決戦の朝
朝日が昇るとともに、ベイル軍も活動を始めたらしい。にわかに騒がしくなってきた。昨晩は今日が最後の日になるのかもと、誰もが思い思いに過ごしようだ。面構えに覚悟が滲み出ていた。
ハルモニアは隊列を整え、戦いの支度を整えていると、ハルモニアの士気が高まっているのを感じた。それは特にラークス人に顕著だった。どうやら、小林くんが勇者の剣をエステルから渡されたことが理由らしいが、俺達中核世界の人間には事情がわからないでいた。
「小林くん、なんか顔の艶がいいけど、昨日何かあったの?」
「ムロさんだって、なんか今朝はいい顔してません?まぁ、俺の場合は、エステルからプレゼントもらえたんで」
ニヤニヤしながら見せてくれたのは立派な日本刀だった。なんでも、ラークスに異世界転生した勇者ヨシオの刀だとか。そんな国宝級の武器を装備して、まんざらでもないらしい。
「それにしても見てくださいよ、敵は悠々平原でこっちが出てくるの待ち構えてますよ」
「そうみたいだね。一体どんな手で攻めてくるのか」
だが、敵の動きは意外なものだった。敵陣の背後に鎮座していたレッドドラゴンは翼をはためかせ浮き上がったかと思えば悠然と自陣の前へと進み、ドラゴンの姿から人へと姿を変えながら自軍の先頭へと降り立った。
「昨日の戦い、見事であった。勇猛な戦士達よ、喰い殺すには惜しい。我が愛刀をもって、切り伏せてやろう。命尽きるまでかかってこい!」
レッドドラゴンは背中にかけていた大きな剣を抜き、構えた。なんとも勇ましい口上だ。レッドドラゴンは自らの手で俺たちを殺したいらしい。
「随分と舐めたことを言ってくれる。なぁ、そう思わんか小林よ」
「おう、そうだな。あのドラゴンの首は俺が討ち取ってやる」
「そのいきやよし!小林、刀を掲げよ」
「お?こうか?」
小林君が刀を掲げると、ハルモニアから地が響くほどの歓声が上がった。口々に英雄の再来、勝利は我らがものと叫んで憚らない。一気に士気が高揚した。鳴り止まないい歓声に小林君は完全に引いていた。
「すんげ〜・・・。なに、みんな俺が勇者だと思ってるの?」
「まぁ、そういうことだな」
「おかしいだろ!だって、俺に剣術教えたのは銀だろ?でもその銀を勇者である俺がどうやってまた剣術指南するっていうんだよ」
「鶏が先か、卵が先か。そんな話だな」
「よくわかんねぇけど、士気が上がったなら、まぁいいか!」
「よし、行くぞ!全軍攻撃開始!」
再びの開戦。すでに敵も味方も矢や弾が底をつきかけている。否応もなく白兵戦となり、本能剥き出しの闘争が繰り広げられた。だが、敵軍の大将であるレッドドラゴンの力は凄まじい。先陣切って小林君と銀が切り掛かるが、レッドドラゴンの剣術の腕は確かだった。確実に見切り、捌き、こちらの隙をついてくる。小林君と銀は連携しドラゴンを攻め立てるが、まだ一太刀も浴びせることはできていない。
アレク達異世界転生組も援護に回るが、それでもレッドドラゴンは余裕綽々で攻撃を躱し、アレク達を翻弄している。ハルモニアの突撃部隊も彼らを援護するが、戦力差は明らかだった。
「どうした!その業物はただの飾りか!」
「はっ!こちとらようやく体が温まってきたところだ!本気はこれからだ!」
小林君は根性でドラゴンからの攻撃を捌いているが、だが明らかに押され始めている。俺は加勢しようと近づこうとするが、その度火炎を吐かれたり、魔法を浴びせられて近づくことができない。
「実に惜しい剣士だが、ただの蛮勇だったな。この俺に無能力で勝てるわけもないだろう。思い知らせてやろう」
レッドドラゴンは剣で薙ぎ払い、俺たちから一旦間合いを空け、剣を地面に突き立て。その空いた両の手でパンと柏手を打つと、地面から火柱が上り、アレク達や銀に直撃した。さらに炎は、レッドドラゴンを取り囲んでいた突撃部隊の全員に襲い掛かり、
「おい、みんな大丈夫か!」
急いで負傷した仲間を後方へと下げ、今レッドドラゴンと対峙しているのは小林君だけになってしまった。
「これで邪魔は入らない。さぁ、貴様のその刀とその首、叩き切ってやる」
「できるもんならやってみろぉ!」
果敢にレッドドラゴンに挑むが、その剣閃は空を切り、ドラゴンの剣が小林君の体を貫いた。戦場にエステルの悲鳴が響く。狂ったようにドラゴンに攻撃魔法を放つが、そのどれもが精彩を欠いていた。
「どうした、どうした。さっきまでの緻密な魔法が、これではまるで素人ではないか」
エステルはセシリアとカティに抑えられたが、一度取り乱したエステルはなかなか落ち着きを取り戻せないでいる。
「勝手に・・・殺すんじゃねぇよ」
小林君は腹を剣で貫かれても、なおも刀を振り、ついにレッドドラゴンの首を捉えた。だが、すでに力が入らないのか、ドラゴンの首が硬いのか、その刀は薄皮一枚程度しか首に入らなかった。
「その根性だけは認めてやる。が、もういい。お前の剣は見飽きた。灰となって異界の間で朽ちるがいい」
ドラゴンは小林君から剣を引き抜き、首をもち天に掲げた。首を握っている手から、何度も何度も炎が放たれ、小林君の体は焼け焦げてしまった。ドラゴンは小林君を宙へと放り投げると、暗い渦巻きのような穴が空間に現れ、小林君を吸い込み消えてしまった。
狂乱したエステルは杖から刀を抜き、ドラゴンに切り掛かるが一瞬で制され、捉えられてしまった。
「まったく、愚かな女だ。あの男はお前の夫だったのか?それは悪いことをした。今すぐにでも貴様も同じ場所へ送ってやろう」
「貴様など、ヨシオさえいれば・・・」
「いない者のことを言ったとて仕方あるまいに。さぁ、死ぬがいい」
ドラゴンは剣を振り上げると、空には雷雲が立ち込め、雷がドラゴンの剣へと直撃した。
「ぬぅ、これは・・・!」
ドラゴンは狼狽し、後退りながら空を見上げる。頭上には金色の龍らしき姿天を泳ぐ姿が朧げながら目に映り、空からはコスモスの花びらが雪のように舞い落ちてきた。
『火燈よ、貴様やりすぎてしまったな』
この声には聞き覚えがある。あの世で会った金色の龍の声だ。
「現世でこうも神力を使えば、次元の境界が歪むの必定。調子に乗って戦場で出向いたのは浅はかだったな。おかで我らも干渉できる」
「まさか、おかしい!次元に干渉するほどの力は使っていなはず!」
『魔岩の力に踊らされましたね。かつてのあなただったら、このような失敗をすることはなかったでしょう。だが、今のあなたは魔岩の力に溺れるあまり、こんな初歩的な失敗を犯してしまった』
この声は女神か。どういう理屈かわからないが、神の世界に封印されていたあの神々は、レッドドラゴンがこの世で暴れたことで出てくることができたようだ。
『エステルよ、我らが声を聞け。愛する者を取り戻し、レッドドラゴンを討ち取りたいのならば、その魔法を授けよう』
エステルは天を仰ぎ、神の声に耳を傾けている。
『お前の命を代償に、お前が望むものをヴァルハラから召喚するがよい』
ひらひらとエステルの手の中に、あの世で俺も見た女神の花が舞い降りた。その花を手にしたエステルは天を仰ぎつぶやいている。
「あぁ・・・術式が・・・術式が頭の中に溶け込んでいく」
危機を感じたレッドドラゴンは、エステルの魔法発動を阻止しようとするが、再び天から雷が落ち、レッドドラゴンの動きを封じた。
『さぁ、召喚するがよい』
エステルは、女神の花を握り締め、迷うことなく魔法を発動した。




