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第8話「君たちも生きろ」

     ーーー対策本部ーーー


「事態の詳細をーー」


 エリシアの指示に、通信技官のひとりが立ち上がる。


「ハッ!昨日、第2ポイント付近に、当地領主および麾下の貴族連合軍総勢約3000が布陣。

『はぐれ』を挑発して誘き出し、戦闘を仕掛けました。

 しかしながら『はぐれ』との攻撃力の差は如何ともし難く、結果、約半数が犠牲となり、残り半数が敗走したとの事です」


 ざわつく一同の中で、アレクが挙手した。


「件の連合軍の兵科は?攻城兵器とか、特殊な武器はなかったのか?」


「偵察隊の目算で、騎馬兵・歩兵2000、弓兵1000。武器は剣・弓。装備はごく普通だったようです」


 それを聞き、アレクが顔を顰める。


「……バカな……、通常の対人戦の布陣じゃないか……。

 なんという愚かなマネを……」


 通常の布陣、通常の兵科、通常の装備、そんなものでは『はぐれ』に太刀打ちできるわけがない。

 言外にアレクの苦渋が滲み出ていた。


 それでもエリシアが問う。


「『はぐれ』にいくらかでも攻撃は効いたのか?

 傷でも負わせられたか?」


 皆の興味はやはりそこだった。

 幾ばくかのダメージを負わせていれば、こちらの対処にも光明が見えてくる。

 そんな期待がそこはかとなく見え隠れしていた。


 しかし、通信技官の反応は苦々しい。


「偵察隊が遠方から視認した限りでは……矢も剣も……まるで歯が立たなかった……ようだと。

『はぐれ』は、空を縦横無尽に飛び回っては、不規則に急襲を繰り返し、連合軍は文字通り翻弄され続けた、との報告です」


 皆が一斉に意気消沈した。

 

 例外は、アルベルトとアレクのみ。

 いや、エリシアもわかっていた。

 わかっていて、わざと問うたのだ。

 脅威の大きさを、攻撃の難しさを、皆に知らしめ、安易な主戦論に流されぬように。


 エリシアが皆に向き直る。


「みんなにもこれでわかってもらえた事と思う。

 ヤツに通常の武器は通じない。

 我々はバリスタを調達したが、それとてヤツに通用するかは未知数だ。

 故に、従来通り、基本方針を避難優先とする。

 市民に緊急布告。『はぐれ』が第3ポイントを通過した時点で避難を開始する。

 通商流通部門の官吏は避難物資の搬入を急げ。

 アレク、騎士団の避難誘導体制はどうだ?」


「問題ありません。各避難エリアへの誘導体制は構築済みです」


「そうか、助かる」


 エリシアが、もう一度気を引き締めた。


「もう我々に残された時間は僅かかもしれない。

 各自、最悪の事態を想定して事に当たってもらいたい。

 だが……」


 エリシアの目には、諦めや絶望はなかった。


「我々は生きのびる!市民はもちろん、君たちもだ!

 生き延びる、そのために全力を尽くしてくれ!

 以上だ!」


 室内に響いたエリシアの檄。


 誰もが無言になった。


 一瞬、室内を静寂が支配する。


 エリシアは、自分だけがその空間の外にいるような錯覚に襲われ、困惑気味に視線を彷徨わせていた。



 だが……


 

 パンッ!



 アルベルトがひとつ手を叩いた。


 次の瞬間、堰を切ったように室内が動き出した。


 凄まじい、そう、凄まじい勢いと熱気で皆が動いている。

 

 ポカンとするエリシア。


 その肩をポンと叩き、アルベルトが呟いた。


「お見事でした」


 そのまま退室するアルベルトを追って、エリシアも部屋を出た。


「……なあ、アルベルト……。

 彼らは……いったいどうしたんだ……?」


 エリシアはよく状況が理解できないようだ。

 

「皆、あなたの名演説にヤラれたんですよ」  


「……え……?」


「あなたは皆に『市民のために命懸けで』とは言いませんでした。

『命を懸けろ』と言われれば、人は自分は捨て駒だと理解します。

 あなたは違った。  

『君たちも生きろ』と言ってくれた。

 だから感じ入った。だから皆が動いたんです」


「……いや……当たり前の……事だろ……?」


 戸惑うエリシアに、アルベルトの視線は暖かい。


「その当たり前、たぶん、あなたにしかできません」


 アルベルトが言っている事を、エリシアは半分程度しか理解できていなかったかもしれない。

 だが、熱気をはらみ動き続ける官吏たちの姿を思い、アルベルトが自分に賛辞を示してくれている事はわかった。


「では、私も自分のできる事をしてきます」


 会議が終わると、アルベルトは休む間もなく運送業組合へ向かった。


      ❖    ❖



  ーーー運送業組合倉庫ーーー


 

 倉庫内では、複数人が作業をしていた。


 騎士団員、職人、技官、そのなかにベンの姿もある。


「お疲れさまです」


 声に振り向き、アルベルトの姿を認めたベン。


 一瞬だけ顔が明るくなったが、すぐにそれを照れ隠ししてしまい、なんとも微妙な表情を浮かべた。


「……なんじゃい……アルベルトか……。

 見ての通り、わしゃ忙しいんじゃ。お前もヒマなワケなかろうが、こんなトコ何しにきよった?」

 

 相変わらずの憎まれ口だ。

 だが苛立ちはない。

 作業が順調という証左だ。


「概ね完成ですね」


「おお、バリスタの矢に壺をくくり付けた。

 飛ばした時に外れんようにだけ気をつけりゃ、あとはさほど難しい話じゃないからの」


 矢の数は11本。予定通りだ。


「あとは壺に移すだけ……か。作業に時間はかかりますか?」


「作業は慎重にせにゃならんが、時間はかかるまい。極端な話、矢1本を2人でやりゃ1分で終わるワイ」


「それは良かった……」


 ベンの視線がやや厳しくなる。

 アルベルトの口調に何かを感じたためだ。


「……つまり、その作業をやらにゃならん日がそろそろ来そうじゃ……と……」


 ベンの眼差しがアルベルトに刺さる。

 決意が宿る眼差し。

 アルベルトの目も、それに呼応する。


「……まだ可能性です。可能性の域は出ない。

 ……ただ……その可能性は高まっています」


「……そうか……」


 呟くベンの視線が、バリスタの矢に移る。


「……できればこんなモン、使わんですみゃ……エエんじゃがな…」


「そうですね…」


 アルベルトがバリスタと矢に近づく。


 壺がくくり付けられた11本の矢。


 数は限定。

 効果は未知数。

 これに全ての命運を委ねるのは無謀だ。


 だが、もとより通用する武器などないのだ。

 これまでは歯牙にもかけられなかった。


 もしかしたら、『はぐれ』自身も本能でそれを知っているのかもしれない。


 “この小さき者の攻撃など、何の痛痒も感じぬ” 

 ーーそんな本能的な侮りがあるのなら……


 これまでの“衝撃による破壊“とは異なる攻撃。


 仕留める必要はない。

 “ここに来るとイヤな目にあう"と学ばせるだけでいい。


 たったそれだけでいいのだ。


(どこかに飛び去ってくれればいいんだが)


 しかし、監視部隊からの報告は期待に反して、『はぐれ』が迷走しながらも着実にテーゼに向かって来ているという内容だ。


 災厄は近づいている。


 突然それに見舞われないだけ、まだマシか…。


「お前さんたちは、コイツをどこに置くつもりじゃ?」


 そう、バリスタの設置場所。

 外すわけにはいかない。

 だが、進行ルートから推察すれば、ほぼここに姿を現すはずだ。


「アミドニア・カーチスからの入場門前」


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