これにて終幕
おまたせしました
ザスッ…!
「…ッバァッ! …? ハァッ…ハァッ…」
暗い路地裏の影で1人の男が目を覚ます。男の体からはベッタリと汗が吹き出しており、悪夢から目を覚ましたというかのように吐かれる息は荒かった。目覚めた男はキョロキョロと辺りを見回した後、ここは何処で、自分は何をしていて、どうしていたのかを懸命に思い出そうとする。
しかし何故か頭の中から記憶を呼び起こそうとすればする程男の頭はズギンッと痛み、思い出すどころではなくなってしまう。まるで頭そのものが記憶を呼び起こすのを本能的に拒んでいるかのように。
するとその時、
スタッ…スタッ…
「ぬぅっ…、お、お前…は……?」
路地裏で蹲る男の元へ、1人の少女がやって来た。何処か見覚えのある顔、初めて会った気がしないが何故か思い出せないその少女を前に男はズルリズルリと体を引きずりながらいったい何者だと痛む頭を抑えつつ尋ねる。
しかし少女は男の問いかけには答えず、冷え切った眼差しを向けながら、
「気づいていないの? 自分がいったいどうなっているのか」
淡々とそう言った。そして少女はそのまま静かに男に歩み寄りながら白き肌に包まれたその手を男に向けて伸ばす。
だがその手は…
スルッ…
「なっ……?」
男の体をスルリと容易くすり抜けてしまった。いや、男の体の方が、少女の手をすり抜けたと言った方が正しいか。
「なぁあっ!? こ、これは…っ!? おぉっぐっ……なっ…あ、頭が……ぐぎ……」
「思い出したようね、お前がどうやって死んだのかッ。ここにいるのはいったい何なのかッ」
瞬間、複製の頭の中にはあの時の光景が呼び起こされる。
自分が肉体を引き裂かれながら喰われるという苦痛を味わい、死んだ時のことを。
「おっ…がが…き、貴様…」
「死んで肉体を失った今、ここにいるのはクソちっぽけなクズ野郎の霊魂だけだ」
「し…死んだのか……わ、私…は……ぐ…っ!」
全てを思い出した瞬間、複製の霊魂は懸命にその少女から、いや羽田美月という悪魔から逃げ出そうとした。今この悪魔の前にいるのは不味い、もう自分には何も残されていない、自分の代わりとなる複製も、美月から自分が逃げられるだけの時間を稼いでくれる存在もいないのだから。
だがそんな異変の黒幕の魂をみすみす逃す程美月は甘くなく、
「ふんっ」
ヒュドッ
「ギィイっ!」
長き自身の白髪の中から1枚の白羽を取り出すと、逃げ行く魂目掛けてヒュッと投げ付けた。白羽は魂が生前の形をしている複製の背中にストッと突き刺さり、たった1枚だけで男を転げさせ、動きを止めてしまう。
そして、
「殴ることがダメなことだと教えるには、ソイツには殴られる痛みってのを最初に教えなきゃなんねぇ。殴られる痛みを知らない奴は平気で人を殴るからな、それと同じ。お前が簡単に命を奪うのは、命を奪われる恐怖も痛みも知らないからだ。そしてお前は簡単に他の命を奪って来た」
「お前はあの世にも行けない…。来世すらも与えない…。お前の行く道は…たった1つだけだ」
地面に転がるちっぽけな1つの魂に冷ややかで悪魔的な口調でそう言い、
「まっ…」
「朽ち果てろッ、私の腹の中でな」
ビュバババババッッ
断末魔の悲鳴を上げる暇さえ与えず、ちっぽけな魂を自身の白羽で包み込み、捕食した。まさに一瞬の出来事、美月が自身の体の一部を数百枚の白羽に分離させたかと思えば、その白羽の群れは一斉にちっぽけな魂に襲いかかり、喰らい尽くしてしまう。
そして次の瞬間には、霞でも口にしたかのような何とも味気ないものを喰ったという表情を浮かべている美月の姿がそこにはあった。
こうして、長きに渡る複製による異変は幕を下ろしたのだった。
――
ドスッ!!
「ほっ!」
死神の大鎌が今日も空を裂き、世に蔓延る死者の霊魂をこの世から引き剥がす。これが死神である穏雅の仕事。
そして、
「おうおう、精が出るのう。妾の孫娘ん村に霊が蔓延っておってはたまらんからな。きちんと全て祓っておけよ?」
「言われなくてもそうしますよッ」
世界の国々をも傾け兼ねない程の力を持った大妖怪の監視も穏雅の仕事だ。この度の異変によって生まれた茨木童子という大妖怪の一角にも匹敵する力を持った複製品によって多く犠牲者が出た故、穏雅はその獣や妖魔の霊が悪霊化しない内に祓っている。
そして死神の大鎌で瞬く間にそこら周辺の霊魂を祓ってしまうと、傾国を冠する大怪獣こと九尾の妖狐である玉藻前はパチンパチンと乾いた拍手で穏雅の仕事ぶりを称えた。
「くっくっく、ご苦労ご苦労。これにて娘藍藻ん村は安泰じゃな」
「このくらい出来なきゃこの仕事やってられませんからッ。てか貴女の妖気に惹かれて来てるんですからねコイツらッ」
だが穏雅はこのくらい出来なきゃ仕事なんかやってられないと面倒くさそうに返す。
すると玉藻前はニタッと笑い、
「いやはや、彼奴らは妾の策ん弊害であったからのぅ。邪魔者失せし今、お次は妾が久方ぶりに世の国々を傾けてみるとしようか…」
邪魔者無き今、お次は自分がかつてのように世界の国々を傾けてみようかと言い出した。
「マジでやめてくれッ」
「冗談に決まっておろうに。相変わらず洒落が通じぬ男じゃのうお主は。前にも言うたじゃろ、もう悪しきこたぁせんって孫玉姫と約束したと。まったく物覚えが悪い奴っちゃのう。しかし長う生きとると物事が覚えられんよになるんも仕方なきことじゃ。気に病むこたぁないぞ」
「俺が1番気に病んでんのは他でもない貴女なんです、け、ど、ねッ」
「おやおや」
しかしそれはあくまでの冗談、そのような悪しきことはもうしないと孫との約束があると玉藻前はケラケラ笑いながら告げる。相変わらず人を揶揄うのに余念がない玉藻前の精神に穏雅は憤りを覚えながらも、今この場で争うのは良策ではないと抑え込み、少しばかりの反論のみに抑えた。
何しろ異変が終わったとて犠牲者の後始末やら何やら、死神としての仕事はまだ終わっていないのだから。
「それじゃあ、俺はもう行きますからッ。村の近くから出ないってんなら、俺の管轄外ですからッ」
「おうそうか。んならたまには孫玉姫と会ってくれぃ。こん間、久方ぶりに会いたいと言うておったぞ」
「はいはい、考えておきますよッ」
そうしてあらかた片付け終えた穏雅は玉藻前から逃げるように村の側から離れた。何しろ異変の影響が出ているのはこの場以外にも山のようにあるのだから。
(ったく…心労が絶えない…。にしても異変が律斗君達の周りに起きなかったのは不幸中の幸いだっただろうな。まぁ彼らは異変が起きていたということさえあまり深くは知らなかったみたいだし…メディアもそこまで大きく取り上げなかったからな。影響が出なかっただけマシと考えるか)
その道中、穏雅は起きていた異変の影響が、いざという時は守ると約束していた律斗を始め、あの4人に出なかったことを思い出す。今回の件で何かしらの悪影響が出やしないかと少し離れた場所から4人のことを穏雅は時折見守っていたのだが、特にこれと言った異変はなかった。
これは単純に異変の魔の手が4人に及ばなかっただけだっからだろうと穏雅は胸を撫で下ろしつつ、今後も4人に悪影響が出ないよう善処しなくてはと考える。
そしてこれは異変に携わっていく中で穏雅が知った話だが、あの世とこの世の境目の1つである三途の川に大妖怪の一角率いる鬼の軍団がいるということだ。何でもそこにも複製品の霊魂が現れたらしいが、それを軽々蹴散らしてゆく鬼達の方が厄介極まりないとのこと。
その話を聞いて穏雅は、これ以上深入りしたら玉藻前みたく監視してくれだの、やれいざという時は何とかしてくれだの言われると悟り、もうその件には関わらないこととした。
ただでさえ玉藻前だけでも心労が尽きないのに、そこへ酒呑童子とかいう鬼の頭領も抑えてくれと命令されたら、もう過労と心労でぶっ倒れる気がする、と確信してしまう程に。
もう1つ聞いた話だと、この度の異変を鎮めるため敵対関係にあった藍藻さんの村と羅々九里、魑魅斗々という2匹の鬼が治める村が、一時的に協力態勢となったことだ。これによってわちきらと彼奴ら2つの村が敵対関係から少しずつでも脱却出来れば、と藍藻さんは村長としてどうにか出来ないかと考えているらしい。
しかし無数にいた黒幕の複製がパッタリいなくなったからと言って、異変の爪痕による傷はまだ残っている。恐らく元凶自体は央力が全て殺すと意気込んでいたから、きっとアイツが全て殺したんだろうが、それでも何もかも全て元通りというわけではない。
(いったい何人の本物が死んで、いったい何人の偽物が成り代わったのだろう…。何人の本物が自身の使命を果たし、何人の偽物が自身の運命を覆したのだろう…。その隣にいる奴は果たして本物か偽物か…なんて考えるのも野暮か。死神は死神の仕事をしないとなッ)
とあるビルの屋上の縁に腰掛けながら穏雅はふとそう思う。しかし残った者達が今後他人とどのように関わってゆくのか、目の前にいる者が本物か偽物かなんて分からない相手とどのように接して行くのか。それを考えてもしようがないと立ち上がり、穏雅は今日も死神の仕事に励もうと霊魂目掛けて飛び去った。
――
戦いが終わり、ななしは意識を失った真音を自分らの家へと連れ帰った。真音の顔は自分の中を巡り巡っていた負の想いを全部吐き出したからか、意識無くとも何処かスッキリしたという表情を浮かべていた。
そして戦いの前に真音が暴れていた町の件だが…あの後現場に駆け付けた美月が自身の雷で監視カメラやその場で撮影していた者の携帯電話の内部に潜り込み、そのデータを削除してくれたらしい。美月曰く、
「もしも一昔前のフィルムカメラが今でも一般的に使われるようなら詰んでた。優しい私に感謝しておくんだな」
とのこと。加えて美月がニュースサイトなどに町中に熊が現れたなどや、小さな映画会社が怪獣映画を撮っていたらしいが結局それはお蔵入りになっただの嘘記事をゴシップ記事として流したため、元々そこまで大きくはなかったあの町の大怪獣の一件は時間と共に人の記憶から忘れ去られて行く。
中には本気であそこには大怪獣がいたんだと言う人間もいたらしいが、そんな空想的なものがいるわけがない、あれはデッカい熊が何かだったんだろうと周りの声に押し潰され、結局大怪獣の存在は無かったことにされてしまう。
そして肝心の異次元大怪獣もとい、真音のことだが…
「よろしくお願いします」
「礼儀正しいな…。まぁいいや、空き家はたくさんあるから好きに使ってくれていいよ。掃除ぐらいなら手伝うからさ。それにこの間妖怪の村に行って来て、余った材木とか色々貰って来たから崩れそうなとこの改修工事も出来るしね」
由美ヰと同じく、かつて八岐大蛇を崇めていた廃村に棲むこととなった。あれから負の感情を吐き出し尽くした真音は、お父さんには天から自分のことを見守って欲しいこと、お父さんが美しいと言っていたこの世界で生きて行くと考えを改め、幸せになることを望んだとのこと。
そんな真音を由美ヰの時と同様ななしは1人の友達として迎え入れ、美月は生きたきゃ好きに生きればいいと言い、由美ヰはよろしくねと握手を交わす。
そうして異変は幕を閉じた。戦いだけでなく、新たな出会いも生み出して。
第5章、完
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