死神の昼食は
おまたせしました
ぽ〜
「……」
その日、俺は全く仕事に精が入らなかった。それはきっと昨日の睡眠時間が足りなかったのと、こんなアホくさいものを持って仕事をしなきゃいけない所為だと決めつけて。
「はぁ〜…嘘だろ、全然時間経ってない…」
チラリと街中の時計を見ると、短針が指すのは9と10の間。とっくに昼時を迎えていると思っていた俺はさらに肩を落として街をうろつく。見上げれば憎たらしいほど曇りなき青空が広がり、チリチリと頭頂を焼いていく。
「あぁ…めんどくせ」
自分でも何となく分かる。イライラしているのではない、やる気が出ないのだと。俺はわけの分からないものをガリガリ引きずりながら、死神として霊を探すこともせずにほっつき歩いた。そして特に疲れていないはずなのに、俺は公園を見つけるとフラフラと惹かれるようにドカッとベンチに腰掛けた。
今朝、出勤した時に上から、生者にも干渉出来るよう俺の肉体が完成したとのことで、早速ソレを渡された。話を聞くに生きてた頃と同じように過ごせることが出来て、さらに生きた者にもその姿が見えるようになるとのことだ。でも見えたところで俺は自分から他人に構う性格ではないし、そもそも仕事に支障が出兼ねない。だから俺は渡された自分の肉体を使わず、霊体のままこうしてベンチに腰掛けてくつろいだ。
「ふぅ〜…」
辺りにはもうすぐ小学生になりそうな子供達がキャッキャキャッキャと遊んでいる。俺はガギッと持っていた何かを外すと自由になった右手をブンブン振って外の空気を吸わせてやった。別に重たいものを持たせていたわけではないのだが、外しただけで随分腕が軽くなった気分だ。100年以上もずっと体1つで戦って来たのだから、正直鎌とか武器を持って仕事するのは俺の性分に合わないのかもしれない。もし素手で霊をぶちのめしてもいいってのなら、俺はすぐにでも実行に移すのたが。
と自分の手をグーパーしながらそんなことを考えていると、
パタパタパタッ
「ママーッ、みてみてっ! おはなさんっ」
「あら綺麗、たくさん摘んで来たのね」
隣接していたもう1つのベンチに5歳か4歳くらいの子が白詰草の花を両手いっぱいに持って母親と思わしき女性の元に駆けて行った。昼間だし公園に親子が遊びに来るのも不思議ではないだろう。何とも微笑ましい光景だ。
その子の持って来た花をよく見ると、葉の数は三つ葉だ。だから花言葉は、復讐。
と何てムードをぶち壊すことを考えているのだと我ながら思わず笑ってしまった。俺はスッとベンチから立ち上がると、白詰草が生えている花壇の端っこまで足を運んだ。そして適当に目をやってその中から四つ葉を探すと、
ぷつっ
それを摘んでその子の手の中にそっと置いてやった。どうせ見えていないのなら、このぐらいしてやってもいいだろう。
(幸運か…)
四つ葉のシロツメクサの花言葉は『幸運』、もし自分が持ってたらそれが自分にやって来るのだろうか。いや、花言葉なんて所詮人間が勝手に決めたものだ。そんな不安定なものには頼らない。でも他者に想いを伝える手段とするのなら、そこはちゃんと相応しい花を選ぶ必要があると思う。
(…)
ペロッ
俺はズボンから財布を取り出しペロッと中を確認すると、何とも冷え切った状況だとため息が溢れ出る。これじゃ満足な昼飯を食べることすら出来ない。『究極生命体の力』を使うには体の健康の維持が必要不可欠だというのに。
「はぁ〜」
こうなったら仕方ない、河原近くで食べられる野草を探そう。まさか生活が安定するまで昼飯は野草生活をせにゃいかないのだろうか。
(…まぁ、いいか、無料だし)
早速俺は水の匂いを頼りに河を見つけると、土手に降りて行って適当な野草を漁り出した。蒲公英を始め、芥子菜、土筆、蓬などなど…とにかく腹に溜まりかつ壊さないものなら何でもよかった。そうして見つけた野草達を、早速渡された肉体を使って摘んだ。肉体の感触は地獄で暮らしている頃と変わらず、手足が文字通り手と足のように動かせる。俺の魂に『魔神の力』と『究極生命体の力』が宿っているせいか、不思議とパワーダウンは感じない。
ひょっとしたら今この場で変身するのも可能かもしれないと、俺は少しだけ手に力を入れてみた。
ホワッ…
「おおっ」
すると微かにその手の中に神気が流れ、力の存在を感じさせた。つまりこの肉体を使えば生者にも十分干渉していけるというわけだ。これなら現世で野草も摘めるし、水も飲めるし、何なら幼虫という高タンパク質の確保も出来るだろう。100年間もクソ不味い飯を処理して来た俺にとって、これはまさに朗報だった。
そうして自分の腹を膨らますのに必要な分だけ採取し、手にたっぷりとドクダミの匂いを付けた俺は、早速採った野草をいただいた。特に調理も下ごしらえもせず、川の水で適当に洗ったらそのまま口の突っ込む。これで腹を下したら『究極生命体の力』を使って全力で毒素を分解すりゃいいだけだし、多少の汚れは気にしなければどうにでもなる。
残念ながらタンパク質源は雛菊に付いてた青虫1匹とそこら辺で拾って来たクロヤマアリ数匹しか捕まえられなかった。しかしこれ以上汗水垂らして探してもエネルギーの無駄だし、野草も早く食べないとしおれてしまうからと俺は文句を言わずにチャッチャと昼飯を済ませた。こうして蟲達を捕まえて貪ってる姿を見たら、きっと死神ではなく化物って言われるんだろうな。
そう思いながら俺は霊体になると、仕事に戻るため足の方向をぐるっと後ろに回した。すると、
ゾグゥッ
「…っ!?」
すぐ近くで今の今まで見たことも無い絶大な神気の存在を感じ取った。俺は見えてないにも関わらずバッと戦闘の構えを反射的に取ってしまう。その方向をジッと見つめながら呼吸を整え、いつでも戦闘出来るよう身構える。とは言えこの絶大な神気を放つ怪物相手に、果たして俺の力が通じるだろうか。『黄金の戦士』となった俺や央力、そして同等の力を持ったロボさえも勝てるかどうか分からない。
俺は身を潜めるように姿勢をグッと低くして、その怪物の方を睨みつける。
ザッフザッフザッフ
「ふんふふんふんふーんっ」
そこには長く黒髪混じりの白髪を風になびかせて土手の草原を駆ける女性がいた。その手には近くで引き千切って来たのか、水仙の花が握られている。その行動からして見た目の割に精神年齢がかなり幼そうに見える。
ピタッ
「…っ!?」
そう思った瞬間、その怪物はピタリと足を止め、
くるんっ
とこちらを振り向くと、
ザクザクザクッ
真っ直ぐ向かって来た。まるで俺がここにいるのが分かっているみたいに。でも今の俺は霊体、霊感でも無い限り大体の人間には見えない筈だ。
そしてついに身構える俺の目の前てピタリとその足を止めると、
ジィーッ
「……っ?」
こちらをジーッと睨みつけた。不思議そうに見ているというよりかは自分の今までの経験を用いて観察しているように。見たところ怪物は俺よりもでかく、確実に175cm以上はある。それを前に俺は身構えたまま動かず、怪物が動くのをただひたすら待つ。
「君、なかなか強いんだね」
怪物がそう言った瞬間、
ヒュオッ…
その怪物の中から得体の知れない何かの片鱗がたしかに覗いた。ビリビリと空気が張り詰め、息を吸うことすらままならない。もしもこのまま戦闘になるとしたら、最悪四又消滅、よくても両手は失うだろう。そう思うのが苦にならないくらい、目の前の怪物はヤバかった。
そうして俺は『黄金の戦士』になる準備をしようと体に力を入れた瞬間、
ピリリリリッピリリリリッ
「あっ、ごめん。もう時間だから行かなきゃ」
テッテッテッテッテッ…
怪物の懐からタイマーの音が鳴り出した。それを聞いた瞬間、俺は反射的に肩をすくめてしまい、思わず数歩後ろに下がってしまった。
しかし怪物はなお余裕な顔で懐から携帯電話を取り出し、画面を確認する。そして時間だからと言ってテトテトとどっかへ走って行ってしまった。
「……ッハァッ…はぁぁああ……」
怪物の姿が見えなくなるやいなや、俺の口は慌てて呼吸をしようと馬鹿でかいため息が吐き出される。そして全身から力が抜けていきその場にペタンとヘタレ込みそうになる。
あんな怪物、見たことない。生きてたら死んでた、いや死んでても死んでた、と思いながら俺はやっと仕事に戻れた。今までのやる気のなさとか怠け心が怪物への恐怖で吹っ飛んだのか午後の俺は仕事に精を出すことが出来、なんと4体も悪霊になりかけている霊を仕留めることが出来た。この大きさだけが取り柄の何かも使ってみると、リーチが長く大鎌より重いため遠距離から破壊力のある攻撃を繰り出せることが分かった。
ま、それでも使いこなせているかと言われたら確実にNOと答えるけど。
そしてその日の仕事を終えた俺は帰り道に色々寄り道し、なけなしの金で子育ての雑誌と自分の好きな花であるチューベローズを買って帰った。
仕事後半ずっと考えていた、もし自分に子供が出来たらのことを。我が子を守れる力を持っているのか、親として子供を正しい道へと導いてやれるのか、そして何より親の愛を子供に注げるのかと。何度も何度も迷った、迷いまくった。俺には無理だという結論に幾度と無く行き着いた。
でもその度に俺はその結論を打ち破った。生きてる者達の家族を見るたびに、どこか胸の奥にあるものが疼いて仕方なかったのだ。
かつて自らの手で壊してしまった家族を、その温もりをもう一度手に入れたいという願いが。俺が彼女に感じた暖かいものを返したいという想いが、その結論を覆したのだ。
いい親の根拠は分からない、いい人間の定義なんて知らない。けれど愛だけは、このチューベローズに込められた想いだけは、きっと本物なのだろうと思いたい。自分は誰もが讃えるような人間ではないが、家族には立派な背中を見せてやりたい。
そう願って俺はチューベローズを持って我が家の扉を開いた。
次回の投稿もお楽しみに




