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人形の保育園

 その少女の特技は、人形劇だった。


 度々、186番地の人々を相手に劇を披露している。


 たった1人で複数の役を演じ分けつつも、その演技力はその場に何人もの役者がいるのではないかと観客に錯覚させるほど素晴らしい。

 彼女の劇を見た町人は、口を揃えてそう言うのである。


 だが、彼女は劇団に行くようなことはしなかった。

 少女は金儲けがしたいのではなく、ただ笑顔が見たかったのだ。


 少女はその目的の達成のため、保育園に就職した。


「せんせぇー。おにんぎょうげき、やってー」


「みたーい!」


 今日も園児達に囲まれて、少女は笑う。


 屈託のない笑みの子供達。

 一切の邪気のない無垢な少年少女。


 彼女は、彼らが大好きだった。

 彼女は、みんなが笑ってくれるならなんでも良かった。


 だから、今日も劇をする。


 物置から人形を数体引っ張り出すと、園児達は歓喜の声を上げた。


 少女はそれが嬉しくて、ふふっと笑みを漏らす。


「今日のお話は、『わるい神さま』です」


「おれ、それすき!」


「あたしもー!」


「そうなの? 先生、嬉しいなぁ」


 少女は少年達に微笑みかけて、彼らが静まり返るのを待った。


 ざわついていた園児達が静かになると、少女は劇を始める。


「昔々、お空の上の神さまの世界に、わるい神さまがいました」


『フフフ、私は悪い神さま。下の世界にいる人間を勝手に連れていってしまうんだ。そこの子供達、私と一緒に来ないかね? とっても恐ろしい目に遭わせてあげるよ』


 神さまの格好をした人形が恐ろしげなトーンで喋る。

 子供達から拒絶のブーイングがおこった。


「わるい神さまは、人間を勝手に連れていってしまう、それはそれはわるいわるい神さまでした」


『ハハハ、君達は来ないのかな? なら、無理やり連れていってあげよう!』


「そんな神さまに、天使が聞きました」


 天使の格好をした女の人形が登場する。


『神さま、神さま。どうして、人間を連れてくるのですか』


『何故かって? 私が楽しいからだよ』


『神さまだけが楽しいのでは良くないと思います。連れて来た人間達をどうしているのですか?』


『ああ、それはね…………』

 コタノスの親衛隊は、しばらく歩いた先の噴水の側で待っていた。


 親衛隊の隊員達は顔を覆うタイプのヘルムと白銀の鎧に身を包み、目が3つある山羊に似た生物のマークを描いた盾や旗を持って整列している。

 そのため、多くの人々が行き交う噴水周辺ではかなり浮いていた。


「すっげえ物々しいな」


 ミッチャーの言葉に、俺は黙って頷く。


 と、ここで隊長と思しき人物がこちらに気づき、ガチャガチャとうるさい音を立てながら近づいて来た。

 そいつだけは、鎧の色が黒だった。


「そこのお方、キサオカ・トシヤ殿とお見受け致します! 私はコタノス伯爵家親衛隊小隊長、パイソンであります! 主君を救った英雄である貴方様と共に任務に当たれること、心より感激しております!」


 かなり大柄な男で、声がアホみたいにでかい。

 頭の上のピティが嫌がる動作をするのが感触で伝わってくる。

 ミッチャーが「うるせぇ……」と呟くのが聞こえた。


「任務については、既にコタノス様より話は伺っております! 共に力を合わせ、別世界との扉を開こうではありませんか!」


「本日はよろしくお願いします。目立つ格好でしたのですぐにわかりましたよ」


「そのお言葉、そっくりそのままお返し致しますぞ! ハッハッハ!」


 豪快に笑うパイソン隊長。

 ここに来る途中で緑色の戦闘服に着替えていた俺は思わず苦笑した。


「おお! これはこれは麗しい! 察するにキサオカ殿の協力者の方々、ということですな! 小隊長パイソンをよろしくお願いします!」


「……こいつマジうるせえ」


「……」


 ミッチャーは相変わらず毒を吐いているし、須郷に至っては何も言わない。


 パイソン隊長の標的は今度はピティに移る。


「おお! これはまた、可愛らしい獣ですなあ! ちょっと抱いてみてもよろしいですかな!」


「え、ええ。構いませんよ」


「ピィ⁉︎」


 人の言葉に訳すなら「はぁ⁉︎」とするのが適切だっただろう。

 どうやらもふもふは暑苦しくてうるさい人が嫌いなようだ。


 当然、パイソン隊長がそれに気づくことはなく、俺の頭上からピティを取り上げると、金属プレートの上でぎゅっと抱いた。


 この暑苦しい男は力加減というものを知らないようで、ピティがダンベルのような形に変形してしまうくらい力強く抱きしめている。


「うむ、鎧を着ていても感触が伝わってくるようだ! 本当に可愛らしい! こう見えて私、動物好きでありましてな!」


「ぴ、ぴ……」


「あ、あの、もふもふが圧死しちゃいそうなんで離してやってくれません?」


「ん? ああ、これは申し訳ない!」


 パイソン隊長の剛腕から解放されたピティは、恨めしそうに彼を見つめながら俺の足元に擦り寄ってきた。


「ははは、嫌われてしまったようですな!」


「そんなことないですよ。な、もふもふ?」


 あ、顔背けやがった。


「さて、そろそろ出発いたしましょう! ですがその前に、ご紹介しておきたい人物がおります!」


「……ほう?」


 須郷がじろりとパイソン隊長を睨んだ。

 その視線に気づくことなく、隊長は「おい、お前! こっちへ来い!」と後方へ呼びかけた。


「ああ? やかましいんだよ糞尿野郎。硬貨の数くらい大人しく数えさせろ」


 噴水に寄りかかっていた男が文句を垂れながらも動き出した。

 その風貌は、鎧で身を固めた親衛隊よりもある意味異様であった。


 背の高い男で、テンガロンハットのような帽子を被っている。

 それに加えて、ジャケットと赤いスカーフ。


 まさに西部劇にでも出てきそうな服装であった。


 細長い顔についた目が、怪鳥のようにらんらんと輝いている。


 そいつはパイソン隊長の側までやってくると、その鳥のような目でこちらを値踏みするかのごとく睨んできた。


「コイツらか? あんたらより先に破片探しに着手してた奴らってのは」


「そうだ! そんな方々が、我々に協力してくださることになったのだ! この幸運に感謝しなければならんぞ!」


 男と目が合う。

 何故だか、鷹に目をつけられた蛇のような気分になった。


「彼はカルセウ・ボンス! コタノス様が雇われた賞金稼ぎだ! 今回の作戦に同行する者の1人である!」


「そういうことだ。よろしく頼むぜ」


 賞金稼ぎ。

 聞き慣れない物騒なワードの登場に、俺は無意識ののうちにミッチャーを振り返っていた。


「賞金稼ぎってのは、色んな奴らからの依頼をこなして金を得ている連中さ。冒険者と似たようなモンだが、冒険者が"光"なら賞金稼ぎは"影"だ。合法的、非合法なんて奴らにとっちゃ差はない。暗殺、妨害みたいな黒い仕事を高え金で請け負う他にも、指名手配犯をひっ捕えてギルドに届けに来たりする。けどなあ、そのやり方ときたら……」


「どんな汚ねえ手も使うぜ。事故に見せかけて政府の要人を殺すことだってあったし、アホな冒険者どもの獲物を横取りすることなんてしょっちゅうだ。王国の人間だけじゃなくて他国の人間や犯罪者の依頼も場合によっちゃ受ける。何にせよ、金が欲しいからな、オレ達は」


 カルセウ・ボンスというカウボーイは、ぬけぬけとそんなことを言いやがった。

 自分を汚い外道だと涼しい顔で抜かしたのである。


「……こんな奴信用していいのか?」


「ぴぃ?」


 ピティも首を傾げる。


「ま、まあ、大半の賞金稼ぎは金さえ払えば基本的に裏切らねえって言うし……」


 どこか頼りなさげな声色のミッチャーだったが、ボンスはそれを頷いて肯定した。


「さっき数えたが、額は十分だ。オレはな、金をくれる奴だけには忠実だ。オレが信じてるのは金と自由よ。いいか、金はオレの恋人で、自由はカネの親友だ。覚えとけ」


「……と、いうと?」


「今の世の中を見てみろ。自由なんて、目の前にあるようでホントはねえ。国民も軍人も冒険者も、政治屋の連中だって何かに束縛されてやがる。こんな世の中で1番自由な奴は、何にも縛られないで大量の金を使える奴だけだ。金でしか自由は得られねえ。だろ?」


「……」


「なあ、緑の兄ちゃんよ。アンタは何が好きだ?」


 一瞬だけ間があった。


 俺が答える前に、ボンスが口を開く。


「オレは、金で得た自由が好きだ。対価を払って手にする自由が好きだ。アンタはどうだ?」


「……俺か。俺はな」


 ニヤリと笑う。

 そして、既に決まっていた答えを吐いた。


「対価を払って得る平和が好きだ。親友が一緒だと、尚のこと最高だよ」


 ほんの少し間があった。


 噴水周辺がしぃんと静まり返る中、ぷはっと吹き出した者がいた。


 ボンスだ。


「面白えな、アンタ。なんか趣味が合いそうだな、オイ。オレがその親友になってやろうか?」


「勘弁してくれ」


 どことなく、こいつは俺に似ている気がした。

 だからこそ、ますます警戒心が高まる。


 どこまでも欲望に忠実な野郎は、どこまでも非道で残虐になれるのだから。




 ★★★★★★




 こうして、伯爵家親衛隊と賞金稼ぎとの共同作戦が始まった。


 俺達は人でごった返す通りを歩き、目標であるミドルフィンガーの潜伏先を目指す。

 頭に白い変な生き物を乗っけた全身緑色の男に、背広の女、それに本来なら王都を大きな顔で歩くことなどできないであろう貴族の騎士団と箱型の馬車。


 この異様な行列が人々の注目を集めるのは必至であったが、パイソン隊長が持ち前の大声で見物人を追っ払っていた。


「どけ! どきたまえ! 伯爵家親衛隊が通るぞ!」


「すまねえな、ちょいと道開けてくれ。あ、オイそこの嬢ちゃん。この町の保育園ってどこにあるか知ってるか? オレはそこに行きてえんだ」


 親衛隊やボンスの注意が民間人の群れに向いている隙に、俺は左隣を歩くミッチャーに小声で尋ねた。


「……こいつら、どこまで知ってんのかな」


「出発前に隊長と2人で話してきたんだが、あの様子じゃあの人含めて騎士共は何も知らねえよ。コタノスの野郎に言われた通りに目的地に向かって、捕獲対象をひっ捕らえるだけだ」


「ミドルフィンガーについては?」


「ダメだな。保育園で働いてるガキとしか教えられてねえみたいだ。ちょっと確認してみたけど、馬車の中は無駄に飾り付けられて、キャンディがいっぱいの籠が椅子の上にあった。多分、自分達が何で武器を待たされてるか理解してねえよ」


「……甘い認識だな。奴ら、死ぬぞ。全く、ぼんくらめ」


 ミッチャーの後方を歩く須郷は、突き放すように吐き捨てた。

 俺も思わず眉をひそめる。


 伯爵家親衛隊に戦意はない。

 隊員らは隊列こそ崩さないが好き勝手に駄弁り、規律はあったものではない。

 伯爵家へのお客人を迎えに行く気でいるのだ。

 民を愚かだと嘲るあのダメな政治屋は、破片の保有者の脅威を理解できているのか。


 リッテンハイムと戦ったからわかる。

 あいつらは脅威だ。

 ましてや、今度の相手はあの男と比にならない強敵と見ていい。


 未確保の殺人鬼。

 他人の身体を意のままに操る能力の持ち主。


 幼稚園児の送迎ではない。

 戦争なのだ。


 ……まあ、俺達もまだ対策をできてないわけだが。


「もう少しで186番地保育園に到着します! 着いてしまえばこちらのものですぞ!」


 気づけば、右隣にパイソン隊長がいた。

 頭上のピティが須郷の頭へ飛び移ったのか、ヘルメットが軽く揺れる。


「……隊長、この任務についてどう……」


 だが、俺の言葉は見物人のおばさんの大声で掻き消された。


「広場のとこの保育園に行くんだって! ミドルフィンガーちゃんの人形劇を見たいのかい!」


「人形劇! ほーう、それはすごいですな!」


「なんだ、知らないのかい? あの子の人形劇はすごいよ? 全く人形に見えないんだもの。舞台を見てるみたいなのさ。あんな芸当、どこの役者もできないだろうね。ねえ、そう思うだろ?」


 すると、周りから口々に「おお、そうだ」「ミドルフィンガーちゃんは凄いぞ」「あの人形劇を見たら人生変わるよ」といった声が上がる。


 街の人々は、彼女を人殺しなどと思っていないようだった。

 それどころか、"素晴らしい人形劇を披露する天才少女"と認識している。


 皆が、彼女を慕っている。

 俺はますます、ミドルフィンガーの殺害は一筋縄ではいかないだろうと確信した。


 リッテンハイムの時は幸い、彼を慕う人々に殺人はバレなかったが、今回はあの時よりも大規模かつ目立っている。

 激しく戦えば、確実にしくじる。


「おうおう、知ってるぜそんなことは。王国人間のジョーシキさ、ジョーシキ。オレらはその人形劇を伯爵様に見てもらいたいんで、迎えに行くところなんだ」


 何か言おうとするパイソン隊長を制して、カルセウ・ボンスがミドルフィンガーコールを始めた民衆を宥めにかかる。


 その様子を見ていると、ミッチャーと須郷が俺の後ろで小声で話し合っているのが聞こえてきた。

 その声色がかなり緊張しているのを聞くに、彼女らと俺の考えは同じなのだろう。


「そういや、あの賞金稼ぎ」


「……お前も気になるか」


「気をつけろよ、姉御。あいつの言葉はマジかガセがわかんねえ。嘘つくのがうめえのか、ただの正直者なのか判別つかねえんだ。敵だと思った方がいいかもしれないぜ」


「私も同感だ。なんとなく、あいつは好かん」

【コタノス伯爵家親衛隊】

コタノス伯爵が保有するコタノス騎士団の部署のひとつであり、伯爵の護衛や密命の遂行を任とする部隊。

コタノス騎士団の中でも特に優秀な騎士しかなることができない。

だが、どれだけのエリートであろうが、貴族の熾烈な政治闘争の中で汚れ仕事を淡々と行い続けるのは耐えがたいものであるのか、離職率及び自殺率は騎士団トップである。

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