境界にて
女神と呼ばれた女性は、手をかざすと、川べりにたいそう綺麗なテーブルが現れた。まるで貴族が嗜むようなお茶の席が用意され、俺はそこで話を聞くことになった。
「改めて、紹介しよう。私は、数多の世界を超え守護する龍神が一柱。名を、禍津凪。彼女は、この世界を見そなわす花の化身であり女神のコスモスだ」
龍神と名乗る男は線が細く、長身で細身。ぱっと見はインテリだが隙のない武人を思わせる風格を持っている。中でも、目につくのは頭から生えた角と、その柔らかなな眼差しに似つかわしくない禍々しい眼光だ。長く織り込まれたかのような金色の髪がまだらに生え、顔が見にくい分余計に怪しさを感じる。
隣にいる女性は、足元にまで届きそうな長くまっすぐ伸びた美しい髪が一際目を引く。髪色も淡いピンク色で、コスモスを思わせる。その美貌も、絶世の美女という言葉では生ぬるいほどの美しさだ。男なら一眼見ただけでも虜になってしまうだろう。だが、その表情は柔らかだが、高貴さ漂い近寄り難い空気を身に纏っている。
「ここでは時間の流れが現世とは違うし、焦ることもないのだが、手短にいこう。君は早く生き返りたい様だしね」
「えぇ。生き返れるのなら、一刻も早く」
「承知した。私たちは君に叶えてほしい願いがある。その願いは一つ。ベイルの悪龍、レッドドラゴンの討伐だ」
「ベイルのレッドドラゴン・・・。確か、リタの話では、そのドラゴンは領民からは慕われているとか。でも、兵士には嘘をついて精神操作できる魔石を埋め込んで戦わせているとか言っていたような。いや、そもそも、そんなラスボスみたいな存在を討てって、俺にはそんな力はありませんよ」
「本当に、そう思うかい?」
龍神は、一体どこに隠していたのかというほどの大きな槍を突然取り出し、俺に向かって、一突きにした。咄嗟に、身を守ろうと両腕を構える。驚いたことに、槍は俺の体に触れる直前に、くんッと矛先が流れていった。
「君の力、斥力が働いていることはすでに君も承知しているのではないか?」
「・・・確かに、そんな事が言われたような」
「この斥力の源はなんであると君は考える?」
「皆目見当つきません」
「この力はね、『拒絶』を表しているのだよ」
「拒絶、ですか・・・」
そんなことを言われても、いまいちピンとこない。
「君は、理不尽や不条理というものを嫌っているね」
「・・・確かに、嫌いですね」
「それに、それは君自身だけではなく、他者に対しても同様に考えている」
「それはまぁ、確かに・・・」
「だからだよ。君は君自身や誰かが不条理によって傷つくことを拒絶している。その概念が、君に斥力を与え、ポータルを掴み閉じ、人体に組み込まれた魔石のみの粉砕という神業を可能にしている」
そんな仕組みだったとは、知らなかった・・・。
「その力は、防御のみならず、使い方によっては戦闘で大いに役立つ。ちょうどいい例が、君の彼女だ。見たまえ、彼女の勇姿を」
俺たちが座っているテーブルの横の空中に、映像が映し出された。映像には、暗闇に包まれたオスロが映し出され、エステル達と異世界転生者達との激しい戦闘が映っていた。
目を凝らしてみると、違和感に気づいた。ハルモニアで敵と戦っていたのは、エステル、銀、小林くんにカルフの四人だけだったはずだ。だが、もう一人増えている。
大きなハンマーのようなもので敵を翻弄し、追い詰めている。信号の標識か、あれは。瓦礫と化したコンクリートの塊がついた信号の標識を、巴ちゃんがなりふり構わず振り回していた。身の丈より大きな標識をまるでタオルでも振るように軽々と振り回している。
「彼女、相当頭に血が昇っているようだね。仕方ない、愛する者を殺されてしまったのだから」
「えっ、愛する、者?」
コスモスの女神にゴスッと肘撃ちを喰らい、龍神は一瞬たじろぐ。
「・・・いや、失礼。彼女も君と同じ能力を持っているだろ。彼女は君の死のショックと怒りで、能力が開花したのだよ。彼女は今、敵を撃ち倒すために、疲労を拒絶している、武器の重量を拒絶している、自身の運動能力の低さを拒絶している、心の弱さを拒絶している。拒絶の積み重ねが、彼女という修羅を生み出した」
確かに、巴ちゃんの戦いは鬼気迫るものだった。その気迫に敵は明らかに気圧され、味方からは諌められてもいた。こんな戦い方じゃ、巴ちゃんの体は一体どうなってしまうのか。体へのダメージも拒絶できたとしても、これはあまりにも見るに耐えない。
「何、呑気なことを言ってるんだ。このままじゃ巴ちゃんの体が持たない!早く俺を生き返らせてくれ!」
「先ほども言ったが、ここでは時間の流れが現世とは違う。落ち着きなさい」
映像は終わり、川べりには再び静寂が訪れた。
「君がポータルを掴めるのも、リタの魔石を粉砕したのも、それは君の拒絶の意志が可能にしたもの。力の使い方は、訓練なり実戦なりで、体得し、練磨すれば良い。君にはもう、力を持っているのだから。そして、その拒絶の力は見ての通り、戦いにおいても有効だ。この力を持ってして、レッドドラゴンを討伐してもらいたい」
戦える力が、俺には備わっていた。あとはその力の使い方次第というわけか。一息つき、心を落ち着かせる。
「討伐の前に聞かせてください。あなた方は神と名乗った。なら、なぜ神であるあなた方ではなく、人間である俺が神である龍を殺さなければならないんでしょうか」
「やっぱり、そこ気になるかい?」
「はい、とても・・・」
「その説明は私からいたします。彼がレッドドラゴンとことを構えたくないのは、それは凪とレッドドラゴンが兄弟だからです」
龍神、禍津凪は、静かに俯くのみだった。よほど話しずらいのだろう。




