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第19話「託された想い」

   ーーー中央街道脇騎士団詰所ーーー


「……よかった……、よかったよ……たいしたことなくて……」


 嗚咽を上げるエヴァを、半身を起こしたシドが優しく抱きしめていた。

 あくまで仕草だけが優しげで、顔はいつも通りの強面。 

 それがシドを知る者たちにとっては、なぜかとてもうれしかった。


 他の団員たちも意識を取り戻した。


「大丈夫です、シドさんは全治1ヶ月といったところでしょう。ほかの方も軽傷です」


 医師の診断に、一瞬だけ安堵の空気が広がった。


 しかしまた、悲痛な声に消された。


「……団長は……あの場で……私たちを逃がす、ご自分の意地にかけて逃がすと……。 

 そしてベンさんも……

 お前らは『はぐれ』に灼硫液が効いた事を語る生き証人だ、逃げて皆に伝えろって……」


 ぐしぐしと泣きながらエリシアとアレクに報告するルナ。


「……では、現場にはあのふたりとベンも……」


 エリシアも深く納得した。

 あの気骨ある老人は、自身の意地と誇りを『はぐれ』への対抗に注ぎ込んでいた。

 それがこんな形でヤツへの有効策を導き出すとは……。


(まさに……執念……か……)


 アレクの後ろに並ぶ騎士団員たちを見る。

 アレクの傍らに控えているロッテが、凄まじい形相で歯ぎしりしている。

 他の騎士団員たちの焦躁もヒシヒシと伝わってくる。


 すぐにでも駆けつけたい。

 だが、団長の矜持を賭けた厳命。

 それを容易く破る事はできない。

 アレク以下、騎士団員たちは皆同じ気持ちだった。


 現地では白煙がまた昇り、重々しい地響きも聞こえた。

 

 緊迫感が高まる詰所に、不穏な知らせが届けられた。


「お姉ちゃん!」


 リンだ。

 マーサとアンナとメリッサも一緒だ。


「お姉ちゃん!ゴッヅのおじさんがいないの!」


「な……!ゴッヅもだと……!」


 アンナが狼狽えながら訴えてきた。


「そうなんだよ領主様。あのヒト、昨日からなんか落ち着きがなくってさ……。

 時々思い詰めたような顔で、監視塔の方を見つめてたりもしてて……」


 その時、ひときわ大きな地響きが詰所に届いた。

 アンナとメリッサの顔色が変わる。


「……まさか、父ちゃん……あそこに……」


 震えるメリッサ。

 アンナがよろめきながら、ギュッと抱きしめた。


「……大丈夫さ、メリッサ……。

 父ちゃんはバカだけど、身体だけは丈夫でさ……。足だって……速いん……」


 語尾が掠れるように消えた。

 代わりに嗚咽が聞こえる。


 エリシアにも、ゴッヅが考えなしに姿を消すとは思えなかった。


 ゴッヅは実直な男だ。

 ベンとゴッヅ、ふたりは旧知の仲。

 ベンの運送業としての意地。なにかをきっかけにそれを知ったゴッヅは粋に感じ、ふたりはーー


 あり得る!


 エリシアが自分の馬に向かおうとした。


「エ、エリシア様!」


 アレクが驚き、制止しようとする。


「私は領主として全員を避難させると言った!

 その誓いにかけて、ゴッヅとベンを連れ戻す!」


「……エリシア……様……」


「ゴッヅとベンを見つけて連れ戻す!

 必ず連れ帰ってくる!全員生き延びるんだ!」


 グッと拳を握り、エリシアは見つめた。

 アミドニア・カーチス入場門。


 アルベルト、ゼクス、そしてベンとゴッヅが、それぞれの覚悟をもって抗っているであろう、あの地を。


 その時、現場の方角から声が聞こえてきた。


 誰かが走ってくる。


 あれはーーー


「ゴッヅ!ベン!」


 ベンを背負ったゴッヅが大声を上げ、詰所に走り込んだ。


「すまねえ!みんな!心配かけちまったか!」


 ベンを背中から降ろしたゴッヅに、アンナとメリッサが駆け寄り、体当たりするように飛び込んできた。


「あ、あんた〜!!」

「父ちゃん〜!!」

「うわっ!かあちゃん!メリッサ!」


「なんて無茶するんだい!あたしらがどんだけ心配したことかーー」

「父ちゃん……無事でよかった……」


 泣きながら叱る妻と子に、ゴッヅは満足気な笑みを浮かべた。


「すまねえなぁ……心配させてよ……。

 でもよ……俺ぁ、あのじいさん、放っておくわけにゃいかなかったんだよ……」


 おいおいと泣く妻と子をがっちりと抱きしめ、ゴッヅがベンに目をやった。


 ベンは静かに目礼を返し、エリシアのもとに進み出る。


 そして深々と頭を下げた。


「……領主サン、ここまで心配かけて……今さらこんな事言えた立場じゃないんじゃがのぅ……。

 アルベルトとゼクス……。

 なんとかあのふたり……助けてやってくれんか……」


「……組合長……」


「ワシはな……、この生涯をかけて『物流』っちゅうモンを築き上げてきた……。

『はぐれ』にゃ絶対に手にできんシロモンよ。それがヤツの退治法を見つけ出したんじゃ……」


 顔は見えない。

 身体が震えている。

  

「ヤツに睨まれた時、言ってやったわ。

 ワシらの勝ちじゃ!ってな……」


 床にポタリと、雫が落ちた。


「あん時は……やり遂げた、全部さらけ出し切った……、ここで死んでも本望じゃ、そう思うとったよ……」


 ベンが顔を上げた。その目からは大粒の涙が溢れ出していた。


「じゃがな……、そのワシの想いを、ぜ〜んぶ掬い上げてくれたんは……あのふたりなんじゃ……」


 ベンがよろめきながらエリシアの手を取った。


「あのふたりがキッチリカタチにしてくれたんじゃぞ……。

 それなのに……ワシが生き残っても、あいつらが死んでしもうたら……」


 膝から崩れ落ちるベン。


「なにが本望じゃ……なにがやり遂げたじゃ……。

 こんな後悔抱えたまま余生を送るなんて……ワシャ耐えられんわい……」

 

 それでも縋りつくベンの姿。


「……なあ…、頼むわ……。

 助けてやって……くれ……、頼む……」


 それを見つめながら、エリシアは思う。


(……この人はそこまで……あのふたりの事を……)


 エリシアが刹那、天を仰いだ。


(そうだ……、言われるまでもないーー)

 

「もちろんです、あのふたりを失うなんて…

 私も耐えられない…」


「領主サン……」


 エリシアはガシッとベンの肩を掴んだ。


 そして、自分を鼓舞するように宣言した。


「助けます!あのふたりは必ず連れ帰ってきます!」


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