第7話「急変」
【アルベルト視点】
エリシアに、ベンの告白を報告するとともに、『事後承諾』の適用を申し入れた。
「……『事後承諾』を『事後承諾』させるのは、お前くらいしかいないんじゃないか……」
エリシアは苦笑しつつも、手をヒラヒラさせて不問に伏した。
「ベンなりにテーゼの事を考え抜いた末の私心なき行動だ。
適法なんだろ、それを咎めるつもりはないさ」
ところで、とエリシアが言葉を切った。
「ベンの持ち込んだ品で……『はぐれ』に対抗できそうなのか……?」
真剣な眼差しだ。
エリシアは、領主として、責任者として、市民の無事を最優先に考えている。
一方で、街が蹂躙されるのをただただ指を咥えて見ているだけ、というのも忸怩たる想いだろう。
可能性があるなら迎撃し、立ち去らせたい。
その想いがヒシヒシと伝わってくる。
「客観的に述べさせていただきます。
前もお話しました通り、おそらく今のバリスタの矢であの外皮を貫くのは至難でしょう。
射出による“破壊力"を以て『はぐれ』に挑むのなら、今の何倍も大型のバリスタが必要です。
ベンの策はバリスタの矢の“破壊力“に頼むのではありません。全く別な方向から挑もうとしています。その点で可能性があると考えます」
「……そうか……」
背もたれに身を沈め、目を閉じるエリシア。
「市民の避難を最優先。これは揺るぎません。
ヤツが素通りするならばそれでもいい。
追いかけて挑むなんて事は必要ありません。
だが、この街に辿り着いてしまった場合、これは対処せざるを得ない。
誰にとっても迷惑な客です。居座られでもしたら目も当てられない。早々にお帰りいただけるよう準備しておきましょう」
エリシアが目を開く。
その目には覚悟の光が宿っていた。
「……迷惑客を追い返す役は……誰かがやらねばならないんだろう……?」
やはりそうなるか……。
だが……ここで言質を与えるわけにはいかない。
「……そうですね。誰かが担う事になります。
準備、配備、待機、いずれも騎士団の何人かが取り組む事になると思います。
一方で、市民の避難誘導も騎士団が行います。こちらには団員の大多数が従事するでしょう。
たぶん、バリスタの指揮は騎士団長が、避難誘導はアレク副団長が統括するんじゃないでしょうか」
「……で、では私も……!」
「今回はテーゼ開闢以来の危機かもしれません。
だから誰もが何かしらの役を担う事になります。
市民たちを無事避難させるためにね。
そして、誰もが皆、自分が犠牲になろうとも思っていません。
皆で無事生き延びる、それが大前提です。
そうでしょう?」
「も、もちろんその通りだ。だから私も……!」
「しかし、まだ事態は流動的です。今の段階で、誰が何の役を担うかは決められませんよ。
まずはバリスタの準備を完了させましょう」
長い沈黙の後、エリシアは渋々とだが頷いた。
とりあえず、今はなんとかうやむやにできた。
少し話題を逸らす意味も含め、偵察状況を確認してみた。
「今、カーチスに偵察隊を送っているらしいですね。
どんな状況なんですか?」
「……ああ、そう言えばお前はリヒテンラーデに行ってもらってたから、詳しくは知らんのだな」
エリシアがテーブルに地図を広げた。
「カーチスの山脈沿いに3か所のポイントを定めて、『はぐれ』の動向を監視していた。
こことココと、ココだ。
毎日伝書鳩で報告が届く手筈になってる。
今は第1ポイントから第2ポイントに移って、その後は、大きな移動はしていない。
ただ、少しずつだが山脈に沿って、こちらに近づいているらしい」
なるほど……、今のところはまだ時間はあるようだ。
「3つ目……、一番こちら側に近いポイントを抜けたら、市民の避難を開始する。
市民の避難準備は終わってるだろうからな」
「余裕たっぷりとはいきませんが、避難するのに多少の時間はありますね。
市民の避難施設の準備は進んでますか」
「その辺りはベンが仕切ってくれている。
物資の確保は各商業組合で取りまとめして、運送業組合が搬入するカタチだ。
皆協力的に対応してくれていて、順次進んでいる。今のところ混乱はない」
「それは何よりです。こんな時だから心配だったんですが……」
物資の出し惜しみをする輩がいれば、強制接収も考えねばならないと思っていたが、杞憂だったようだ。
「こんな時だからこそだ。街のみんなは誠実に自分のできる事をしてくれている。
まあ、あまりイイ顔しなかった一部の業者には『こんな時に暴利ろうなんて考えるヤツを、あの偏屈者が許すワケがない』、『”はぐれ”がいなくなった後で、“人外補佐官“が襲って来る』って風評が流れたとか、流れなかったとか……」
「……誰ですか……そんなヘンな……
いや……言われなくてもわかりますけど……」
シドとエヴァが軽く圧をかけてくれたんだろうが、もう少し言い方ってモンがあるだろうに。
「食糧の方もなんとかなりそうだ。
こっちはゴッヅが組合で一喝してくれてな」
”バカヤロー!テメエら、こんな時に俺ら食いモン屋が、食いモン作んねえでどうすんでい!”
ハハハ、あのオヤジさんらしい。
本当に大切な部分を外さないヒトだ。
「みんな善良な市民だ。だからこそ全員を無事に避難させる。
だが……できる事ならば……彼らの生活の場も……守りたい……」
「……そうですね……」
誰もが、それぞれの役目を胸に抱えたまま、束の間の沈黙が訪れた。
しかしーーー
通信武官が慌ただしく執務室に飛び込んできた。
「き……急報!急報です!
第2ポイント付近で、その地を治める領主と麾下の貴族連合軍が『はぐれ』と戦闘状態となり、壊滅的被害を受けた模様!
『はぐれ』はそのまま飛び去り、現在、第3ポイント方面に進行中とのことです!」
エリシアの顔色が変わり、表情が強張った。
「避難計画に関係する幹部を緊急招集!
対策会議を開催する!
来れない者は仕方がない、とにかく主要幹部だけでもいい!急げ!」
「ハッ!」
「私は対策本部に向かう。お前も頼む」
「了解です」
エリシアとともに対策本部に向かう。
いつにない緊張感に包まれている彼女を視界の端に捉えながら、近く舞い降りるであろうあの災厄の姿を、もう一度思い出していた。




