↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/107

バカだってデートくらいはマトモにできる説 (Ⅱ)

 やがて、2人と俺達は花を売る屋台に到着した。


 やはりというか、物凄い混み具合だ。

 ファーミットが近いということもあって、花の需要はかなり高いのだ。


「おうおう、人間は信仰心がお厚いのう。死骸にたかるアリのように群れておる」


「その例えどうなんですかね?」


 この混雑の中でも、やや離れたカフェから花屋を眺める俺は、トゥピラの姿を捉えて逃がさない。


「できるだけ可愛いお花がいいなー」


「あれとかどうよ? 花びらがハムみてえな赤いやつ」


「プランプは絶対ダメ。臭いもん」


 そんな調子で会話しながら、並べられた花を見つめる2人。

 青春って感じだ。


「こうやって見るとよ、マ(・)ー(・)モ(・)ッ(・)ト(・)が近いって感じでワクワクするよな」


 ゾーリ、そりゃ齧歯類だ。

 こっちにもいるのかは知らんが。


「フ(・)ァ(・)ー(・)ミ(・)ッ(・)ト(・)ね。……まあ、そうね。いつもより活気がいいし、みんな浮かれてる証拠ね」


「俺達だって浮かれねえと。あんなことがあった後だからこそ、楽しみまくってチャラにしねえとな」


「……うん」


 トゥピラが少しぎこちなく笑っている。

 まあ、無理もないか。


 それはそうと、ゾーリンゲンも案外良いことを言う。

 さては、今日買い物に誘ったのもそ(・)う(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)なのかもしれない、なんて思っていると。


「花を仮に買ってあっても、適当に理由つけて出かけておったじゃろうな。素直とは程遠い男よ」


 俺が注文してやった葡萄ジュースをストローで吸いながら、ピティが言った。

 俺は首肯して、2人の方に目を戻す。


 どうやら買う花を決めたようで、会計のお姉さんの前にできた列の最後尾に並んでいる。

 ピンク色のなんとも可愛らしい花だった。


「良いチョイスじゃのう。見てくれも良いし、花言葉も最高じゃ」


「こっちにも花言葉があるんですか」


「おお、あるよ? あれの花言葉は『距離縮まらぬ恋心』じゃ」


「……なかなかのチョイスだ」


 苦笑しつつ、向こうの会話に耳を傾ける。


「……でよ、マジでヘゾーロボイザーなんだよそれが」


「え、わかる。ほんとにヘゾーロボイザーじゃん」


「だろだろ? ガチでヘゾーロボイザーなんだって。今年のシ(・)ー(・)バ(・)ッ(・)ト(・)にも期待できそうだな」


 ヘゾーロボイザーって何だよ。

 てかフ(・)ァ(・)ー(・)ミ(・)ッ(・)ト(・)な、そんな独立国家名乗りそうな名前じゃあなくて。

 もうトゥピラもツッコむのやめてるよ。


 よくわからない会話に内心ツッコんだ時だった。


「ちょっとォ! 早くしなさいよ! いつまで待たせんのよ!」


 甲高い声が響き渡り、俺達を含む周囲の視線が花屋に集中する。


 会計待ちの列の前から2番目に、声の主はいた。

 チリチリの白髪にハムのように太い腕の中年女だ。

 籠に大量の花を詰め込み、猿のようにキーキー喚いている。


「……うわあ、出たよクレーマー。レジ打ちバイトの時によく遭遇した」


「れじ?」


 首を傾げるピティに、俺は簡単に説明する。


「金を精算する機械ですよ。わざわざ自分で数えなくても、勝手に計算してくれるんです」


「お前の世界は便利で溢れておるのう」


 簡単な解説をしている中、クレーマーの前に並んでいた男が商品を受け取り、足速にその場を去る。

 クレーマーババアは乱暴に籠をテーブルに置くと、店員のお姉さんに詰め寄った。


「早く済ませるとか、そういう気遣いもできないワケ⁉︎ こっちは客よ?」


「も、申し訳……」


「申し訳ないじゃあないわよ! 教育がなってないわ、あたしが教育してやる! ほら、いらっしゃいませって言え!」


 耳障りな声で喚き立てるババア。

 外野から見ている側の俺にすら嫌悪感を抱かせる、気色悪い叫び声だ。


 会計のお姉さんは、泣きそうな顔で紙にペンを走らせる。

 それを邪魔するかのように、クレーマーはさらに喚いた。


「……つけあがりやがって。あの歳になるまでどんな人生歩んだら、あんなカスになれるんだ」


「…………あの女の半生に興味はないが、ほれ……これから面白くなるぞ?」


 ピティがニヤリと笑う。

 思わず眉をひそめるが、彼女は屋台の方を見つめるばかりで、これ以上は何も言ってくれなかった。


「さっさとしなさいよ、このアホタレ! ほら、お客様を困らせたら何て言うのかしら? え⁉︎」


「す、すみませ……」


「声が小さい! はぁ〜、最近の市場は明らかに質が落ちてるわ。店員の態度から丸わかりよ」


 ババアはため息と共に嘲りの笑みを浮かべる。

 その態度がますます俺をイラつかせた。


 そして当然のことながら、周りの客達も不愉快に思っているようだった。

 絡まれると面倒という判断なのか注意する者はいなかったが、明らかに空気は険悪なものになっている。


 クレーマーの女の背中を睨みつけながら、トゥピラが呟く。


「なんて人なの……!」


「…………」


 すると、彼女の横でずっと黙っていたゾーリが、いきなり歩き出した。


「え? ゾーリ?」


「何してんだあいつ?」


 俺とトゥピラの声が偶然重なる。

 周囲の客もざわめき始める中、ゾーリはとんでもない行動に出た。


「……おい、そこまでにしておけよクソババア」


 低く唸るような声と共にクレーマーババアの肩を掴み、無理矢理振り返らせる。

 一瞬きょとんとするクレーマーだったが、すぐにさっきのように喚き始めた。


「はぁ? 何よアンタ。部外者は引っ込んでなさいよ」


「あぁ?」


 おいおい、あのバカ。

 いくら相手がクレーマーでクソカスのシミつきドブ川ババアだとしても、白昼堂々喧嘩を売るのはマズい。


 ピティの"面白くなる"という言葉の意味がやっとわかった。

 全然面白くねえ、むしろハラハラだ。


 当のピティは、ニヤニヤ笑いながらジュースを飲み、騒ぎを眺めている。

 競馬を観戦するオヤジのようだ。


「首突っ込まないでくれるかしら? アタシは忙しいの!」


 店員からゾーリへ標的を変えた女が、相変わらずのキーキー声で詰め寄っていく。


 言われてるぞゾーリ。

 さあ、どう返す?


「はああぁぁぁ? バカが! てめーがアレだからこうして俺が文句言ってんだよボケ! ミラクルアホ! ゲベ! 死ね! ババア! クソババア! ボケババア!」


 ……ダメだ。

 ボキャブラリーが死滅寸前な上にただの悪口陳列会でしかない。


「フフッ、クククク……。愉快愉快。あの男がやること成すこと全てがおれにとっては至高の娯楽じゃ」


 流石は魔王軍元大幹部。

 言うことが違いますねふざけんな。


 クレーマーとゾーリのバトルは続く。


「いきなり絡んできて意味のわからないことを叫ぶなんて、あんたも教育が足りてないようね!」


「おう足りてねえ! 小学校卒業できてねえから字も読めねえよ文句あっか!」


「関係ないわよ、というか勉強以前にあんたの人間性は腐ってるわ! 女に暴言吐くとか男として終わりよ!」


「店員の姉ちゃんに悪口言ってたのはてめーだろうが棚上げしてんじゃあねえぞ!」


「あれは教育! 善意の注意!」


「話通じねえな、ふざけやがってババア……!」


 どちらもレベルが低すぎる。

 あまりにも低すぎる。


 流石に見ていられなかったのか、トゥピラが2人の間に割って入った。


「もうやめなってゾーリ。見てらんないわ」


「な、何だよ! 俺は……」


 突然の乱入に、言葉に詰まるゾーリ。

 さらに、トゥピラはクレーマーの女を睨みつける。


「貴女もいい加減に……」


「部外者は引っ込んでなさいっての!」


 トゥピラの言葉に耳を貸さず、女は激昂した。

 かと思えば、いきなり腕を振り上げ、彼女の頬をピシャリと打つ。


「いたっ……!」


「!」


「……!」


 ガタッと先程まで座っていた椅子が倒れる。

 平手打ちを見舞った女を睨みつける俺に、ピティは冷静に「まあ待て」と座るよう促してくる。


「お前が出張らんでも、何とかなるわ。本当に不審者になる気か?」


「……」


 しばらく突っ立ったまま考えた後、俺は椅子を元に戻し、再び着席した。


 花屋の方は大騒ぎになっていた。


 クレーマーの女は他の客に羽交締めにされながら暴れており、ゾーリも同様にトゥピラに押さえられながら拳を振り上げている。


「やりがったなてめえ!」


「ゾーリ、ダメ!」


「離せ! あの豚を1発殴らねえと気が済まねえ!」


「ゾーリ!」


 2人の目が合う。

 怒りに燃えるゾーリの瞳と、必死に訴えかけるトゥピラの瞳。


「手はダメ……!」


「……」


 ゆっくりと、ゾーリの拳が下りていく。

 その時だった。


 けたたましい笛の音が響き渡り、数人の警官が駆けつけてきた。


「騒ぐな、騒ぐな!」


「何事か! 誰か説明しろ!」


 すかさず、クレーマーの女がキーキー喚く。


「聞いてよ! この男がいきなり……」


「嘘つけ! てめーが店の姉ちゃん困らせてたんだろうが!」


 口を挟んだゾーリを、女は睨みつける。

 負けじとゾーリも睨み返し、険悪なムードが再び訪れる。


 警官達は2人を交互に見つめ、しばらく考え込んでいたが、突然ハッとしたような顔になったかと思えば、クレーマーの女を指さして叫ぶ。


「あっ! 貴様どこかで見たと思っていたが、以前も市場でトラブルを起こしていた女だな! 1ヶ月の市場出禁を言い渡されていたはずだろう!」


「んなこと知らないわよ」


「知らないで済むか! 来い!」


 警官隊は女を左右から挟み込む。


 女はギャアギャア騒ぎながら暴れたが、鍛えられた警官に敵うはずもなく、そのまま連行されていった。


 1人の警官がその場に残り、ゾーリと会計のお姉さんに手招きする。


「一応、簡単に事情を聞かせて欲しい。これが仕事なもので」




 ★★★★★★




 約30分後、ゾーリと店員は解放された。


 どうやら問題なしと判断されたようだが、ゾーリは「もう少し言葉遣いを和らげるように」と軽く注意されていた。


 警官が帰ると、会計のお姉さんは会計席に戻り、清算作業に戻っていった。

 ゾーリとトゥピラも列に戻り、大人しく順番を待った。


 やがて、彼らの番が来る。


 店員はトゥピラから金を受け取ると、笑みを浮かべて2人に言った。


「本当に、ありがとうございました」


「いいんだよ。女の子を困らせる奴が許せなかっただけだ」


「あんたねえ……」


「その、お礼といえばなんですが……お花、オマケしますね」


 店員は1本の花を手渡す。

 赤色の、チューリップによく似た花だった。


「……ほう」


 感心したように息を漏らすピティ。

 たしかに、粋な計らいだ。


「いいの? ありがと」


「ありがとよ」


 花を受け取って、2人は列を離れる。


「この後どうする?」


「あいつらのところに顔出してやろうぜ。多分寂しくて泣いてるだろうしな」


「……じゃ、そうしよっか」


 市場を出て、病院に向かう道を並んで歩いていく2人。

 しばらくの間会話はなく、周囲の話し声がやけに大きく聞こえた。


 その沈黙を破ったのは、トゥピラだった。


「今日はありがとね、ゾーリ。守ろうとしてくれて」


「いいってことよ。お前も俺のこと守ってくれたろ? もしあのままババアぶん殴ってたら、俺が憲兵に連れてかれてたぜ。ありがとな」


「……うん」


 微笑みを浮かべ、トゥピラは頷いた。




 そのやや後方で、小さな声でこんな会話が繰り広げられていることを、2人は知る由もなかった。


「…………ほらな、お前が出るまでもなかろう」


「確かに」


「店の女子(おなご)もわかっておるわ。あの赤い花の花言葉……何じゃと思う?」


「『だんだんと縮まっていく仲』なんてどうです?」


「ま、似たようなものじゃ」


「……わかってますね、あの店員」


「それにしても、今日のお前は本当に気持ち悪かったわ。日本という国はお前のような輩しかおらぬのかえ?」


「……断じてストーキングではありません」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。