ゲシュタポ
須郷とミッチャーに連れられて、俺は冒険者ギルドの中に足を踏み入れる。
長いこと待たされたこともあって、ギルドの中は冒険者で溢れかえっていた。
各々、テーブルに食事を並べて好き勝手喋っている。
そんな光景を横目で見ながら、俺は談話用の個室が並ぶ通路へと入る。
前回は083号室だったが、須郷は093号室の扉を何の躊躇いもなく開け放ち、ずかずかと突入していった。
俺とミッチャーは顔を見合わせ、同時にため息をついた。
「中に誰かいるとか考えねえのかな、あの女」
「前からこうなんだよ……ってのは擁護にならねえよなぁ」
そんなことを言っていると、須郷がどこぞの芸人のようにひょっこり顔を出してきた。
「何をしている。早く入って来い」
「「へーい」」
大人しく従う俺達であった。
須郷は俺達を奥の席に座らせると、自分は扉側の席に腰を下ろす。
そして、右肘をテーブルについて俺達を交互に見比べた。
「……」
真剣な面持ちになるミッチャー。
それを待っていたかのように、須郷は話し始めた。
「今日話しておきたいのは、破片についてだ」
俺とミッチャーは同時に頷く。
「昨日、私達はリッテンハイムを殺し、鍵の破片を手に入れた。つまり、脱出へ1歩近づいたということだ。ただ、知っての通り破片を狙っているのは私達だけじゃない」
「今わかってるだけでも魔王と黒鯨鉄十字団が関わってるな」
あの日の夜現れたスコルツェニーとストエダの顔を思い出し、俺は顔を顰める。
あいつらとまた殺し合うのは避けられないだろうが、はっきり言って嫌だ。
あの毒矢と肉の塊の力を見せられた以上……ねぇ?
「奴らが破片を奪いに来る可能性はほぼ100%だ。奪われないためには、徹底的な管理が重要になる。この場で鍵の管理方法を……」
「ちょっと待て」
俺は咄嗟に須郷の言葉を遮る。
彼女の話に思うことがあったからだ。
「そんな大事なことを、ここで話すのか? さっき見たろ? 冒険者ギルドは人だらけだ。あの中に敵がいないとも限らない。盗聴される可能性だって……」
俺の言葉はここで途切れる。
彼女が、笑ったからだ。
どこか邪悪で、心の奥底に一物抱えていそうな笑顔。
俺の言葉は見事に封じられた。
俺が絶句しているうちに、須郷は笑みを引っ込めて元の感情のない表情に戻った。
「人が多いからこそさ。不審な動きをしている者がいれば、職員にすぐ捕まるだろう」
「……」
嘘だ。
この女の心と言動は一致していない。
別の意図がある。
「そういうわけだ。さっさと話し合いをしよう。民主主義国家の民らしく、な」
と、ここでミッチャーが勢いよく右手を挙げた。
じろりと彼女を睨む須郷。
お構いなしに、ミッチャーは言った。
「せっかくならよ、現物を見ながら話そうぜ」
「…………は?」
須郷の顔に感情が戻った。
しかし先程とは違い、困惑一色である。
「まさかとは思うが、持ってきたのか?」
「おう」
「昨晩私が言ったことをすっかり忘れているようだな……。私は金庫に閉まっておけと言ったはずだが……」
「そうだっけか? あー、そういやそんなこと言われたかも。んで、今日は盗聴に備えてでたらめな計画を話し合う算段だったよな、たしか」
「『盗聴に備えて』はどうした、大馬鹿者……。厄介な口め、余計なことをべらべらと……」
須郷のクソデカため息が響き渡る。
これは同情する。
「流石にそれは馬鹿だぞ、ミッチャー」
「き、キサオカさんまでそんなこと!」
馬鹿だと思う。
つくづく馬鹿だと思う。
「……しょうがない。あるんなら出せ」
「へーい」
ミッチャーは肩から下げた鞄に手を突っ込む。
俺は隣でその様子を見守っていたが……。
「ん?」
突然、変な声が上がった。
ミッチャーは両手を鞄に突っ込んで、しばらくゴソゴソ音を立てていたが、やがて固まった。
おもむろに顔を上げたミッチャーからは、あまりにもはっきりとした絶望が溢れ出ていた。
「破片がねえ」
「「は?」」
「消えてんだよ! 鞄の中から!」
ミッチャーは鞄を持ち上げ、机の上に叩きつける。
その拍子に、鞄の側面から宝石やらコンパスやらの小物がザザザッと雪崩のごとく転がり出た。
布製の鞄は、鋭利な刃物で切られたようにぱっくり裂かれていた。
「……やられたな」
「破片を盗られた」
自分のやらかした事の重大さを理解したのか、ミッチャーは焦点の合わない目で口をぱくぱくさせている。
そんな彼女に言葉をかける間もなく、俺と須郷は立ち上がった。
「恐らくあいつだ。ハヴィラ・ハインツだ」
「お前もそう思うか、自衛官」
「畜生、しっかり有益な情報伝えやがって泥棒猫……!」
「まさしく泥棒猫だな」
「まさしく泥棒猫……? もしかして、あの女猫耳だったか?」
呆れからくるため息をついて、須郷はミッチャーを睨む。
「気付いていなかったのか? 猫耳の女だったよ」
「猫耳族だ。間違いねえ。じゃあなんら不思議じゃねえ。猫耳族の暮らしてる地域は今、黒鯨鉄十字団に占領されてる。猫耳族は奴隷化されて、連中にいいようにこき使われてるんだ。あいつらの立場の関係で、王国にゃ伝わってねえ情報だよ」
「……なるほどな」
そう言うが早いか、須郷は激しい音と共に扉を蹴り開け、駆け出した。
俺は慌てて彼女の後を追う。
通路を駆け抜けながら、俺は呟く。
不意に蘇ってきたあの夜の記憶。
エッカルト・ヨハン・スコルツェニーは確かに言った。
『くそぅ、ハインツくんがここにいればこんなことには……』
一致だ。
間違いない。
あいつはナチスだ。
あの忌々しい猫の女の顔を思い浮かべながら、憎悪を口にする。
「破片取り返して首の骨折ってやる……! あの女!」
長い通路を抜け、食堂に出る。
食事をしながら談笑する冒険者達が見えてきた。
いつの間にやって来たのか、トゥピラらパーティ第762号の面々の姿も認められた。
──が、顔見知りの姿を隠すようにして、黒い壁が横から現れた。
須郷と俺は足を止め、その壁を睨みつける。
「失礼、少しいいかな?」
壁かと思ったのは、先程出会ったヘル・トートと同じ全身真っ黒な集団だった。
総勢3人。
声を発したのは、中央にいるひょろっとした男である。
「お尋ねしたいことがあって引き留めた。手荒なマネはしたくないので、同意が欲しい。いや、本当にひと言でいいので、面倒くさがらずに我々の言うことに同意してくれ」
「邪魔はよして貰えると助かるんだが」
「いや、邪魔をしろという命令なんだ」
ニヤリと笑う男。
須郷の目つきがさらに鋭くなる。
「なるほどな。お前達、ゲシュタポか。先程のトートという男もそうだな?」
「その通り、秘密警察だ。君らに隠すような情報でもないし、言っちまっても構わんだろう」
ゲシュタポ。
かつて、ナチス政権下にあったドイツに存在した秘密警察。
スパイや反ナチの人々を取り締まった、親衛隊管轄下の組織。
そんなものをまた組織できるほど、黒鯨鉄十字団とかいうネオナチは巨大な集団となっているのか。
「それで、同意の方は?」
「すると思ったか?」
須郷に続いて、俺は何度か頷く。
それをわかっていたかのように、男は腰にゆっくり手を伸ばした。
「では、これを見てもそう言えるかな?」
取り出されたのは、ピストルだった。
ワルサーP38。
その小さな銃口がこっちを向いた瞬間。
「ハッ!」
風が吹いた──気がした。
直後、パコォンと乾いた音が響き渡る。
「おぉッ……!」
須郷が右脚を思い切り振り上げていた。
蹴り上げられた拳銃は弧を描いて宙を舞い、冒険者の集団に向けて飛んでいく。
ニタニタ笑いながらトゥピラ達に近づこうとしていたその冒険者の集団は、リーダー格の男の頭に拳銃が降ってきたことで歩みを止めた。
コブを作って倒れた男に、わらわらと人が集まってくる。
「じょ、ジョン! しっかりしろ!」
「畜生、どこのどいつだ! マックスさんを呼んでこい!」
「見ろ! こいつは銃だ! おい、持ち主を探せ! 軍に突き出せば金になる!」
ゲシュタポの男は顔をくしゃくしゃにしてナイフを取り出し、須郷に突進した。
それは怒り故か、焦り故か。
鋭利な刃物を手にして、元から僅かだった距離をさらに縮める。
須郷は向かって来た男の前に堂々と立つ。
拳を構える様子もなく。
ズドン。
「ぶっ……!」
須郷の右足の先が、男の腹にめり込んだ。
胃の中身と思われるモノを思い切りぶち撒けるゲシュタポの隊員。
須郷は男の黒い帽子を指で弾き飛ばすと、左手で彼の髪の毛をむんずと掴んだ。
「汚い」
低い声でそう言ったかと思えば、床に散らばったモノに男の顔面を叩きつける。
吐瀉物と血が混じるモノの中に倒れたまま、男は動かなくなった。
「ゴメス!」
「ゴミ女が!」
残りの2人がナイフを抜き、襲いかかってくる。
ここでようやく、冒険者達もこちらに気づいた。
突然始まった乱闘に驚き、一部は歓声を上げる。
彼らにとって、喧嘩は楽しみのひとつだ。
自分でやるも良し、外野から身勝手な声援を送るも良し。
トゥピラやマーティンも騒ぎに気づき、席を立ち上がる。
「あれってもしかしてトシヤ?」
「もしかしなくてもキサオカだよ」
「何してんだあいつら」
1人が俺の方に向かって来たため、素早く臨戦態勢を取る。
こんなことになるなら銃を持ってくるべきだった。
「よし、来な」
「フンッ!」
荒い息と共に繰り出されるナイフの突き。
手慣れているのだろう。
かなり速い。
それでも俺は突きをひらりと回避し、ゲシュタポ隊員の伸び切った腕を掴んだ。
「離しやがれ!」
相手が喚くがお構いなしだ。
「やーな」
男と目が合った。
狙いは、顔面だ。
「こった!」
右肘で、向こうの顔面を突いた。
ベギョォッという嫌な音と共に鼻が折れ、目から涙が溢れ出す。
ナイフを落とし、折れた鼻を両手で押さえる男。
完全に無防備だ。
俺は左手をぎゅっと握りしめ、男の左頬へ向けて全力のパンチを放った。
何か硬いものが折れる感触。
手応えアリ、だ。
顔を左に向けて、ゲシュタポ隊員は床にぶっ倒れた。
冒険者達が歓喜の叫び声を上げた。
「倒れたぞ!」
「おい、よく見たらあいつ、昨日の男じゃねえか?」
「実はとんでもねえ奴だった?」
須郷も相手を片付け終わったところのようで、倒れた黒服を踏みつけながら背広の埃を払っていた。
ゴメスは邪魔だったのか、彼女の後方に蹴り飛ばされたようで、口と鼻から血を流して倒れている。
「これで全部か?」
「みたいだな」
周囲を見渡して、敵が居ないか確認する。
よし、いない。
再び、須郷に向き直った瞬間。
「!」
ゴメスが起き上がっていた。
背後から須郷に忍び寄り、首元にゆっくり手を伸ばしている。
その顔は、殺意で醜く歪んでいた。
「野郎……!」
後ろだ、と叫んで突撃しようとした瞬間。
「とーっ!」
何者かがゴメスにドロップキックをお見舞いし、もつれるようにして倒れ込んだ。
須郷はガバッと振り返り、俺も急ブレーキをかける。
「トシヤ、大丈夫⁉︎」
「おいも加勢するでごわすよ!」
「ぼ、僕も!」
トゥピラ達だ。
パーティ第762号が勢揃いだ。
ドロップキックを決めたのはゾーリンゲンであった。
「どーだ! やってやったぜ!」
「上出来だ」
ゾーリンゲンを軽く褒めた後、須郷は倒れたゴメスに近づいていった。
ただならぬ雰囲気を察したのか、ゾーリンゲンは慌てた様子でゴメスの側を離れる。
須郷はゴメスの胸ぐらを引っ掴むと、相手をそれだけで殺してしまいそうな声で問いかける。
「連中はどこに?」
「……お、王都中央駅に」
あっさりゲロったなこの野郎。
須郷はゴメスを離すと、これまた勢いよく立ち上がる。
「行くぞ。王都中央駅だ」
「鉄道走ってんの?」
「うん。あるけど?」
そう答えたのはマーティンだった。
「でも、何しに駅まで?」
「まー、その、あれだ。急用だよ急用」
マーティンは納得していない様子だったが、詳しく話している時間はない。
ふと、マーティンが何かに気づいたように俺の背後を見る。
「あれ、ダルクさん?」
ようやくふらふらと現れたジャンヌ・ダルクことミッチャーに須郷は告げる。
「行き先が決まった。中央駅だ」
「はぇ? 駅ぃ?」
「そうだ。行くぞ」
ミッチャーの手を掴んだ須郷は、彼女を引きずるようにして、というか引きずって走り出す。
俺も彼女らに続いてギルドの出口へ向けて駆けた。
「ちょ、ちょっと! どこ行くの!」
「俺達も行くぜ!」
トゥピラやゾーリンゲン達も、わちゃわちゃしながら俺達の後を追ってくる。
ギルドに残されたのは、ゲシュタポの3人と野次馬達のみであった。
ゴメスは顔面を擦りながら立ち上がる。
そして、まだ倒れている仲間達に呼びかけた。
「お……起きろお前達! 奴らを追うぞ! 駅には行かしちゃならないのだッ!」
が、そうもいかなかった。
ゴメスの周りを、冒険者達が取り囲んだからである。
ギョッとしてキョロキョロし出すゴメスの前に、1人の冒険者が進み出た。
「お前はいくつか罪を犯した。ひとつ、銃を所持していたこと。ひとつ、俺の仲間の頭にコブを作ったこと。そして、ひとつ。ギルドをめちゃくちゃに騒がせたことだ。よって、お前らリンチな」
「……は?」
彼の言っていることが、ゴメスには理解できなかった。
あまりにも突然の暴力宣言に、唖然としていた。
「やっちまっていいんですね、マックスさん!」
いきり立つ冒険者達に、マックスとかいう冒険者は冷酷に、そして楽しげに告げる。
「やれ」
冒険者達が飛びかかってくる。
たちまち乱闘が始まり、もみくちゃにされるゲシュタポ達。
何度も殴られ、蹴られ、殴り返してもまた殴られる。
それが遂に、ゴメスの怒りを頂点にまでぶち上げる。
「このヤロォォ!」
隠し持っていたワルサーPPKを取り出し、1人の冒険者を撃った。
厚い鎧を着ていたが、弾丸は容赦なくプレートを貫通し、その冒険者を死に至らしめる。
しぃんと静まり返る冒険者ギルド。
自然と、ゲシュタポ達の周りから、冒険者達が離れていく。
攻撃を指示したマックスですら、ビビって動けなくなる。
ふと、遠くから獣が唸るような音が響いたかと思えば、ギルドの入り口の前に何かが停まる。
それは車であったが、何故かそれを引くはずの馬がいなかった。
「何をしている! 早く来い!」
車に乗った軍人のような男が吼える。
ゴメス達はじりじりと後退し、ギルドを出ると、車に乗り込んだ。
冒険者や騒ぎを聞きつけたギルド職員、監視の軍人が見守る中、車は走り去って行った。




