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"操縦"のミドルフィンガー

 〜王都186番地のどこかで交わされた男女の会話の一部〜


「ドフチェンコ、お前は予定通り狙撃ポイントへ移動しろ」


「ニキチッチはどうなさるのです?」


「俺は協力者の合図を待って、兵士と共に現場へ突入する。お前はいつも通り裏方に徹してくれればいい」


「……その、ニキチッチ」


「どうした? 撤退の約束を破るのが不満か? 元よりナチは独ソ不可侵条約を破るような奴らだ。俺達の協定破りを責めたところでブーメランなんだよ」


「でも、奴らはナチです。激怒して攻撃してくるかもしれません。それこそ、ユダヤ人に行った悍ましい手段を用いて……」


「だから何だ? あいつにも言ったが、俺達の世界大戦はまだ終わっちゃいない。戦争ができるなら大歓迎だ」


「……」


「わかったなら、行動開始。"戦場では常に迅速であれ"。裏方だろうが変わらないぞ」

 少女は園児達に劇を披露し終えると、大歓声の中部屋を後にした。


 頑張ってひとつの物語を紡ぎ終えたので、職員室にてちょっと休憩だ。


「あーあ、疲れた。でも、劇って本当に楽しいな」


 椅子に座って思い切り伸びをし、少女は笑う。


 今日も小さな天使達はとっても笑ってくれた。

 展開に合わせて笑って、泣いて、怒ってくれた。


 素晴らしい。

 最高の観客だ。


 すこぶる気分がいい。

 後で、街の人達にも見せてあげよう。


「あんなに、昔は酷いこと言われたのに。不思議だよね。でも、今はみんなが褒めてくれるの」


 昔、少女の人形劇を「死刑に値するほどの酷い出来」と吐き捨てた髭もじゃのズーゲおじさんや、根も葉もない噂と共に少女の酷評を近所に広めたミーゴおばさん。


 彼らはもう、それはそれは悲しそうな顔をしてくれた。

 認めたくないと現実に抗おうともがいたが、少女は見事に捻り潰したのだ。


 今はみんなが褒めてくれる。

 天才だと持て囃してくれる。


 それが、とても嬉しい。


「今の暮らしがずっと続けばいいのになぁ」


 すると、ドアが数回ノックされて同僚が入ってきた。


「ミドルフィンガー先生、来客よ。対応よろしく」


「ん。はぁい」


 名を呼ばれた少女(ミドルフィンガー)は、ゆっくりと立ち上がってにこりと同僚に微笑みかけた。




 ★★★★★★




 保育園の出入り口付近は騎士達によって完全に封鎖された。


 俺は馬車の近くで銃を持ち、破片の保有者たる少女が顔を見せるのをじっと待つ。

 ピティは張り詰めた空気に嫌気が差したのか、馬車の中に引っ込んでしまった。

 須郷は建物の壁に寄りかかるようにして待機し、ミッチャーは騎士達の中に混ざって何かを話していた。


 広い出入り口のど真ん中にはパイソン隊長が仁王立ちし、ミドルフィンガーの到着を静かに待っている。

 俺の視線は、彼の奥にある廊下に注がれていた。


 まだか、早く来い。

 来た瞬間に殺してやる。


「言っとくけどよ、すぐに撃っちまうのは無しだぜ」


 いつの間に近づいたのか、ボンスが真横にいた。

 このカウボーイ風の男は不思議なことに、完全に丸腰であった。


 それに、銃を目にしても驚かない。


「……何でわかった?」


「殺気が見え見えだ。ちったあ抑えな」


「逆に聞くが、何故出てきた瞬間を狙わない?」


「伯爵の命令だ。街中で殺し合うのはまずいから、懐柔して領地まで護送するんだと」


「……上手く懐柔できりゃいいけどな」


 そう口にした時だった。


「おお!」


 轟くパイソン隊長の大声。

 廊下を小走りで現れた少女を捉えた瞬間、俺は反射的に銃を構えた。

 だが、ボンスが黙って銃に手を置き、無理矢理銃口を下げさせる。


「すみません。待たせちゃいましたか?」


 スウェトリン・ミドルフィンガーは桃色の髪を肩まで伸ばした小柄な少女だった。

 微笑みながら駆け寄ってくるその様は可愛らしく、8人も殺した殺人犯にはとても思えなかった。


「……人殺しなんざなろうと思えば誰だってなれんだから、あんなガキでも不思議じゃねえよ」


 その思考を読み取ったのか、顔に出ていたのか、ボンスが耳打ちしてくる。


「ミドルフィンガー嬢、お待ちしておりました!」


「えっと、どなた?」


 首を傾げるミドルフィンガー。

 ちくしょう、ちょっと可愛い。


「これは失敬! 私はパイソン! コタノス伯爵の命令によってお迎えにあがりました! 議会にて最大派閥を構成なさるあのお方は、ミドルフィンガー嬢の人形劇を是非鑑賞したいと仰せです!」


「まあ、あのコタノス様が? 私の劇を? 本当ですか!」


「ええ、本当ですぞ! ささ、迎えの馬車は外です! ありったけの菓子も用意してありますぞ!」


 それを聞くやいなや、ミドルフィンガーは歓声と共に飛び上がった。

 それからパイソンの手を取って、何度も何度も飛び跳ねる。


「嬉しい! 大貴族様からお声がかかるなんて! 本当に嬉しい! 神の元に召されてしまいそう!」


 もうすぐ俺達の手によって天に召されるとも知らずに、ミドルフィンガーは大はしゃぎしている。

 やはり、その様子はピュアな子供にしか見えず、殺人犯とはとても思えなかった。


「ちょっと待ってて! 私のお人形さん達を連れてきますから!」


 興奮気味に言い残し、ミドルフィンガーはとたとたと廊下を駆け戻って行った。


 その場がしいんと静まり返る中、俺とボンスは顔を見合わせる。


「……」


「……」


 会話はなかった。

 そのまま、沈黙の時間が過ぎていく。


 それからしばらくして、ミドルフィンガーが戻ってきた。

 何故か、背後に複数人の大人を従えていた。


 暗くて顔はよく見えないが、妙に着飾っている者もいればボロボロの服を着ている者など統一性のない格好の集団だ。

 中には、天使のコスプレをした女までいる。


「お待たせ。お人形さん達を連れてきたよ」


 それを聞いたパイソン隊長は、不思議そうにキョロキョロし始めた。


「……人形? どこに?」


「あれ? やだなあ、騎士様。酷いですよ、そんな冗談言うなんて」


「いや、本当に人形は……」


「私の後ろにあるでしょ? みんな私の大切なお人形。さあみんな、着いてきて」


 隊長だけでなく、俺を含んだその場の全員が言葉を失った。

 言うまでもなく、全ての目玉が少女の後方に立つ集団を捉える。


 ミドルフィンガーが、首を傾げながら歩いてくる。

 それに続き、大人達も歩き出す。


 次第に明かりの下に晒されていく大人達の顔を見、俺達はさらに絶句した。


 彼らの表情は生気を失い、目の焦点は合っていない。

 口元だけは歯を剥き出しにして笑っていたが、無理矢理口角を持ち上げられているかのような不自然さを放っている。


 よく見れば、天使女の右手は腕と色が若干異なっており、手首には糸で縫ったかのような縫い目があった。


 よくよく見れば、他の者にも縫い目があったり、目玉をほじくり出して入れ替えたような痕があったり、幼児が着せ替え人形にマジックで落書きしたかのような下手くそな化粧が施された奴がいたり、


 皆、生きている者のようには見えない。


 これではまるで、呪術で魂を抜き取られて主人に使役される憐れな()()だ。


「……どうかした?」


 ミドルフィンガーが尋ねるが、パイソン隊長は震えながらこちらを振り向いて無言で助けを乞うてきた。


「存分に発揮してやがるぜ、鍵の破片に与えられた恩寵をよ……!」


 ミッチャーが忌々しげに呟くのが聞こえた。


 また、須郷も小声で隊長に忠告する。


「いいか隊長、刺激はするな。予定通り馬車に……」


「に、人形だとッ! 何を言っとるのだ小娘!」


 突然声を荒げたかと思えば、パイソン隊長はガチャガチャとミドルフィンガーの方へ歩み寄る。


「馬鹿ッ! よせ!」


 須郷の叫びも聞こえない。

 パイソンはミドルフィンガーを押し除けると、今度は人形と呼ばれた大人達に近づいていく。


「な、何をするのですか騎士様!」


「人間を操れるらしいな、貴様! なんということだ! 貴様は罪のない人間を操り、あろうことか人形扱いして劇をやっていたのか! 許せん! 私はそのような非道が大嫌いだ! 芋虫のクソほど無価値なクソガキめが!」


 そう吐き捨てて、隊長は天使女の肩を掴んで激しく揺さぶった。


「きゃああ! やめて! 酷いことはやめてッ!」


 パイソン隊長に飛びついたミドルフィンガーが突き飛ばされる。

 尻餅をついた少女に、パイソン隊長は憎悪のこもった怒声を浴びせた。


「うるさい! 酷いことだと? 鏡を見ろクズめ! 大丈夫か君! 正気を失っているのか! 待っていろ、今すぐ目を覚まさせてやる! 悪の支配から救ってみせる!」


 どれだけ力強く揺さぶられても、女の目はうつろなままである。

 何度も近くにいる大人達にぶつかっても、天使が自ら動くことはなかった。


「……何で」


 ミドルフィンガーがゆらりと立ち上がる。

 発せられた声はゾッとするほど低かった。


「何でお人形さんを大切にできないの?」


 いつの間にか、少女の手には何かが握られていた。

 木製の小さな人形だ。

 腕が2本、脚が2本、顔がひとつ。


 そんなものを持って何をする気だ。


 それを持って、ミドルフィンガーはパイソンの背中へ近づいていく。


「あなたもお人形さんの気持ちになってみたらいいよ」


「やべえ! 逃げろ!」


 ミッチャーの叫び声も虚しく、ミドルフィンガーはパイソンの背中に人形を押し当てた。


 すると、人形は一瞬にしてパイソンの背中に吸い込まれるようにして消えた。


「乱暴に扱われるお人形さん、こう思ってるんだよ? 身を持って知ろうね」


 ふふふと笑うミドルフィンガー。

 隊長の危機を察したのか、騎士達は一斉に我に帰り、武器を手にして建物内へ雪崩れ込んだ。


「お前、隊長に何を!」


()()()()()()()()()。え、もしかしてあなた達もお人形さんを乱暴に扱う人達? じゃあ、お仕置きしないとね」


 ニタァ

 不気味な笑みが少女の顔に張り付く。


 その瞬間、パイソンが首を回して振り向いた。


 バギャアッ

 顔をしかめたくなるような音がする。


 その回転、180度。

 首だけ真後ろに向けた隊長は、他の大人達と同様の焦点の合わない目をしていた。


 そして、隊長は剣を抜くと、今度は腕を後ろに回して構えた。

 全身から血を滴らせながら、隊長は騎士達ににじり寄ってくる。


「ひ、ひいいッ!」


 騎士達が狼狽える。

 それを合図に、"お人形さん"の群れが一斉に襲いかかった。


 パイソンを先頭に突撃してくる人形達に、戦意を失った伯爵家親衛隊はなす術なく蹂躙された。


 ある人形は騎士から槍を奪い、喉元を何度も刺突した。

 別の奴は鎧ごと騎士の腕を引きちぎり、別の騎士の口へそれを無理矢理ねじ込む。

 パイソン隊長は関節による動きの制限などお構いなしに、バキバキと音を立てながら剣を振り回してかつての配下を切り伏せる。


 保育園の廊下は、地獄と化した。


 騎士達の悲鳴が轟く中、ボンスは静かに告げる。


「撃ってヨシ」


 俺は素早く銃口を上げ、騎士に襲いかかる人形を撃った。

 弾丸は天使女のこめかみをぶち抜いたが、そいつは倒れなかった。


 それどころか標的を俺に変え、騎士達を乗り越えて全力疾走で迫ってくる。


 それでも怯まずに、銃弾を発射し続けた。

 小銃から連続して放たれる弾丸は、こちらへ迫る女の顔をぐちゃぐちゃにしていき、胸元にも穴を開けた。


 須郷も援護射撃を始め、拳銃弾で天使女を撃ち抜いていく。


 それでも、天使女は止まらない。


「クソ、だったら……!」


 天使女が飛びついてくる。

 俺は銃床で女を殴り飛ばし、地面に倒す。


 半長靴で女の胴を踏みつけ、右脚の関節に何発もぶち込んだ。

 関節がダメになれば敵は動けない。

 銃弾で死なないなら、自由を奪うまでだ。


「ヨシ、次はオレに任せろ」


 カチャッ


 激鉄を起こすような音が聞こえ、顔を上げると、ボンスが女の左手を踏みつけているところだった。

 彼の手にはショットガンのような銃が握られており、なんと片手で狙いをつけている。


「散弾なら小銃弾より簡単に吹っ飛ばせるぜ」


「銃を持っていたのか」


「金のためなら何だってやるの、オレらは」


 ズドン


 地面に大きな穴が開くほどの威力で、女の左腕の肉が吹き飛ぶ。


 続いて、ボンスは女の左脚、右腕の順で弾丸を撃ち込んで吹き飛ばすと、騎士達へ呼びかける。


「お前ら、このカス共の脚を斬れ! 死にたくなけりゃオレの言う通りにするんだ!」


 一方的に蹂躙されていた騎士達だったが、その指示通りに脚部へ攻撃を集中させ、徐々に押し返し始めた。


 次第に、廊下には手脚を切り落とされた人形が埋め尽くしていく。


「せんせぇー、どーしたのー」


 園児が奥から顔を覗かせる。

 すかさず、ミドルフィンガーは怒鳴った。


「出てこないで! 貴方も死んじゃうわ! 先生が何とかするから隠れていて頂戴!」


 人形の処理は確実に進んでいったが、パイソン隊長は手強かった。

 他の人形が脱落していく中、彼だけは暴れに暴れ、騎士達を手こずらせた。


 かつて隊長だったモノは、鎧は攻撃を通さず、腕を蛇のようにしならせて剣を振り回すものだから、騎士達は中々近づけずにいる。


「自衛官! そっちに行ったぞ!」


 そのパイソンが、俺とボンスの方へ突撃してきた。


「緑の兄ちゃん、ここはオレに任せな」


 そう言って、ボンスは俺を後方に突き飛ばす。

 そして、自分は片手で構えたショットガンをぶっ放した。


 散弾は鎧を貫通してパイソンの右腕を吹き飛ばした。

 だが、パイソンは残った手で剣を振り上げ、ボンスに迫る。


「危ない!」


 咄嗟に銃を構える俺だったが。


「助けはいらねえよ! 鷹の眼(ホーク・アイ)!」


 剣が振り下ろされ、スイカのように頭がかち割れる寸前、ボンスはそんな言葉を叫んだ。


 その瞬間、ボンスの身体は霧のように消え失せ、パイソンの剣は空気を切り裂いて地面を破壊する。


 消えたボンスはというと、何故かパイソンの後方に立っていた。

 一瞬にして消え失せ、一瞬にして別の場所に現れる。


 これはまるで……。


「瞬間移動か!」


「瞬間移動だッ!」


 今度こそ、ボンスの散弾はパイソンの左腕を吹き飛ばし、攻撃能力を大幅に弱体化させた。


「後は任せるぜ」


 パイソンを顎でしゃくり、ボンスは騎士達へ指示する。

 彼自身は銃を肩に担いで戦闘態勢を解いていた。


 生き残った騎士達は蟻のように隊長へ群がり、その両脚を切り落としたのだった。

【クロンコ07】

カルセウ・ボンスが使用する散弾銃。見た目はウィンチェスターm1887に近いが、装填数は7発である。開発時期や開発者は不明

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