バカだってデートくらいはマトモにできる説 (Ⅰ)
トル村の戦いから1週間後。
トレーニングを終えた俺とトゥピラ、そしてピティはいつものように、テーブルを囲んでひっそりと朝食を取っていた。
隠居生活でもしているような気分だ。
騒がしい奴らがいないので、ボロ屋が恐ろしく静かになっていたのもそれを加速させていた。
訪ね人もなく、外出も買い物くらいにとどまり、何もしていない時間は読書や他愛のない雑談に興じる。
人によって感想はかわるだろうが、俺はちと退屈だった。
今日も、いつものようにトゥピラが野菜を盛り付けた皿をテーブルに並べていく。
「今日はいつも通りのサラダでーす」
「またサラダかよ。ちょっとはいいもの買おうぜ? 500万あるんだろ?」
「ぴぃ! ぴぃ!」
俺ともふもふが文句を垂れると、トゥピラはすました顔で言い返してくる。
「ベロニカ達に奢らなきゃだもん。念の為に残しておかないと。たっっっっかい店に行くことになるだろうし」
「たっっっっかい店な……」
「そう……。それに、ベロニカとシグマって結構大食いだし……。そうでなくても10人近くいるし、しかも物価高いし、下手したら500万でも足りないかも……」
──財政難ッ……!
流石に彼女達も少しは遠慮してくれるだろうと楽観的に考えつつ、俺がフォークを手にした時だった。
「よー! お前らーッ!」
勢いよく扉を開け放ち、ズシズシと床を踏み鳴らしながら男がボロ屋に入ってきた。
その顔、見間違えようがない。
ゾーリンゲンだ。
「誰かと思えばゾーリンゲンか」
「え? もう退院なの?」
戸惑う俺達の前で、ゾーリはどんと胸を叩いてみせる。
前と違って、彼が痛みでうめくことはなかった。
「おうよ! 豚医者も驚いてやがったぜ! 何でも俺って、傷の治りが異様に速えんだと! すごくね⁉︎」
「舩坂弘かお前は」
異世界人に伝わるわけがない呆れの言葉を無視して、ゾーリはテーブルに小走りで近づいてくる。
そのままの勢いで、ゾーリは飛びかかるようにテーブルに乗り上げ、トゥピラに顔を近づける。
「それよりぺったんこ! 買い物行こうぜ」
「はあ? 何で? あとぺったんこって呼ぶな」
「ほら、あれが近えだろ? ファーマット!」
「ファーミットね。……あ、そういえばお花買ってなかった」
「だろ? 買いに行こうぜ!」
「うーん、でもまだサラダが……」
「いーから!」
ぐいぐいとトゥピラに迫るゾーリ。
俺はちょっとした違和感を覚えた。
こいつ、今日はやけに押しが強い気がする。
ピティと顔を見合わせ、互いに首を傾げる。
椅子にちょこんと乗っかる小動物(元魔王軍大幹部)も、不思議に思っているようだ。
そんなことをしているうちに、とうとう根負けしたのか「わかったわよ、行くから!」とトゥピラが叫び、強烈な台パンを見舞ったのだった。
★★★★★★
こうして、トゥピラとゾーリは街へ繰り出した。
人口300万の王都は今日も賑やかで、それは不変のものであるかのように思える。
特に今2人のいる場所──市場はどこを見渡しても人、人、人。
商人や買い物客でごった返し、目当ての店を探し出すのにも一苦労であった。
そんな中を、トゥピラとゾーリは並んで歩いて行く。
「こうして2人で出かけるのも久しぶりね」
「だな。お前何買うよ?」
「お花。自分で言ってたじゃん。ファーミットのお花買いに行こうって」
呆れたように笑うトゥピラに、ゾーリはきょとんとした顔を向ける。
「お? そうだったか? あー、今年のファーモットは何するかねえ。やっぱパレード見るとか?」
「ファーミットね」
微笑ましいやり取りを続けながら、人混みの中を歩いて行くトゥピラとゾーリ。
見ているこっちまで微笑ましくなるような、和やかな談笑だ。
……ん? 「見ているって、誰が?」だって?
そうだよ、俺だよ。
木佐岡利也だよ。
私服姿の俺は樽の陰に隠れて、2人の様子を窺っている。
ストーカー?
違うね、これは護衛だ。
「のう、お前」
耳元でピティが囁く。
「……何です?」
「気持っっっっっっち悪いのう」
うーん、これは手厳しい。
これにとどまらず、ピティはさらに俺の心を果物ナイフ並の切れ味で抉っていく。
「小童をつけ回す趣味がお前にあったとはのう。こそこそと、台所の残飯喰らい虫のように隠れて覗き見しおって。俗に言うドン引きというやつじゃ」
「……わかってて言ってますよね? トゥピラの状態、あなたも知ってるでしょうに」
「ああ、知っとるよ? それを差し引いても気持ち悪うて気持ち悪うて……。お? そこに警官がおるわ。どれ、不審者がおると泣きついてやろうかのう」
「おやめなさい。ほんとにおやめください」
俺の懇願に、ピティはけたけた笑って応える。
こいつの暴挙を止めるためなら土下座だってやるつもりだった。
「フフッ、クククク……揶揄い甲斐のある奴よ。それはそうとしてお前、武器は持っておるのか? 破片を狙う連中は素手でどうにかなる程甘くはないぞ?」
「ご心配なく」
懐に手を突っ込み、拳銃をちらと覗かせる。
マカロフPMだ。
ボロ屋の横に突っ込んだ自走砲の中に残されていたものである。
弾に余裕はないが、まさかマシンガンを街中で持ち歩くわけにはいかないし、その場しのぎにはなる。
「ほれ、そろそろ動かんと見失うぞ?」
「わかってますよ」
俺は樽から離れ、一般通行人に紛れつつトゥピラとゾーリを追いかける。
ピティはいつも通り、頭の上に乗っかってきた。
一定の距離を保ちつつ追跡する俺に気づくことなく、2人は和やかな会話を続ける。
「花買う前によ、あれ買ってっていいか?」
「あれってどれ?」
「ほら、あれだよあれ」
「まさか、本買おうとしてるの? あんたが?」
「悪いか?」
「字読めないのに?」
「挿絵だけ見るんだよ」
「勿体無い……」
「なら読み聞かせしてくれや。昔みたいによ」
ビクッと肩を震わせつつ、トゥピラがゾーリの顔を凝視する。
真っ赤な顔のトゥピラに対し、ゾーリはむしろ困り顔だった。
特に意図はないようである。
まあ、ゾーリらしい。
「……ば、ばか。もう私達子供じゃあないんだから。読み聞かせなんてしないし、本も買わない!」
「ちぇー」
露骨に不貞腐れるゾーリ。
ピティと俺は思わず目を見合わせ、ニヤリと笑う。
「ウブじゃのう」
「ウブですねえ」




