貨車の攻防戦
黒服達は貨車に転がり込むと、俺の方を睨んできた。
かと思えば、1人が拳銃を取り出してこっちに向かってきた。
ホームの人々の視線は俺達に集中しており、ゲシュタポが銃を取り出したことで騒然となった。
駅員も笛を鳴らしながら走ってきていたが、それを見た瞬間に青ざめて立ち止まる。
「そこから動くんじゃあない!」
前の貨車に乗り移りながら、黒服が叫ぶ。
俺は貨車の中を素早く見渡す。
武器がいる。
拳銃に素手で挑むのは流石に分が悪い。
「……あった」
目に入ったのは、隅に立てかけられた金属製のスコップ。
細かく考える前にスコップを手に取り、俺はゲシュタポの方へ走り出す。
列車はかなりのスピードでホームを抜ける。
蒸気機関車とあまり変わらない速度だ。
王都に立ち並ぶ家々が辺りに広がった。
俺から見て左には人が入らないよう柵が作られており、子供達や鉄オタのような人達が見物に集まっているのが見える。
俺の急接近に気づいた先頭の男が拳銃を向けてくる。
引き金が引かれるより早く、俺はスコップを右から左へ思い切り振った。
確かな手応え。
横目で確認すると、拳銃は鉄オタ達の方向へ飛んでいくのがしっかりと捉えられた。
スコップの命中した手を押さえて隙だらけになった黒服を俺は蹴り飛ばし、後方にいた1名を巻き込んで転倒させる。
「この野郎!」
残った1人はナイフを取り出し、こっちに向かってくる。
俺は咄嗟にスコップを振り上げ、黒服の頭に振り下ろした。
パコォン
清々しい音と共に、スコップ面が黒い帽子を潰す。
カートゥーンアニメなら、今の男の顔の周りにはいくつもの星や鳥がくるくると回っていることだろう。
黒服は右方向へ横から倒れ、貨車から落ちていった。
おかげで、彼の後方の光景が見えるようになる。
さっき倒した2人が勢いよく飛び起きた。
殺意を剥き出しにして突進してくる。
「ぬゥん!」
左から右へ、スコップを思い切り振った。
スパァッ
妙な手応え。
確実にわかるのは、叩いた時の手応えではないこと。
スコップで攻撃した黒服の頭。
上半分がなくなっていた。
四角いスコップ面は金属製。
面を横にして振ったのがいけなかったのか、切れ味抜群のスコップ面は黒服の頭を切り裂き、落としていた。
黒服は、呻き声のひとつも立てることなく倒れる。
「……」
「……」
残った男と目が合う。
その瞬間、男はかすれた悲鳴をあげて貨車から飛び降りていった。
「……よし」
俺はしゃがみ込んで、頭の上半分を失った黒服の手から拳銃を奪い取る。
ワルサーP38。
日本1有名なあの怪盗も使用するドイツ軍の拳銃。
そいつを右手に、スコップを左手に持って、俺は振り返り──。
ぶおおおぉぉぉっ
柵の方からこんな音が響いてきた。
俺は思わずその方向を見て、言葉を失った。
音の主は、通行人達をアリのように散らしながら俺の前に現れた。
この世界に似つかわしくないエンジン音を響かせながら、そいつは柵に近づいてくる。
馬車が主流のこの世界において、そいつはまさしく異物であった。
そいつらはナチスの兵隊を乗せて、こちらに迫ってくる。
それは、灰色のオープンカー。
"キューベルワーゲン"。
その後方から走ってくるのは、軍用トラック"グルップ・プロッツェ"。
"キューベルワーゲン"には、運転手の隣に将校らしき男が座って何かを喚いていた。
「Tötet ihn!」
「そら、撃て!」
後部座席に座る兵士が、隣の機関銃射手に合図する。
車両の真ん中に備えられた機関銃の銃口が、俺を捉えた。
「クソが!」
俺が体勢を低くするのと同時に射撃が始まった。
ズドドドドドッ
機銃弾は貨車に穴を開け、空気を切り裂いていく。
"キューベルワーゲン"の銃撃に気づいたトラックの方からも、機銃弾がばら撒かれた。
が、幸いにも弾は当たらず、貨車をぼろぼろにしただけであった。
「ナチ野郎め……!」
俺は悪態をついて起き上がり、前の車両へ走り出した。
俺の後方では、2台が柵のギリギリまで距離を詰めている。
一瞬振り返ると、7人ほどの兵士が貨車に飛び移ってくるのが見えた。
その中の1人は、ギルドで倒したはずのゴメスであった。
なんという執念。
ここまで追いかけてくるとは。
前方では、ゾーリンゲンとゴアンスがなんかわちゃわちゃやっている。
馬が乗っている有蓋貨車の屋根に登ろうとしているようだ。
「……はぁ」
軽くため息をついて、俺は再び走り出す。
「射殺しろ!」
ナチの銃弾が、容赦なく俺を追いかけてきた。
★★★★★★
一方、ゾーリンゲンらがよじ登ろうとしている有蓋貨車の中。
須郷達にも銃声ははっきり聞こえており、ミッチャーとトゥピラは不安げな表情を互いに向かい合わせていた。
「黒鯨の連中、マジで攻めて来やがったのか……?」
「自分で首を突っ込んでおいてなんだけど、本気で意味わかんない……」
車内は壁の隙間から差し込んでくる光のおかげで若干明るく、こちらを興味深そうに見つめてくる数頭の馬がはっきり見えた。
須郷は馬に睨みを効かせながら言った。
「王都を出るまでどれくらいかかる?」
「たしかこの列車は、ロカ行きのしばらく止まらねえ特急"アイゼン"だったはず。そうだよな?」
「うん…………多分」
トゥピラの頷きを確認すると、ミッチャーは言葉を続ける。
「じゃあ早くしねえと。猶予はせいぜい20分ってところだ。さっさとしねえと列車が王都を出ちまう」
須郷は特に反応を返すことなく、壁につけられた梯子に手を伸ばす。
ミッチャーの言う通りだ。
王都から出られると非常によろしくない。
バカなナチは、住宅街で銃をぶっ放しまくっている。
もうじき軍隊がやってくるだろう。
だが、外に出られるとどうなるか。
想像に難くないだろう。
梯子を掴み、足をかけ、そのまま登ろうと──。
「わっ! ちょっ……あはは、くすぐったいってば! あははは……」
魔法使いの金髪が変なことを叫び始めたので、須郷は振り返る。
トゥピラの顔に、2頭の馬が首を伸ばして近づき、顔を擦り付けていた。
めっちゃくちゃ穏やかな顔をしている。
トゥピラは口だけでは嫌がっているものの、その表情に拒絶の意は微塵もなかった。
「……何してる?」
「はぇ⁉︎」
素っ頓狂な声をあげる少女。
言い訳を聞くために、須郷は黙って彼女の顔を見つめた。
「い、いやー……。私、昔から動物には好かれやすいの。あはは……」
「ほう?」
「それにさ、馬って可愛いでしょ? 8本の脚もそうだし、このつぶらな目を見てよ! さいっこうだと思わない⁉︎」
相変わらず馬にまとわりつかれながらそんな言い訳をかますトゥピラ。
須郷の口からはため息しか出なかった。
思わんな、と口にしようとした須郷だったが、彼女を遮った者がひとり。
「わかるぜ! 馬って可愛いよな!」
ビシッと親指を立てるミッチャー。
トゥピラはきょとんとしていたが、やがて引き笑いへ変わっていく。
「そ、そうよね〜……」
「どうしたお嬢さん。何故引くんだい?」
「お前が馬に可愛いと思われてないからだろうな」
馬に頭を齧られながら、ミッチャーは乾いた笑い声をあげるのだった。
★★★★★★
先に屋根の上に登ったゾーリンゲンと協力して、俺はゴアンスのどでかいケツを押し上げる。
ゾーリンゲンはゴアンスの手を掴み、懸命に引き上げようとしている。
ゴアンスも彼なりに頑張っているようだが、苦戦しているようだった。
「も、もうちょいで上がれるでごわす……!」
「「トロいんだよデブ!」」
後方のナチスを気にしながら、俺達はゴアンスを怒鳴りつけた。
すると、一気に体にのしかかっていた負荷が消える。
見上げると、ゴアンスの足が屋根の上に消えようとしているところだった。
いや、すげえ重かった。
各国軍はゴアンス並みのデブを持ち上げるという訓練を即刻導入するべきだと思う。
「おいの手を!」
ゴアンスの太い両腕が伸びてくる。
俺は迷わずその手にスコップ面を差し出した。
途端にものすごい力でスコップごと引っ張り上げられ、気づけば屋根の上にいた。
振り返ると、兵隊は真下まで来ている。
ゴアンスとゾーリの背中を押して先に行かせ、俺はスコップと拳銃を手に臨戦体勢を取った。
「止まれ!」
兵士が拳銃を片手に這い上がってきた。
俺はそいつの顔面を思い切り蹴り飛ばす。
大きくのけぞり、兵士は他の仲間を巻き込んで貨車の中に転落していく。
俺はそれを見届けることなく振り返り、2人を追いかけた。
2人の男は既に貨車から飛び降り、前の平坦で縦に長い貨車に乗り移っている。
マーティンとウィルと合流している頃だろう。
一気に走り抜け、飛ぶ態勢に入る俺だったが。
「あ?」
床、ではなく屋根の一部が動いた。
トゥピラらと初めて出会った夜、マーティンが床下から現れた時のような、あんな感じでスライドしている。
現れたのはマーティンではなく、須郷だった。
目と目が合った瞬間、彼女はいつもと変わらない冷淡な声で言う。
「何をしている。早く行け」
「助けは?」
「いらん」
須郷はふわっと登ってくると、続いて顔を出したミッチャーを引っ張り上げる。
「一応言っておくと、ナチはすぐそこだ」
「それくらいさっきの銃声でわかる」
トゥピラを引き上げながら、彼女はそう返してきた。
こんな状況でも、冷淡というか冷静沈着というか。
氷水のような声だった。
「よい、しょっと」
トゥピラが上り切った瞬間に、ミッチャーが跳んだ。
くるりと回って、前の車両に飛び降りる。
「おー……」
パーティ第762号の面々が、突然のことに茫然としつつも拍手を送る。
須郷も彼女に続いて飛び降り、俺も遅れまいと跳んだ。
「おい! 逃げるな!」
「そこに無防備なまま起立しろ!」
兵士の怒号が響き渡るが、俺は振り返らなかった。
しゅたっ
華麗な着地。
だが拍手はなかった。
まあいいんだけどさ。
「ああ、よかった……」
ほっと胸を撫で下ろすマーティン。
ウィルは関心があるのかないのかまるでわからない。
「前進!」
俺は叫ぶ。
その場にいる全員に行き渡るように。
車のエンジン音と、人々の悲鳴にかき消されぬように。
「加勢すると口にした以上、俺と共に命を賭けてもらう! 一生に1度の大博打だ! 生きて殺すか! 死んで終わるか!」
叫び声。
俺はばっと振り返り、ゲシュタポから奪ったピストルを発砲する。
屋根の上に立ってライフルを構えていた兵士は、頭部をぶち抜かれて倒れる。
「俺は前者に賭けた! 生きて殺す! ブツは取り戻す!」
皆に向き直る。
「お前らは!」
ゾーリンゲンは背負った斧を手にした。
トゥピラはしなびた魔法の杖を構えた。
ゴアンスは拳を握り、ウィルは弓に矢をつがえた。
マーティンも表情を引き締め、医療品の入った鞄を持ち直す。
「キサオカさん、姉御と斧男を連れて客車に行きな。黒鯨はあたし達が食い止める」
大剣を取り出したミッチャーが申し出る。
断る理由なんてない。
「頼む」
それだけ返すと、俺はゾーリンゲンに近寄って肩を叩いた。
須郷も黙って俺の後ろをついてくる。
「ご指名だぞ」
「おう。そのかわり、ジャンヌちゃんの住所教えて」
……人選ミスじゃあないのか?
【キューベルワーゲン】
ドイツ軍の軍用車両。いわゆるオープンカーであり後輪のみの二輪駆動
高い不整地走破性を持ち、軍馬の代わりとして前線の兵士達から歓迎された
黒鯨鉄十字団でも多数運用されており、スコルツェニーもプライベートで愛車にしている




