第4話「ベンからの贈り物」
【アルベルト視点】
「バリスタ2台確保では十分とまでは言えません。申し訳ありません」
今回のバリスタ借り受けが2台に留まった事をエリシアに詫びたが、エリシアは全く気にもしていなかった。
「別にイイぞ。使うかどうかわからない話だ。
お前は今できる事をやってくれた。十分だよ」
私はため息をひとつ吐いた。
確かに気をもむのは愚考であり愚行だった。
「それでリヒテンラーデから借り受けたバリスタですが、騎士団と技官が組み立てています。
射出用の槍は5本。これは買取りです。ただもう少し増やす必要があるでしょう」
「いいだろう。『はぐれ』にどれだけ有効かはわからないが、準備しておいて然るべきだ」
「あとは、市民への避難命令と物資調達の法的根拠についても改めて確認しました。
緊急事態対処法が適用できます」
「ありがとう、これで避難命令は有効に成立する。だがバリスタはーー」
エリシアがキッと私を睨んだ。
それは自分自身に向けたものだった。
「あくまで奥の手だ。我々は『はぐれ』に正面から挑むには戦力が絶対的に不足している。
基本方針は避難だ。全員例外なくな。
誰かを犠牲にする避難には絶対にしない。誰も犠牲になる事なく全員が例外なく避難するんだ」
エリシアの目が潤んでいた。
感情の昂りを抑えきれなかったのだろう。
彼女に同調し、昂りを鎮める。
「はい、理解してます。全員が例外なく避難します。
もちろん避難行動にも順番があり、最初の人間も最後の人間も当然存在し、最後になるのが誰かはわかりませんが、その人も犠牲になどならずに避難しますよ」
エリシアの肩をポンと叩いた。
エリシアも少し安心したようにホッとし、それから何かを思い出したようにハッとした。
「そ、そうだ、ベンから頼まれていたんだ。
お前が戻ったら『はぐれ』の話を聞かせて欲しいから、いつでもいいんで組合に来てくれと」
「ほう、組合長が……ですか。わかりました、今から行ってきます」
❖ ❖
ーーー運送業組合ーーー
「この度はいろいろとご尽力いただきまーー」
「ああ、やめいやめい、そんな堅っ苦しい礼など要らんわ。
ワシはワシ、お前さんはお前さん、それぞれの持ち場でやるべき事をやっとる。ソレでいいじゃろ」
ベンはそう言って私の挨拶を一蹴する。
相変わらずぶっきらぼうだが、芯の通ったヒトだ。
「ところで、さっそくで悪いが聞かせてくれ。
お前さんはリヒテンラーデからバリスタを取り寄せたな。
実際に『はぐれ』を見た人間として答えてくれや……」
ベンがズイッと顔を寄せてきた。
「……バリスタで……太刀打ちできそうか?」
ベンの目を見る。
そこには期待感は殆どないように思えた。
私も率直な自分の感想を吐露する。
「……正直、微妙です……」
「……そうか……」
ベンが天を仰いだ。
「ヤツの外皮は堅い。バリスタの矢も通らない可能性が高い。唯一通りそうなのは腹ですが、翼でガードされたらそれも難しいでしょう」
「……なるほどのぉ……」
期待感はなかった。
失望が僅かに……。
うん……?
目に少し違う感情が混じってきたように見える。
これは……
……決意?
……覚悟?
ベンがまた顔を寄せてきた。
「……お前さんには立場っちゅうモンがあるで、詳しい話するかどうか迷っとったんじゃがの。
まぁ仕方ないわ、話をせにゃならんじゃろう」
いやに真剣味が滲むベンの態度に、思わず私も姿勢を正した。
「組合長、いったい何ですか?」
意を決したように、ベンが私を見つめながら重々しく口を開く。
「ワシは『はぐれ』が人里に現れおったと聞いて、独断であるモノの持ち込みを手配した。
お前さんがバリスタ手に入れにリヒテンラーデに行くと聞いた頃に、ちょうどソレが届いてな。
バリスタで立ち向かえるなら、それでよかった……。
ワシもそのままナンもなかった顔でこっそり処分してたと思うわ。
じゃが、バリスタ使うてもなかなかに骨が折れるとなると……、やっぱ出すしかなかろう」
「……何なんですか……、何を持ち込んだんですか?」
「……ああ……実はな……」
❖ ❖
「……なるほど……」
確かにベンが持ち込んだ品は禁輸対象の境界線、いや、境界線を越えてしまっているか。
いつになく真剣な態度にも納得がいった。
私に明かすという事は自白に等しい。
そこまで覚悟を決め、打ち明けたという事か。
「グレーってトコですね…。
いや……黒な方かな……。
平時であればーーという注釈付きですが」
ベンは静かに頷き、私の目を見た。
バリスタの効果に対する失望感はない。
あるのは覚悟、決意、そして期待だった。
「ああ、この件についてはワシャ腹くくっとる。
事が済んだら責任はキッチリ取らせてもらうわ。
じゃからな……アルベルト……。
お前さんに全部任すんで、何とか役に立てられるよう計らってくれんか……」
「……組合長……」
「皆言うとる。『はぐれ』は天災じゃと。
ヒトにはどうする事もできん災厄じゃと。
確かにそうじゃ。ヒトの言葉も想いも、全く通じん暴虐じゃ。
じゃがな……、ヤツも所詮は生き物じゃ。
地震や嵐とは根本的に違うとるわい。
腹減りゃメシも食うし、眠くなったら寝よる。ちょっと頑丈なだけのデカいトカゲじゃろ。
そんなモンに、ワシが生涯掛けて造り上げた“モノの流れ“が負けるじゃと……?
んなもん、認められるワケなかろうが!」
ベンは思わず立ち上がっていた。
紅潮した顔が、なにより雄弁に物語っていた。
「ワシが長年携わってきた“モノの流れ“はな……言うてみれば“ヒトとの繋がり“じゃ。
群れからはぐれて、ナンにも縛られない代わりに、ナンにも繋がっとりゃせん『はぐれ』にゃ、絶対に手にできんシロモノよ。
ワシがソイツを駆使してのう、ようやく集めたんがあの品物じゃ。ワシが培った、その結晶ってヤツよ」
ベンが素直に私に頭を下げた。
「己自身しか持たん『はぐれ』に対して、ワシは……ワシらは……他のモンとの繋がりを持っとる。
それがどんだけ固く重いか、ヤツに思い知らせてやってくれや……。
アルベルト……、ワシャ、逃げも隠れもせん……。
『鉱山行き』でもなんでも受けよう……。じゃから……頼むわ……」
この泥臭いほどの物流への誇りと真摯さ。
さすがだ。
感嘆に値する。
いつもは憎まれ口ばかりのエロジジイだが、こういう面を魅せられると、今更ながら傑物だと感じ入る。
私は頭を下げるベンの肩をポンポンと叩いた。
「何言ってるんですか、組合長。
テーゼがオーダーした品の持ち込みに、腹くくる必要なんてないでしょう」
「……うん?」
ベンは私の言葉を消化し切れず、キョトンとしている。
「グレーか黒な方ですよ、平時であればね。
でも今は平時じゃないでしょう。
戦時下とは言いませんが、それに類する緊急事態にあるのは誰の目にも明らかだ。
こういう状況は物流の混乱を招きます。そうなると自給率の低いテーゼは脆弱です。すぐに干上がってしまう。
だから緊急事態が発生した際、テーゼは必要な物資の確保が後手に回るのを防ぐために、『有事緊急対処法』は”事後承諾”を認めています。
緊急事態を察した事業者が、独断で仕入れた品。
それをテーゼが必要と判断した場合は、遡ってオーダーした事にできるんです。
先見性のある商人が、必要と考えた物資を躊躇せず仕入れられるようにね。
つまり私がたった今、あなたが仕入れた品が正式にテーゼのオーダーであると認めたんですよ」
「……ア……アルベルト……?」
「長老格のあなたでもご存じないのは当然です。
実際にこの法が使われる機会は、これまでありませんでしたから」
ベンの手を握る。
ゴツい、骨張った、身体に似合わぬ大きな手。
幾多の苦難を越えてきた漢の手だ。
その手が少しだけ震えているのがわかった。
「よくぞやってくださいました。品物はテーゼがお引き受け致します。必ずや役立てて見せますよ」
意外な裁定に対する驚きと……
自分の意図を汲み取ってくれた感謝と……
さまざまな感情が渾然一体となってか、一瞬、ベンの手に力が加わったのがわかる。
だが、ハッと我に返って手を振りほどき、少し気恥ずかしそうにプイッと横を向いた。
「バ、バカモンが!オ、オトコの堅い手なんぞ用はないわ!
ワシを労いたいなら女の柔らかい手を用意せんかい!」
そう、これがいつもの組合長だ。
それでいい。
「ではさっそく有効利用する方法を考えます。
あとで騎士団に品物を取りにこさせますので、ご準備願います」
「お、おう。き、騎士団は誰ぞエエ女寄越せよ!オトコじゃったら品物は渡さんぞ!」
「はいはい」
相変わらずの憎まれ口だった。
だが扉を閉める時、私の目の端に、深々と一礼している組合長の姿がチラリと映っていた。




