空へと向けた。
「いやー、いきなり声をかけてすまないね。少し危ないことになりそうだったのでね、許してくれるとありがたい」
そう言うと声の主――秋良たちがついてきたカラスがその場で軽く頭を下げた。
「デケェな………」
空兎が思わずといった様子で呟いた。
カラスは普通の烏よりもかなり大きい。遠目からだが、その体長は最低でも1メートルはあると思われる。さらに翼を広げているため、その体はさらに大きく見える。
そんなカラスは空中でゆっくりと、落ち着いた様子で、その体よりも大きな漆黒の翼をはためかせている。
「………ハチか……」
2人がカラスに目を奪われている間、キツネはカラスの方へと目を向けずそう呟いた。その目は未だ空兎を睨みつけている。
(ハチ?それがあのカラスの名前なのか?)
カラスは地面にいる3人を上から眺めた後、青が広がる空に似合わない黒い羽根を空中に散らしながら、キツネの隣へとゆっくりと降下してきた。
「この姿では話しづらいかな。ちょっと待ってくれ」
地面に足をつけるやいなやカラスはそう口にする。
そして、いきなり右翼をその体よりも大きく広げたかと思えば、そのまま体の前へと持っていった。
その落ち着いた声と動作のせいか、その大雑把な動きすらも品があるように思えてくる。
「神よ、我を導け」
見惚れている秋良の耳にその言葉が届いたと同時に、カラスの体を隠していた翼が勢いよく開かれる。
すると、目の前には先ほどの烏の姿はなく、1人の人間が片膝立ちの状態で現れた。
「ふぅ、分かってはいたけど、やっぱり少し視線が高いね。また慣れるまでに時間がかかりそうだ」
黒いスーツについた砂をはたきながら、不満そうな声を漏らす。
キツネは隣の人の姿となり、自分よりも圧倒的に大きくなったカラスを見上げる。
「ハチ、貴様っ!」
「一旦落ち着きな。君の人間を前にしたときに冷静さを失うところはよくないところだよ」
カラスがキツネの頭を優しくなでる。
その落ち着いた声から先ほどのカラスであることを理解するのは容易だ。だが、いきなり現れたかと思えばすぐに人間の姿へと変身されてしまうと、理解できるものもできなくなってしまう。
実際、秋良も空兎も頭の理解が追いついていない。
「さて、改めようか。初めまして、私は八道見導之命。知人からは“ハチ”と呼ばれている。遠慮せずそちらの名前で呼んでもらって構わないよ。秋良、空兎」
「なんで俺たちの名前っ……!」
ハチが自己紹介をしたかと思えば、その口から自分たちの名前が飛び出てきた。その事実に空兎だけでなく、頭の整理に集中していた秋良の意識がそちらに向かってしまった。
「なんで、か。ずっと見ていたからね。2人のことは」
「……ずっと………」
「そうだよ秋良。ずっと……ずっとだ。いままでも、これからも、ね」
ハチが意味深に“ずっと”のところを強調する。
(ずっと……か。一体どのくらいの間のことなんだろう。ここに引っ越してきてからか?それとも、もっと……)
「まぁ、そこは置いていおいて、本題に入ろうか!」
「え?」
ハチが両手をパンッと叩き、次の話題へと無理やり移行させる。
(えぇ、意味深な発言したのそっちじゃん……)
ずっとという言葉の意味を考えていた秋良の行動に意味がなくなってしまい、秋良は少し残念な気持ちになってしまう。ただ、今はそのことよりも気になることは山ほどあるため、その思いをわざわざ口にすることはしない。
「さぁ、2人が知りたいことは何かな?答えられることは答えるよ」
その言葉を聞いて、秋良と空兎は目を合わせ、2人に聞こえないようにコソコソと会話を始める。
「秋良、どっちが先に聞くか?」
「え、空兎が聞くって言ってたじゃん」
「でもあれ見てみろよ。すっげぇ睨んできてるんだぜ?」
「あ、ほんとだ。すっごい睨まれてる」
「だから秋良頼むよ。聞くことは何でもいいからさ」
「えぇ〜」
頼むと空兎に頼み込まれ、結局秋良が先に質問をすることになった。
秋良はハチの方向へと体を向き直し、大きく深呼吸をする。
「それじゃあまずは1つ」
「どうぞ」
「なんでさっきから、その子は空兎のことを睨んでるんですか?」
聞きたいことはたくさんあったが、秋良は今一番気になっていたことを聞いた。
「あぁ、それは簡単なことだよ。この子は人間が大嫌いなんだ」
「それは……なんでなんですか?」
「なんでって、君たちはもう知っているだろう?」
「……?」
分からないことを知るために聞いたというに、さらに意味の分からないことができてしまった。
(俺たちはもう知っている?一体どういうことなんだ?)
知っていること前提で話を始めたのだろう。首をかしげる秋良を見て、ハチは不思議そうな顔をしている。
「あれ、もしかして…まだそこまでいってなかった?そうなのか……。あぁ、だからか……。そうか、そうか………」
ハチは口元に手を当てて何か呟いている。しかし、その何かは秋良と空兎には聞こえない。
「ごめんね。いきなり意味の分からないことを言っちゃって」
「いや、それはいいんですけど、どういう意味なんですか?」
「まぁそれはいいじゃないか」
「いや、だから―――」
ハチは真っ黒のスーツに真っ黒の靴、真っ黒の髪という元が烏だったと知っていれば分かる格好だ。だが、その中で唯一の異質な金色の瞳が秋良を見つめている。
秋良もその瞳を見つめ返す。
「いいよね?」
(なんだろ。頭がふわっと…して…くる……)
「…………はい」
「ちょっ、秋良!?」
秋良のありえない行動に空兎が大きな声で呼びかける。
「空兎も、いいよね?」
「いや………」
「いいよね?」
ハチが今度は空兎に向かってその瞳を向ける。
「………あぁ」
「よし、ごめんね。こっちがミスをしただけなのにこんなことをして……」
秋良と空兎は目が虚ろになっており、聞こえているのかどうか怪しい。それでもハチは言葉を続ける。
「でも許してほしんだ。決まり事だからね。その分、なるべく多くのことに答えることにするよ」
キツネが秋良と空兎からハチへと目線を移す。
「ハチよ。貴様のやり方に口を出すつもりはない。じゃがな、面倒事にするのだけはよしてもらわなければ、困るのはこっちじゃ」
「そこは安心してもらって大丈夫だよ。私が何もしなくとも、これから君の日常は面倒事で溢れかえるからね。変化の波はもう目の前だ」
そう言うと、ハチはゆっくりと両手を肩幅まで広げ、
「さぁ、質問コーナー再開だよ」
勢いよく、広げた両手の手のひら同士を打ち付けた。




