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第23話「繋がりの街」

 地に伏す『はぐれ』。


 アルベルトがそれを眺め、その視線を移す。


 傍らには、自分がその道行きを支えようと誓った、未熟だが誠実な、我が領主閣下。


 腕のなかには、自分を父と慕い、いつも愛らしい笑顔で癒やしてくれる、我が娘。


 自分の前には、豪快で、豪胆で、その剛腕で『はぐれ』にとどめを刺した、我が騎士団長。


 アルベルトは、ようやくこの戦闘が終わりを告げた事を実感した。


 腕のなかのリンを慈しむように見つめる。


 リンに”神気”を使わせてしまった。


 私の危機を目の当たりにして、反射的に使ってしまったのだろう。


 (それだけ……私を……)


 アルベルトは、少しだけの後ろめたさと、それに数倍勝るうれしさを感じていた。


「……青二才……」


 ゼクスがスッと手を差し伸べた。


「わしひとりではどうにもならんかった……。

 ようやってくれた……」


 その手を取る。


「……いえ……、私がやった事といえば、ヤツの口元に花束を差し出したくらいですよ……」


 ゼクスがフッと笑い、エリシアに視線を移した。


「わしや青二才との約束破って、ここに来た事については、青二才と相談して、後で折檻せにゃならんが……」


 エリシアの肩にガッと手をやる。


「……ゼクス……?」


「……よう来てくれた……。あそこでお嬢たちが来なんだら、青二才は無事じゃ済まんかったじゃろう……」


 次いで眠っているリンの頬を指でつつく。


「リンにも助けられたわ……。あわやっちゅうとこで……すまんな……こんなに疲れさせて……」

 

 アルベルトが目を伏せ、苦笑する。


(……まったくだ……。君たちは絶対に守るって約束してたのに……。

 ははは……これじゃ立場が逆だよ……)


 エリシアはその光景を見ていて、本当にうれしかった。


(ふたりを無事に連れ帰る……。

 誰一人として死なせない……。

 街のみんなとの誓いを……私は……守れたんだな……)


 エリシアが両手にグッと力を込めた。

 こみ上げる万感の想い。

 溢れんばかりのそれを、声高々に宣言した。

 

「さあ!みんな帰ろう!街のみんなが待ってる!」


「よっしゃ!凱旋じゃ!

 わしの二つ名に『竜殺し』が加わった事を、街の連中に見せつけたるわ!」



      ❖    ❖



 騎士団詰所に戻った4人は、歓喜の渦に迎えられた。

 皆が歓声や泣き笑いで、自分の生還を喜んでくれているのを、アルベルトは肌で感じた。


(誰かが自分を想ってくれる気持ち……それがこれほどうれしいとは……)


「エリシア様!!よくご無事でーー

 リン……?リンはーー」


 マーサが駆け寄る。


「すまん、マーサ、心配をかけた。

 リンは無事だ。また『眠って』しまった。

 屋敷で休ませてやってくれ」


 “『眠って』しまった”

 マーサはこの言葉で全てを察し、アルベルトからリンを受け取る。


 少し涙ぐんだ眼差しでリンを見つめ、優しく微笑みながら、領主邸に向かった。



       ❖   ❖



「おう、お前ら!『竜殺し』様の凱旋じゃ!

 わしが切った大見栄、全部果たしてきたぞ!」


 騎士団がゼクスをワッと囲む。


「ーーーー!!」


 声にならないまま、ゼクスに抱きつくルナ。


 なにかを噛みしめるように団員たちの輪を眺め、アレクがエリシアに片膝をついた。


「……エリシア様……」


 だが、言葉が続かない。

 小さく震えるだけ。


「……アレク……いいんだ……」


 ハッと顔を上げるアレク。


「……いいんだよ……」


 エリシアのうれしそうな微笑みを見て、再び頭を下げる。


 ふたつ、みっつ、雫が床を濡らした。



       ❖   ❖



「軽い脱臼です。このまま固定して安静にしていれば、1ヶ月ほどで治りますよ」


 医師の治療を受け、ホッとひと息ついたアルベルトの前に、シドとエヴァが立った。


「補佐さん、よく無事で帰ってきたね……」


 エヴァが目を潤ませ、シドは相変わらずの強面のままだ。


「今回はシドに助けられたよ。エリシア様とリンを送り出してくれたのはシドだったんだって?」


 その言葉にエヴァが少し顔を顰めた。


「……ごめん……。あんな啖呵切ったのに約束破っちまって……。

 でも、エリシア様の誓いを聞いたらさ……」


「いやいや、ふたりが駆けつけてくれたおかげで、間一髪のところを救われたんだよ。

 ありがとう、君らのおかげで、誰一人として欠ける事なく帰ってこれたよ。

 明日からも、これまで通りのテーゼでいられる」


「……うん……」


 アルベルトが静かに問いかけた。


「君たちは……この街が好きかい?」


 エヴァがパァっと笑顔を作った。


「大好きだよ!」


 シドも大きく頷いた。いつも通りの顔だった。


 アルベルトがクスッと笑った。


(根無し草が、ようやく張れた根っこか……)



       ❖   ❖


 

 肩の治療を終えたアルベルトをベンが迎えた。


 骨張った大きな両手がアルベルトの手を握りしめた。


「……よくぞ……よくぞ……」


 ガクッと膝をつく。

 極度の緊張が解け、安堵のあまり、身体中の力が抜けたようだ。

 だが、両手だけは、しっかりとアルベルトの手を握っていた。


「……組合長……、あなたが導いた勝利です……」


 アルベルトの囁くような声に、ベンが顔を見上げた。

 

「……あなたの築き上げてきた『物流』が……『ヒトとヒトとの繋がり』が、『竜害』という神話に亀裂を入れたんです」


「……亀裂を……?」

「はい……」


 アルベルトは、ベンが『冷却粉』を撒き、避難してからの経緯を話して聞かせた。


 老人の顔が、見る見るうちにクシャクシャになって、滂沱の涙が溢れ出た。


「……ワシの……ワシの悪あがきは……無駄じゃなかったんじゃな……」


 アルベルトがベンの手を強く握り返した。


「はい……、あれこそが決定的な一撃でした。

 ご自分の身を捨てて我々を避難させようとした、あなたのあの想いが、勝利を引き寄せたんです」


「……くぅ……」


 ベンがまた下を向いた。

 

「……こんな老いぼれが……今日まで生きてきて……こんなエエ目見させてもろおて……エエんじゃろか……」


「……組合長……」

 

「ありがとう……本当にありがとう……」


(……エエ目見せてもろおて……か……。

 いい言葉だ……

 あなたらしいです、組合長……)



        ❖  ❖



『はぐれ』討伐の報を聞き、騎士団詰所周辺は人で溢れていた。


 誰もが驚いたのが、今回の損害だった。


 ーーー死亡者ゼロ


 誰一人として死なせないという、あのエリシアの方針が現実となって終焉を迎えた。


 皆、心のどこかでは多かれ少なかれ懐疑を抱いていたのだろう。


 それが完璧な形で遂行された。


 人々は沸き立った。


 通りのあちこちで酒樽が割られ、食べ物が振る舞われ、飲み物が配られる。


 その喧騒のなか、詰所の一室に、エリシア、アルベルト、ゼクス、アレク、ベンの姿があった。


「おいおい……、ワシはさすがに場違いじゃろう……」


 恐縮してオロオロするベンに、アルベルトが笑みを向ける。


「なにをおっしゃいますか。今回の『はぐれ』討伐はすぐに周辺国に通知します。

 あなたはその立役者なんですよ」


「……いや……そんな事……別にせんでも……」


「通知には、討伐に決定的な物資を調達し、勝機を作った立役者として、あなたの名前を載せます。

 各国があなたの功績を無視できないほどの快挙です」


 エリシアが立ち上がる。

 アルベルト、ゼクス、アレクもそれに倣った。


「組合長、テーゼ市民を代表して感謝申し上げます。ありがとうございました」


 皆が揃って頭を下げた。

 ベンは更に恐縮し、ひとしきりワタワタとして、顔を赤くしながら立ち上がった。


「わかったわかった!お前さんたちの気持ちはありがたくいただくわ!

 も、もう用は済んだな!そんじゃワシャ、これから女(おなご)んトコ行かにゃならんで、コレで失礼するわ!」


 そう言ってバタバタと出て行った。


 苦笑交じりの見送りのあと、ゼクスが大きく伸びを打った。


「う〜ん、コレでわしも『竜殺し』の異名持ちじゃ。引退記念にエエ土産を貰えたわい」

 

 その言葉にアレクが反応した。


「……騎士団長……、引退記念……とは……?」


「うん?お前にワイン渡しとろうが、46年物」


 アレクが額に指を立て、う〜んと考え込む。

 そしてポンと手を叩き、ゼクスに笑顔で答えた。


「ああ、あのワイン!あれはそういう意味だったんですか!

 いやぁ気がつかなかった!

 私は誕生日のプレゼントだとばっかり!

 この歳になってそんな勘違いを、いやぁお恥ずかしい!」


 ゼクスが困惑する。


「なにを言うとる、お前の生まれた年のーー」

「私は先週47歳になりました。私の生まれたのはあのワインの作られた前の年です」

「な、なんじゃと……?!」


 ゼクスが指折り数え、あっという顔をした。

 ニコニコと満面の笑みを浮かべているアレクをジロリと睨み、なにやらブツブツ言う。


「……お前……そこは誤差っちゅう事で勘弁せいや……」


 だがアレクはバッと手のひらで制す。


「いいえ、長く継承されてきた騎士団の伝統です。そんなにお手軽に変えるわけにはいきません」


 そう言ってビシッと敬礼を施した。


「団長!明日からも引き続きよろしくお願いします!!」


 その見事な所作に、一瞬アルベルトたちが魅入り、アレクは優雅に微笑んで、部屋を出て行った。


 少しの間があり、エリシアとアルベルトが笑いだした。

 その笑い声に包まれながら、ゼクスが少しうれしげに呟いた。


「……まったくあの……気取り屋めが……」


 ひとしきり笑ったあと、エリシアが表情を硬くした。


「……これから……どうなる……?」


 アルベルト、ゼクスも同様だった。


 アルベルトの言葉は重々しい。


「人類初の『はぐれ』討伐。各国の注目を集めるのは間違いないでしょう。

 実際に使われた手段は、バリスタ以外は市井のものです。十分に説明可能です」


「リンの、あの閃光以外は……な……」


 エリシアの懸念にゼクスが反論した。


「いや、あれは青二才を助けた局面だけじゃ、決定打にはなり得ん。

 しかも、ほかの誰もあの場にゃおらんかった」


「そう、討伐が成る過程で、あの閃光は必要ない。誰も目撃はしていない」


 アルベルトの手に力が入った。


「隠し通せます」


 エリシアの緊張が少しほぐれた。

 ゼクスも、うむっと頷いた。


 エリシアが、また瞳を厳しくした。

 

 決意の現れ。


 アルベルトもゼクスも、身を引き締めた。


「これまで通り、リンの事は隠し通す!

 徹底的に隠し通す!

『はぐれ』討伐はテーゼというこの街の市民全員の力で成し遂げた!

 テーゼの街はこれまで通り、大切なものを守りながら、一緒に日々を過ごそうとする人達の住まう場所だ!」


       ❖   ❖



 祭りのような喧騒が、窓の外から聞こえてくる。


 その中心にいながら、誰にも祈られず、崇められることもなく、リンは領主邸のベッドで静かに眠っていた。


 傍らにはマーサがいる。


 その小さな手を、いつものように握っている。


 テーゼは今日も、大切なものを大切なまま守り抜いた。

 


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