五章 ディナーパーティー
勿論そんな約束あるはず無く、彼が辞退してから慌てて新聞社へ電話を掛けた。幸い親友は記事の執筆中で社内にいて、突然の誘いにも快くOKしてくれた。
「ごめんね急に」
『謝らなくていいよ~。大お爺様は今日も徹夜で政府館だし~、タダでディナーなんて素晴らしいお誘いありがとう~』
エルシェンカ様は聖者様の失踪以来、連日不死省と交渉中だ。と言うより、不死王代理になった神父様が一方的にごねているそう。他の人達はオリオール君、すっかり大人になった彼の説得もあって、割りとすんなり命令の移譲を受け入れているらしい。
「エルシェンカ様、大丈夫なの?大分無理してるんじゃない?最近暑くなってきたし……」
『あ~、別にへ~きだよ大お爺様は。年末とか~余裕で一ヶ月詰めてるもん』
「い、一ヶ月も!?」
『う~ん、今年は不死省の件もあるからもっと掛かるだろうね~』
それからまた少女に工作室の物を見てもらい、調整しつつ夜を待った。私の頼みに、彼女は嫌な顔一つせず淡々と改善点を伝える。
「触らなくても分かるって便利よね」
「?さあ、生まれつきの能力なので分かりません」
「あなたは何か作った事ある?」
「……ええ、それなりに」
時計が六時半の鐘を鳴らし、私達は冷房の効いた工作室から軽くむしむしするリビングへ戻った。季節は七月半ば、まだ外は出歩けるぐらい明るい。
「お腹空いたね。デイシーちゃん、原稿ちゃんと上げられたかな?」
「来ました」
ピンポーン!「こんばんは~!今日はお招き頂きありがとね~!」
親友は新聞社から直接来たらしく、仕事用の肩掛け鞄を持ったまま現れた。
「お疲れ様。まだ靭さんは来てないよ。上がって、お茶淹れるから」
二人をソファに座らせ、私は冷やした烏龍茶を三つ硝子コップに注いだ。出すと友人は満面の笑みでゴクゴク。よっぽど咽喉が渇いていたらしい。再びキッチンに行き、自分でお代わりを淹れてくる。
「七時だっけラ~メン?まだちょっと時間あるね~シャワー浴びてきていい~?」白い項を擦り、「新聞社のエアコン最近調子悪くて~、デスクに座ってるだけでも何時の間にか汗掻いちゃうんだよね~」
「いいよ。着替えは?」
「勿論準備万端~」鞄をポン、と叩く。「タオルだけ借りるね~」
そう言うと、勝手知ったる様子で我が家のバスルームへ直行した。しばらくして、陽気な鼻歌と共に流水音が聞こえてくる。
「ねえ」烏龍茶を口に含みながら、小声で尋ねる。「暴走していた時のデイシーちゃん、どんな風だったの?」
「脳内のドーパミンが異常に放出されていました。間接的にスピリチュアル・エーテル……あなた方の言葉で言う魔力も観測された。――彼女の被害者?私が知る限りでは昼間訪ねてきた男性と」
バタンッ!!「止めて!!」髪の毛にまだシャンプーの泡を残したまま、ドアを開けて親友が叫んだ。
「――了解しました」
「絶対だからね!」バタンッ!
少女は嘆息し、相変わらず人間の感情は理解出来ません、と呟いた。
「ねえ、まさか」
小さな耳元に唇を寄せ大好きな人の名を囁くと、予想通り首肯が返って来た。
「ええ。彼はあなたの姉を庇い、数万ボルトクラスの放電を浴びました。私が修理しなければ今頃スクラップだったでしょう」
一昨日会った時の様子を思い出す。一回壊れた素振りなど無く、クレオさんは普通だった。
「直してくれてありがとう……本当に、ありがと」素直な気持ちを口にする。
「別に礼を言われる筋合いは無いわ。彼は………の知り合い。助けるのは当然です」
「え?」
黒い卵に顔を埋め、何でもない、掠れた声で呟いた。また辛い記憶が蘇ったのだろう……この小さな身体の、賢過ぎる頭脳の中で。
「――あなたは、姉が好き、よね?」不意に確認するように尋ねる。
「うん」
「でしょうね……大事にしなさい。時間は戻らないわ……どんな犠牲を払っても、決して」
思わず可愛らしい背中に両腕を回す。抵抗は無く、少女は腕の中で更に丸くなった。まるで本物の猫みたい。
インターホンが鳴った。「はーい!今行きます!」
私が放す前に彼女はするりと腕から抜け出し、毛布を引っ掴んだ。そしてさっさとソファの裏に回り込み体育座り。
玄関を開けると昼間とうって変わり、靭さんはラーメン屋さんの白い服と帽子を着、両手に凹んだアルミの岡持ちを持って立っていた。
「よう、今晩はお嬢ちゃん。約束通り出前に来たぜ」
「わざわざありがとうございます靭さん」
「孫娘は?」
「今シャワーに入っています。?何か、香ばしい匂いがする……」
「バイトの提案で、今度新メニューを出す事になったんだ。で、取り敢えず第一候補の焼餃子を試食用に入れてきた。良かったら今度感想と、出来ればタイナーに勧めておいてくれ」そっちが本音か。分かりやすい人だ。
「はい、分かりました」
丁度デイシーちゃんもバスルームから出てきた。キャミソールに薄いスカートのラフで涼しげな格好。
「今晩は~」言いつつ勝手に岡持ちの蓋を上げ、中のラーメンと焼餃子をテーブルに置く。塩が一杯と味噌二杯、全部に丼を半分以上覆う二枚のチャーシューが乗っていた。餃子は十二個。一人四個ずつ分けられる。
「わ~、美味しそ~!本当にタダなんですよね!?わ~い!」
「ああ。女の子二人なら充分過ぎる量だよな?――じゃあ、そろそろ屋台に戻るぜ。岡持ちは屋台を閉めた後取りに来るから、玄関の横にでも置いといてくれ」
「了解です~」
「伸びない内に食うんだぞ」
バタン。ドアが閉まった途端、少女がひょっこり現れて再度ソファの定位置に座った。デイシーちゃんが中に入っていた割り箸を渡してくれる。最年少者にどっちがいいか訊くと、何でも構わないわ、そっけない返事。相談した結果、私達が味噌で彼女には塩を食べてもらう事にした。
「いっただっきま~す!」「「頂きます」」パキン。ずるずるずる……。
想像以上にコクがあって良い味のスープだ。細めの縮れ麺はコシがあり、乗っている葱もシャキシャキ。よく煮込まれたチャーシューは口の中で溶け、逆に煮卵は固めでしっかりとした食感。
「美味しい!ラーメンってこんなに美味しいのね!」
「あはは、リサちゃんはあんまり外食しないからね~。私的にはメンマとか焼き海苔とか、もっとトッピングがあった方が好きだな~。あなたはど~?」
「脂質とカロリーが高過ぎます。飲食は非推奨」
「酷い言い様ね~。でも塩味の方がカロリー的には低いはずだよ~?」
「それでも私の必要摂取カロリーを三十パーセント以上オーバーしています」
「う~ん。でもそんなに気にしなくていいんじゃないですか~?まだ成長期ですし~、すぐ身長になりますって~」
言いつつデイシーちゃんの箸が、予めタレを回し掛けた餃子を掴む。ぱくっ、もぐもぐもぐ……。「美味し~!これなら充分お店で出せるね~」
私と少女も味見。挽肉の濃厚さとキャベツの味がじゅわっと広がり、ラー油を効かせた辛めのタレともよく合う。ラーメンに続きこれまた素晴らしい味。白米と一緒に食べても美味しそうだ。
「――計算修正。四十五パーセントの過度です」あっさり好みの少女は嘆息しつつ、もう一個に手を伸ばす。言葉の割には意外と気に入ったようだ。
「ところでリサちゃん。クレオさん、修理しに来た~?」
最後の餃子を食べながら、親友は思い出したように尋ねる。
「え?ど、どうしたの!?何処か壊れたの?」
「やっぱり来てないんだ~。そう傷自体は大きくないけど貫通してたし、大丈夫かな~?」
慌てる私の耳に届く、冷静な声。
「彼には以前自己修復機能をインストールしました。一定程度までなら生物と同じように自然に塞がるはずです」
「あ~、何だ良かった~。道理で気にしてなかった訳だ~」
さっきの話の時にか……にしても凄い、機械が自動で直るなんて。人間に限り無く近い人造人間を作る事といい、エレミアの技術はどれだけ進歩しているのだろう?
「一応診ておいた方が良いわ。彼の動作は不安定、プログラムが正常に機能していない可能性があります」
「そうですね~。今はシルクさんの事で若干参ってるみたいですし~」
「……うん。明日、会ってくるよ私」お姉ちゃんが元気な事、伝えて安心させてあげなくちゃ。
ふと見ると、親友がこちらを向いて形の整った眉をやや上げていた。最近私、人を驚かせてばかりな気がする。
「平日はクレオさん、政府館にいるの?」
「ううん~。管理移譲の関係でLWP調査部、今活動停止中なんだよね~。ルザちゃんとカーシュ君は籍が不死省だから毎日行ってるけど~、クレオさんとアレクさんは正式に大お爺様が上司になるまで無期限休暇中~。朝屋敷に行ったらいるんじゃないかな~?」
「電話してもいい?番号知ってる?」
「勿論~え~と~……」
彼女はミルク色の携帯電話のボタンをピッピッと押し、受話器に耳を当てる。微かにプルルル……コール音が聞こえる。
「こんばんは、レティちゃんですか~?クレオさんのお友達のデイシー・ミラーです~。クレオさんに代わって欲しいんですけど~。―――あ~、こんばんは~。ちょっと待って下さいね~。リサちゃんに代わります~」
携帯を受け取る。
「こんばんはクレオさん。デイシーちゃんに怪我の事聞きました。今はどうなっていますか?」
『えっと……内部の回路は殆ど自己再生したんですが、人工皮膚がまだ破れたままです。一応今は包帯で保護しています』
「明日、私お屋敷へ修理しに行きますよ。何時までもそのままじゃ、クレオさんも困るでしょう?」
『本当ですか?助かります。じゃあリサさんが来るのを待っていますね』
嬉しそうな声。やっぱり提案してみて正解だった。
『あの、リサさん。シルクさん、あれから連絡してきましたか……?』
「はい、今日のお昼頃に。結構元気そうでしたよ」
『本当ですか!?良かった……えっと、退院の日時とかは言ってました?』
「それはまだ」
声の調子だけで伝わる。今まで本気で心配してたんだ、お姉ちゃんを。もっと早く連絡すれば良かった。
「平気ですよお姉ちゃんなら。いつも一週間もすれば戻って来ているもの」
『そう、ですか……』
「ガッカリしないでクレオさん。凄く丈夫なのよ、うちのお姉ちゃん。その内何でもない顔で帰って来るから」
受話器の向こうの彼の表情が痛いぐらい分かり、胸が締め付けられる。私だって、電話を受けた今朝まで同じ感情を抱いていた。
『済みません。リサさんの方が余程心配なのに、気を遣わせてしまって……』
「気にしないで。――じゃあもう切ります。夜分遅くごめんなさい。今夜はゆっくり休んで下さいね」
『はい。ところで、以前言っていた家の片付けは済みましたか?今は調査部の仕事も無いし、力仕事なら僕、何時でもお手伝いしますよ』
少女を隠すために吐いた嘘を信じ切られていたと知り、凄く申し訳無くなった。
「いえ、大丈夫。ゴミももう全部出しました。二階中心にしたから、クレオさんが来てもそんなに分からないと思うけど」
近い内に時間を取って、一階も本当に片付けないと。嘘の付きっ放しは気持ち悪い、好きな人に対しては特に。
『そうですか。ではリサさんも、お休みなさい』
プツン。切れた携帯を親友に返し、ラーメンの残りを啜る。
(あーあ……)
つくづく思い知らされる。私、お姉ちゃんに完全に負けてるなあ。




