彼女の変化
おまたせしました
「はぁ…」
俺はリビングで1人椅子の背もたれにもたれかかりながら自分の弱さを悔いていた。誰も追い付けないぶっちぎりの絶対的な強さだと信じて『黄金の戦士』に覚醒したというのに、それにあの2人はあっさりとその領域に辿り着いてしまった。つまり『黄金の戦士』は向かうところ敵無しの力では無かったのだ。また俺は今以上の力を手に入れなくては、いつ来るかも分からない『絶対に負けられない戦い』に備えて。
「ん〜…う〜ん…」
頭を抱え、使える脳味噌をフルに発揮して俺は新たな力を考えた。『究極生命体の力』や『黄金の戦士』をも超えた最強で無敵の言葉に尽きる力を、いったいどうすれば手に入れられるのだ。
「ふぅー、お風呂どーぞ」
「んんん…いっそ2つの力を同時に使ってみるか…?」
もしも『究極生命体の力』と『黄金の戦士』を同時に使えたら…と、とうとうそこまで考えてしまった。本来は『究極生命体の力』という絶大な能力を『魔神の力』と『聖なる瞳』の能力で蓋をしている状態だ。つまり『究極生命体の力』と『魔神の力』、即ちその力を元に変身する『黄金の戦士』を同時に使えるわけがない。それはとっくの昔に分かりきっていたはずなのに。
「穏雅ーっ? 無視する男は嫌われるぞー。しかも新婚ホヤホヤの妻を無視するとか、普通は離婚ものだぞー」
「んーっ! どうすりゃいいんだ…」
いっそ『黄金の戦士』を超える力を探すか? いや、そんなものは多分何処にも無いだろう。何故なら参考文献に載っていた『魔神の力』の最終進化形態が『黄金の戦士』なのだから。それが無い以上、自力で今よりも強い新たな力を手にするしか…
ガァンッ!!
「……つっ!!」
「いい加減聞けっ、風呂空いたんだからとっとと入ろっての」
突然後頭部に鈍い衝撃が走り、今までの悩みが目や鼻の穴からぶばっとばっちいのと一緒に飛び出した。俺は背後を徐に振り返るとそこに、フライパンを装備した美奈の姿があった。
「…ふ、フライパンはそんな風に使っちゃ…」
「話をそらすなっつぅの」
ゴンッ!!
今度はフライパンのふちの部分が振り下ろされた。ひょっとしてロボの言ってたことも間違いじゃ無いのかも…
ズルズル…
「まったくまったく! 夫が妻に風呂場まで引きずられて運ばれるとか恥ずかしくないのっ!?」
「た、頼んで無いし…つか足掴まれてるから起きようにも起き上がれんし…」
頭に出来たこぶの痛みに耐えながら俺は美奈に引きずられていた、何故か足を持たれて。
彼女は自分の手で俺を引きずってるのに、何でこんなことさせるんだと怒っている。別に歩くのに支障は無いのだが、足を持たれてるせいで歩くどころか立ち上がることすら出来ない。
ぽいっ
「んんぐっ!」
美奈は俺に服を脱ぐ間も与えず、そのまま浴槽内に放り投げた。足を掴まれてた俺は上手く受け身を取れず、タイルの上にべちゃりと倒れる。
「ほら、風呂場まで運んで来てあげたんだから、今度美味しいもの作りなさいよ」
「それが狙いかよ…いちちっ」
俺は頭のこぶのとこを抑えながら立ち上がると、服を脱ぐために浴室のドアをバタンと閉める。先ほどまで転がっていた箇所は濡れていたから、俺の着ていた服もその水を吸って肌に貼り付いて来る。
「あ〜あ、洗濯物まだ回さなくて良かった…」
しかしここで濡れたことをマイナスに考えるより、気分が凹まないためにもプラスに考えよう。俺はドアを少しだけ開けて隙間からぽいっと服を投げ捨てると、そのままシャワーのバルブをひねった。濡れた服をさっさと洗濯機の中に突っ込まないといけないから、今日はあまり長風呂が出来ないことを惜しみつつ。
「はぁ…俺の数少ない休憩タイムが…」
結局10分くらいしか入ることが出来ず、俺はまだ疲れを体の一部に残したまま湯船から上がった。そしてまだほんのりと湿っている服を洗濯機の中に洗剤ごとぶち込み、スイッチを入れて洗濯物を回した。
さて、後は歯を磨いて寝るだけだ。仕事初日だというのに死神の大鎌を折り、あんなヘンテコな武器を持ち帰って来てしまった死神は後にも先にもきっと俺だけだろう。とにかく今日はもう寝よう。明日はあのくだらない武器片手に仕事せにゃいかんのだから。
俺は適当に歯を磨いてから欠伸しながら寝室へと向かった。
ガラッ
「……」
「あっ、穏雅。やっと来たのね、女を焦らすのは良く無いって教わらなかったの?」
寝室のドアを開けた先にいたのは、全身に布団を被り肩甲骨のちょい下辺りまで出している美奈だった。そして彼女は両手で布団を抑え、頰を赤らめながらこちらをジィッと見ている。
その光景を前に俺は思わず言葉を失ってしまった。
「……何で裸なんだ。服着ろ、風邪引くぞ」
「何よ、釣れないわねっ」
何で美奈は全裸で布団を被っているのだろうか。いや、必ずしも全裸って言えるわけじゃないけど、少なくともブラジャーは付けてないことは分かる。何せ肩甲骨のラインがくっきり見えるわけだし、肩出しの寝間着を彼女は持ってなかったはずだ。俺は腰に手を当てて服を着るように言うが、美奈はぷぅと頰を膨らませてふて腐れる。何かまずいことでも言っただろうか。
「俺みたいな毒魚なんて釣らなくていいからさっさと服着ろって。仕事初日から妻に風邪引かれたら、有給待った無しじゃないか。ウチ、そんな金余裕あるわけじゃないんだから健康面は気遣っておくれよ」
「むぅうっ! 私が今何してるのか分からないなんてっ!」
「…?」
「もういいわっ! この状況でヤッても意味ないしっ! ほらっ、目瞑って出て行きなさいっ! 着替えるんだからぁ!」
バタムッ!!
俺はわけのわからぬまま美奈に部屋を追い出された。何か今日の彼女は妙に情緒が安定してない気がする。帰って来るなり変に俺を揶揄うし、フライパンで殴った後の引きずり方もちょっと荒々しかったような。ひょっとして俺が自分のことを考え過ぎたせいで彼女を無視したことを根に持っているのなろうか。ならばそのことをちゃんと謝らなくてはいけない。
しかし、私が今何をしているか分からないなんてってのはどういうことだろう。それに釣れないってのはいったい…?
怒っているのは分かるものの、こベクトルの向きはどうやら違うようだ。それが何なのか突き止めない限り、下手に謝るのは逆に美奈の逆鱗に触れるだろう。
(何なのか…聞かなきゃダメか)
その原因が分からない以上、失礼覚悟で美奈に聞くしかない。彼女のことだからただの八つ当たりってこともあるだろうが、そうでない場合も考えて。
トントンッ
「美奈ーっ? もう着替えたかーっ? そろそら入るぞーっ」
俺はそう言って部屋の扉を開ける。そこには寝間着に着替えた美奈が布団を頭まで被って寝ていた、それも嫌がらせか俺の分まで掻っ攫って。俺に背を向けて丸まっている姿から、やはり何か俺が怒らせることをしたのだろう。
「美奈…俺が何か悪いことしたのなら謝るよ。だから布団返して…」
「……」
返事はない。
生前に美奈を怒らせた時はギャーギャー声を上げながら俺のことを馬乗りになって殴ったものだ。それをしないってことは、殴る気力が出ないほどに疲れているのか、はたまた…
「なぁ美奈、話したくないことなら別に根掘り葉掘り聞いたりはしない。もしそうならそうだと言ってくれ。ただそうじゃないのなら…」
「……バカッ」
「……」
美奈の言葉はとてもか細く、しかし強い口調でそう言った。そこに含まれる彼女の甘い怒気で、生物の本能的に何となく分かってしまった。
「もうっ…女の子に言わせる気…? 年頃の女の子の口から…出させるなんて….」
「なるほどね…そういうことか。ごめん、気づいてやれなくて」
美奈は今、子供を作る体になっているのだ。
次回の投稿もお楽しみに




