バカだってデートくらいはマトモにできる説 (Ⅱ)
やがて、2人と俺達は花を売る屋台に到着した。
やはりというか、物凄い混み具合だ。
ファーミットが近いということもあって、花の需要はかなり高いのだ。
「おうおう、人間は信仰心がお厚いのう。死骸にたかるアリのように群れておる」
「その例えどうなんですかね?」
この混雑の中でも、やや離れたカフェから花屋を眺める俺は、トゥピラの姿を捉えて逃がさない。
「できるだけ可愛いお花がいいなー」
「あれとかどうよ? 花びらがハムみてえな赤いやつ」
「プランプは絶対ダメ。臭いもん」
そんな調子で会話しながら、並べられた花を見つめる2人。
青春って感じだ。
「こうやって見るとよ、マーモットが近いって感じでワクワクするよな」
ゾーリ、そりゃ齧歯類だ。
こっちにもいるのかは知らんが。
「ファーミットね。……まあ、そうね。いつもより活気がいいし、みんな浮かれてる証拠ね」
「俺達だって浮かれねえと。あんなことがあった後だからこそ、楽しみまくってチャラにしねえとな」
「……うん」
トゥピラが少しぎこちなく笑っている。
まあ、無理もないか。
それはそうと、ゾーリンゲンも案外良いことを言う。
さては、今日買い物に誘ったのもそういうことなのかもしれない、なんて思っていると。
「花を仮に買ってあっても、適当に理由つけて出かけておったじゃろうな。素直とは程遠い男よ」
俺が注文してやった葡萄ジュースをストローで吸いながら、ピティが言った。
俺は首肯して、2人の方に目を戻す。
どうやら買う花を決めたようで、会計のお姉さんの前にできた列の最後尾に並んでいる。
ピンク色のなんとも可愛らしい花だった。
「良いチョイスじゃのう。見てくれも良いし、花言葉も最高じゃ」
「こっちにも花言葉があるんですか」
「おお、あるよ? あれの花言葉は『距離縮まらぬ恋心』じゃ」
「……なかなかのチョイスだ」
苦笑しつつ、向こうの会話に耳を傾ける。
「……でよ、マジでヘゾーロボイザーなんだよそれが」
「え、わかる。ほんとにヘゾーロボイザーじゃん」
「だろだろ? ガチでヘゾーロボイザーなんだって。今年のシーバットにも期待できそうだな」
ヘゾーロボイザーって何だよ。
てかファーミットな、そんな独立国家名乗りそうな名前じゃあなくて。
もうトゥピラもツッコむのやめてるよ。
よくわからない会話に内心ツッコんだ時だった。
「ちょっとォ! 早くしなさいよ! いつまで待たせんのよ!」
甲高い声が響き渡り、俺達を含む周囲の視線が花屋に集中する。
会計待ちの列の前から2番目に、声の主はいた。
チリチリの白髪にハムのように太い腕の中年女だ。
籠に大量の花を詰め込み、猿のようにキーキー喚いている。
「……うわあ、出たよクレーマー。レジ打ちバイトの時によく遭遇した」
「れじ?」
首を傾げるピティに、俺は簡単に説明する。
「金を精算する機械ですよ。わざわざ自分で数えなくても、勝手に計算してくれるんです」
「お前の世界は便利で溢れておるのう」
簡単な解説をしている中、クレーマーの前に並んでいた男が商品を受け取り、足速にその場を去る。
クレーマーババアは乱暴に籠をテーブルに置くと、店員のお姉さんに詰め寄った。
「早く済ませるとか、そういう気遣いもできないワケ⁉︎ こっちは客よ?」
「も、申し訳……」
「申し訳ないじゃあないわよ! 教育がなってないわ、あたしが教育してやる! ほら、いらっしゃいませって言え!」
耳障りな声で喚き立てるババア。
外野から見ている側の俺にすら嫌悪感を抱かせる、気色悪い叫び声だ。
会計のお姉さんは、泣きそうな顔で紙にペンを走らせる。
それを邪魔するかのように、クレーマーはさらに喚いた。
「……つけあがりやがって。あの歳になるまでどんな人生歩んだら、あんなカスになれるんだ」
「…………あの女の半生に興味はないが、ほれ……これから面白くなるぞ?」
ピティがニヤリと笑う。
思わず眉をひそめるが、彼女は屋台の方を見つめるばかりで、これ以上は何も言ってくれなかった。
「さっさとしなさいよ、このアホタレ! ほら、お客様を困らせたら何て言うのかしら? え⁉︎」
「す、すみませ……」
「声が小さい! はぁ〜、最近の市場は明らかに質が落ちてるわ。店員の態度から丸わかりよ」
ババアはため息と共に嘲りの笑みを浮かべる。
その態度がますます俺をイラつかせた。
そして当然のことながら、周りの客達も不愉快に思っているようだった。
絡まれると面倒という判断なのか注意する者はいなかったが、明らかに空気は険悪なものになっている。
クレーマーの女の背中を睨みつけながら、トゥピラが呟く。
「なんて人なの……!」
「…………」
すると、彼女の横でずっと黙っていたゾーリが、いきなり歩き出した。
「え? ゾーリ?」
「何してんだあいつ?」
俺とトゥピラの声が偶然重なる。
周囲の客もざわめき始める中、ゾーリはとんでもない行動に出た。
「……おい、そこまでにしておけよクソババア」
低く唸るような声と共にクレーマーババアの肩を掴み、無理矢理振り返らせる。
一瞬きょとんとするクレーマーだったが、すぐにさっきのように喚き始めた。
「はぁ? 何よアンタ。部外者は引っ込んでなさいよ」
「あぁ?」
おいおい、あのバカ。
いくら相手がクレーマーでクソカスのシミつきドブ川ババアだとしても、白昼堂々喧嘩を売るのはマズい。
ピティの"面白くなる"という言葉の意味がやっとわかった。
全然面白くねえ、むしろハラハラだ。
当のピティは、ニヤニヤ笑いながらジュースを飲み、騒ぎを眺めている。
競馬を観戦するオヤジのようだ。
「首突っ込まないでくれるかしら? アタシは忙しいの!」
店員からゾーリへ標的を変えた女が、相変わらずのキーキー声で詰め寄っていく。
言われてるぞゾーリ。
さあ、どう返す?
「はああぁぁぁ? バカが! てめーがアレだからこうして俺が文句言ってんだよボケ! ミラクルアホ! ゲベ! 死ね! ババア! クソババア! ボケババア!」
……ダメだ。
ボキャブラリーが死滅寸前な上にただの悪口陳列会でしかない。
「フフッ、クククク……。愉快愉快。あの男がやること成すこと全てがおれにとっては至高の娯楽じゃ」
流石は魔王軍元大幹部。
言うことが違いますねふざけんな。
クレーマーとゾーリのバトルは続く。
「いきなり絡んできて意味のわからないことを叫ぶなんて、あんたも教育が足りてないようね!」
「おう足りてねえ! 小学校卒業できてねえから字も読めねえよ文句あっか!」
「関係ないわよ、というか勉強以前にあんたの人間性は腐ってるわ! 女に暴言吐くとか男として終わりよ!」
「店員の姉ちゃんに悪口言ってたのはてめーだろうが棚上げしてんじゃあねえぞ!」
「あれは教育! 善意の注意!」
「話通じねえな、ふざけやがってババア……!」
どちらもレベルが低すぎる。
あまりにも低すぎる。
流石に見ていられなかったのか、トゥピラが2人の間に割って入った。
「もうやめなってゾーリ。見てらんないわ」
「な、何だよ! 俺は……」
突然の乱入に、言葉に詰まるゾーリ。
さらに、トゥピラはクレーマーの女を睨みつける。
「貴女もいい加減に……」
「部外者は引っ込んでなさいっての!」
トゥピラの言葉に耳を貸さず、女は激昂した。
かと思えば、いきなり腕を振り上げ、彼女の頬をピシャリと打つ。
「いたっ……!」
「!」
「……!」
ガタッと先程まで座っていた椅子が倒れる。
平手打ちを見舞った女を睨みつける俺に、ピティは冷静に「まあ待て」と座るよう促してくる。
「お前が出張らんでも、何とかなるわ。本当に不審者になる気か?」
「……」
しばらく突っ立ったまま考えた後、俺は椅子を元に戻し、再び着席した。
花屋の方は大騒ぎになっていた。
クレーマーの女は他の客に羽交締めにされながら暴れており、ゾーリも同様にトゥピラに押さえられながら拳を振り上げている。
「やりがったなてめえ!」
「ゾーリ、ダメ!」
「離せ! あの豚を1発殴らねえと気が済まねえ!」
「ゾーリ!」
2人の目が合う。
怒りに燃えるゾーリの瞳と、必死に訴えかけるトゥピラの瞳。
「手はダメ……!」
「……」
ゆっくりと、ゾーリの拳が下りていく。
その時だった。
けたたましい笛の音が響き渡り、数人の警官が駆けつけてきた。
「騒ぐな、騒ぐな!」
「何事か! 誰か説明しろ!」
すかさず、クレーマーの女がキーキー喚く。
「聞いてよ! この男がいきなり……」
「嘘つけ! てめーが店の姉ちゃん困らせてたんだろうが!」
口を挟んだゾーリを、女は睨みつける。
負けじとゾーリも睨み返し、険悪なムードが再び訪れる。
警官達は2人を交互に見つめ、しばらく考え込んでいたが、突然ハッとしたような顔になったかと思えば、クレーマーの女を指さして叫ぶ。
「あっ! 貴様どこかで見たと思っていたが、以前も市場でトラブルを起こしていた女だな! 1ヶ月の市場出禁を言い渡されていたはずだろう!」
「んなこと知らないわよ」
「知らないで済むか! 来い!」
警官隊は女を左右から挟み込む。
女はギャアギャア騒ぎながら暴れたが、鍛えられた警官に敵うはずもなく、そのまま連行されていった。
1人の警官がその場に残り、ゾーリと会計のお姉さんに手招きする。
「一応、簡単に事情を聞かせて欲しい。これが仕事なもので」
★★★★★★
約30分後、ゾーリと店員は解放された。
どうやら問題なしと判断されたようだが、ゾーリは「もう少し言葉遣いを和らげるように」と軽く注意されていた。
警官が帰ると、会計のお姉さんは会計席に戻り、清算作業に戻っていった。
ゾーリとトゥピラも列に戻り、大人しく順番を待った。
やがて、彼らの番が来る。
店員はトゥピラから金を受け取ると、笑みを浮かべて2人に言った。
「本当に、ありがとうございました」
「いいんだよ。女の子を困らせる奴が許せなかっただけだ」
「あんたねえ……」
「その、お礼といえばなんですが……お花、オマケしますね」
店員は1本の花を手渡す。
赤色の、チューリップによく似た花だった。
「……ほう」
感心したように息を漏らすピティ。
たしかに、粋な計らいだ。
「いいの? ありがと」
「ありがとよ」
花を受け取って、2人は列を離れる。
「この後どうする?」
「あいつらのところに顔出してやろうぜ。多分寂しくて泣いてるだろうしな」
「……じゃ、そうしよっか」
市場を出て、病院に向かう道を並んで歩いていく2人。
しばらくの間会話はなく、周囲の話し声がやけに大きく聞こえた。
その沈黙を破ったのは、トゥピラだった。
「今日はありがとね、ゾーリ。守ろうとしてくれて」
「いいってことよ。お前も俺のこと守ってくれたろ? もしあのままババアぶん殴ってたら、俺が憲兵に連れてかれてたぜ。ありがとな」
「……うん」
微笑みを浮かべ、トゥピラは頷いた。
そのやや後方で、小さな声でこんな会話が繰り広げられていることを、2人は知る由もなかった。
「…………ほらな、お前が出るまでもなかろう」
「確かに」
「店の女子もわかっておるわ。あの赤い花の花言葉……何じゃと思う?」
「『だんだんと縮まっていく仲』なんてどうです?」
「ま、似たようなものじゃ」
「……わかってますね、あの店員」
「それにしても、今日のお前は本当に気持ち悪かったわ。日本という国はお前のような輩しかおらぬのかえ?」
「……断じてストーキングではありません」




