第5話「根無し草の根っこ」
【アルベルト視点】
「ほう……、ベンのヤツがのう……」
運送業組合をあとにして、急ぎ騎士団庁舎に行き、ゼクスに事情を説明した。
「ついては、至急運送業組合から品物を受け取ってきていただきたいのです。
私は木工職人に射出用の槍を追加発注してきます。他にも何カ所か回ってきますから、申しわけないのですがよろしくお願いします」
「よっしゃ、わかった。ベンのとこにはすぐにでもイキのいい女を何人か行かせよう」
「いえ、イキのいい女性よりも、しっとりと落ち着いたオトナの女性を」
「相変わらず女の注文が偏りに偏っとるのう」
ゼクスがひとつため息をつく。
組合長の特殊性癖は今に始まった事ではない。
厄介なオーダーにヤレヤレと首を横に振りつつも、苦笑いが浮かぶ。
私に目を向けた。
ゼクスの興味の本命はこっちだ。
「そんで、お前の見立てではどうじゃ?
ソイツは『はぐれ』に効きそうか?」
基本方針は全員避難だ。
バリスタで正面から立ち向かう事は想定していない。足止めはできるかもしれないが、ある意味“お守り“程度だ。
だが、アレらが転換点になるなら、方針は大きく覆る。
「単純に比較はできません。性質が全く違う。
しかしバリスタよりも勝算はあると思います」
うむ、と大きく頷く。
別に活路を見いだせた。
ゼクスにとって、それは十分すぎる朗報だったのだろう。
「そうか、それならば準備を急ごうや。
しかし、お前はよくそんな今まで使われた事ない法律なんぞ知っとったのう……。
それをうまく解釈してはめ込む手際も相変わらずといったところか。
……じゃがのう……」
ゼクスが私に近寄り、耳打ちした。
「……これで少なくともわしらの殿は確定じゃ。
絶対にお嬢がダダこねよるぞ。
お前がうまくお嬢を丸め込めよ」
「わかっていますよ……」
❖ ❖
ーーーシドの酒場ーーー
酒場は無人だった。
これはシドの店に限らず、周囲の店もやはり同じ。
誰も楽しく酒を飲む気分じゃないし、店の方も自分たちの避難を優先せねばならない状況だ。
いつも通り、目の前にミルクが置かれ、シドとエヴァが座る。
シドは相変わらず腕組みして無言。
エヴァはタバコをくゆらせ、微笑みを浮かべる。
これもいつも通りだ。
「君たちは避難の準備は終わったのかい?」
「大荷物抱えて長征ーーってワケじゃないさ。
ちょこっと森に足運ぶだけだろ。手荷物だけで十分だと思うけどね」
私の言葉にエヴァが応える。これもいつも通り。
「……それとも……森で一生暮らすハメになるのかい……?」
少しエヴァの瞳の温度が下がった。
「……いや、そんな事にはならない……。
させるつもりはない……」
ふう〜ん、と頬杖をついて私を見つめる。
表情から、仕草から、口調から、あらゆる所作から心理を読み解こうとする時の、彼女の視線だ。
「……ただ森に避難して、やり過ごそうってハラじゃないんだ……」
「誰にとっても迷惑な客だ。カネも払わないし暴れる。すぐ出ていくかもわからない。居座られても困るだろ」
「ソイツは確かに御免被りたい客だ。甘いカオしたらつけ上がるね。
いつもだったら、ダンナがチョットご挨拶すれば退散してくれるけど、今度の客はそうはいかないだろうし」
「お寄りいただかず素通りしてもらえれば一番いい。
だが、お寄りいただいてしまったら、ご挨拶くらいはさせてもらおうか、と考えててね。お渡しする品をいろいろ選んでる」
シドの表情がほんの僅か動いた気がした。
エヴァの視線の温度もまた下がっている。
「……いったいどんな手土産用意して、お出迎えするつもりなんだい…?」
う〜ん、と立ち上がり、酒棚を見渡す。
「酒を保管する樽の素材は……木だけかい?
デカい壺のような陶器製はないかな……?」
「……あ、ああ……だいたいは木だけど……
一応陶器もあることはある……」
ふむ、数は少ないか……。
「それは……店の奥に置いてるのかい?」
「ああ、置いてあるけど、それがナニか……?」
エヴァが少し困惑気味だ。シドも顔の筋肉は動かないが、身体はこちらに向いている。
「うん……、空の樽をちょっと見せてもらっていいかい?」
ふたりに店の奥に案内してもらう。
エヴァは釈然としない顔だ。
「……これだけど……」
エヴァが指し示したそこに、空の樽が置いてあった。
壺は6つ、あとは大きな木樽が6つ、中くらいの陶器と木樽が10個か。
陶器は全部で11個。
とりあえずの数としては十分だな。
「うん、イケそうだ。陶器製のをあるだけ全部引き取らせてもらえないか?」
エヴァが思わずシドの方に振り返る。
シドは…、さすがだ、微動だにしない。
「い、いや……別にイイけど、こんなモン、いったいどうするつもりだい?」
陶器の中を覗き込む。
フタをしっかりすれば大丈夫だな。
「お客サンに渡す贈り物にしようかなってさ。
あとで騎士団に引き取りに来てもらうから、その時はよろしくね」
シドに声をかけると、スッとエヴァの耳元に顔を寄せた。
ナニかを呟いている風に見えるが、やはりクチは動いてないぞ、オマエ。
ウンウンと頷くエヴァ。
いつも思うけど、キミたちワザとやってない?
「ダンナはイイって言ってるけど……、ひとつ条件があるって」
エヴァの目に真剣な光が加わった。
少々身構えてしまう。
「……なにかな……?」
「お客サンお迎えするんなら、アタシたちにも“接待“に参加させろってさ」
「え?」
シドがひとつ、大きく頷いた。
エヴァは妖しい笑いを浮かべてるし、シドはいつも以上に顔の威圧感が増している。
「……いや、君らは民間人だし……小道具の調達で助けてもらえればそれで……」
「ああ、ダメだってのはもう聞けないよ。
ここの空樽じゃなくても他で手に入れるって、今の話をキャンセルすんのもナシ。
補佐さんがお客サンお出迎えするつもりでいるなら、アタシたちにも付き合わせなよ」
ズイッとエヴァが近づく。
目には強い意思が見て取れる。
「補佐さんがリヒテンラーデからバリスタ仕入れたってのは聞いてるよ。
そうなると、空樽を何に使うのかってのもなんとなくは見えてくるさ。
アレってさぁ、言ってみりゃデカい弓でしょ。
矢はまるっきり丸太だし、弓引くのに相当な力が要るんだよ。
騎士団にゃゼクスのジイさんや『鉄拳』がいるけど、頭数としちゃチョイと足らないんじゃないかい?」
エヴァの言葉を受け、シドが腕まくりして、グイグイとキン肉見せつけてきた。
確かにバリスタの弓を引くのは、普通の人間では骨が折れる。
シドがいれば相当な援軍にはなるだろう。
それに……
このふたりは言い出したら聞かないからな。
私は、迫りくるシドのキン肉を押し退けながら、一応了承してみせた。
「わかったよ、騎士団長に話をしてみる。
たださ、こっちにも事情があるから、軽々にウンとは言えない。ソコは勘弁してくれ」
シドとエヴァがお互い見つめ合い、ふぅとため息をついた。
「ま、仕方ないね。補佐さんが決められる範疇じゃないって事はわかってる。
ゼクスのジイさんによ〜く伝えておくれよ」
「空樽の引き取りは、先にさせてもらいたいんだが、構わないかな」
エヴァがジロリと私を見た。イジワルな目だ。
「……ふぅ〜ん……、補佐さんが独断専行気味に動くってんなら、話をまとめる目算があるってこったね」
「騎士団だけならね。騎士団長なら、たぶんイケる。他の騎士団員も君たちをよく知ってるから、さほど抵抗感はないんじゃないかな。
問題は本丸だよ」
「……本丸……?」
「我が親愛なる領主閣下」
ふたりの雰囲気が変わった。
「彼女の大前提は今のところ避難だ。その際に自分が殿を務めるつもりでいる。
お客サンをお出迎えする方針に転換したら、たぶん自分が陣頭指揮を執るって言い出ーー」
「ダメだ!!」
ハッとエヴァの顔が歪む。
シドの顔も一瞬震えた気がした。
「……君たち……」
「補佐さん!あのヒトはダメだ!
大将首を敵の前に差し出してどうすんだい!
あのヒトには、何がなんでも生き延びてもらわなくっちゃダメだ!」
エヴァの目がアツい。少し潤んでる。
「……アタシらは所詮は根無し草だ。
ドコにいてもロクな扱いはされなかった。
流れ流れてここに辿り着いてさ……。
別に期待とかはしちゃいなかったよ……。
きっといつもと同じだ、イヤになったらまたどこかに行こうって……」
シドがひとつ頷いた。
「……でもね……ココは違ったんだ。
街の人の目が……、街の空気が……。
……なんて言うんだろう……。
……チッ、ウマく言えないね……。
とにかく……暖かかったんだ、とっても……」
「……エヴァ……」
「ヘンなヤツも多いけど、とても暖かかった。
スゴく居心地良くてさ。
いつの間にか根付いちまった。
そう、居心地いいんだよ、不思議にね」
エヴァが私に取りすがった。
「うまく言えないけど……この街の空気は守んなきゃダメだ!
外壁が壊されたって、家がなくなったって、何ならここがなんにもなくなってもかまわない。
また造りゃいいさ。
この街の人がいりゃ、また造って、またあの生活を始めりゃいい。
それをまとめられるのはあのヒトだけなんだ!」
エヴァの頬を涙が伝っていた。
初めて見る顔だった。
「アタシらいなくたってどうにでもなるさ。
ゼクスのジイさんも、ベンのエロジジイも、たぶん補佐さんだって、あのヒトの代わりにゃなれないだろ……。
ねぇ……頼むよ……あのヒトには……」
泣いてるエヴァに軽くハグをする。
シドに目を移すと……
いつもと変わらない。
無表情のままにしか見えん。
だけど……大きく頷いてくれた。
「安心してくれ。私も同じ気持ちだ。
私の全知全霊をかけて、彼女には生き延びてもらう」
「……ホントに……?」
涙目のエヴァに微笑みかけた。
「侮ってもらっては困るよ。誰が言ったか知らんが、私は"人外"らしいからさ」




