初めての出会い
おまたせしました
その晩、晩御飯もお風呂も何もかもいつも通りだった。チューベローズの花は花瓶に挿され、テーブルの真ん中で真っ白に咲いている。花束のごとくたくさんあるわけではないが、たった4本の茎の体を花弁という純白のドレスで美しく着飾っている。その姿は結婚式の美奈を彷彿とさせ、互いに永遠かつ不朽の愛を誓い合ったあの時を思い出させる。
俺は自分の戸棚から婚約指輪を取り出すと、椅子に腰掛け室内の灯り照らしながら初めて美奈に会った頃を懐った。すると、
するんっ…
「何してるの」
お風呂上がりか湯気を全身から立てながら美奈が絡みついて来た。その熱が全身を伝い、トクトクと鼓動の動きを早くしていく。
「何となく美奈と初めて会った時のことを思い出してただけさ。100年前のことだけど、俺は今でもありありと思い出せる。美奈は?」
「私だって思い出せるわよ。だって、あの時確信したんだから。私の運命の人……いや、化物はコイツなんだって、一生逃げられないんだって」
「化物って…あはは、そんなこと思ってたのっ?」
「そりゃそうよ。鬼みたいにめちゃくちゃ強いやつがいるって聞いて見てみたらクソガキで、でも噂以上や化物だったんだもん。そりゃ化物って呼びたくもなるわ、普通」
衝撃でもない美奈の新事実が判明したところで俺は再び彼女との初めての出会いに思いを馳せる。
――
どふっ
「ふぅ…」
俺はソファーの上に腰掛けてふんぞり返りながら喧嘩の疲れを癒す。昨日の喧嘩は部下共が想像以上に使えなかったから時間が長引き、ほとんど俺1人で殴り合っていた。しかも他のヤンキー共の喧嘩まで引っ下げて来るもんだから、結局俺だけ一晩中殴ってた。雑魚共とはいえ大人数を相手にするのは流石に疲れた。もしこんな風に疲弊し切ってる時に他のヤンキー達が喧嘩しに来たらめんどくさいな、なんて考えていると、
「王牙さんっ」
部下の1人がワタワタと慌てながら俺に話しかけて来た。昨日の喧嘩にちょこっとしか参加してないくせに包帯巻いてるひ弱なやつだ。
「あ? あんだよ、今寝てるとこだぞ」
俺は寝ようとしているところを邪魔されたもんだから、体からゾッと殺気を出しながら返答する。
「いや、その、王牙さんに会いたいってやつが来てて…」
「知るかよ、んなやつとっとと追い返せ」
「でっ、でもっ、昨日の抗争で部下の多くは怪我してますし。その治療のためにも大勢の人が自宅で療養中してるんですよ。今ここにいるのもせいぜい数人なんですから」
「チッ…雑魚共がっ」
何度も俺は舌打ちしながらソファーから降り、俺を呼んでるやつのところへと向かう。ヤンキーとして悪名を馳せた俺の拠点はガラクタ倉庫だった。かつては小さな会社の工場だったようだが、倒産した後ゴミ屋敷ならぬゴミ工場と化したのだ。そして家具とかのゴミが大量に捨てられ、それが溜まっていくに連れて誰も手を出さなくなったのだ。俺は気に食わない輩はなりふり構わず殴ってたから、味方以上に大量の敵を作っていた。だからこうしてこの中に根城を立て、喧嘩しない時はこの場に身を潜めているのだ。
しかし噂というものは結構広まりやすいものであり、今日みたいにわざわざ足を運んでまで俺の首を取ろうとするやつが出て来るのだ。俺は昼寝を邪魔されたのと使えない部下達に腹を立てながら、俺に喧嘩をふっかけて来たやつのところへと出向いてやった。
「うっ…! タバコくさっ…」
そうして俺が顔を出すやいなや、まさかの先制攻撃を喰らってしまった。タバコの煙は俺が最も嫌う匂いの1つで、コレを嗅いだ瞬間俺は顔をしかめてしまう。予想外の攻撃に俺は思わず1、2歩下がってしまった。俺の弱点を知っていて、戦う前から俺を仰け反らせるとはどうやら相当なやり手らしい。
「フゥーッ…おいおい、王牙ってのはそんなクソガキなのかっ!? 期待してガッカリだぜっ!」
そこにいたのはギラッギラの茶髪女だった。その手にはタバコがあり、ムワムワと俺が嫌がる煙を出し続ける。背丈は俺よりデカく、蛇みたいに鋭い目付きでこちらを上から睨みつける。
そして吐いた台詞は何度も何度も聞いた、『期待外れ』。俺の見かけはたしかにクソガキそのものだから、こんな風に言われるのも無理はない。俺はタバコの煙という最悪の牽制技を受けながらその女に近づいた。
「何よ、あんたみたいなクソガキは家に帰ってママに甘えてろ。フゥーッ」
「……ゔっ」
まずは女の手からタバコを叩き落としてやろうとした瞬間、タバコの煙という奇襲を喰らい、俺としたことがまたしても牽制されてしまう。
「ふんっ、なーにが王牙、牙の王よ。クソガキでも考え付かないわよ、そんなダサいの」
「……ぐふっ」
それに続く精神攻撃。俺が3日3晩考えた名前に女は『ダサい』の烙印を押し付けやがった。普通の悪口なら別に気にしないのに、何かこの言葉は妙に胸が痛くなる。まさか俺が先制を取れず、こうも一方的にやられるとは。
「それにあんた、すっごいホコリっぽいわねー。何日風呂入ってないのよ。こんなゴキブリみたいにカビ臭いやつが『牙の王』っていう深夜番組の噛ませにもなりゃしない芸人が考えそうなコンビ名みたいなゴミつまんなくてダサいのを名乗ってんの?」
「……」
ビッ!
グシグシグシッ!!
「えっ、何今の。ひょっとしてタバコ苦手? マジ?」
何も言い返せない俺は八つ当たりに女の手に持っていたタバコをぶん取り、その火をグリグリと踏みにじって消した。
「何か随分拍子抜けね。あーあ、戦う気失せるわ」
女はそう言ってその場から立ち去ろうとした。たしかに触ることも出来ないまま相手に一方的にやられるようなやつとは戦いたくないだろう。俺はつもりに積もった部下共への怒りが力へと変化し…
バゴォンッ!!
ストレス発散と言わんばかりに床を思い切り殴り付けた。俺の拳は鋼の床にベゴッと拳の跡を付け、それを中心にメリメリとヒビが入っていく。またその衝撃で天井からパラパラとチリやホコリが降って来る。その逆シャワーを浴びた俺はハッと正気に戻り慌てて立ち上がる。まさか自分が煽り耐性ゼロの馬鹿とは思われやしないかと、俺は焦る頭で必死に弁明を考えていたが…
「……っ!?」
「……あれ?」
女は目を丸くしたままこちらを見て動かない。どくどくと女の心臓の鼓動が早まっていくのが分かる。恐怖故か脳がパニックを起こして血が過剰に供給されてるのか、頰が真っ赤に染まっていく。俺はその姿と自分が作ったクレーターチックなものを交互に見ながら何となく状況を把握した。
俺はスゥッと立ち上がって女に近づいた。女はビビり過ぎて言葉すら失ってるけど、それでも俺の前に立ってから今の今まで一切後ろには引かない。その度胸と部下には無い強さ、気に入った。
トンッ
「……っ!」
「なぁ、名を聞こうか。お前なんて言うんだよ」
挨拶の代わりに俺は自分の殺気を大解放して女の肩に手を置いた。女は一瞬肩をすくめたが、それでもこちらを睨みつける鋭い眼差しは変えなかった。
「美奈…っ、美奈よ。『美しい』に『大の下に示す』って漢字で、美奈。分かった!?」
女はふるふると拙い声で名乗った。
「…なるほどね、美奈か。苗字は?」
「……っ!」
パァンッ!!
自分が苗字を聞いた瞬間、俺の左頬にビンタが飛んで来た。何が起こったのか分からないまま、今度は俺が目を丸くしていると、
「あんなやつらと一緒の名前なんか名乗るもんかっ!!」
美奈は目に涙を浮かべながらそう言った。
「……殴る必要ある?」
俺は左頰を抑えながら今にも泣き出しそうな美奈にそう尋ねた。しかし彼女は手で顔を覆って俯いてしまい、そのまま肩を揺らしてしまう。すぐ泣くやつは嫌いだと普段は放っておくのだが、今は引っ叩かれた動揺も相まって何かほっとけなかった。柄にもなく俺はワタワタと部下共を差し置いてひっぐひっぐと泣き噦りそうになる彼女をなだめるのだった。
――
これが俺と美奈の初めての出会いだった。今思えば彼女との出会いは俺にとって新しいものばかりだった。あっちゃこっちゃ振り回され、文句を言えば先制でビンタされ、唯一一対一で俺に臆さない部下…いや、俺と対等な女だった。
思い返せば美奈と共にヤンキーしてた頃は他者を潰すとはまた別の楽しさがあったし、自分の思い通りにならないってのも何故か悪くなかった。
「ねぇ…俺ってドMなのかな?」
「さぁ? でも私にしょっちゅうビンタされてたし、案外そうなんじゃない? 今だってめちゃくちゃ引っ叩いてるし」
「まじかよ。あんま認めたくないなそれ」
「でも良かったわね。もし認めてたらこうやって叩いてたわ」
パァンッ!!
美奈は笑いながら俺の左頬をビンタした。
「結局やるんかいっ」
「あははっ」
「……ふふっ」
ベットの上で互いに毛布を被りながら俺らはくだらない会話をする。初めて会った時のことを始め、それからの2人の日々を散々語り合った。
しかしどうしても途中途中で話が止まってしまい、2人の間に沈黙を作ってしまう。当然だ、話の本命は別にあるのだから。2人の出会いなどせいぜい前座程度だ。
だからいつかは本題に入らなきゃいけないのだ。俺は勇気を出してそのことを持ち出そうと口を開いた。
「「ねぇっ」」
だがどんぴしゃで俺と美奈の言葉が重なってしまい、再びお互い口を閉じてしまう。こんな時に息を重ねなくてもいいのに、また2人の間に静寂が訪れてしまう。
「ねぇ…穏雅」
「何だい美奈」
その静寂を先に破ったのは美奈の方だった。もそもそと体をくねらせ巻き付かせながら小さな声で俺の名を呼ぶ。
「穏雅はさ、優しいよね。私にだけだけど」
「そうかなぁ?」
「うん、普段は暴力サイコゴミ糞馬鹿野郎って思ってるけど…」
「おぅ……」
まだそんな風に思ってたのか、というか全く同じことをよく言えたと逆に関心してしまう。そう思いながら美奈の言葉を待った。
「でも私1番の旦那さんなんだよ。だから…その…その優しさをきっと子供にもあげてくれるって信じてる」
「……そう、ありがとう」
「じゃあ……お願い」
「……分かった」
ドクンッ…ドクンッドクンッ
ドドドドドドッ
ドドドドドドドドッ
次回の投稿もお楽しみに




