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駅の闘い

 俺が小屋を出た時と異なり、道はかなりの通行人で溢れかえっていた。

 彼らの喋りはやかましく響き渡り、王都に活気をもたらす。


 しかし、それらは今の俺にとって障害物でしかない。

 邪魔者を押し退け、人の波をかき分けながら、俺達は走る。


 激しい罵声を四方八方から浴びたが、構っている暇はない。


「今から突っ走っても間に合うのか⁉︎」


「賭けるしかないだろう!」


 須郷の言う通り、これは賭けだ。

 執念で、運命の女神をこちらに振り向かせるギャンブルだ。


「おらぁ! どけっての!」


 恐らく1番気合を入れているであろうミッチャーがどんどん人を押し倒していく。


 俺達の後をついてくるトゥピラ達はというと、かなり周囲の目を気にしているようだった。


 ゴアンスとトゥピラの呟きが、罵声に混じって聞こえてくる。


「こりゃ警官がすっとんでくるでごわすな……」


「本気で急がないと……」


 そんなものが来たらもみくちゃにされるに決まっている。

 俺達の足は自然と速くなった。




 ★★★★★★




 場所は変わって王都中央駅。


 この王国には鉄道が通っている。

 王国が大国としてこの島に君臨できている理由のひとつに、広大な街の内部や一部の都市間に線路を引けたことがある。


 国営の鉄道は、経済の回転や政府高官及び軍隊の展開の早さに貢献しているのだ。


 蒸気機関の開発にも成功していないこの国の列車は、"トロッコ鉄道"なんて呼ばれている。


 先頭と最後尾のトロッコと呼ばれる車両に重労働が専門のドワーフの運転手が乗り込み、中にあるポンプを数人がかりで動かすことで車両が前進するという仕組みだ。


 肉体にかなりの負荷がかかるため、操縦士はドワーフのみ募集されている。


 中央駅にはそんな列車が大量に停車しており、発車の時刻を今か今かと待ち侘びている。

 ホームは大勢の人でごった返しており、ワイワイガヤガヤという擬音がぴったり当てはまる騒々しさであった。


 そんな中を歩いていく黒服の男トートは鍵の破片を手袋をはめた指で摘み、しげしげと眺めていた。

 隣を歩くハインツは、露骨に不機嫌な面を彼に向けている。


「ホゥーム、これが鍵の破片とやらか。こんなもので別の世界と繋がってしまうのかね」


「それが15個必要になります。重要なものですので、その汚い手袋でベタベタ触るのはやめてください」


「これはこれは……ウククク。怖いお嬢さんだ」


 トートは大人しく破片を彼女に差し出す。

 それをハインツはひったくるように受け取り、ポケットにしまった。


「それにしても不思議だ。何故あの寝ぼけ女が破片を持っているとわかったんだね? 私は全くわからなかったよ」


「仕方のないことです。貴方が大嫌いな非人間だからできたことですので」


「ほぉん?」


「ぼく達の耳は、鍵の破片が出している()を聞き取れます。破片は常時、人間には聞き取れない周波数の音を放っているので、ダミーを用意されようがぼくなら簡単に見破れますよ」


「なるほど。上が猫耳族をこき使うわけだ……。クハハ……」


 しばらく歩いていくと、人混みの中に佇む黒服の集団が見えてきた。

 全員がゲシュタポ、トートの部下達である。


「お待ちしておりました」


 小柄な黒服が言う。

 ハインツは淡々と告げる。


「破片を入手したと中佐にお伝えください。ぼくはロカへ向かいます」


「わかりました、特務大尉殿」


 ニヤリと笑うチビ黒服。

 つられるようにして、トートもクククと笑う。

 ハインツは顔を顰めて目を逸らした。


「……」


「ささ、列車はもう出ますぞ」


 小柄な黒服に促され、ハインツは彼らの停車している列車に向けて歩き出した。


 ロカの街行きのその列車は、前からトロッコ2台と客車3両、馬や貨物を積んだ貨車5両、車掌車1台の編成である。


 ロカは大きな街であるため、客車のドアの前には大勢の老若男女が種族を問わず並んでいた。


 割り込むようなことはせず、ハインツと黒服達は3両目の客車の列に並んだ。


「猫耳嬢」


 唐突に、ハインツの耳元にトートが顔を近づけてきた。


「中佐からあなたに従うよう申しつけられているので、指示を聞いた。だが、こればかりは不満を打ち明けられずにはいられない」


「……何です?」


「何故、あの女を捕まえなかったのかな? 我々が追いかけている人物ではないのかね?」


「ぼくが中佐から命令されているのは破片の確保のみですので。スゴウ・アヤネの捕縛は次の作戦で行うと聞いています。待つことは張り込み等で慣れているはずでは?」


「慣れてはいるとも。だがね、ククク……やはり人間の指揮下にあった方がやりやすい」


 ハインツはすぐ近くにあるトートの顔面を睨みつける。

 その時だった。


 ピィィィィィィィッ


 駅員の笛が、ホームに響き渡る。

 続いて聞こえてきたのは、駅員の怒声だ。


「おい待て! バカヤロウ!」


 あたりがさらにざわつく中、ゲシュタポの黒服達は互いに顔を見合わせてひそひそ言葉を交わす。


「ひったくりかな?」


「殺人事件じゃあないかね?」


「酔っ払いが喧嘩でもやって逃げたんだ」


 しかし、ハインツにはわかっていた。

 猫耳は、騒々しさの中でも()()()の声をはっきりと聞いていた。


「ヘル・トート。貴方の逮捕したがっている方ですよ」


 彼のメガネが、きらりと光った。


「そそそれは、クケケケ……本当かい?」


「はっきりと聞きました。スゴウ・アヤネです。大勢の仲間を率いているようですよ」


 トートは不気味に笑うと、部下達に指示を出す。


「足止めして、捕獲しろ」


 そう言われるやいなや、黒服の集団は列を離れ、笛の音が鳴り響く人混みの中へ消えていった。




 ★★★




 ミッチャーが乗車券のことで揉めた末に駅員を突き飛ばしたのが災いし、俺達は大勢の駅員に追われる羽目になってしまった。


 須郷は走りながら、やらかしの止まらないミッチャーを睨んでいる。


 ここまでやらかしていると流石に可哀想になってきた。


「こ、こんなことしてまで取り返したいものなの? その盗まれたものって!」


 斜め後ろを走るトゥピラが訊いてくる。

 答えはもちろんイエスだ。


「ああ、そうさ。つーか、なんでお前らもついてきたんだ?」


「え? ……なんでだろ?」


「マジでなんなんだお前!」


 駅員のホイッスルの音がやかましい。

 警棒を振り回しながら、俺達を追いかけてくる。


 今やるべきことは、逃げることのみだ。


「何事なの?」


「暴力事件だって」


「警官を呼んだ方がいいんじゃあ……わっ!」


 人々を押し退け、俺達は奴らを探す。


 ハヴィラ・ハインツとヘル・トート。

 一体どこに……!


「もしかしてあれじゃないの?」


 ゴアンスに肩車されたマーティンが声を上げる。

 須郷が大声で問い返した。


「どこだ!」


「あの、ロカの街行きの列車に乗ろうとしてる2人組! 黒服と猫耳だよ!」


「それだ! どっちだ!」


「このまま真っ直ぐ! ……いや、待って! 黒服が何人かこっちに向かってきてる! 5人だよ! 分散して来てる! 前からは2人!」


 足止め係か。


 その直後、車掌の容赦ない大声。


「ロカの街行きの列車は、間も無く出発します! お乗りの方はお急ぎを!」


「まずいな。もう出発する列車に、それに乗ることを許さない黒服。どうするべきか……」


 須郷は苦い薬を飲んだ時のような顔をしている。

 俺は迷うことなく言った。


「俺がなんとかする」


「頼む」


「早いね。よし、やるぞゾーリンゲン」


「おう! って俺もかよ! はぁ⁉︎」


 真横を走るゾーリンゲンの腕を掴み、俺はにこりと笑う。


「君の実力を見込んでのことさ☆」


「そ、そういうことならやってやらぁ!」


 早いね。

 笑みは呆れからくるものに変わった。


「よっしゃ! 行くぜェェェェ!」


 人々をかき分け、黒服が迫ってくる前方に向けて走り出した。

 俺も彼に続く。


 男を倒し、女を押し退け、老人を突き飛ばし、エルフを横にどかし、遂に……。


「!」


「おおっ!」


 黒服が2人現れた。


 向こうが反応する前に、俺は真正面にいた黒服の顔面に頭突きを見舞った。

 硬いものが潰れる感触と共に、黒服はぶっ倒れる。


 ゾーリンゲンは背中に下げた斧に手を伸ばしたが、彼が柄を手に取るより早く、黒服の拳が彼の顔面に飛んだ。


 のけぞるゾーリにさらに攻撃を加えようとする黒服だったが、俺の顔面を打つ方が先だった。


 黒服は2人とも倒れ、遅れてやってきた須郷達は彼らを踏みつけながら走っていく。


 どんどん人をかき分け、ようやく列車の姿がはっきりと見えるようになった。

 列車は今まさに動き出したところで、ドアの閉められた客車が目の前を流れていく。


 3両目の客車が通過した瞬間、時が止まった。


 ハヴィラ・ハインツと目が合ったのである。


 窓側の席に座った猫耳少女は、ギルドで初めて会った時と全く同じ表情をしていた。

 全ての感情を隠す、無表情な面。

 嘲笑を浮かべるでもなく、嘆くでもなく、ただただ、無。


 ほんの一瞬だった。


 気づいた時には客車は視界から消えており、目の前は貨車が走っていくだけだった。


「乗り込むぞ!」


 一斉に走り出す俺達。


 まず、マーティンが空の貨車に飛び乗り、続いてウィルが乗り込んだ。


 ミッチャーと須郷、トゥピラは馬の乗った屋根付き貨車に乗り込む。


 俺とゾーリンゲンはほぼ同時に果物の箱が積まれた貨車へ乗り込み、巨大なゴアンスを協力して引っ張り上げた。

 なんとか乗り込んだゴアンスは、何故かぷるぷる震えていた。


「おい、生まれて初めて無賃乗車してるでごわす。あとですげえ怒られるんじゃあ……」


「安心しろ、俺も初めてだよ。さ、客車の方に進もう」


 つか、マジで銃を持ってくるべきだった。

 まあ、今後悔しても遅いんだけどね。


「居たぞ! あそこだ!」


 ホームの方から響く大声。

 ギョッとして振り返ると、ちょうどゲシュタポの黒服が3人、2両後ろの貨車に乗り込もうとしているところだった。


 俺はゴアンスとゾーリの肩を叩き、ごくりと唾を飲み込んだ。


「先に前へ行ってろ。あいつらを下車させてから追いつく」

【王国の鉄道】

現在の"国鉄"経営者であるアリフレータ・スワロンが鉱山を視察したのが全ての始まりであった

鉱石を乗せたトロッコを走らせるレールを地上にも敷く計画を彼は立ち上げ、フェンタ鉱山と麓の村との間に王国初の鉄道が完成

いつしか、鉱石を運ぶトロッコは人を運ぶようにもなり、広大な面積を持つ王都などの街では、街中に鉄道を走らせて人や物の移動をスムーズにした


遠くの街と街をレールで繋ぐ計画も一時期持ち上がり、一部の都市間では鉄道が開通したものの(王都はカル街、リンク街とレールで繋がっている)盗賊や魔物がレールを破壊して列車を襲うようになったため中断された

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