第2話「情報収集」
アミドニアから『竜害』発生の報が入ったのは、それから3日後の事だった。
「組合長の話がこれで証明されたか…」
更にカーチスからも急報が入った。
自国内でも被害が発生。
但し、襲われたのは山沿いの山村ではなく、平地に点在する村々だった。
『はぐれ』は眼下の村を素通りして、内地の村々を襲った。
この事が事態の深刻さを一層印象付けた。
『竜害』は予測不可能な移動する天災。
目指す地があるわけではない。
為そうとする目的があるわけでもない。
気まぐれに進み、移り気に戻り、本能のまま徘徊する。
目についたものを壊すこともあれば、素通りすることもある。
逃げる者を追うこともあれば、見向きもしない。
その基準を、人間には理解できない。
その時、竜は満腹だったか。
その時、竜は眠かったか。
その時、竜は苛立っていたか。
その時の竜の状態によって、災厄を被るか、何事もなくやり過ごせるかが決まった。
皆が均しく災厄を被るのではないこの理不尽が、更に人に恐怖を植え付けている。
「注意喚起を取り消し、警戒レベルに引き上げる!
市民に5日以内に避難準備を完了するよう布告!
ゼクス、避難計画と避難経路設定の進捗は?」
「街を2つに分け、リヒテンラーデ・シュルツ側の森に避難させる。
どの森の近くにも運送業組合が管理しとる休憩所が設置されておるんで、そこに寝袋や毛布、食料と水を搬入する予定じゃ。ベンが仕切っとるから遺漏なく進むじゃろう」
ほぼ形になった避難計画に、エリシアは安堵した。
次にカーチスの地図を広げ、『竜害』現場を確認する。
「『竜害』現場は……、ここか……」
現場は、辺境ではあるもののカーチス本国内の平地。
『はぐれ』がアミドニアとカーチスの国境付近に潜んでいる事は明らかだ。
アルベルトがアミドニアとカーチスへの訪問を申し出た。
「やはり伝聞情報よりも当事者の生の声の方が重要です。私がアミドニアとカーチスに行ってきましょう。
こういう状況です。私独りで良いでしょう。
カーチスからは『竜害』発生報告と一緒に、フリッツ殿下が署名した現場調査を許可する旨の書状が入っていました。ご厚情、ありがたく受け取りましょう。
アミドニアはそうはいきませんから、宰相殿と面談してきます」
エリシアもアルベルトに首肯する。
伝聞のみで予測判断するにはあまりに大きな災害だ。少しでも生の情報を集めておきたい。
もちろん、情報収集だけでこれからどう動くかは全く予測できない。
「……仮に、この国境付近の山に沿って進んでくるとすると……」
エリシアの指が地図の上を進む。
イヤな進路だった。
当たってほしくない予測だが、それでも為政者は最悪の事態を想定せねばならない。
指は山を撫でながら、やはり最悪の進路を取る。
山の頂きが途絶えた場所ーー
そこに独立都市テーゼがあった。
❖ ❖
【アルベルト視点】
「よくおいで下さった、アルベルト殿」
アミドニアの宰相コンラート・フォン・リーベラント侯爵との面会の場についた。
「この度は大変な時期にお時間をーー」
「ああ構いませぬ。お気になさらず。
正直、御前会議での陛下の苛立ちは相当なモノで…。
逆にこのような席の方が息抜きになりますわ」
「……そうですか……」
宰相が地図を広げ、テーブルの上に置く。
『はぐれ』の被害にあった地域が記されていた。
「ここの地域が被害にあった町と村です。
一報を聞いてすぐに軍を差し向けましたが、現地は瓦礫の山だったそうです」
「……生存者は……?」
「村ふたつ、町ひとつ、500人ほどいた住民のうち、生き残ったのは僅かに12名……、ほぼ全滅です」
思わず顔が歪む。
生存率2%とは……
あまりに甚大な被害だ。
「貴国を荒らした後、カーチスの村を襲ったのはご存知ですか?」
私の問いに宰相も苦々しく頷いた。
「承知しております。こうなると『はぐれ』の活動範囲が人の生活圏に及んでしまったと考えざるを得ません」
宰相の言葉とベンの言葉が重なる。
人にはもう逃げ場はない。
ただ去っていくのを待つだけ。
できる事はそれしかなかった。
「もう人智の及ぶ領域ではありません。
あとは女神様のお慈悲に縋るのみです」
別れ際に宰相はそう言って天を仰いだ。
❖ ❖
私はアミドニア王都から移動し、カーチスの『竜害』現場にいた。
「フリッツ王子殿下からの書状、確かに確認させていただきました。ようこそ、アルベルト様。
監視部隊の指揮官を拝命しております、ソロス・バーマンと申します」
ソロスから被害現場を教えてもらう。
「……なるほど……、あそこですね……」
監視所のテントは高台に設置されており、辺りを一望できる。
襲撃された村はやや遠いが、それでも被害の状況は視認できた。
まともに形を保っている建物はない。
やはり瓦礫の山だ。
「……人的被害はどの程度ですか……?」
ソロスが顔を歪めた。
「あの村で約120名、あちらの村で150名ほど、生存者は6名のみ……でした」
ここもか……
破壊の度合いが徹底している。
建物も、人も、全てを壊している。
だが一方で素通りした集落もいくつもあった。
襲われた集落の、何が気に入らなかったのか、あるいは何が気を引いてしまったのか。
運不運で語るにはあまりに大きすぎる結末だった。
「それからは姿を現していません。おそらくは向こうの山中にいると思われまーーあ、あれは?」
ソロスが山の中腹辺りを指差した。
黒い影のようなモノが飛行しているのが見える。
「……まさか……『はぐれ』……か?」
影が旋回しながら少しずつ大きくなっていく。
これは……近づいている……?
「は、『はぐれ』だ!『はぐれ』が接近中!
みんな!動くな!その場で伏せろ!
ア、アルベルト様、あなたも伏せて下さい。
決して動かれませんように」
私もソロスも、他の全員がその場に伏せた。
「ソロス殿……、近隣の集落は……?」
「全員避難しております、もう誰もおりません」
皆が息を殺し、上空を見上げている。
だんだん近づいて来るのがわかる。
影が輪郭を帯び、その体躯、形相が徐々に視認できるようになったきた。
赤黒い身体。
腕は細く小さい。
一方で太腿だけは太く逞しい。
体長は人間の7〜8倍の大きさか。
思ったほど大きくはなかった。
だが、その印象をすべて覆すほどに大きいのが翼だった。
身体の2倍はある翼。
それがはためくたびに、凶気が撒かれ、恐怖が降り、絶望が覆う。
監視所は、周囲に溶け込むように、木や木の葉で覆っている。
上から見下ろすだけでは判別できまい。
だが動いてしまったら……
ヤツの目に入ってしまったら……
あの集落と同じ末路を辿るだろう。
ヤツはまだ上空を旋回している。
何を探しているのか、何を求めているのか。
沈黙とともに時間が過ぎていく。
体感的にはひどく長い。
まだか……
まだここを去らないのか……
この絶望感……
この無力感……
これが『竜害』の植え付ける恐怖か……
その時、『はぐれ』が鳴き声を上げた。
耳に障る、イヤな鳴き声だ。
そして急に右に降下を始めた。
全員の視線が、その先へ向いた。
視線の先には平原が広がる。
川と畑と無人の道。
何もない。
……いや、その先……
その先に城壁が見える……
砦がある……?
「……な!あそこには生存者と、長距離の避難に耐えられない病人が!医療班も……!」
他の部隊員からも悲鳴が上がった。
影にしか見えなくなったソレは、城壁の中に姿を消し、同時に土埃が舞ったように見えた。
しかしそれも僅かの間だった。
三度四度土埃が舞い、城壁はすっかり覆われてしまって、もうここからでは何も確認できなくなっていた。
微かに、モノが崩れる音と地響きだけが伝わってきた。




