娘
おまたせしました
「う〜ん…う〜ん…」
「穏雅っ穏雅っ、いつまで寝てんの。起きて起きて」
暗闇の中を照らすように美奈の声が聞こえる。自分としたことがどうやら寝過ぎてしまったようだ。俺は布団を跳ね退け、眠い頭を掻きながらリビングへと向かう。するとそこにはお椀に盛られた白米と湯気を立てる味噌汁が置いてある。
「ほらっ、朝食はもう作ったからチャッチャと食べて早く仕事行きなさい」
「ん、つか美奈ってこんなにご飯作れたんだ…」
「舐めんな、味噌汁ぐらいその気になりゃ作れるわよ」
「まぁ、ありがたくいただきます…」
俺は時計の針を確認しながらズズッと味噌汁をすする。早く仕事に行って家族を養える財力を確保しなくては。俺は出されたものを全て食べ終えると、皿を適当に洗って食洗機の中にぶち込む。そして歯を磨きながら服を着替え仕事に行く支度を進める。
「それじゃ行ってくるわ。夕飯までには帰って来っから」
「いってらー、ふぁいとでーす」
玄関で靴紐を結び、俺は美奈に挨拶する。この応援が俺に今日も頑張ろうというやる気をくれる。一家の稼ぎ頭としての自覚をくれる。すると、家の奥から、
テテテテッ…
「パパーッ」
明るい声と共に小さくて可愛らしい姿が俺に向かって走って来た。そしてパッと俺の背中に抱きつき、ふにふにと柔らかいほっぺたをこすりつけて来る。本当に美奈によく似ていて可愛い娘だ。妻と娘を守るためにも今日も1日頑張ろう。
「パパは仕事行って来るから、ママといい子にお留守番してるんだよ」
「うんっ!」
俺は娘の頭を撫でながら言うと、娘は元気よく頷いて返事をする。ここんとこ娘は育ち盛りだから、好き嫌いしない献立を考えつつ栄養価の高いものを作らないと。今日は美奈に朝食を準備させてもらったわけだし今夜は腕を振るってみるか、と2人の喜ぶ顔を想像しながら。
(…ん?)
何で2人なんだ? 俺の家に娘なんて…
「穏雅?」
――
ガバァッ!
「わーっははっはっはぁ!! えっ!? えっ!?」
暗闇の中を照らすように美奈の声が聞こえる。俺は布団を跳ね退けて起き上がり、眠い頭を掻きながら辺りをキョロキョロと見回す。いったいあの娘はなんだったのか、俺が娘を可愛がるあの光景は。
「あ、やっと起きた。もうこっちがびっくりしじゃない」
「はぁ…はぁ…夢だよな」
念のため俺は指で力強く頰をつねる。これでもし痛くなかったらどうしようという不安を感じつつ。
グュイッ!!
「…ってぇ。やっぱ夢だ…はぁああ…」
「馬鹿なくせに何馬鹿なことしてんのよ。ほら、早く夕飯作って」
「…そうかごめんっ…てっ! 美奈、お前アリャいったい何なんだっ!!」
美奈が体を揺り起こして夕飯を作れと催促するので、俺は一旦意識がそっちにもってかれる。しかし俺はすぐに記憶を掘り返し、彼女が持っていたモノを思い出す。何であのようなモノを彼女が持っていたのか、しかもまるで母蛇のように大事に温めていた。
まさかまさかと嫌な予感が背筋を凍らせる。
「何なんだっ…って何なのよ」
「あっ…あの『卵』だよ! あんなの…っ! お、俺は何もしてない筈だぞっ!! いったいい、いつ作ったっ! それとも馬鹿に強姦でもされたかっ! どこの誰だっ! 言えっ! ソイツは俺が必ずぶっ殺してやるっ!!」
俺は顔を真っ赤にして美奈の肩を掴み、揺さぶりながら問いただした。もしも彼女を傷つけるようなやつがいるとしたらこの命に代えても必ず殺す、いや死んだとしても化けて出てやる。死霊になっても、腕だけになってもソイツの首を絞め殺してやる。俺はミシッと指の力を強めながら、何度も何度も美奈に尋ねた。
言えないことがあったとしても安心して打ち明けて欲しい。例え俺より強いやつだったとしても、俺は絶対に負けない、根拠は無いけど美奈だけは絶対に守り切ると。
「大丈夫、俺は美奈の味方だ。辛いことがあったなら包み隠さず話してくれ。ソイツは必ず血祭りに上げて、生まれて来たことを絶対に後悔させるから」
「ちょっと痛いよ、つかこの卵使っていいから早く夕飯作ってよね。お腹空いてんだから」
しかし美奈は口をへの字に曲げてさっさと飯作れと言う。しかも自分が産んだ卵と言っていた卵を手渡して来た。
「本気で言ってんのか…」
俺は呆気に取られてその場に立ち尽くしてしまった。俺が愛し、結婚した女は、子供をこうも容易く捨てる女だったのかと。その瞬間、俺の胸に言いようの無い何かが込み上げ、手がフルフルと震え出した。もしも次美奈がふざけたことをぬかしたら、俺は殴りかかってしまうかもしれない。
ぽすっ
「……ん?」
俺は美奈から彼女が生んだという卵を受け取ると、その卵には生の卵とは違う感触があった。
「まったく…ドッキリに決まってんじゃん。ゆで卵作ったから脅かしてやろうと思っただけよ」
「…なんじゃそりゃあ……」
べちゃっ
そう言われた瞬間、全身の力が抜けて地面にべたりと膝を付いた。ふざけた言葉をぬかしたら殴りかかろうと思っていたのに、まさかそれ以上にふざけた言葉が飛んで来るとは思ってなかった。最早俺には受け取った卵を落とさない程度の力出せず、それ以外の力がまるで入らない。そうして台所の戸棚に背を預けていると、
ゴォンッ!!
「んぐんっ!」
頭の上にかったいものが振り落とされた。俺は反射的にその箇所を卵を持ったまま手で抑える。
「何ヘタレてんのよ。夕飯作れって言ってんじゃん」
「……っはい」
それから俺はヨロヨロと立ち上がり、その卵を使って適当に料理を作る。だいぶ遅くなったんだから美味いもの作れと釘を刺されて。
そして俺が出した夕飯はギリギリ合格し、何とかビンタの刑を回避した。
「あ〜あ、穏雅って全然冗談通じないのね。逆につまんないわ」
「あんな心臓に悪い冗談はやめてくれっ。何か性犯罪に巻き込まれたのかって本当にビビったんだから」
「あははっ、こんな蛇女の初めてを奪う物好きなんてそうそういないわよ。ましてや鬼の妻に手出しなんてしたら生きて帰れないことくらい想像つくでしょ普通」
「そんな想像が出来ないヤツがお前を襲ったらどうするんだ。つか俺が従えてたやつらの中にも○○○を奪いたいだけのやつか女との○○○しか考えて無いやつなんてめちゃくちゃいただろ」
俺は皿を洗いながらそんな会話をする。彼女は簡単に言うけれど、俺に言わせたら彼女を狙うやつなんて幾らでもいる。別に彼女の体目当てで無くとも、俺を心理的動揺を誘いがたいために彼女を狙う輩もいるはずだ。彼女ほどの美人となると、さらったついでに強姦するやつだっている。生前そんなやつを幾らでも見て来たし、俺が従えてたやつらの中にもそういうやつの姿は珍しくなかった。
だからこそ俺は美奈を守るのにこんな必死になっているのだ。
「まぁねぇ、でも穏雅が睨みを効かせてる時は、アイツらは何もしなかったでしょ。もしもあなたがいなかったら私はとっくにブチ犯されて○○○も奪われてるっつぅの」
「そんなこと言われても…ここにはもう俺が一対一で殺り合わないといけないやつらがいるんだぞ。生前みたく集団を相手にはもう出来ねぇよ」
「ふぅん、いやに弱気ね。らしくないの」
美奈はプイッとそっぽを向いてスルスルと風呂に行ってしまった。らしくないってのは俺が自分の力を信じられない態度のことだろう。ヤンキーの頃は自身に満ち溢れてて、自分は無敵だと信じ込んでいた。
でも今は違う。いくつもの敗北を味わい、地獄に堕ちてからでも敵も恨みも増える一方だ。弱いから守れなかった、という恐怖が俺の心から絶対的な自信を奪い去ってしまったのだ。
次回の投稿もお楽しみに




