彼女の大切なもの
おまたせしました
「……」
「……」
暗闇の中、俺らは互いに背を向けてベットの上に横になった。お互い喋らないけれど、お互い目を開けているって分かる。胸の中がざわついて眠れないのだ。こんな時、どんなことを言えばいいんだろう。夫としてどのような言葉をかけてやるべきだろう。
「なぁ、美奈」
「……」
「もしも…もしもだぜ、もしも俺らの間に子供が出来たらさ…俺達でやってけると思うか」
「……」
返事は無かったが、代わりに美奈は小さく頷いた。
「根拠とかはあえて聞かないよ。でも子供が欲しいなら相応の責任は発生するってことは分かっといてよ」
「……分かってるもん」
「それに子供を育てるにしたってお金は必要不可欠だ。俺1人だけの給料じゃ足りない可能性だってゼロじゃない。もしかしたら生活が凄くひもじいのになるかもしれないんだぞ」
「……」
俺は子供を作ることを頭ごなしに否定はしなかった。美奈がすでに覚悟していると言うのなら、俺は彼女を信じよう。
ただ問題があるとしたら俺の方だ。俺は美奈のように覚悟が出来てるなんて嘘でも言えない。俺みたいな暴力馬鹿が子育てなんて出来るはずがないのだ。元々子供自体好きじゃないし、何より自分より小さな存在でも俺は容易く傷付ける性格だ。そんな俺が子の親になんてなれるわけがない。その決断が出来るまで俺は…
どふっ
「…っ?」
俺の決断と決意を待って欲しいと言おうとしたその時、
ぎゅっ
「……」
美奈が俺の上にのしかかって来た。普段のように巻き付いて来るわけではなく、文字通り自分の体を俺の上に乗せて来たのだ。暗闇の部屋をわずかに窓の外からの光が入り彼女の顔を半分照らし、もう半分に影を落とした。
その瞳に強い意志を感じる反面、どこか怖がっているように見えた。
「私….っ、穏雅にならいいよ…っ。私の初めてを…っ」
しかし美奈はその恐怖を抱えたまま、勇気を出してそう言った。言葉の意味は性欲皆無の俺でも分かる。雄と雌が交わり、腹の中で新たな命を育むという、生物で最も大切な行為の時間を、愛する者と共に過ごそうとしているのだ。
美奈の言う初めてをくれるというのは、今の今までずっと彼女が守って来た大切なものだ。愛しい人にあげるために。
「俺で…いいのか?」
美奈は黙って首を縦に振る。もう一度、くどいって思われるだろうけど、もう一度、俺は彼女に聞いた。
「本当に…本当に俺みたいな暴力馬鹿で大丈夫なの…?」
「あなたみたいな暴力馬鹿よ。私が選んだ男ってのは」
ほんのりと頰を赤らめつつ美奈は、そっと自分の左薬指を見せた。そこには俺がプレゼントした婚約指輪が差し込む光によって輝いている。
「そうか…俺も、俺も君という美しい人と出会えて良かった、本当に」
「台詞くっっっさ……萎えるわぁ」
「ええっ……」
「ふふっ、赤くなってる」
俺はカァッと顔を赤くして顔を背ける。今自分が言ったことを思い出すと、何ともくっさい台詞を吐いてたと思う。そりゃ美奈がそんな反応をするのも無理はない。
「で、でもっ、俺には性欲が無いから…すぐヤろうってのは無理だ」
せっせと俺は自分の言葉を搔き消すようにそう言って場をやり過ごした。でもたしかにこのことは本当で、冗談抜きで俺には性欲が無い。元々雌が好きじゃないって性格もあったのだが、それが『究極生命体の力』で加速したのだ。
万物と交われると伝説にはあるのだが…果たして俺は美奈に発情出来るのだろうか。彼女のことは好きだ、あんなに拒んでいた口付けさえも彼女となら出来るだろう。
しかし性行為となると話は別だ。元来生物にはそれぞれ発情期と繁殖期なるものが存在し、それに伴って自らの子孫を残す機能がある。それはもちろん俺も例外では無く、子孫を残すのに重要な器官の働きがある、筈なのだが……
「あらそうなの。たしかに穏雅って生前からずっと私以外の女に興味無かったよねぇ。しかもいやらしい目で見たことないし」
「……実はさ、信じられないかもしんないけど俺、勃ったしたこと無いんだよね…戦闘の中でどんなに興奮しても。というか男の股間が大きくなるって知ったのって、14の時、部下達がヤッてるとこたまたま見た時なんだよ…」
俺は自分の股間に手を当てながらそう言った。言葉は後半に連れてショボくなって行き、最後の方は美奈に届いているかすら危ういほど小さくなった。
生まれてこの方、俺は自分のモノが勃った試しがなかった。いや、相当ガキの頃は分かんない。けれど少なくとも物心ついてヤンキーとして片っ端から目の前のやつらを殴っていた時にはもう勃つことは無かったはずだ。我ながらびっくりするくらい興奮しなかったんだなと思う。
「おっそ…て、えっ、まじで言ってんの? いくら雌に興味ないからって絶対嘘でしょ、そんなの」
「嘘じゃなくてマジです。こればっかりは本当にごめん。だからもし哺乳類及び爬虫類のやり方で有性生殖を試みるってんなら、それ相応の姿と条件を満たさないと厳しいんだよ…」
「何よそれ…つか言い方生々し過ぎよ、ゆーせーせーしょくって…。でもたしかに準備は必要よね。ごめんね、こんな夜中に相談しちゃって。私はもう寝るわ」
美奈はそう言って俺から体をどけると、そのまま布団を被って寝てしまった。時計の短針はそろそろ12を指しそうだから無理もないだろう。俺も早く寝ないと明日に支障が出兼ねないから、さっさと自分の布団を被った。
それにしても俺が美奈と生殖行為だなんて。結婚の時でさえ大変だったのに。というか彼女の体で果たして生殖行為が可能かさえ分からない。俺が出来たのはあくまで内臓の修復と下半身を多種の生物で代用だけだ。排泄に関しては彼女の生活を見る限り問題はなさそうだが、気になるのは性器の構造と生殖行為の方法だ。あの時は気が動転していて、ひたすら彼女の消滅を食い止めることしか頭に無かったからそこまで考えが行き届かなかった。
もしもやる時が来たとしたら…制限時間内に構造を把握し、それに見合う形を生成しなくてはならない。流石に30分も丸々使って彼女のデリケートなところを観察するのは失礼だ。つまり俺は30分以内に構造の把握とそれに合う形の生成、そして生殖行為の終了。果たして俺に出来るのか……
と考えている間に朝が来てしまった…。
ここでまさか悪い癖が出て、大事な睡眠時間を削られるとは。しかし泣き言をほざいても仕方ないから、今日も1日頑張ろうとだけその代わりに言い聞かせて。俺は眠気が取れぬまま服を着替え靴を履いて外に出た。
「ああっ…コイツのこと忘れてた…」
そこには昨日俺が貰った武器と呼べない何かが立てかけてあった。そういえば死神の鎌が直らない以上、今日からコレを使って仕事をせにゃいけないのだった。こんなアホくさいもんを振り回す自分の姿を想像すると心底惨めになって来る。
「はぁ〜…最悪だ…」
俺は欠伸に大きなため息を混ぜて憂鬱を吐き出すと、いつもより遅い速度で走った。おかげでトレーニングの時間もいつもより押し、朝食の準備がかなり遅れた。
「美奈っ、起きろー」
いつもより遅く俺は美奈を起こしに行った。彼女は相変わらず布団にくるまり、スースースースー寝息を立てている。でももしすでに彼女が起きてて、後々難癖付けられたらと思うと、これで良かったのかもしれない。
「んんん…もうちょっとだけ…本当にちょっとでいいからぁ…」
「ちょっとって…美奈のちょっとはどんぐらいだよ…」
「んん…30分くらいかなぁ…」
ブワッ!
「ひゃあんっ!」
俺は布団を掻っ攫って美奈の眠気を吹っ飛ばし、彼女を布団から引きずり出す。そして朝食を気さくな会話と共にいただき、出勤の準備をする。
だが昨日の夜が嘘であるかのように2人の口からその話題は出ず、結局その日の朝は何も起きずに俺は家を飛び出した。
次回の投稿もお楽しみに




