第22話「繋いだ一矢」
「……これは…?」
何が起きた?
アルベルトにも一瞬わからなかった。
自分を覆う白銀の光が消え、はじき飛ばされて地に伏す『はぐれ』が見えた。
「アルベルトーーーー!!!」
馬の蹄の音とともに、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
後ろを振り返る。
馬を駆る姿が見えた。
「エリシア様!リン!」
エリシアとリンが転がるように駆け寄ってくる。
「アルベルト!無事か!」
「ホサーー!」
泣きじゃくるリンが、アルベルトに抱きついた。
「……大丈夫ですよ。助けられてしまいましたね」
「ホサ……よかった……」
リンの泣き顔が、わずかに笑った。
そのまま力が抜け、アルベルトの腕の中へ崩れ落ちる。
「リン?!」
「大丈夫、ただ眠っているだけだ。
あれだけ心配して、あの力を使って、お前を見てようやく安心したんだろう」
「青二才!大丈夫か!」
ゼクスが駆け寄る。
「危ないとこじゃった。ありゃあ、リンの力か?」
「はい、そうです」
「光がお前を庇いながら、ヤツをはじき飛ばしおった。
伝承を目の当たりにした気分じゃわい……」
その時ーーー
ザッ!
ザザザッ!
僅かに緩んだ場の空気を、一瞬で崩壊させる音がした。
地に伏していたはずの『はぐれ』が、また身を起こし始めていた。
(……これだけやって……まだヤツは……!!)
「チィッ!しぶといのも大概にせいや!!」
ゼクスがバリスタに取り付く。
「青二才!ヤツはわしの剣でもチィッとばかり難物のようじゃ!
やっぱりコイツをぶち込むぞ!
もう一回狙ってみてくれや!」
「だ、ダメです!右肩をヤラれた!力が入らない。これではレバーが引けません!」
アルベルトが叫んだ。
「な、なにぃっ!」
顔を歪め、吐露する。
「しかも、四つん這いのままでは射線に入れられない。
それこそ、手を伸ばせば触れるくらいのところでなくては……」
「クソッ!そんならわしがバリスタのケツ持ち上げてーー」
「ひとりでは無理です。狙いがつけられない。
もう肉弾戦しかーー」
悲壮感が場を支配した。
もう幾度目になるだろうか。
勝ったと思って、また覆される。
ここまでやってなお……
「やむを得ん……、お前らは逃げーーー」
ゼクスの苦渋の選択を遮り、エリシアが力強く宣言した。
「私が撃つ!!」
「エ、エリシア様!」
「お嬢が?!」
エリシアの瞳に覚悟が浮かんだ。
「お前たちはここまで繋いでくれた。
その覚悟を、私が無駄にはしない!」
エリシアがアルベルトに向かう。
「お前はリンと一緒にいてやってくれ」
そう言ってエリシアはリンを、座り込んだアルベルトの左腕に預けた。
「一緒に帰る。みんな一緒にな」
「はい……、みんな一緒に……帰りましょう…」
エリシアがフッと笑顔を見せ、バリスタに駆け寄った。
『はぐれ』を睨みつける。
「方向はこのままでいける!
ゼクス!バリスタの後ろをーーきゃあ?!」
エリシアの身体が不意にフワッと浮いた。
「おうおう、軽いのぉ、お嬢は。ちゃんと食うてんのか?」
両脇を抱きかかえられ、軽々とエリシアを肩車するゼクス。
「こうやって肩車するのも10年ぶり……いや、もっと前じゃったかのう?」
「こ、子供扱いするな!しっかり持ち上げろ!」
「人使いの荒さは相変わらずじゃわい!」
そしてゼクスがバリスタをガシッと掴んだ。
「ふんっ!」
ガブァッと後部を持ち上げる。
上を向いた矢が、一気に水平に直る。
「どうじゃ、お嬢!ヤツを狙えるか?」
エリシアはゼクスの肩の上から、バリスタへ身を乗り出した。
照準溝を覗く。
射線が下がった。
溝の向こうに『はぐれ』が捉えられた。
「もう少し下にーー!ああ、行き過ぎ!少しだけ戻しーー!そう、そこで止めて!!」
照準溝の先の『はぐれ』は、ほぼ身を起こしていた。
こちらを睨みつけ、変わらぬ凶気を向け続けている。
しかしエリシアは、自分でも不思議なほど、全く動じていなかった。
(……怖くない……、全然怖くない……。
離れていた時の方が、ずっと怖かった……。
ふたりが今ーーと思うと、そちらのほうがとてつもなく怖かった……)
照準溝の向こう、『はぐれ』がなぜか近くに見える気がする。
僅かな変化もわかる。
(……でも……、今は一緒だ!みんな一緒だ!)
四つん這いの『はぐれ』が、グッと身を屈めたのがわかった。
(ーー来る!!)
ガッと土埃を舞い上がる。
「ガァァァァ!!」
雄叫びとともに『はぐれ』が突っ込んできた。
「来たぞ!お嬢!!」
「エリシア様!!」
エリシアが、グッと口元を引き締めた。
照準溝に『はぐれ』を捉える。
向かってくる『はぐれ』。
妙にゆっくりに見える。
アルベルトもゼクスも、動きが遅い。
自分だけ、別な時の流れにいるーー
エリシアには、そう感じられた。
右前脚で地を掻き、
後脚で跳ねる
その瞬間
胸から腹が
射線に
重なる!!
(そこっ!!!)
エリシアがレバーを引いた。
ガィーン!!
射出された矢が空を斬った。
直線を描き『はぐれ』を襲う。
皆がここまで繋げ続けた
その最後の想いが
矢のカタチになって
『はぐれ』の胸部に吸い込まれた。
バリィィッ!!
ウロコが割れる音がした。
数多の人の想いを打ち砕き続けてきた『はぐれ』の頑強な鎧が、遂に突き破られた音がした。
「やった!!」
「おおっ!」
衝撃に『はぐれ』が大きくのけぞり、後方へ数歩よろめいた。
刹那の静寂。
ムクッと体躯を起こす。
胸部やや下側に矢が突き刺さっている。
そこを中心にウロコが砕け落ち、『はぐれ』の筋肉が露わになっていた。
ガクッと片膝が崩れた。
胸から生える矢に目を落とし、ガッと掴み、抜き払おうとする。
だが抜けない。
バキッと矢が折れ、矢柄だけが放り投げられた。
ガランガラン……
転がる矢柄が音を立てる。
妙に弱々しく聞こえた。
人智及ばぬ厄災。
それに亀裂が走り、今砕かれた。
折れた矢柄が、この戦いの終焉を告げているように思えた。
「よっしゃ!お嬢!ようやってくれた!
あとはわしに任せい!!」
大剣を担ぎ、ゼクスが仁王立ちする。
「ゼクス……、頼んだぞ……」
「騎士団長……お願いします……」
ふたりを一瞥するゼクス。
(本当にようやってくれたわ、ふたりとも。
ありがとよ)
一歩一歩、『はぐれ』に近づく。
『はぐれ』の視線がゼクスに集中する。
しかし、もうそこにはあの威圧感は感じられなかった。
「……ベンが言うとったそうじゃ……。
お前はな〜んにも縛られん代わりに、な〜んにも繋がっておらん。じゃから『はぐれ』なんじゃと」
ザッ!
『はぐれ』に向かい、剣を構えた。
切っ先が、露わになった『はぐれ』の胸に向く。
「オドレは己しか持たんが、わしらは誰かが傍らで支えてくれとる……その違いよ……」
皆がここまで繋ぎ続け、ようやく穿った、あの亀裂。
大剣を持つ手にグッと力が入る。
『はぐれ』の眼光を、ゼクスがはじき飛ばし、逆にギラリと睨みつけた。
「わしらの勝ちじゃあぁぁぁーーーーー!!!」
雄叫びとともに、ゼクスが大剣ごと『はぐれ』にぶつかっていった。
大剣が剥き出しの筋肉を貫く。
「ぬがあぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!」
そのまま横に振り抜かれ、『はぐれ』の肢体を切り裂いた。
大きく開いた傷口。
幾多の嘆きと絶望を生み、血を流させてきた『竜害』。
今度はその体躯から、真っ赤な血が吹き出した。
ゼクスが崩れ落ちる巨体を見届け、大剣をザッと地に突き立てた。
『はぐれ』が、ドウッと音を立てて地に伏した。
ゼクスがひとつ、大きく息を吐いた。
回避も、制御も、退治さえも不可能と言われ続けた『竜害』が、テーゼに生きる者たちの手によって堕とされた、その瞬間だった。




