魔岩
コスモスは龍人の頭をぐしゃぐしゃと撫で回している。
「レッドドラゴンも、元は世界を守護する龍神の一柱でした。名を、火燈という紅き龍は、禍津凪の兄弟なのです。ですが、魔性の存在に魅入られてしまったのです」
「魔性の存在、ですか?」
「元は魔岩と呼ばれる、強大な魔力が籠った岩を指します。ベイルの魔石はこの魔岩から生み出されたものですが、魔岩には魂が宿っており、この魂は我らとは異なる宇宙から次元を渡り現れた若き魂でした。
岩石に宿るばかりで、受肉し生物として生きた経験を持たなかったこの若き魂は、ある時、レッドドラゴンによって見出され、魔石の強大な魔力を差し出すことを条件に、レッドドラゴンの体にその魔岩の一部たる魔石を埋め込み、ここにはじめて受肉し生きる経験を得ましたが、これが全ての元凶でした。
魔石はレッドドラゴンの精神を蝕み、やがて魔石がレッドドラゴンの肉体の主導権を奪ってしまったがために、魔石は生の感覚に狂気し、受肉して得られるこの世の全ての体験を欲しました。特に渇望したのは悪行の数々・・・。破壊、簒奪、暴虐・・・ありとあらゆる悪行に歓喜し、かの魂の非道はついにはベイルを飲み込み、中核世界にもその魔の手を伸ばそうと企てています」
気持ちが落ち着いてきたのか、龍神は復活し、さらに説明を進める。
「そうだ。レッドドラゴンはベイルに降臨したのち、己を人の姿に変え、ベイルの王となった。その王政は紛うことなき善政だったが、それは民からの信頼を得るための餌に過ぎなかった。レッドドラゴンの目的は、魂を持つ人間に魔石を埋め込むことにある。より多くの体験を味わうためにね。そして、その計画はベイルでは完全に達成されてしまった」
「そんな経緯があったんですか・・・。随分と人間を軽く見ているのはわかりました。実に不愉快だ」
「君らしい感想だ。見かけによらず、激しい気性も持っているんだね。討伐者として実に相応しい。さて、では君の答えを聞かせてもらおうか。レッドドラゴンの討伐を引き受けてくれるかい?」
「自信はありませんが、やるしかないでしょう。それしか生き返る方法はないわけですから」
実際、これはお願いとは言われていても、事実上の強制だ。他に選択肢はない。
「でも、ちょっと待ってください。アレク達はリタを奪還しようとオスロに攻撃を仕掛けてきました。まずはあの襲撃をなんとかしないといけない。というか、そもそも奴らは一体何のためにオスロへ攻撃してきた。あなた方なら、何か知っているんじゃないですか?」
「それが、実はその・・・」
今度は女神様が俯いてしまった。今度は龍神が女神の頭をわしゃわしゃしながら事の次第を教えてくれた。
「私たちとアレク達は、以前に接触したことがある。彼らが異世界に渡るその時に、神としてね。彼らに能力を与えたのは、私達だ」
よく異世界もので聞く話だ。異世界転生にしろ転移にしろ、神と出会い、何らかの能力を授けるという、アレだ。なるほど、この神様達はそういう存在だったのか。
「彼らは、レッドドラゴンに籠絡されたと見て間違いない。室田君や室田君の彼女の登場は、レッドドラゴンにとって不測の事態のはずだ。状況を有利に進めるためにアレク達と接触し、ハルモニアに攻撃するよう仕向けたのだろう。優しく正義感溢れる子達がレッドドラゴンの陰謀に手を貸すとは思えない。彼らを説得したいが、残念なことに、私達は彼らと違う次元に住んでいるからそう簡単に接触することができないんだ。困ったもんだよ」
「ですので、室田さんには、私たちからのメッセージも彼らに届けてほしいのです」
コスモスは、俺に握った拳を差し出し、手を開いて見せた。
「このコスモスの花に、私たちの想いや、これまでの経緯を思念として込めてあります。彼らに渡せば、事情を知り、無益な戦いもやめるでしょう」
俺は花を受け取り、胸ポケットへと大事にしまい込む。
「分かりました。でも、問題は彼らが素直に受け取ってくれるかですね。あれだけ攻撃的だと、どうしたらいいか」
「そこは問題ない。君が彼らを程よくぶちのめしてやればいい」
過激なことを言いなさるな、この龍神様は。それに、俺には能力があるといったって、まだ使い方がわかっていないのに。
「いずれにしろ、君には強大な敵と戦わなければいけない。そのためにはアレク達との戦いは避けては通れない。健闘を期待しているよ」
まったく、人に頼んでおいて気楽なもんだ。普通だったら断ってやるところだが、生き返りがかかっている以上、全力でやってやる。それに、やはり許せない。理不尽に人を害するレッドドラゴンという存在が。
「いい眼をしている。やる気、殺気が見て取れるよ。それでは、話はここまでだ。軍を司る名を持つものよ。現世へ戻り、悪を滅ぼせ」
俺は、二柱の神に敬礼する。そんな俺を見て、満足そうな二柱の笑顔に俺はハッとした。笑っているが、笑っていない。その目には、決して安楽な気持ちなどなかった。俺は生き返るために神に縋ったが、神達もまた、人間に縋ったのだ。
まるでぐいっと体を引っ張られるように、俺は物凄い勢いで神達から引き離され、あっという間に見えなくなってしまった。そして、世界はまた霧かかっただけの真っ白な景色へと変わり、どんどんどんどん、世界が明るくなっていく。
眩しくて眼を閉じてしまうが、次に眼を開いた時には、死ぬ直前に見た景色が映っている。
「室田さん!大丈夫ですか?私がわかりますか?!」
ウォルフが俺の顔を両手で包み込み、声をかけていた。傍には治療魔法をかけてくれている。ミーシャとアーロンの姿が。そして、慌てふためき泣いているウォルフの姿が見えた。
「奇跡だ・・・。たしかに死んだはずなのに、蘇生するなんて」
「だから言ったでしょ、諦めちゃダメだって」
俺は起き上がり、状況を確認する。
「今、状況はどうなっている?巴ちゃんは?」
「現在も、エステル、銀、カルフが転生者達と戦闘中です。ただ、室さんが負傷して意識消失すると、巴さんも転生者達に攻撃を始め、今はご覧の通りです」
戦場では、相変わらず激しい戦いが繰り広げていたが、流れがだいぶ変わっていた。最も激しく敵を攻め立てていたのは、巴ちゃんだった。その戦いぶりはまさに修羅。標識の瓦礫というリーチの長い武器を振り回す巴ちゃんを仲間たちが支援に徹し、乱戦を優位に戦っている。
「現在、戦闘の状況は優位と見えます。それどころか、巴さんのお陰で敵を圧倒しつつありますが、あの無茶な戦い方では巴さんの体がいつまで持つか・・・」
あの世で見た景色そのままだ。巴ちゃんは別人のように戦場を駆け、跳ね回り、武器を振るっている。胸が締め付けられる思いだ。なぜ、巴ちゃんが戦わなければならないのか。なぜ、あんな優しい巴ちゃんが、鬼のように殺し合わねばならないのか。
胸が熱くなる。怒りが腹の底から湧いてくる。
俺は戦場へ駆け出し、戦場の中心、アレク達と巴ちゃんの前へと強引に割り込んだ。尋常ではない速さで接近した俺をアレクは驚きの目で見ている。体が理解している。能力の使い方を考えるまでもなく、闘争の本能が、腑が煮えくりかえる怒りが、俺の能力を発現させる。
俺は、この狂った戦いを、〈拒絶〉する。




