伝承を塗り替えし者
おまたせしました
「ふん、今更何を言う。俺はお前を潰す、ずっとそうして来ただろう?」
央力がそう言った瞬間、
ドボォッ!!
「……っ!!?」
「…ふん」
電光石火で間合いを詰めたかと思えば、央力の拳はかつてのように穏雅の腹を貫かんとめり込んでいた。内臓を抉られた苦しみより先に間を一瞬で詰められたことと、腹を殴られたことによる困惑が穏雅の思考回路を埋め尽くす。その場に呆然と立つ肉人形と化すように。
そして穏雅の脳がやっと神経を通じて腹の痛みを感じ取ると同時に…
「でりゃあっ!!」
バギッ!!
央力の回し蹴りが無防備になった穏雅首元に炸裂した。防御すらままならない穏雅はその攻撃をまともに喰らい、遥か彼方、岩にぶつかるまで吹っ飛んでいく。たったそれだけ、ほんの2発の攻撃のみで両者の間に絶対的な力の差があるのは誰が見ても一目瞭然であろう。現に完全に次元が違う美奈でさえ、その実力差を全身で感じ取れるのだから。
それから2人の戦いは続くが、劣勢と優勢の状態が覆ることは無かった。
「らぁっ!!」
ビュオッ!!
「むんっ!!」
ビュバッ!!
「…」
「く、くそったれがぁっ!!」
穏雅の拳は何度も空を切るだけで、央力の体にはかすりもしない。常に拳の射程距離ギリギリのところで央力は立ち振る舞い、最低限の動きで拳を避け続ける。そうなれば体力を削られるのは穏雅の方だ。しかも『黄金の戦士』への変身による神気の消耗もそこに乗算されている。
反対に央力の方はというと、変身時に見せたオーラは微塵も出さないから、体力の消耗もまるで無さそうだ。それも相まり始めからあった戦力差もみるみる開いていく。もしもここで穏雅が平常心を取り戻し、無駄な神気の摩耗を抑えるために一度距離を置けたら立て直せるかもしれない。普段の穏雅なら恐らくそうしただろう。
しかし今の穏雅にそのような発想は浮かばず、癇癪を起こした子供みたく闇雲に攻め続ける。そこに先ほどのような余裕も、今までのような華麗さも無く。
バシィッ!!
「ぐっ!」
「ふん」
ついに穏雅の渾身の拳も容易く防がれ、
「だっ!」
ドッ!!
「ごはっ!」
カウンターの蹴りを腹にねじ込まれるようになる。その蹴りが決定打となり、穏雅は腹を抑え、苦悶の表情を浮かべながら後ずさる。
「ごふっ…ぐはぁ…」
「やれやれ、どうやら修行で差がつき過ぎちまったみてぇだな」
ついに膝をついた穏雅に向かって央力は煽るように言う。たしかに少し前まで2人の実力はほぼ互角だっただろう。だからこそ100年近く互いにぶっ倒れるまで殴り合えたのだ。そして穏雅が強くなれば跡を追うように央力も強くなった。
されど今は違う。たしかに穏雅は強くなり、一度は央力を退け、ロボの猛攻に耐え切った。だが天界での修行に励み、桁違いの強者を師として敬い、更なる力をその手にした。それは央力にとってかけがえの無いものとなっただろう。何せ産まれて初めて自分以上という者に出会い、生活を共にし、力の出し方を学んだのだから。それまではずっと独学と本能に任せっきりで遮二無二かつ荒削りで強くなって来た央力にそれは新鮮などという言葉では言い尽くせなかったであろう。
央力の師であるその天使には家族とはまた違った温もりがあった。巨大な力を持った存在に体を預けられる安堵感とでも言うのだろうか、はたまた年上のいとこ寄り添う年端もいかない子供のようなものだろうか、そんな感情を央力はその天使に抱いていた。
そしてその修行の成果は、今こうして伝承を塗り替えようとしている。『偽物は決して本物に及ばない』という伝承を。
「…こんなことが……こんな…こんなっ…!」
「まだやるのか、ま、そう来なくちゃな」
腹を抑え、酔いどれの足で崩れ落ちる体を支えながら穏雅は態勢を整える。しかし肉体の過剰な酷使と神気の無駄使いがここに来て響き、今となっては黄金の戦士の変身を保っているので精一杯のようだ。
そして残りわずかとなった神気を右手に纏い、
ゴォッ!!
と渾身の拳を央力の顔めがけて振るった。それに腕を重ねるように、央力は左手でカウンターを放つ。
ズドォオオオンッ!!!
巨大な力同士がぶつかり合う。そのエネルギーは衝撃波となって、激戦の爪の残る地獄の大地や空気をビリビリと震わせた。
「……」
「……」
シィン……
互いの拳が互いの頭を捉えたまましばらく動かなかい両者。果たして勝負の決着は、とその行方を側で見守っていた美奈が唾を飲んだ瞬間、
ズルッ……ドドォッ
と片方の体が崩れ落ちた。
「ふん、前の時の方が痛かったぜ」
最後まで立っていたのは央力の方だった。央力は口元からわずかに漏れた唾液を親指で拭いながら地面に倒れる本物にそう言った。
伸びてくる相手の腕の上に自分の腕を滑らせ、玉砕覚悟で繰り出す技、そしてかつて自分を殺した技であるクロスカウンターで央力は決着を付けたのだ。
勝敗が決した以上変身している必要もないと、央力はフッと黄金の戦士を解く。すると、
「穏雅っ!」
夫の敗北に妻である美奈が倒れる穏雅の元へ駆け寄った。その頰には大粒の涙がつたい、ボロボロになって目を閉じる穏雅の体へと降り注ぐ。
そんな本物を見下しながら央力の表情は愉悦と寂しさを半々に含んでいた。産まれた時から今日の今日まで本物を倒すことを夢見ていて、たった今それが叶ったのだ。偽物の使命を果たした今、最早自分に偽物として過ごす必要は無い。そう思うと胸の中が酷く寂しくなる。文字通り生きがいの1つを奪われたのだから。
だがかつてのように央力の心を絶望が埋め尽くすことはなかった。何故なら央力の側には手に負えないほどの愛すべき娘達がいるのだから。
「穏雅っ! 穏雅っ! 目を覚ましてっ!」
そんな感傷に浸る央力を置いて、美奈はなお穏雅の体を揺さぶり続ける。しかしそれでも穏雅の意識が戻ることは無い。
するとそんな2人に反応したのか、央力の影の中から1人の娘が顔を出した。
「依存を司る闇か。どうした」
「いや…あそこから強い依存を感じるから…」
そう言って出て来たのは依存を司る闇だった。セィ=ヘルニェムは穏雅と美奈の方を指差して、自分が何かを感じ取っていることをご主人様である央力に伝える。
「強い依存って…何なんだよ」
「さぁ? 近くに行かなきゃ分かりません」
「しゃーないな」
央力は膝を折り曲げて目線を合わせながら依存を司る闇に尋ねた。するとセィ=ヘルニェムは近付かなきゃ分からないと言うものだから、央力は泣きつく美奈と泣きつかれている本物のところへと足を運ぶ。そして強引に彼女を穏雅から引き剥がすと、そこから先はセィ=ヘルニェムに任せた。
「むむむ…」
「な、何なのよ…ソイツ…つか、あんた…まさか…」
「黙って見てろ。詳しいことを話すのは後だ」
不安そうな顔を浮かべる美奈を止めながら央力は依存を司る闇の言葉を待った。
そして解析が終わったのか、セィ=ヘルニェムは徐に立ち上がると、
「分かりましたよ、ご主人様。コイツは強大な力に依存していたんです。元々そっちの依存が強くあったみたいですが、今までは誰かさんによって抑えられていたみたいですね」
と答えた。
「へぇ、つまり穏雅がさらに馬鹿になったのは、その依存が爆発したからってことか?」
それに対し央力はそんな疑問を投げかけるが、依存を司る闇はいまひとつ納得がいっていないかのように眉を寄せる。
「そうなりますけど…それでは急激なパワーアップの説明が付きません。それに…」
「それに…?」
「何故か今は、その依存が消えているんです」
「…はぁ?」
次回の投稿もお楽しみに




