魚好きキャットの肉料理はクソ不味い説 (Ⅰ)
黒鯨鉄十字団前哨基地。
トル村の戦いから実に1週間と3日が経過していた。
須郷と破片の回収に失敗しただけでなく、多くの装備と人員が失われ、スコルツェニー隊の戦力は大きく削がれることとなった。
黒鯨鉄十字団本部はこの損失の穴埋めをするべく、既に増援を出発させており、生き残ったスコルツェニー隊の兵士達には待機命令が下されていた。
そんな隊がゴタついている真っ只中、ハヴィラ・ハインツは目を覚ました。
まず目に入ってきたのは自室の天井。
どうやら、無事に帰還できたようだ。
身体は問題なく動くと判断し、ベッドを降りて立ち上がる。
姿見の前に移動し、身体中に包帯を巻いた己の痛々しい姿をしばらく見つめた後、ハインツは部屋を出た。
寮を出て、司令部に入る。
驚く程、人がいない。
訓練する兵士達や将校も、歩哨も、暇を持て余して遊んでいる兵もいない。
サボって駄弁っているワッケンとジンクシーも、嫌味を言ってくるヘラートもいない。
あの戦いで、みんな死んだのだということは、すぐにわかった。
訓練場には血と煤まみれのハーフトラックが3台放置されており、そこには整備兵が何人か集まっていた。
と、ハインツは前方に見覚えのある人物を見つけた。
向こうもハインツの姿を認めると、小走りに近づいてきた。
「ユークリウス中尉」
「特務大尉か。目を覚ましたのか。というか、もう歩けるのか?」
「はい」
「そうか……」
相変わらず仏頂面のユークリウスだったが、心なしか、その声色には安堵がこもっているように聞こえた。
「お前のことだから中佐を探しているのだろうが、今はお留守だ。中佐自ら、未帰還者の捜索に当たっておられる」
「……そうですか」
「とうにしていると思うが、中佐に感謝するのだぞ。1週間以上、つきっきりで看病していたのだからな。ここ2日間は、増援の話でゴタついていたから私が……」
ユークリウスの言葉を耳に入れている最中、ハインツはあることを思いついた。
「中尉」
「ん?」
「お願いがあります」
言葉を遮られて不機嫌面になるユークリウスだったが、諦めたようにため息をつくと「言ってみろ」とハインツを睨む。
「料理を手伝ってください」
「はあ? ……いや、はあ? 突然何を……」
「中佐への感謝を示したいのです。それに、任務から帰還なされた中佐を労うためにも……」
「待て待て待て。落ち着け。料理だと? そんな身体で……」
「だからこそです。それに、正直に言いますが、ぼくは料理が下手くそです。集落にいた頃は、ぼくの料理を食べた仲間が死んだことがあります。ぼくだけではどうにもなりません。ですから、何かミスをしていたら指摘するだけでもいいので、どうか……」
ユークリウスの瞳を真っ直ぐ見つめるハインツ。
その視線は一切ぶれることなく、逆にユークリウスは視線を彷徨わせ始め、気まずい空気が流れ始める。
そして、遂にユークリウスが折れた。
「……わかった。私の負けだ。厨房に行こう。だが少し待て」
「何か用事でも?」
「いや。私も料理はそれなりにできるが、特別上手いというわけではない。こういう時には専門家を頼った方がいいと思うのだ」
「専門家、ですか?」
「そうだ。イタリアという国出身の傭兵がいたろう。中佐曰く、『世界一食にうるさい国』とのことだから、きっと良い助っ人になるはずだ」
★★★★★★
場所は変わり、前哨基地の厨房。
ハインツとユークリウスは調理服に着替え、調理器具や食材を並べていた。
ちょうど準備が整ったあたりで、厨房の扉が勢いよく開き、助っ人のイタリア人──マルツィオ・チェルチが入ってくる。
「うーす。お? 準備早いですねえ。すげえやる気感じますよ」
茶髪をセンターパートにし、細い口髭を生やしたハンサム顔の男だ。
体格はいわゆる細マッチョというやつで、やや細身ながらも引き締まっている。
彼はユークリウスが述べたように、正規兵ではなく傭兵であり、あくまで雇われの身だ。
それでいて、トル村での戦いにおいては、スコルツェニーから前哨基地警備を任されており、信頼の厚さが伺える。
ハインツはチェルチの顔を見上げ、言った。
「協力頂きありがとうございます」
「いやあ、特務大尉。食事のこととなったら、俺が出張らないわけにはいかんでしょう。どんなゲロマズ料理でもしっかり食べ切って、厳しく判定してやるから、覚悟してくださいな」
自信ありげに胸を張るチェルチ。
その芝居がかった大袈裟な仕草が、彼の特徴である。
「我が祖国イタリアはかの第二次世界大戦時、砂漠の最前線にパスタを持ってきて食べていた……なんて都市伝説が後世で広まるくらいには食への拘りは強い。査定にゃ期待してくれていいですよ? で? 何作るんです? やっぱりパスタ? スパゲッティ? ここはアンチョビでもいいよ?」
「中佐の好物でいきます」
「…………パスタじゃあなさそうだな?」
「シュバイネハクセだ。豚の足と野菜に煮て焼いたものだとレシピには書かれている」
分厚いレシピに目を通しながら、ユークリウスが代わりに答える。
面白くなさそうに口を尖らせるチェルチだったが、「しゃーねえ、付き合いますよ……クソ……」と、ぼやきつつもエプロンの紐を締めた。
「まずは野菜を切らなければならないのか。セロリや玉ねぎという野菜はモラナとデボレで代用しろと書かれている」
難解な辞書でも読んでいるかのような顔つきで、ユークリウスはレシピのページをめくっていく。
「切った野菜は豚の足と一緒に鍋に入れて……」
「とにかく野菜を切りましょう。手順1を越えなければ何もできませんので」
モラナ(セロリの代用。少し紫がかっているが栄養は満点。結構切りにくいことで有名。収穫する際にたまに泣き叫ぶ)を右手に取り、左手の"猫の爪"を起動させるハインツ。
やる気は十分である。
ユークリウスやチェルチから見ても十分わかるくらいには、今のハインツはかなり燃えていた。
作業台に置かれたまな板の上にモラナを乗せ、左腕を振り上げる。
窓から差し込む光が"猫の爪"に反射して屈折し、チェルチの顔を焼いた。
手を挙げた状態で動かなくなるハインツに、ユークリウスは怪訝な顔を向ける。
「おい、何故そんなに振り上げ──」
「ッ──!」
彼の言葉が終わらぬうちに、ハインツは"猫の爪"を起動させた左腕を振り下ろす。
野菜を切るにしては速く、強烈な威力。
最早切るではなく斬る、下手すりゃKILLである。
当然モラナが耐えられるはずもなく、真っ二つに分かれる。
しかしハインツの斬撃はそこで止まらず、まな板と作業台までぶった斬っていた。
あまりに現実離れした光景に、ユークリウスとチェルチは呆然としていたが、すぐに我にかえって怒号を飛ばす。
「何故そんなことになるんだ貴様ァーッ!」
「あららぁ……テーブルどころか床まで斬られてやんの……」
ハインツは野菜(+作業台)とユークリウスを交互に見つめ、真顔で首を傾げる。
「切りにくい野菜という話でしたので」
「いくら何でもやりすぎだろうが!」
「それより中尉……なんだかぼく……身体がだんだん痛く…………」
「怪我人だからな! 野菜は私達で切っておくからそこで休め!」
痛がっているくせに表情を一切変えないハインツを椅子に座らせ、ユークリウスは野菜を切り始めたのだった。
ハインツが復活した時には、既に野菜は全て切り終わっており、ユークリウスとチェルチはコンロに鍋を乗せているところだった。
「見苦しいところをお見せしました。これより復帰いたします」
「そうか。お前が作りたいと言ったのだ、早く戻れ」
「はい」
そう返事して、ハインツはコンロに設置された鍋を見つめる。
そして、そのまま固まった。
彼女の様子に気づいたチェルチが、レシピを片手に近寄っていく。
「こっからの手順はこんな感じですね。水を沸騰させて肉を2時間ほど煮込む。そしたら水気をとってオーブンで焼く、と」
「……なるほど」
「本当なら野菜を切っている間に沸騰させておくべきだったのだろうが、この際仕方ない」
ユークリウスがぼやいた。
チェルチに目で促され、ハインツはコンロのスイッチに手を伸ばす。
「火をつけます」
指で触れ、ほんの少しの力をこめてひねる。
簡単な作業だ。
だが、ハインツは再び固まった。
思わず眉をひそめるユークリウスとチェルチ。
すると、ハインツはぽつりと、
「……突然火柱が上がったりしないでしょうか?」
「「早くやらんか」」




