レッドドラゴン
「巴ちゃん、あまり無理するなよ!」
「分かってる!でも、敵の数が多くて!」
ベイル軍とハルモニアの力と力のぶつかり合い。すでに戦場は乱戦となり、血と硝煙で塗れていた。戦闘はハルモニアが優位に立っている。アレク達の魔法攻撃で敵の魔法使いを排除できたことで、こちらの魔導兵器や通常兵器が絶大な戦果を上げている。
だが、魔石によって死を恐れずに突っ込んでくるベイル軍の猛攻は凄まじく、敵のポータルになかなか近づけないでいる。おまけにベイルのポータルからは続々と増援がやってきている。国防軍はこれを飽和攻撃を続けているが、弾薬がいつまでもつかわからない。補給をしようにも、現在各地の戦場で国防軍も戦闘している為、長期戦になればこちらが不利になっていくだろう。
俺たちは突撃部隊として、戦場を駆け抜けなんとか敵のポータルへと取り憑こうと前進しているが、敵の猛攻の前にその歩みは遅かった。エステルは魔法で敵を薙ぎ払い、近づく敵は銀と小林君が切り伏せている。俺と巴ちゃんも両翼から迫る敵を拒絶の力で躱しつつ打ち倒していく。突撃部隊が一個の剣として敵陣へと切り込んでいく。
アレク達も剣に魔法にとチートらしい圧倒的な力で敵を粉砕しているが、無限のように湧いてくる敵兵の前では、徒労のようにすら思えた。
敵も味方もバタバタと倒れていく。俺たち突撃部隊を少しでもポータルへと進ませるために、多勢の仲間が命を落としていく戦場で、俺たちは敵と味方の屍を踏み越えて進んでいく。
「もうすぐだ!ポータルの左翼に取り付き、室田と巴で一気にポータルを閉じろ!」
「了解!」
疲労もだいぶ溜まってきたが、まだ余力はある。まだゴリ押ししてもなんとかなる。そう思った矢先、ポータルから凄まじい勢いで紅い大きな物体が飛び出てきた。バッサバッサと翼をはためかせ空へと舞い上がった。
レッドドラゴンだ。ベイルから中核世界についにやってきたのか。レッドドラゴンは俺たち突撃部隊を一瞥すると、体を反転させハルモニアのさらに後方にいる国防軍が陣地へと飛びさった。
空が真っ赤になった。爆発音と吹き荒れる火炎で国分軍の陣地は焼き尽くされ、戦車や基地の破片が空高く吹き飛ばされている。
「銀隊長、国防軍からの通信が途絶えました!これではおそらく全滅かと・・・」
通信兵からの報告に、一同は騒然とした。これで遠距離からの支援攻撃は絶たれ、敵の猛攻を抑える手立ては無くなった。
「形勢逆転か。現在の味方残存兵力は?」
「およそ六割です。ですが、なおも味方に被害が出ています」
「やむおえん。もはや退路はない。このまま転身し、富士の裾野に逃げ込み、体制を立て直す。全軍に伝えよ!」
国防軍を壊滅させたレッドドラゴンはこちらに反転し飛来する。味方であるはずのベイル軍兵士がまだハルモニアと戦っているというのに、容赦なく味方ごと巻き込みハルモニアの兵士に火炎を吐き散らしている。
乱戦となりちりじりになったハルモニア全軍は集結しつつ富士の裾野へと撤退していく。ベイル軍はこの好機を逃すまいと、撤退し遅れたハルモニアの部隊員を数に任せ取り付いていき、一人、また一人と引きづり倒し、とどめを刺していた。
一体、この短時間の戦闘でどれほどの犠牲が両軍に出たのだろうか。状況は混乱を極めていた。
富士の裾野には樹海が広がり、身を隠すにはもってこいだ。各部隊は連絡をとりつつ、魔法を駆使し少しずつ集まってきたが、皆かなりの疲労が見られる。その風貌からも、激戦だったことが窺えた。
「エステルさん、無事だったか」
空からアレクが降りてきた。隣には田中と和尚もいた。彼らも随分と服がボロボロになっている。
「君たちか。良かった、無事で」
「俺たちは大丈夫だが、味方の兵が随分とレッドドラゴンにやられてしまった・・・。あれは俺たちが総出で挑んでも果たして倒せるかどうか」
「あぁ、神というだけあって凄まじい力だった。だが、こうしてこの世に肉体を持って存在している以上、倒す手立ては必ずあるさ。まずは軍を再編し、休息を取ろう。クロの話では、敵の進撃は止まったらしい。魔石の力で無限に行動されてしまうのではとヒヤヒヤしていたが、そうでもないらしい」
「そうですね。俺たちも少し様子を伺ってましたが、どうやらベイルの魔石に供給されている魔力の源は、レッドドラゴンの様ですね。あのドラゴンの体内に埋められている魔岩と呼ばれる大きな魔石から魔力が流れ出ているのを感じます」
「私も同意見だ。あれだけの軍を動かすとなったら、彼らも魔力の補給が必要なはず。今のうちに我らも休むとしよう。そろそろ日も暮れることだしな」
あちらこちらに野営する味方達が火を囲む姿が焚き火によって照らされる。最終的な報告では、今日だけの戦いでもハルモニアは半数近くの戦力を失い、各地で防衛戦を繰り広げている国防軍も三割の戦力を失ったとか。
もはや援軍は期待できず、各方面の部隊が孤立奮闘するしかない状況だ。この状況下で、ハルモニアの面々は焚き火が照らす中、作戦会議をしているかと思えば、なんと昔話に花を咲かせている。
「この感じ、懐かしいな。もう何年前になるか、師匠を囲んで最後の大会戦に挑んだのは。あの時も俺とエステルと師匠で先陣を切ったもんだ」
「ラークス平定の最後の戦いだったな。あの時も随分と大変だったが、さて今回はどうなるか」
銀とエステルの会話は老練の戦士の様だった。その間になぜか小林君が挟まれて、昔話を聞かされている。だが、当の小林君は気もそぞろだ。どうやら、自分の武器である刀が刃こぼれしているらしく、使い物にならなくて銀に相談しにいったところ昔話に付き合わされているようだ。
俺と巴ちゃんはそんな小林君を微笑ましく見守っていたが、チョンチョンと巴ちゃんから脇をつままれたので、焚き火から二人で離れた。何か話したいことでもあるらしい。
「ごめんね、焚き火から離れて寒くない?」
「いや、寒さも拒絶してるから、体温は変わらないかも」
「すごいね、ぐんちゃん。そんな器用なことまでできるんだ。まっ、私もできるけどね」
巴ちゃんは無邪気に笑いを俺に向ける。
「こんな時なんだけどさ、こんな時だからこそ、ぐんちゃんと一緒にいたくて」
「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」
その言葉に巴ちゃんは、「そうなんだ」と小さくはみ噛みながら答えた。
「あまり口にしたくないんだけど、ひょっとしたら私たち、こうやって落ち着いて話せるのが今日が最後かもしれないじゃない?だから、少しでもいいから、話がしたくて」
「俺も同じ気持ちだ」
俺は近くの倒木に腰掛け、巴ちゃんにも隣に座るよう促す。そんな俺に「今日は積極的ですねぇ」と言いながらも、ピタッと体を寄せてきた。なんでも、この方が寒くないとか。
「巴ちゃん、見てみなよ。今日は夜空がよく見える」
「ほんとだー。私たちが戦争してるのが馬鹿馬鹿しくなるくらい綺麗だね」
「本当に」
俺たちはしばらく黙って夜空を見上げた。辺りはとても静かだ。まるでこの世界に二人だけしかいないような錯覚さえ覚える。
「あのね、ぐんちゃん。私がさ、オスロでさ、この間ぐんちゃん告ったの、覚えてる?」
「あ〜・・・覚えてるよ」
忘れもしない。街中で大声でだいすきなんて言われたから、嬉しさと恥ずかしさとで強烈に記憶に残っている。
「そのさ・・・。答えを聞きたくて」
「ん?あっ。そうか!」
しまった。あれは告白だったのか。てっきり感情が昂って口走っただけかと思ったら、あれは告白だったのか・・・。己の朴念仁の具合が恨めしい。
「ごめんね、返事が遅れて・・・」
巴ちゃんは俯き、小さく頷いた。静かに俺の答えを待っている巴ちゃんを見て、やはり俺の心の中は愛おしい感情で満たされていた。はじめはただの同僚で、腐れ縁のように今日まで一緒に来た。
会社員から特殊な組織の戦闘員と華麗なのかよくわからない不思議な転身も一緒に経験して、こうして戦場の最中に夜空を見上げている。戦場でお互いを必死で守り合うのも、その延長なのかと思っていた。
でも、一体いつからだろうか、彼女のことが目から離せずつい追いかけてしまっていたのは。ひょっとしたら初めて会った時からかもしれない。まさか、自分に好意を寄せてくれる女性が現れるなんて思っていなかったから、気にもしていないと思っていたが、どうもそうではないらしい。
「俺も、巴ちゃんの事が好きだな」
それが、俺の率直な答えだった。
「・・・ほんと?」
「ほんとだよ」
巴ちゃんがガバッと抱きつく。同時に、涙を流し声を上げて泣いた。
「良かった!私、彼氏もできずに死ぬのかと思った!」
「ええぇ・・・。そんな事言わないで。まだ死ぬと決まったわけじゃないでしょ」
「でも、ぐんちゃんだってわかるでしょ?この戦いはどう考えてもこっちが不利。勝てる見込みがどれだけあるか・・・」
言いたいことはわかる。特にレッドドラゴンが戦場に現れてことで、戦況は一変した。だが、それがなんだというのだ。
「俺たちの能力は“拒絶”にあるという。なら、全力で悪い未来を拒絶してやろうと俺は思ってる。なんていうのはでかい口を叩きすぎてるかな?」
「いや、ぐんちゃんらしい。ぐんちゃんそういうところあるもんね」
「さすが俺の彼女。わかってらっしゃる」
「照れるぜ。でも、今は少しでも、明日のことは明日の私たちに任せてぐんちゃんと恋人らしくいたいな」
「そうだね。でも、生き残って戦争が終わったら、どこか一緒に遊びにでも行こう」
「それは死亡フラグ」
二人で顔を見合わせ、プッと笑った。俺たちは結ばれ、満点の星々に照らされている。




