後始末
アレク襲撃から一週間が経とうとしている。
依然としてオスロの復旧は継続して行われているが、凄まじいスピードで復旧は進んでいる。重機に加え魔法と連携した復旧作業は高効率の作業を実現し、最低限のインフラはすでに完全に回復しているので、生活においては不便はもはや無い。
戦闘が行われた地区に関しては相当な被害が出ているものの、派手に破壊された結果、逆に新たな都市計画を立てやすくなるなど思わぬ副産物もあったが、何より良かったのは人的被害がゼロだったことだ。
アレクの襲撃によって、当初報告にあがっていた死傷者数は合計で数百単位で出てしまうはずだった。だが、アレクが撤退の間際に放った回復魔法“リザレクション”は、全ての怪我人を完全に回復させたばかりか、死亡したはずの人間も全て生き返らせていた。
俺もこの目で瓦礫に潰された遺体や体の一部が欠損した負傷者も見ていたから、これらも完全に回復させたことになる。なんという出鱈目な力だ。まさにチートと呼ぶにふさわしい。
俺と巴ちゃんは復旧作業に従事しながらも、時間を見てエステルやジーナ達技術部の面々と能力についての研究を重ねていた。ここにきて、俺たちもまたチートに近い能力を手に入れてしまった。
拒絶の意思を強固に持つことで常任離れした戦闘能力を発揮することができるようになった。エステルはこの能力を“ヒュラタ”と名付けた。ラークスの言葉から名付けたらしい。
だが、本当に厄介なのは神々の存在だろうというのは、ハルモニア上層部の意見だった。ラークスでは文化・宗教により神の存在は信じられているが、俺たち日本人は無宗教だ。神の存在を受け入れられるのか。また、神の存在を知ってしまった中核世界への影響を考え、この事実はハルモニア上層部で最重要機密として扱われることになった。
それもそうだ。中核世界にも様々な宗教が存在するが、そのどれにも一致しない神が存在するとなると、世界中パニックになったとしても不思議じゃない。
だが、今一番の課題は、ハルモニアの隊員達の過度な訓練状況かもしれない。
多くのハルモニアの隊員は、ラークス人、日本人関係なく、皆死ぬ勢いで自分を訓練で追い込んでいる。理由は、アレク達に歯が立たなかったことが大きいが、一番の理由は襲撃者であるアレクに蘇生されたことが生き恥と考えている隊員が多いことだ。
発想が武士そのもので、切腹しないだけマシかもしれないが、なかなか鬼気迫る訓練に俺はたじろいでいる。
能力が発言したことで、格好の模擬戦相手に勝手にされるのも、正直体力的に堪える。というか、銀と小林くんからの組み手のお誘いが多すぎて息つく暇がない。まぁ、いい訓練にはなるのは間違い無いのだが。それは巴ちゃんも同じらしく、こうして技術部に顔を出している時が、今は最も安心かつ休息が取れる時間になっている。
「いつになったらみんな落ち着くのかなぁ」
ベンチで倒れ伏している巴ちゃんが独り言のように話しかける。
「この調子じゃあ、しばらくは無理かもね。みんな殺気立ってるし、よほど悔しかったはずだよ。俺だって、一矢報いることができたから落ち着いていられるけど、あのままやられっぱなしだった、いても立っていられない気はする」
「ぐんちゃんも、おっとりしているようで実はけっこう熱いもの持ってるもんね」
「そうかな?自分では分からないけど、やれることは一生懸命やってるつもり」
「ぐんちゃんらしい。でも、やっぱりこの調子が続くのは勘弁かも。ポーションで乗り切れる気がしない」
「それは同感」
二人で顔を見合わせ、ぷぷっと笑いだす。
「なんだか、こうやって話すのも久しぶりな気がする」
「部隊も別だったしね。なんだか俺もほっとするよ。巴ちゃんと一緒にいると」
巴ちゃんは「ぐんちゃんもそうなんだ」と呟いていて、またベンチに突っ伏して丸くなり足をバタバタさせている。足でも痙攣しているのだろうか。
回復魔法でもかけてもらおうとエステルを探そうかと思った矢先、端末に招集命令が入った。なんだか、久しぶりの招集のように感じてしまうが、それもそうか。襲撃から今日まで、招集されることはなかったわけだから。
転移室に入るや否や、その熱気の凄まじさたるや、ほとんどの隊員が目を血走らせ、息を荒立てていた。士気が高いなんてものじゃない。怒りとも思える感情の渦に転移室は包まれていた。
「室田達も着いたか。調子はどうだ」
「あぁ、銀。調子はいいよ。今回の状況はどんななんだ?」
「また後ほど、全体での説明があるが、今回は自然発生したポータルの閉門作業だ。危険度は低いだろうから、今回は例の隊の編成で任務に当たる予定だ。新体制でのいきなりの実戦だが、よろしく頼む」
「了解した」
銀の言う新体制とは、俺と巴ちゃんの能力開花に伴って考案された新たな部隊構成のことだ。今までは俺と巴ちゃんを二つの隊に分け二方面からポータルを閉じていく作戦だった。これは機動力を確保しつつ警護をより盤石なものにする為だったそうだが、最近のベイルの戦闘力の向上も確認し、舞台を分散ではなく集中させることになったらしい。
実際、今までもこのやり方では犠牲者が出やす課題としてハルモニア上層部の頭を悩ませていたらしいが、俺たちが能力を開花させたことで、警護対象から戦闘員としても扱われることになり、より攻撃力と防御力を高め生還率を上げたいらしい。
そんなわけで、今俺たちの周りには銀舎利隊と市村隊が一つの突撃部隊として編成された。隊長は銀が任命され、副隊長に市村さん。斥候と偵察はクロが任命され、そして、主力前衛として小林君、ドワーフのカルフ、獣人のウォルフが任され、部隊中央に俺と巴ちゃん、魔法使いのセシリアとカティ。後衛に魔族のアーロン、獣人ミーシャ。この主力部隊を囲うように魔道兵が展開するといった部隊配置だ。
アレク達の襲撃から間もないため、部隊のみんなは諸々の打ち合わせで忙しそうだ。俺と巴ちゃんも馴染みの部隊員だけではなく、新たに一緒に戦う仲間達と挨拶を交わしていく。
「いや〜、それにしてもすごいねみんなの士気」
「堪えているんだろうね。アレク達に歯が立たず、殺られた上に蘇生までされて恥じ入っていたから。根っからの武人ってことだろうね。感服するよ」
壇上にエステルと司令達が上がり、作戦を説明する。特に変わり映えのない、いつもの小規模のポータルが出現した時に受ける作戦概要だった。みな誰一人として文句は言わないが、極限まで高まっている士気には似合わない小規模な任務だった。
「全員出撃準備いいか?!いくぞ!」
エステルが移動用ポータルを開き、続々と現場へと進む。
ポータルの先は、どこかの山の裾野のようだ。周囲に木が生えているが、だいぶ背が低い。本部からの情報では、標高がかなり高い山であることは分かっているが、あたりには遮蔽物になるような岩な度はなく見通しが良い。そのため、短時間の捜索でポータルを発見することができた。
場所が場所ということもあり、周辺には人の姿も無く、いつもに比べかなり落ち着いて行動ができている。
「今回は随分と楽だな。こんな場所に登ってくる人間もおるまい」
「そうですね。人が登山に来るような山でもなさそうですし、これなら偽装工作は不要かもしれませんね」
銀と市村は状況を確認しつつ情報を集めていた。俺と巴ちゃんは小林君達、主力の部隊員と共にポータルへと接近し、いつものように閉門作業へと移ろうとする。今回のポータルは大きめの車が一台通れるくらいのサイズのポータルだった。
それにしても、ポータルが景色の中に浮かび上がっているのは、ととても不思議な感じだ。ポータルのところだけ違う景色が広がっているのだから当たり前なのだが。目に入るポータルの中の景色は、黄金色に輝く美しい麦畑で、思わずうっとりとしてしまうほどの景色だった。
小麦畑の中から、ひょっこりと人の姿が現れた。その人物は背を伸ばしながら腰をポンポンと叩いている。服装からして農民だろうか。その農民はこちらを見て驚いたような仕草をしたと思ったら、こちらに手を振ってきた。
「!!小林君、見えるか?ポータルの中に手を振っている人がいる」
「全員戦闘体制!ムロさん、一旦こっちに隠れて!って、手を振りかえしてる場合かいっ!」
「あっ、ごめん。つい」
あまりにも和やかに手を振ってくるので、思わず振り返してしまった。巴ちゃんからもアホなことしないでと言われながら、服を掴まれ引きずられるようにポータルから離れた。
「全員、許可あるまで発砲はするな。敵性異世界かどうか確認する。警戒を怠るな」
銀の命令で全員戦闘体制のままポータルと睨み合う。農民はこちらが武器を構えても怪訝な顔をするばかりで、こちらに危害を加える素振りは見えない。
「大丈夫です。彼はただの農民ですよ。危害を加えてくることはありません」
全員が驚きと共に武器を構え、声の主に向けた。声の主は、なんと異世界転生者のアレクだった。一体、いつの間に現れたのか、一切の気配を消したまま、アレクは俺たちの部隊の中心に現れ、ポータルと向き合っている。
「テメェ、このやろう!!」
「何しにきやがったぁ!!」
「今度はやられねえぞ!!」
「勝負、勝負!!」
鬨の声を上げながら、味方が一斉に攻撃を仕掛けようとするが、銀と市村がそれを制止し、叫ぶ。
「待て!!白旗をあげている!攻撃は待て!」
その声でようやく気づいた。アレクは、白い旗を持って立っている。おまけに、アレクのトレードマークとすらいえる剣ですら装備していなかった。
「冷静な判断、ありがとうございます。このポータルは俺が開けたものです。みなさんにどうしても見て欲しいものがあって」
そう言うと、アレクはポータルの中に向かって手を振った。




