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一章 Lost World People



 トーストとサラダ、スープの朝食が終わっても、ジョギングに行った姉は帰って来なかった。薬が効いてきたのか、少女は今の所安静にソファで目を閉じている。


 キィッ。「リサ」「お姉ちゃん、おかえりなさい」


 姉と親友は家の中に入って来ないまま、不死族の人達が死んだように眠っている事、彼等を病院へ収容するために出掛けると告げた。私は事態の大きさに吃驚し、うんうん頷きながら聞く事しか出来ない。エリヤ様の占いが当たって、今リビングで女の子が寝ているの、なんて言える雰囲気では到底無かった。


 バタン。


「彼女が姉?」リビングから少女が問う。「DNA分析では血縁関係が認められません」

「孤児なの私。戸籍上は姉妹だけど、両親は小さい頃に……」

「そう」

「それより、DNAって遺伝子の事だよね?何時調べたの?」さっき会ったばかりなのに。「大体、遺伝子研究はそこまで進んでいなかったような……」

 理論上は可能だから、将来的には出来るのだろうけど。

「詳しいのね」意外そうに片眉を上げる。

「学校に行けない代わりに、医学書や機械の本は沢山読むの。今の技術だとまだ血縁関係の特定は無理なはず。不死省にある魔術機械なら、魔力の照合は本人確認も種族判別もかなりの精度で出来るらしいけど――こう言う話、好き?」

「得意分野です」

「じゃあ私の心臓の事も分かる?」

「サイドに取り付けられた補助装置ですか?ええ」

 的確な答えに、逆に尋ねたこちらが吃驚した。人工心臓は傍目には全く窺い知れない。胸には広範囲の手術痕があるが、それも今は服に隠れて見えない。どうして分かったの?

「私、生まれた時から心臓が凄く弱いの。機械を着けていても、皆と同じように活動すると倒れちゃうぐらい」

「?特別機能低下は見られません。あなたも機器も全く正常です」

 少女の発言に、私はまた少なからず驚いた。

「そ、そんなはず無い!だって昔、皆の前で何度か……」

 今思い出しても顔から火が出そう。同級生達の非難の目――あーあ、まただ、って。

「器質的問題は無くとも、心理的原因での発作は充分起こり得ます。――システムの私には理解出来ませんが」

「確かに、プレッシャーに弱い所はあるけど……」

 以前聖者様にも同じような事を言われた。よく見るとこの子、どことなく顔立ちが彼に似ているような……まさかね。不死族の聖者様に、こんな小さな妹がいるなんて聞いた事が無い。

 動揺しつつ、使い終わった食器を洗いにキッチンへ向かう。


 リリリリーン!


 こんな朝早く誰だろう?進路を変え、壁掛けの受話器に手を伸ばした。

『おはようリサちゃん。先生、どうにも猫ちゃんの具合が気になってね。手当ては出来たかい?』

 受話器の向こうからガヤガヤ……何時に無い喧騒がひっきりなしに聞こえてきた。

「何だ、先生なの。心配してくれてありがとう。大丈夫」振り返って少女を見「今一緒に朝ご飯を食べたよ。捻挫した所が熱っぽいから保冷剤を当ててるけど、いいかな?」

『うん。でも寒そうならすぐ取ってあげてね。おっと、ごめん!また新しい急患だ!』

「不死族の人ですか?さっきお姉ちゃんとデイシーちゃんに聞きました」

『ああ。もうベッドが足りないぐらい運び込まれててね、てんてこ舞いさ。リサちゃん。悪いんだけど、体調が悪くなったら病院には来ずに電話してもらえるかな?すぐに、とはいかないけど必ず往診に行くから』

「平気ですよ。この前風邪引いたばっかりだし。じゃあ切りますね」

 カチャン。

 思った以上に大変な事になっているみたい。原因は一体……。

 改めて食器を洗って棚に仕舞い、リビングへ戻る。何時の間に移動したのか、少女は本棚にあった分厚い機械工学の本のページを捲っていた。

「分かる?」

「はい。これがこの宇宙の最新の物ならば、エレミアよりは大分立ち遅れています」

「え!?」

 驚きの余り、危うく腰を抜かしそうになった。だってこの子、全然発音に違和感が無い。

「あ、あなた、エレミア人だったの……」

「その質問を受けたのは二度目です。いいえ、私はエレミア人ではない。――Lost World People、ではあるけれど」

「どう言う意味?」

「額面通りよ。私は世界を失った者」

 黒い物体を抱え、雪みたいに白い顔を埋める。その瞳に見えた光は、悲嘆。

(もしかしてこの子も、レティちゃんみたいに誰かを……)

 クレオさんや聖者様と共に暮らす、少女より更に幼いエレミア人の女の子。いつもニコニコ子供達と遊んでいるが、御両親はエレミアで化物に襲われて亡くなったとデイシーちゃんから聞いた。

「じゃああなた、もしかしてクレオさんとも知り合いなの?」

「ええ、彼が私を認識したのは約一週間前だけど」

「そんなに最近?えっとじゃあ……クレオさんって、エレミアではどんな人だったの?」

 質問を聞いた彼女は、今と殆ど変わらないわ、プログラミングに無い行動が非常に多い個体です、淡々と言った。

「そうじゃなくて……好きな人とか、いたのかなと思って」

「彼はエレミア自体にも住民にも極めて好意的です。――もしかして恋愛関係を指していますか?なら皆無です。クレオ・ランバートに特定の恋人はいませんでした。少なくとも私が知る限りは、ですが」

「そっか」良かった、二股にならなくて。

 安堵の息を吐く私を、少女は怪訝そうに見る。目が慣れてきたのか、段々無表情の中の僅かな変化を読み取れるようになってきた。

「彼に恋愛感情を?」

「えっ!?う、ううん!」

「拍動数が三十パーセント増加しました」

 千里眼のこの子には隠し事も出来ないのか。私は溜息をし、肩を落とした。

「そうよ。私、クレオさんの事が……でもクレオさんはお姉ちゃんが好きで、三角関係……なの。困るよね、そう言うって」

「何故?」

「何故って、お姉ちゃんはあの通り格好良くて強くて綺麗で」おまけに超健康優良児。「逆立ちしたって絶対勝てないもの」

「勝利する必要があるのですか?彼はマシーンです。婚姻は出来ても生殖は不可能」

「こ、子供云々の話じゃないの!純粋にこのままだと恋人同士になれないから、その……」

 自分よりずっと小さい子相手に何て話をしているんだろう?

「ご、ごめんなさい!作りかけの機械があるの、ちょっと作業してくる。大人しく寝ててね。いなくなってたら」

「法機関に電話、でしょう?分かっているわ」

「宜しい」

 私は動悸を押さえながら、リビングを後にした。



 お姉ちゃんは夕方に短時間だけ戻って来た。手早くシャワーを浴び、朝から着ていたランニングウェアを防衛団の制服に替える。

「二、三日は戻れないかもしれん。体調を崩したら、無理せず先生を呼んで入院させてもらうんだぞ?」

「ベッドは不死族の人達で一杯なのに?大丈夫よ。朝も電話で話したの。連絡したら往診に来てくれるって」

「なら安心だな。――行ってくる」

「いってらっしゃい」

 バタン。ドアが閉まると同時に、階段を降りてくる足音が聞こえてきた。止める間も無く上がったと思った途端、姉が玄関を開けたのだ。私でさえ全然気付かなかったのに。一体彼女の五感はどうなっているんだろう?

「済みません。許可無く物置部屋に入りましたが、保管してある物には一切触れていません」

「別に謝らなくていいよ。安心して、お姉ちゃん仕事でしばらく帰って来ないみたい」

 いなくなった聖者様をLWP調査団と手分けして探すらしい。クレオさんやデイシーちゃん達と一緒に……。

(大丈夫……だよね?)

 血の両眼と狂気の笑みを思い出し、思わず両手を組んで大父神様へ無事を祈った。無神論者の姉には笑われるだろうけど、無力な私には心の支えが必要だ。

「行方不明者の捜索でしょう?危険性があるの?」

「まぁ……ね」

 手を離す。この仕草、エレミアの人にも通じるんだ、と変に感動してしまう。

 晩ご飯は意見が一致し、野菜と鶏肉を刻んだリゾットで軽く済ませた。交代でお風呂を使った後、脚の包帯を換える。炎症は治まっていたので、冷却はもう必要無いだろう。彼女は全く同一の着替えを何故か持っていて(何処に隠していたの?)、同じく突然出したドライヤーで長い黒髪を自ら乾かし、私が二階から降ろしてきた毛布に包まってさっさと眠ってしまった。

(ふう……疲れた)

 うーん、と背中を伸ばす。お姉ちゃんやデイシーちゃん以外の人と一日中一緒にいた経験が無いから、慣れない緊張で身体が強張っていた。

(どれぐらいで治るかな……?)

 子供だし、一週間もすれば大分楽にはなるだろう。無理して早目に出て行ってしまう可能性大だけど。

「ふぁ……私ももう寝ようかな」

 照明を消す前に、異変が無いか眼鏡を掛けたままの顔を覗き込む。長い睫毛。唇も小さくて可愛らしいし………え?


「………いかないで」


 閉じたままの瞼から流れる一粒の雫。

 世界にも等しい誰かを失った彼女は、凍てついた目でどれだけ歩いてきたの?この黒い卵は、さながら遺された唯一の希望?

「泣かないで」

 ハンカチで白い肌を濡らす涙を拭き取った。

「……捨て猫を置いて、私だけベッドで休む訳にはいかないか」

 幸い、若干硬いがもう一つソファはある。タオルケットと枕を取りに自分の部屋へ行き、階段を降りて戻った。

 明かりを豆電球に替え、しっかりした革製のソファで横になり寝具を掛けた。お姉ちゃんがいたら、寝冷えて風邪を引くと怒られてしまうだろう。もう七月に入り、昼間は動いたらすぐ汗ばむぐらいなのにだ。

「お休み、子猫ちゃん」

「ん……」

 寝返りを打つ(しかし決して物体は放さない)彼女は、まるで応えるかのように微かな声を上げた。




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