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第18話「亀裂」

 冷却粉が、『はぐれ』に、地に、バラバラと振り撒かれ、あたり一面が白煙に覆われた。


 身体中から白煙を吹き上げる『はぐれ』。

 それが二歩三歩、身を捩りながら後ずさった。


「しめた!」


 ゴッヅがベンに駆け寄る。


「ほれ、組合長!今のうちに逃げるぜ!」


 ゴッヅがヒョイっとベンを抱え上げ、猛ダッシュで螺旋階段を駆け降りた。


「こんバカモンが……!なんで来おった……!」


 ゴッヅの肩で、またいつもの憎まれ口を叩くベン。

 だが、どこか弱々しさを感じ、ゴッヅが苦笑交じりに返した。


 ゴッヅが数段まとめて飛び降りる。


 ダンッ!


「組合長、あんた昔!」 


 ダンッ!


「俺ら家族のためによ!」

「……お前ら家族?」


 ダンッ!


「自分が汚れ役引き受けてくれだろ!」

「………」


 ダンッ!


「あん時よぉ、あんた!」


 ダンッ!


「メリッサにうまくウソついてくれただろう!」

「……ああ……」


 ダンッ!


「俺ぁうれしかった……」


 呼吸を整える。


「正直俺もカカアも、メリッサになんて言えばいいか悩んでたんだよ……」


 ゴッヅがベンに顔を向けた。

 少しだけ、目が赤い。


 その目で螺旋階段の下方を睨んだ。


 ダッと階段を蹴る。


 ダンッ!

「でもあんたは!」

 ダンッ!

「ウソついて!」

 ダンッ!

「自分で泥かぶって!」

 ダンッ!

「メリッサの心を守ってくれた!」


「……ゴッヅ……」


 ゴッヅが踊り場でふうっとひと息つく。


「あんた言ってくれたよ。『純な子供がオトナの汚い謀なんぞ、知らんで済むならその方がいい。あの子のキレイな気持ちを大切にするんが、ワシら大人の役目じゃろ』ってよ」


 ガァァァーン!


 監視塔が揺れた。天井から粉塵がパラパラと落ちてきた。


「クソったれが!組合長、急ぐぜ!しっかり掴まってな!」


 ゴッヅが飛ぶように降り始めた。


「俺ぁ、カカアに内緒で来てんだ!

 ここにいるってバレたら、どエライ目に遭っちまうわ!!」


 螺旋階段をまた何段も飛ばし、ついには踊り場から踊り場に飛び降り始めた。


「あんたは!」

 ダンッ!

「メリッサの気持ちと一緒に!」

 ダン!

「俺ら夫婦の!」

 ダン!

「心も救ってくれたんだ!」

 ダンッ!

「そんな恩人を!」

 ダンッ!

「見て見ぬふりなんてよ!」


 ベンが、グッとゴッヅのシャツを握りしめた。  

 それは、階段を降りる衝撃に耐えるためだけではなかった。


「……こん……バカモン……が……」


 出口が見えた。


 ゴッヅがガッと出口に向かって階段を飛び降り、宙で大声で叫んだ。


「できるわけねえだろうがああぁぁ!!」


 叫び声が反響する螺旋階段。


 ダンッ!!


「っしゃあ!!」


 ふたりは、反響する叫びを置き去りにして、監視塔を飛び出していった。



       ❖   ❖



 アルベルトは、監視塔に向かう途中で、白煙の中からふたりが飛び出してくるのを目撃した。


「組合長!お、親父さん!?なぜここに!?」


 ゴッヅとベンの顔にホッと安堵の表情が浮かぶ。


「おう、補佐さん。このジイさん、昨日腰をイワしちまってなぁ。重いモン持つのはしんどいだろうと思って、駆けつけちまったってわけさ」


 それを聞いて担がれているベンが暴れ出す。


「な、何を言いよる!ワシのこの腰はなーー」


 ゴッヅは喚くベンに笑みを向けた後、真剣な表情でアルベルトに向き直った。


「すまねえ、補佐さん。勝手な事しちまった。

 俺ぁ、このままこのジイさん担いで逃げさせてもらうわ」


 アルベルトは静かに笑みを浮かべ、ゴッヅに一礼を返した。


「……はい、組合長を助けてくれて……ありがとうございました……」

「おう、補佐さんもよ、この隙に早く逃げな。

 なんかアイツ、スゲえ苦しがってたからよ、今のうちだぜ、じゃあな」


(ーー苦しがってるーー?)


 去り際のゴッヅの言葉。

 アルベルトは強い違和感を覚えた。

 冷却粉は確かにかなりの低温で物を冷やす。

 だから取り扱いには注意が必要だが、灼硫液ほどの破壊的な劇物ではないはず……。


(この違和感……いったい……)


『はぐれ』のもとに走り、慎重に距離を保つ。


 未だ白煙に包まれる『はぐれ』が、確かに苦しがっている。

 これまでとはまた異質な苦しみ方だ。


 おそらく遠目では、白煙に阻まれ、はっきりとは見えなかっただろう。


 だがーー

 この距離なら、見える。


 もともと赤黒かったウロコ。

 今は黒く変色している。


 ピシッーー


 白煙の中から、硬い何かが割れる音がした。


 ピシッ。


 ピシ、ピシッーー!


「……なんだ、この音は」


 黒く変色したウロコ。その表面を、白い筋が走っていく。

 一本だった筋が枝分かれし、隣のウロコへと伸びていく。


 あれはーーー


 亀裂かーー!?



 付着すると高温を発しながら

 物質を浸食する灼硫液ーー

 超低温で食品を保存する冷却粉ーー


 アルベルトの脳内で、このふたつがパズルのピースのように嵌まった。


 灼硫液に焼かれ、熱を帯びていたウロコ。

 そこへ冷却粉が浴びせられた。

 高温のウロコに超低温の冷却粉。

 この急激な温度差に耐えきれず、あの強固なウロコを内側から割ったのかーー。


(ウロコがーー脆くなっている!)


「ーーまさかこんな事がっ!」


 アルベルトがゼクスのもとに走り出した。


(組合長が用意したふたつの品!

 お互いは真逆と言っていい性質!

 だが、それがひとつになった時、誰も予想していなかった効果がーー!)


「騎士団長!!」


 ハアハアと息を切らすアルベルト。


「おお!ベンは無事だったようじゃの!

 ゴッヅに担がれて行くのがーー」

 

 ゼクスの言葉を遮るように、アルベルトがガシッとその肩を掴んだ。


「騎士団長!熱衝撃だ!

 灼硫液で焼けるように熱くなったウロコ、

 そこに超低温の冷却粉が付着した!」


 アルベルトが白煙の中の『はぐれ』をビシッと指差した。


「劇的な温度変化だ!

 それに耐えきれずヤツのウロコに亀裂が!

 ヤツのウロコはもう頑強な鎧じゃない!

 叩けば割れる石の壁だ!」


 ゼクスが驚愕の声を上げた。


「な、なんじゃと!!」


「騎士団長!千載一遇のチャンスです!!

 2番バリスタは、仰角を変えられないだけです!発射機構は生きている!

 射線に入りさえすればいい!

 ヤツにーーヤツにバリスタを撃ち込みましょう!!」



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