七章 宣告再度
お屋敷を辞した後、定期診察のため中央病院へ。数日前とは違い、診察時間中の院内は様々な病気を抱えた患者で一杯だ。
受付で手続き後、ロビーのソファに座って図書館で借りた推理小説を読みながら診察の順番を待つ。
(帰りは商店街でお惣菜でも買って行こうかな)デザートにオリオール君達からお土産に貰ったクッキーもある。そうだ、私の大好きなお肉屋さんのコロッケにしよう。衣サクサク、挽き肉ちょっとでじゃがいも中心のホクホクさ。あっさり好きのあの子もきっと気に入ってくれるはず。
「リサ・タイナーさん。こちらへどうぞ」
「あ、はい!今行きます!」
顔馴染みのナースさんに連れられて、リノリウムの廊下を歩いていく。循環器科診察室、いつもの部屋に辿り着いた。
ガラガラガラ。ドアの向こうでは、小さい頃からずっと主治医だった先生が座ってカルテを見ていた。
「おはようリサちゃん。どうだい?猫は良くなったかな?」開口一番そう尋ねてきた。
「ええ、先生のお陰で大分歩き回れるようになりました。ありがとうございます」
「なら良かった」
診察室に入り、先生の前の丸椅子に腰掛ける。
「君の方の具合はどうかな?ちょっと診せてもらうよ」
「はい」
先生は首から提げた聴診器を両耳に掛け、シャツを捲り上げた素肌の胸に丸い金属部分を当てる。冷たいけど数秒の我慢。
「うん……うん、成程……」
何度か場所を替えながら心音を確認した後、もういいよ、服を直して、そう許可を出した。
「異常無し。補助心臓も正常に機能している。夏バテはしていないかな?」
「まだ七月だよ先生。今からバテてたら八月はどうなるの?」
「今年のリサちゃんは随分元気だなあ。野良猫の世話、楽しい?」
「まぁ……ね。それより先生、猫の事デイシーちゃんに喋ったでしょう?」
「いけなかったかい?彼女、君の様子が変だって随分心配していたみたいだったから」
演技派の親友の事だ。さぞや深刻ぶって聞き出したに違いない。流石新聞記者。
「いえ、口止めしてなかった私も悪かったんです。他には誰にも言ってませんよね?」
「後は……あの朝いたナースさんぐらいかな?あれ?秘密にしておいた方が良かったのかい?」
「ええ、お願いします」
あの子が何から隠れているのかは分からないけど、庇護者の私も出来る限り協力しないと。アドバイスの恩返しの一環として。
「たかが猫だろう?秘密にしておく必要があるとは思えないけど。――もしかして、学校から何か言われたのかい?」
「いえ、そんな訳じゃ……」
不登校児が猫一匹飼った所で目くじら立てるとは思えない。でもどうしよう、何か上手い言い訳は、
「ペットは情操教育やリラックスに良いのになあ」どうやら誤解したまま勝手に納得してしまったらしい。「分かったよ。猫ちゃんの件は、リサちゃんと先生とデイシーちゃんと……ナースさんだけの秘密だ」
どうだか。もっと広まってる気がしてならないが、指摘した所でどうしようもなかった。
診察が終わり、会計して病院を出た。予定通り昼前には商店街へ。
(コロッケの前に書店で新刊見てこようかな?)あの子、もう家中の本読み尽くしちゃったんだもの。とびきり難しい辞書でも買って、
「リサ・タイナー?」
「っ!!?」
拙い人に見つかった。去年の担任だ。四十代後半の女性で、今年の比較的大らかな男の先生と違い、毎日のように学校に来いと言われた。そのせいで少し、いやかなり苦手。
「先生……こんにちは」
「はい、こんにちは。珍しいわね、あなたが出歩いているなんて」
学校にも来ないで、と言外に含ませる。
「先生こそ、授業は?」
「何言っているの?もう夏季休暇中よ。――九月の始業式は来られそう?皆、あなたを心配してるわ」
否定も肯定もしない。思春期の学生達は自分の問題で手一杯だ。不登校児一人を気に掛けているなんて思えない。
「あなたは成績優秀だし、出席日数さえ足りれば今からでも充分大学へ進学出来るでしょう。――お姉さんは相変わらず放任主義みたいだけど良くないわ。一度しかない人生、もっと有意義に過ごさないと」
「お説教は止めておあげなさい、ベテラン先生様」
クスクス。何時の間にか、女教師の後ろにはエリヤ様が立っていた。声に気付いて彼女が振り返る。
「あなたは……街で噂の占い師?」
「七十七羽を知っているなら話は早い。――彼女はもう道を見出している。他人の口出しは必要無い」
「??何を言っているの?」
「一人の人間の現在を。信じられないならそう、一つ面白い宣告を与えましょう」
ローブに十数個付いた幾何学の金のアクセサリー、その一つが淡く輝く。
「――十秒後、教え子の悪心の報が舞い込む。どうやらこれは……」私に向かってニヤリと笑い「あなたとも交差するようね」
「ど、どう言う意味!?あなた一体」
九、八、七……心の中で私はカウントダウンを開始する。
「リサ・タイナー!彼女、あなたの知り合いなの!?こんな訳の分からない」
ピピピピッ!!
「誰よこんな時に」ハンドバッグの中から黒い携帯を取り出し、通話ボタンを押す。「はい、もしもし。―――え、警察ですか?……はい、彼は確かに私のクラスの生徒ですが………自家用宇宙船でテロリストを街へ手引きした!?一体どうして……小遣い欲しさから、はぁ……え、ええ大丈夫です。それで犯罪者は……わ、分かりました。すぐに行きます」ピッ。「タイナーさん、話はまた今度です。私はこれから警察署へ行き、詳しい事情を聞いてきます」
そう言い残し、中年教師はバタバタと通りを走って行ってしまった。クスクス。慌てた様子を見て、エリヤ様はまた笑い出す。
「絡まれなくて良かったわね。オバサンって、やたら他人にちょっかいを掛ける生物だもの。迷惑な事この上無い」
「助けてもらってありがとうございます、エリヤ様」
「礼を言う必要は無いわ。七十七羽の宣告は絶対。即ち、あるべき未来の可能性を悉く閉ざす」
「??」
預言の前には電話の掛かって来ない未来も用意されていた、って事?よく分からないけど……。
「どうしても感謝を示したいと言うならば、今度クレオにそれとなく七十七羽の性格の良さを吹き込んでおいて。それで満足よ」
彼女もライバルだったのか!お姉ちゃんだけでも歯が立たないぐらい手強いのに!!
「ふふ、ごめんなさい」まるで私の心を読んだかのように謝罪を口にした。「敵に塩を送るなんて嫌よね?」
そこで私ははた、と気付いた。
「――いいえ。宣伝しておいてあげますよ。エリヤ様が親切な上、とても素晴らしい人だって」
意外な発言は、断られると予想していた彼女の混乱を呼んだようだ。得意げになりながらもう一言付け加える。
「お姉ちゃんだったら喜んで褒めますから」
「――成程、そう言う事」
彼女は腕の代わりに上体を振り、では約束が果たされた暁には、七十七羽はあなたの数十倍、あなたを褒めちぎってあげましょう、ウインクして宣戦布告した。
「あの、エリヤ様。一ヶ月前の預言の件、覚えてますか?楡の樹の話です」
「さあ?七十七羽は日に何十人と相手にしているもの。些細な預言は口に出した途端に忘れてしまうわ」
「お兄さんと一緒に『ル・モンド』で食事した時ですよ?私とアレクさんを占ってくれたじゃないですか」
「覚えてないとは言ってないでしょう、リサ・タイナー?義兄様は滅多に来ないからよく記憶に残っているわ。――的中したでしょう?それが何か?」
「何か、じゃありません!あの子は何者なんですか?親御さんは?千里眼のエリヤ様なら御存知ですよね?」
「千里眼?それは彼女の方よ。――流石末羽、七十七羽とは基本スペックが違うわ」
「分かるように説明して下さい!彼女は自分の事何も話してくれないし……もうすぐ捻挫も治ってしまう」
「そんなにあのリトル・エンジュが心配?」
「当たり前です!幼い子があんな悲しい目をしているなんて……お願いします。知っている事を全部教えて下さい」
懇願に、しかしエリヤ様はニヤニヤ笑いをするばかりだ。頼みを聞く気は毛頭無いらしい。
「いいですよ別に。エリヤ様は凄く意地悪だって吹き込んでおきます。きっとクレオさんも色々心当たりがあるでしょうから」
「さっきと言っている事が真逆よ、人間」指摘しつつも、やや焦りの色を浮かべる。
「だったら」
「と言われても、七十七羽もリトル・エンジュの名前さえ知らないわ。知っているのは……彼女が背負う重い宿命だけ」
「あの……楕円形の物体の事?」
落下した時、自分が怪我をすると分かっていても離そうとしなかった。自分の命より大事なのは明々白々だ。
「ええ。あれは他人の踏み入れぬ領域。小天使の悲しき罪であり―――逃れられない罰」
「罰……」
確かにあの悲壮さは、彼女の罪悪感を如実に現している。でも……あそこまで思い詰め、他人を信頼出来なくなる程の罪って、一体。
「気になるみたいね。だけど……好奇心は猫を殺す、と言うよく分からない人間の諺もあるわ。関わり合うならそれなりの覚悟を持つ事。まぁ」ニヤリ。「もうあなたには無駄な忠告ね」
「ええ」
私にとって、あの子はとっくに大事な同居人だ。普通の女の子とどれだけ違っても、事情を話してくれなくても……守りたい。怪我が治ってもずっと。
「じゃあ、もう帰りますね」
「忘れないで」
「?」
「七十七羽が宇宙で一番素敵とクレオに宣伝する約束。当たり前でしょう?」
プッ!あはは!!思わずお腹を抱えて笑ってしまった。




