第21話「もう一手」
アルベルトとゼクスがバリスタに取りすがった。
偶然が生んだ絶好の好機。
ここで確実に『はぐれ』に決定的な一撃を加える!
だがーーー
「どうじゃ、撃てそうか?!」
ゼクスの問いかけに、アルベルトが苦渋の表情を見せた。
「やはり高すぎる……」
白煙を上げる『はぐれ』を睨みつける。
「この仰角で当てるには、あの辺りまで引き込むしかありません」
アルベルトが10数メートル先を指す。
ゼクスの表情が変わった。
「……青二才。そこは……」
「……はい」
「ヤツの尾の……間合いじゃぞ……」
『はぐれ』最大の武器。
あの質量に襲われれば、バリスタも自分たちもひとたまりもない。
アルベルトが歯軋りをする。
「……ここまで……ここまで来ながら……あと一手が打てない……!」
これまで幾度も優位に立ったと思った。
いや、実際に立った。
しかしことごとく盤面をひっくり返されてきた。
そしてまた今、ウロコの劣化を目の当たりにしながらも、もう一手が打てない。
煮えたぎらんばかりの苛立ちを覚える。
その時、シルエットがガクッとバランスを崩したように見えた。
転倒はしなかったが、大きく横によろめいたようだ。
「なんじゃ?どうしたっちゅうんじゃい」
ゼクスの言に誘われるように、アルベルトが白煙を纏う影を凝視する。
確かになにかがおかしい気がした。
あれだけドッシリとした重心で立ちはだかっていた威圧感が妙に薄まった感じがする。
『はぐれ』が、なにか……
そう……
戸惑っているように思えた。
(どうした?なにが起きてる?)
「騎士団長、バリスタの仰角が直らないか試してみてください。私はもう少し近くでヤツを観察してきます」
ダッと駆け出す。
白煙の向こう、大回り気味に慎重に『はぐれ』の横の位置に進んだ。
ウロコの劣化はもう一目瞭然だった。
胴体・脚には亀裂が走り、灼硫液を浴びなかった背中側には亀裂がない。
また『はぐれ』がバランスを崩したようによろめいた。
妙に動きがぎこちない。
(……ん?)
ヤツの太い尾。
なにか不自然だ。
あの動き……
……いや!
不自然なのは
尾の「動き」じゃない!
尾が「動いていない」んだ!
時に鞭のようにしなり、
時に巨木のように振り回された
あの太い尾が
今は重い荷物のように
引きずられるだけだ。
いったい何が起きているのか。
よく見ると、あの太い尾の表面には、冷却粉がびっしりと付着している。
アルベルトが地面を見る。
『はぐれ』の周囲だけ、撒かれたはずの白い粉が消えている。
(そうか――!)
暴れ回った尾が地表の冷却粉を巻き上げ、自ら大量に浴びた。
さらに二樽目が加わりーー
(極低温で尾が機能不全を起こしている!)
またアルベルトは走り出した。
(これでまた活路がーー!)
「騎士団長!」
「おお!コイツはやっぱりムリじゃぞ!
ヘタにイジるとぶっ壊れーー
ああ?どうしたっちゅうんじゃい」
ハァハァと息を切らす。
絶え絶えの声。
「ヤツの……尾が……動いてない……」
「あ?ど、どういうこっちゃ?」
アルベルトが指差し、もう一度、今度は力いっぱいに叫んだ。
「ヤツの尾が動いてない!たぶん超低温にさらされて硬直してるんだ!
ヤツは最大の武器をもがれたんです!」
「ほ、本当か!ソイツは!」
「これでヤツとの距離を詰められます!
ヤツを真っ向から迎え撃てる!」
「よっしゃ!じゃあその最後の花束でーー」
「いえ、そっちじゃありません」
アルベルトが後ろを振り返る。
後ろに転がっている普通の矢。
最後の灼硫液の矢を置き、普通の矢を腕に抱える。
「ヤツのウロコを貫くのなら、こっちです。
衝撃力でヤツの鎧を突き破りましょう!」
「わかった!矢を貸せ!」
ゼクスが矢を抱え、バリスタに装填する。
アルベルトがバリスタに取りすがり、照準溝に視点を定めた。
『はぐれ』の動きは明らかに鈍い。
少しずつ白煙を纏うシルエットが近づいているが、まだ射線の外側だ。
ジリジリするような時間が過ぎていく。
その時間経過のなかで、白煙が徐々に薄まってきた。
『はぐれ』の体躯が少しずつ露わになる。
照準溝越しに『はぐれ』を睨みながら、アルベルトがふと思った。
不思議だ。
あれほど撒き散らされていた
暴虐の気配が、今は相当薄まって
いるように思える。
そして頭を振る。
いや、ダメだ。
これまでも何度も
ひっくり返されたじゃないか。
ヤツの生存本能を侮るな!
先ほどから距離は少しずつ縮まっている。
息をする事も憚るような緊張状態のなか、ゼクスが小声で問いかけた。
「……青二才……まだか?」
ゼクスの額に、頬に、汗が伝う。
「……もう少し……もう少しです……」
まだ射線が高い。このまま撃っても頭を超える。
だが、少しふらつきを見せながらも『はぐれ』は着実に近づいてきている。
「……もう少しだ……もう少し……来い……来い……」
あとわずか、あとわずかで射線に入る。
引き金のレバーを握る手に力がこもった。
アルベルトの頬から、そして顎から、汗が落ちた。
そしてーーー
遂に頭が射線に重なった。
(来た!)
動かせぬ仰角に『はぐれ』の体躯が入った。
あと数歩……
あと数歩前に来れば……
その時、不意に『はぐれ』が照準溝から消えた。
(え?消えた?!)
「な?なにぃ?!」
アルベルトのモノローグとゼクスの驚きは同時だった。
アルベルトが照準溝から視線を外す。
いた!
『はぐれ』はそこにいた。
移動してはいなかった。
だが……!
「四つん這いじゃと?!」
「……よ、四足歩行?!」
『はぐれ』は四つん這いになっていた。
射線より更に低い位置に体躯を沈め、禍々しい瞳でアルベルトたちを見据える。
その目が光った。
「ガァァァーーーーー!!!」
その四つん這いのままの姿勢で、前脚と後脚で地を蹴り、アルベルトたちに向かって突っ込んできた。
「チィッ!次から次へとーーー!!」
ゼクスが大剣を構えた。
低い姿勢のまま、跳ねるようにゼクスに向かった。
瞬時に赤黒い体躯がゼクスの目前まで届いた。
(クッ、速いっ!)
振り上げられた右前脚が、ゼクスを襲う。
「騎士団長!」
迫る大きな爪を大剣で防御する。
ガシャーーーン!!
鋭い激突音が響き、その勢いのままゼクスが数メートル右側に飛ばされた。
ザッ!
片膝はついたが、体勢はさほど崩れていない。
「ハッ!尾っぽほど威力はないのう!!」
ゼクスが逆に距離を詰めた。
振りかざされた大剣が、唸りを上げて『はぐれ』に向かった。
ガシャーーーン!!
再び響く激突音。
弾かれる大剣と、はじけ飛ぶ『はぐれ』の爪。
ゼクスの目に悔しさが滲んだ。
「クッ!わしの剣が爪切りにしかならんとはーー!」
(マ、マズい!!)
体勢が崩れたゼクスを見て、アルベルトの手が反射的に傍らの花束に伸びた。
「ガァッ!!」
『はぐれ』がその顎を広げ、ゼクスに襲いかかった。
「騎士団長!!」
「……ッ……!!」
視界に迫る無数の牙。
その端から、壺をくくりつけた太い矢柄が現れ、『はぐれ』の大きな口に差し込まれていくのをゼクスは見た。
「青二才ーー?!」
ガシャーン!
壺が牙に当たって砕かれた。
途端にジュウジュウという音とイヤな匂いが辺りに蔓延した。
「グギググギギーーーーー!!!」
壮絶な鳴き声とともに液体を吐き出し、悶絶する『はぐれ』。
その拍子に、バリスタの矢とともにアルベルトが宙を舞った。
10メートルほど飛ばされ、ダンッダンッと転がる。
したたかに右肩を打ち、アルベルトが顔を顰めた。
ズキンッと痛みが走る。
力が入らない。
(グッ……肩をヤラれた……!
これではーー)
ふらつきながら立ち上がったアルベルト。
『はぐれ』が彼を睨みつけた。
ほんの一瞬、アルベルトと『はぐれ』との間で、音も匂いも、色さえも消え失せた。
その刹那がはじけ、再び全てが動き出す。
憤怒、憎悪、敵愾心、殺意ーーそうとしか見えないものが塊となって、アルベルトに向かって襲いかかった。
「ーーアルベーー!!」
ゼクスが駆け出すのが見えた。
だが距離がある。
歩が進まない。
『はぐれ』の顎が迫る。
焼けただれ、牙が相当失われているのがはっきりとわかった。
残念だーー
もう少し深く入っていればーー
ヤツをーー
ヤツを仕留められたのにーーー
己を噛み砕かんとする牙の群れを目の前にして、アルベルトは冷静にそんな事を思っていた。
その牙がアルベルトに届く瞬間ーーー
「ダメェェェーーーーーーーーー!!!!」
空を斬る絶叫と白銀の光が走り、アルベルトを覆うとともに、眼前で猛り狂う顎をはじき飛ばした。




