私たちのソビエト祖国のために!
人形達はうめき声ひとつ立てない。
ただ、手脚を失おうとも何とかばたつこうとし、焦点の合わない目をした顔で俺達を睨みながら、ゾンビのように足元へ縋ってくる。
もちろん、俺達はそんな奴らを容赦なく蹴り飛ばすわけだが。
気づけば野次馬が大勢集まってきており、何人かの騎士が懸命に追い払っていた。
「動ける人形共はもういねえぜ。お仕事は完了だ」
「いや、まだだ」
ボンスは一瞬きょとんとしたが、やがて合点がいったのかポンと手を打った。
「あーあー、そうだそうだ。あのガキンチョを捕まえなきゃだ。オレもボケてんなあ」
俺達は、同時に少女の方へ顔を向ける。
そして、胴体と頭だけになった人形の前にしゃがみ込むミドルフィンガーの姿を目にした。
「お人形、壊れちゃった……壊されちゃった。えぐっ……ぐすっ……みんな、みーんな意地悪な人に壊されちゃった」
彼女は、泣いていた。
ポロポロと、目からこぼれ落ちる塩辛い球。
彼女は、ひたすらに涙を溢した。
玩具をなくした子供のように。
否、"ように"ではない。
彼女は玩具を奪われた子供だ。
すすり泣きはどんどん大きくなっていき、遂に彼女は大声で泣き始めた。
壊れた人形を抱きしめて、わんわん泣いた。
俺は何も言えなかったが、ボンスは冷めた目でミドルフィンガーを見やると、ミドルフィンガーの方へ歩き始めた。
「オイ、あんたらも出発の準備をしな。こんなに泣かれちゃ人が来る。早いことずらかろうぜ」
「ああ」
側にいた親衛隊員が反応する。
顔はヘルムによって見えないが、手をだらんと垂らしてパイソン隊長を見下ろしている様から、彼の感情を察することは容易である。
すると、ボンスは足を止めて彼の方を見た。
「……隊長が、やられてしまった」
「そうだな」
「もう、あの厳格で優しかった隊長はいない。俺達が慕っていた隊長は死んでしまった。目の前にいるのは壊された人形。現実とは理不尽だ」
「……悲しいか?」
ボンスの問いかけに、男は上擦った声で応じる。
「……ああ。あの人に俺達は長いこと世話になった。ここにいるみんながそうさ。出自、種族、性別問わず平等にしごきまくって、厳格な優しさで俺達を立派に育て上げてくれた人が、今やこんなザマだ。悲しくもなるよ」
「……悲しみに束縛されちまってるね、アンタ」
「しばらくはこのままだろう。だが、今は任務を遂行しなければならん。隊長のためにも……」
「じゃあよお、その束縛から解かれた方がもっといいんじゃね」
「解けるものならな」
「……そうかよ」
その直後に起きたことは、本当に一瞬の出来事だった。
ボンスは突然肩にかけた散弾銃を手にし、俺達が声を上げる間もなく、1歩踏み出す暇も与えず、銃口を隊員の頭へ向けた。
ドォン
轟音と共にヘルムが砕け、頭部を貫通した銃弾が遠くの家の壁に穴を開ける。
「……!」
あまりにも突然のことに、俺もミッチャーも、他の親衛隊員もその場から動けなかった。
時が止まったかのようにも思える保育園の入り口で、ボンスは散弾銃を片手に保育園の中へ入っていく。
その先にいるのは、胴体だけになった者達を抱きしめて泣きじゃくるミドルフィンガー。
「考える頭すら無くなっちまえば、悲しみに束縛されるこたぁねえ。寝ちまいな。それからお前も……」
と、ここでボンスは振り返る。
彼の背後まで迫った人影に気づいたからだ。
「……ッ!」
「須郷!」
「姉御ぉ!」
須郷綾音の蹴りが、賞金稼ぎへ飛ぶ。
びゅおおっと空気が唸るが、唸っただけだった。
「チッ……!」
ボンスは須郷の目の前から消え、ミドルフィンガーの背後に移動していた。
「瞬間移動か!」
俺は思わず歯軋りする。
裏切り者の賞金稼ぎは、冷めた顔でミドルフィンガーの左腕を引っ掴み、無理やり立ち上がらせた。
「う、ぅ……」
「オラ、立てよガキ」
「信用はならないと思っていたが、まさかこのような兇行に走るとはな。見ろ、騎士の皆様は随分とお怒りだ」
須郷の言葉通り、騎士達は鎧越しでもはっきりわかるほどの殺気を放っていた。
あまりにも突然な仲間の死。
それはまさに突風の如く。
突然強風が吹きつけ、一瞬にして何もなかったかのように辺りが静まり返る、突風のような殺人。
騎士達の怒りと憎悪は数万Vの雷を伴った黒雲となって、カルセウ・ボンスに向けられている。
「テメェ、やっぱ嘘つくのが上手いだけだったみてえだな! 何だってこんなことしやがるんだ、ボケ野郎が!」
ミッチャーに口汚く罵られても、ボンスの表情は変わらない。
自身の置かれた状況を、その状況を作り出した人々を嘲るような、冷めきった顔。
……どう動く。
奴はこの次、何をしてくる。
俺の銃口の先にいるあの男は、何をする。
「何でこんなことするかって? そらあオメー、自分で言ってただろうが、スパイ女。大半の賞金稼ぎは、金さえ払えば基本的に裏切らねえ」
「何を言うか! 金は払っただろうが! 任務完了後も追加で払う約束だっただろう!」
騎士の1人が怒鳴る。
だが、ボンスは呆れたようにため息をついた。
「嬢ちゃん、ちょいと訂正だ。賞金稼ぎは、高額な金さえ払えば裏切らねえ。解釈を広げれば、薄給の雇い主を裏切った賞金稼ぎは、高額な報酬を払ってくれる奴らにつくことを意味する」
……まさか!
気づいてしまった。
奴のこれから言わんとすることに。
奴がしでかすさらに大規模な殺人に。
「悪いねえ、ケチな伯爵とそのチビ犬共。向こうの方が、くれる金が多かった」
俺は叫んだ。
全ての騎士に、須郷に、ミッチャーに、そしてボンスに。
気づいたことを、知らせるために。
「周囲を警戒! 襲撃に備えろッ! 奴の本当の雇い主が来るッ!」
銃を手に、背後を振り向いた瞬間。
騒ぎを聞きつけ集まった野次馬の中から、2人飛び出した。
そいつらは群衆の波を押さえる騎士に向けて発砲すると、今度はこっちへ狙いをつけてくる。
ライフル銃、それもAKだ。
連中の服装にも見覚えがある。
第二次大戦の戦勝国であり、戦後アメリカを中心とした軍事同盟と真っ向から対立した大国。
東側諸国のトップ。
ソビエト社会主義共和国連邦。
ソビエト赤軍。
アカだ。
「よりにもよって地球の奴らか!」
ガガガガガッ
悲鳴があちこちで上がる中、AK-47が乱射される。
俺は咄嗟に馬車の影に隠れ、89式小銃を撃つ。
1人は仕留めたが、もう1人がAKをめちゃくちゃに撃ちまくりながら突撃してくる。
銃弾は騎士だけでなく、集まった野次馬までもを餌食にしていった。
「露助がッ!」
トナカイの赤鼻とアカのデモ隊は笑いものと言うが、これを笑い飛ばすにはいくらなんでも物騒すぎる。
迎撃のために再度引き金を引く。
その直後。
「右方向!」
ミッチャーの怒鳴り声が背後から飛んできた。
右を振り向き、俺は即座に後退した。
先程まで俺がいた位置に大量の銃弾が撃ち込まれる。
右側の道から接近していた新たな敵兵が5名、AKを乱射したのである。
迎撃に動き出した親衛隊とすれ違い、俺は保育園の中に転がり込んだ。
「完全に包囲されてやがる!」
「伯爵家親衛隊の意地を見せてやれ!」
雄叫びを聞きながら起き上がると、目の前に須郷が立っていた。
「……ボンスは?」
「ここにはもういない」
須郷は俺を見ていない。
視線は、俺がさっきまでいた場所──馬車の方へ注がれていた。
カルセウ・ボンスは馬車の扉の前に立っていた。
ミドルフィンガーと共に。
「……!」
再び銃を構えるが──。
「ご苦労」
知らない女の声が戦場に響き渡った。
馬車の周りに駆け寄って展開するソ連兵達の中に、一際異質な存在がいるのに、俺は気がつく。
白髪の女だ。
古いソ連軍将校の軍服を着用したその女は、兵隊と騎士達が睨み合う戦場を悠然と歩いてくる。
なんというか、その女はオーラが異なるのだ。
周りの兵士よりもどこか冷めていて、それでいてとんでもないものを秘めていそうな佇まい。
確実に、半端者ではない。
あの夜、スコルツェニーを前にして感じたモノと、どこか似ている。
相当な手慣れとみて間違いない。
「ん? お前、日本人か?」
ソ連軍の女は俺に気がつくと、わざとらしい動作で驚きを示す。
「驚いた。今日はすごいな。ライバルに再会したと思ったら、今度は日本人のお出ましだ。俺はなんだか枢軸国に愛されているらしい」
「ライバル……?」
「ああ、すまない。お前には関係ないんだった」
誰も動かない。
動いているのは、雪山の白き狼を彷彿とさせる雰囲気を放つ女だけ。
彼女はカルセウ・ボンスのすぐ側まで歩み寄ると、項垂れているミドルフィンガーの顎を掴んで顔を上げさせた。
「う……」
「……可憐な女だ。破片さえ埋まっていなければ、年齢容姿関係なく男達から声をかけられ続ける毎日だったろうに。運命とは残虐なものだ……」
手が離れる。
俺達が見守る中、女はこちらに向き直り、この場にいる全ての者へ告げるべく声を張り上げた。
「この少女、スウェトリン・ミドルフィンガーの身柄は我々ソビエト連邦軍が拘束する! もし仮に、我が軍の行動を阻む者があるならば、我々に敵対しようという者がいるならば、このニキチッチが自ら裁きを下す!」
須郷が舌打ちする。
「ニキチッチか……英雄気取りめ」
「たしか、ブィリーナに出てくる奴の名前だよな」
名前だけなら知っている。
3つの首を持つ竜を倒した英雄ということもその筋のマニアからなんとなく聞いた覚えがある。
だが、ニキチッチを名乗る女にそれが可能か。
少なくとも、「こいつならできるんじゃあないか」と感じさせる程に、あの女には近寄りがたさを感じている。
「……なあ須郷」
「なんだ」
「ブィリーナの英雄の名を騙ってても、結局は人間だよな。俺達と何も変わらない、戦場に生きるだけの人間なんだよな」
「何が言いたい」
「銃弾ぶち込めば死ぬよな?」
俺の言葉に驚いたのか、須郷は黙る。
かと思えば、フッと笑って拳銃を取り出し、両手で構えた。
「死ぬと思う。検証してみよう」
「だな」
俺も小銃を構え直す。
2つの銃口は真っ直ぐ、狂いなく、ソ連軍と賞金稼ぎへ向けられていた。
スッと目を細めたニキチッチは、ゆっくりと口を開く。
その口から放たれる殺意は、他の何にも形容できない、ストレートなものだった。
「……聞いていなかったようだな、日本人。敵対者は俺が直々に裁くと言ったはずだぞ。いや、考え方を変えよう。そんなに裁いて欲しかったか。そうかそうか」
「どーぞご勝手に」
建物の外にいるミッチャーが剣を抜いた。
「つっても、どんな判決下すのかは知らねーけど」
「よし良いだろう。裁判長ニキチッチが下す判決を教えてやる。俺の言葉を無視したため、死刑。俺に銃口を向けたため、死刑。1904年の戦争でロシア人を負かした民族であるため目玉をくり抜いて無理矢理食わせた後死刑。俺を少しイラつかせたため激しく四肢を損傷させた後死刑」
死刑。
死刑死刑。
死刑死刑死刑。
ニキチッチは早口で俺達に死刑を告げていく。
死刑廃止論者も真っ青な勢いだ。
めちゃくちゃな判決だ。
裁判もクソもない。
ただ、当たり前のことなのは間違いない。
ここは既に、血で血を洗う戦場なのだから。
兵士が兵士に下すのは基本的に死刑しかないのだから。
ニキチッチは、ニタリと笑う。
「要するに、想像を遥かに超える苦痛と共に死ね。俺が死刑執行人になってやるから、楽に逝けると思うな、собака」
【AK-47】ソビエト社会主義共和国連邦で1949年に採用された自動小銃。みんな大好き、安心と信頼のAK。泥や砂に塗れようが、水たまりに落っことそうが、このアサルトライフルは問題なく敵に風穴を開けてくれるだろう




