九章 小さき夜の風
私は少女について、大きく誤解していたのかもしれない。
キィッ。
施錠したはずの裏口が開く音で目覚める。
(あの子、まさか約束を破ったの!?)
疑念は横のテーブルを見、すぐさま払拭された。
―――盗まれた紙幣とペンダントを取り戻してきます。
破ったメモに、綺麗な走り書きの一行メッセージ。
「気付いてたんだ……」
緊急用のお金を入れた棚の中には両親の形見、蒼ダイヤを一粒あしらった首飾りも入れてあった。夕方確認した際、盗まれたのに気付いたが、敢えて何も言わずにいたのだ。お金だけならまだしも、思い出の品まで被害に遭ったと知ったらあの子、凄く責任を感じてしまうに違いないから。でも、まさか単身取り返しに行こうとするなんて!!
「駄目!止めなきゃ!!」
追い付こうと家を飛び出しかけて留まる。こう言う時、沈着冷静なお姉ちゃんならどう行動する?
(あの子はテロリストの潜伏場所を知っている可能性が高い。だとすると!)
工作室のドアを撥ね開け、彼女と調整したばかりの銃を手にする。そしてスカートのポケットにはありったけの弾倉。よし、これだけあれば何とか戦えるはず!
裏口を出るとふわっ、涼しい夜風が火照った全身をなぞった。
「小夜風……」
夏祭りの帰り道。夜風のロマンティックな別称を、ロマンの欠片も無い姉が教えてくれた。夜に出歩くなんて数年振り、その時以来かもしれない。
「あ」
林道に向かい、所々月光を反射する物が落ちていた――割れた鏡の破片だ。そう言えば、工作室の整理の時に一つ捨てた気がする。
「何でもいい」
わざわざ足取りを残している、即ち応援が必要。後は走るだけでいい。
微かな光の筋道を頼りに、夜の世界を駆け抜ける。林道の先の眠らない商店街を突っ切り、政府館方面へ。どうやらこの雰囲気、アジトは本館の周りに林立する倉庫のどれかのようだ。以前デイシーちゃんに眼鏡を返そうとウロウロしていた時、幾つか横を通り過ぎた。人気も無いし、怪しい人間達が潜んでいても気付かないだろう。
「はぁっ……はぁっ……!」
こんなに走ったのは生まれて初めて。息が上がりっ放しで、本物も補助心臓もフル活動中。お姉ちゃんの言う通り、日頃から少しでも鍛えておけば良かった。
(頼むから、破裂しないでよね!!)せめて彼女を救い出すまでは!にしても苦しい!
予想通り、破片の道は政府館から最も離れた倉庫の前へと私を誘った。鉄製の引き戸は丁度子供一人分開き、内部の照明が外界へ漏れている。
パンパンパンッ!!
「きゃっ!?」
隙間を覗こうとした刹那、複数の銃声と共に一発が外へ射出された。危ない!これは突入のタイミングを見計らわないと。
「こ、この餓鬼!?」「何で一発も当たらないんだよ!!?」
「質問に答える義務はありません。――その胸ポケットの盗難品を速やかに返却しなさい。あなた方にそれらを所持する権利はありません」
とても大人、しかも凶器と狂気を持った犯罪者を前にしているとは思えない冷静な口調だ。しかも音速を超えた弾を悉く回避するとなると当然、
「わぁーっ!!」パパパパンッッ!!カチッ、カチッ……。
「阿呆!」バシッ!「こんな所で乱射するな!跳弾で俺達に穴を開ける気か!?」
「す、済みませんボス!」
一旦撃ち尽くした男性は、殴られた後頭部を押さえつつ頭を下げた後、新しい弾丸を込める。
警戒しつつ中を覗き込む。大人は見える範囲に五人、全員男性だ。ボスと呼ばれた人が一番人相が悪い。武器は拳銃が三つと……鉄パイプと金槌か。飛び道具さえ無力化すれば一人で鎮圧出来るかも。
少女は入口から三メートル程奥、こちらへ背中を向けて立っている。私には気付いているのかな?
「返却して下さい」
「勇敢な子猫ちゃん、こんな時間に出歩いてちゃいけねえよ。悪いおじさん達に悪戯されちまう」
下劣な笑い声にも、少女は怯え一つ起こらないようだ。
「あなた方の無駄話に付き合う気はありません。――止むを得ません、強行手段を取ります」そう言って素手の右手を上げた。何する気!?
(お姉ちゃん!私を守って!!)「わあああっっっ!!」
突然の闖入者にテロリスト達は吃驚仰天した。その上半身に銃口を向け、続けざまに発砲!弾の電流が拳銃二人と金槌、計三人を瞬時に昏倒させた。
「何だ手前は!?」
「この子の保護者です!武器を捨てて両手を上げなさい!でないと撃ちます!!」
「また餓鬼か……まあいい。連合政府の連中が来ない内に始末すればいいだけだ。おい」鉄パイプ男に目配せする。「逃がすなよ」「へい」
しまった!ボスは素早く銃口を私に向け、引き金に指を掛けた。
「プログラム発動」キィンキィン!
伏せた私の頭上で、硬質な物同士がぶつかり合う高音が響く。顔を上げると、床から私の背丈以上ある鉄の壁が生えていた。目を離した一瞬の内に……だ。
「え?な、何これ??」
ぺたぺた。よく見ると鋼との合板だ。銃弾が弾かれるのも当然。だけど、どうして突然こんな物が現れたの?
「――まさか、あなたが作った?」あの〇・数秒の間に?
「手間取らせるな餓鬼が!」
「わっ!!」
壁を回り込んできた鉄パイプ男に驚き、反射的に胸板を撃つ。瞬時に弾の放電で全身が麻痺、口から泡を吐いて仰向けに倒れ込む。
「あと一人」
「後でいいからちゃんと説明してよね!」
私は壁を背に反対側のボスと対峙した。相手も銃を所持している、当たればダメージは大きいし、銃の使い方は向こうの方がずっと手馴れている。
「今更ですけど、自首する気はありませんよね?」
「当たり前だ!」
「良かった。なら」
私が引き金を引く前に、彼女が飛び出した。相手の視線が条件反射でそちらへ逸れる。
「化物が!」
ボスは銃を逆手に持ち、直接暴力に訴えた。拙い!頭を殴りつけるつもりだ!
「〇・〇〇四秒遅い」
相変わらず無表情な彼女は、そう言って一撃を避けようと身を左へ振った。ところが、
「っ!!?」ガンッ!
抱えていた物体が、あたかも意志を持つかのように動いた。まるで少女を庇うように、振り下ろされた銃身とぶつかる。
「ちっ!今度は外さねえ!!」
再び構えかけた凶器は、だが小さな手に掴まれた。細い指が拳ごと破壊しそうな程食い込み、分厚いガザガザの皮膚から血を流させる。
「な、何――――がっ!!?」
信じられない。大の男から拳銃を力任せに無理矢理剥ぎ取り、銀歯の目立つ口内へ発射口を押し付けたのだ!
(あれは……!?)
銃を掴んだ左手のブラウスが捲れ、華奢な手首――そこに横一線刻まれた痕が顕わになった。自殺痕にそっくりな、深い切り傷。
「彼女に触らないで!!!」
まだ熱い銃口を舌に押し当てられ、テロリストは目を白黒させながら呻いた。まさか幼い子供に力づくの反撃を受けるとは予想もしなかっただろう。
怒りに我を忘れた少女の黒目は明確な殺意に満ち、今にも引き金を引きかねない。血色の悪い唇は戦慄き、頬は憤怒に紅潮していた。
パンパンッ!「ぎゃあっ!!」
仰向けに倒れたボスは、しかし脳漿を飛散させはしなかった。良かった、辛うじて間に合った!
白目を剥いた男に近付き、腕に二発命中しているのを確認。電流のせいだけではない激しい痙攣と……わ、失禁してるよこの人!余程怖かったらしい。
「大丈夫?それ、もう放していいんじゃない?」
未だ怖い顔の少女は黙って頷き、用済みの拳銃を倉庫の奥へ放り投げた。
「じゃあ『明けの空』さん。私の物を返してもらいますね」
倒した一人の胸ポケットを探り、古い革財布とペンダントを取り戻す。財布は弾倉と逆のポケット、形見はもう失くさないように首から提げておこう。
ウゥ―――ン、ウゥ―――ン……外からサイレンの大音量が響き渡る。どうやら連合政府防衛団、お姉ちゃんの同僚の人達がここへ向かっているようだ。
「あなたが連絡したのね?」
「当たり前でしょう?」肩を竦める。「犯罪者の相手は司法です。――行きましょう。目的は果たしました」
「ええ」




