第17話「勝ち鬨」
監視塔からのベンの叫びに、団員たちが一斉に動いた。
(組合長……なぜあんなところに……
まさか最初から撤退の可能性を想定してーー
いや、あり得る。あれほど『はぐれ』に対抗心を燃やしていた。だからあらゆる事態をーー)
「アルベルト様!ありました!荷車置いてありました!」
ルナが路地から荷車を引いてきた。
(助かった!これでケガ人をまとめて運べる)
「急ぎケガ人を!積んだらすぐに避難してくれ!」
白煙がまだもうもうと立ち上っている。
今ならーー
「アルベルト様!収容完了しました!」
ルナが叫ぶ。
「よし!行ってくれ!」
「いえ!あなたもーー!団長もーー!」
食い下がるルナたちに、ゼクスが一喝した。
「心配すな!お前ら逃がすンが先じゃ!
さっさと行かんかい!」
躊躇するルナ。
しかしそれも一瞬だった。
2番バリスタ隊3名は、揃ってアルベルトたちに向かい合った。
3人はグッと胸を張る。
そして、ビシッときれいな敬礼をふたりに送った。
「よっしゃ!行ってくれ!」
だが、突然白煙がかき消されたように、視界が開けた。
いや、白煙が消えたわけではない。
風が吹いたように右側に流れて行ったのだ。
そして、またあの赤黒い巨躯が露わになった。
(……な!なぜだ!風……?いや、風なんてーー)
アルベルトの疑問に答えるかのように、『はぐれ』がまだほとんど損傷のない左翼を広げた。
「ッ……!翼かっ……!」
ーーー監視塔ーーー
「クソッ!もう消しおったか!」
ベンが監視塔左端で呻いた。
騎士団は避難できていない。
まだケガ人の収容を終えたところだ。
片翼は奪った。しかしもう一方の翼で白煙を消し去った。
優位に立ったと思った途端にひっくり返される。
まるでシーソーのよう。
(クソッ、もう一発カマさにゃならんかっ!)
ベンが樽に向かって走る。
だがその時、『はぐれ』の目がベンを捉えた。
自身に向けられた壮絶な殺気。
さしものベンも凍りつきそうな怖気に襲われた。
だがーー
それを振り切るように身を捩る。
ふんっ、とひとつ鼻息をついて、堂々と『はぐれ』に向き合った。
そして逆に『はぐれ』を睨みつけた。
「ふふ……、苛立っておるな……。
さもあろう……、これだけワシらに痛い目に遭わされたんじゃからな……」
ベンの身体から、あの怖気が消えた。
「ワシらはお前をここまで追い詰めた……。
あと一歩……、そう……あと一歩というところまでな……」
その目に僅かに悔いが浮かんだ。
「じゃが……、その最後の一歩を踏めなんだわ……。
そのしぶとさ……、さすが『竜害』と呼ばれるだけはある……」
しかし、その悔恨もすぐに霧散し、別な感情がありありと浮かび上がった。
ベンはギラリとした、太々しいまでの笑みを向けた。
「しかしのぉ、もうお前は終いじゃよ……」
❖ ❖
「……ベン……あのバカモンが……」
ゼクスとアルベルトが苦渋の表情を浮かべる。
「団長!組合長さんが……!」
「早く助けにーー!」
団員たちがゼクスとアルベルトにすがりついて訴えてくる。
「……くっ……」
助けには行きたい。
だが、距離があり過ぎる。
しかも監視塔の上までは螺旋階段だ。
ベンの元にたどり着くまでかなりの時間がいる。
少なくとも団員たちを向かわせるわけにはいかない。
揺れる彼らのもとに、またベンの叫びが轟いた。
❖ ❖
下から声が聞こえる。
ベンの身を案じる、アルベルトたちの声だ。
(……バカモンどもが……)
少しだけ照れくさげに目を伏せ、また大きく息を吸い込んだ。
「バカモーーン!!とっとと逃げんかい!お前ら!!」
そして、あらん限りの声で、アルベルトたちに想いの丈をぶつけた。
「ヤツには『灼硫液』が効く!!お前らがその生き証人なんじゃぞ!!
お前らがこの情報を持って帰って、皆に伝えんかい!!」
ズゥン。
監視塔が微かに揺れた。
『はぐれ』がまた一歩、塔へ近づく。
それでもベンは声を張り上げた。
「ヤツには『灼硫液』は効く!今回は量こそ足らんかったが、十分な量をぶっかけてやりゃ、今度こそヤれるってな!!」
ベンが拳を握りしめた。
高揚が身体中を駆け巡っていく。
「ワシらはこの情報をヒトに伝えられる!
ヒトからヒトに伝えられる!
どこの国にも『はぐれ』の退治法を伝えられる!
皆がこれを知れば、『はぐれ』なんぞ天災でもなんでもなくなるわ!!」
ズゥン!
また『はぐれ』が一歩近づいた。
ベンはそれを一瞥し、
拳を振り上げて叫んだ。
それはーーひとつの勝ち鬨にも聞こえた。
「ワシらのーーヒトとヒトとの繋がりの勝ちじゃ!!!」
暫しの静寂があった。
だが、それを破るように、ガラガラという音が聞こえた。
荷車が走っていくのを、ベンは確かに視界に捉えた。
ふう〜っと大きなため息をついた。
そして、うれしそうに微笑む。
(そうじゃ……それでいい……)
ベンがトンッと樽に腰を下ろした。
ジリジリと迫る『はぐれ』を見つめる。
「もういいわ……。ワシをどうにでもせいや。
じゃが、お前ももう『竜害』なんてたいそうな災厄ではおられんぞ。
これからは、お前はただのデカいトカゲよ、駆除すんのにチィッと手間がかかるだけのな」
下の方から自分を呼ぶ声が聞こえた。
(アルベルト……か、あのバカモンが……)
「来るなぁぁぁーー!!お前は生きて次に繋げるんじゃぁ!!」
怒鳴り声を上げ、そしてなぜかフッと笑いが漏れた。
(アルベルト……、お前さんのおかげじゃ……。
ワシが持ち込んだ灼硫液……、物流に賭けたワシの意地……。お前さんは全部掬い上げてくれた……)
地響きがまたひとつ、監視塔を僅かに揺らした。
『はぐれ』はもうそこまで来ていた。
(いい気分じゃ……。やれる事全部……思ってた事全部……さらけ出し切ったわい……)
また一歩、地響きとともに『はぐれ』が進む。
『はぐれ』の殺気がベンを襲った。
だがベンは、絡みつく殺気を弾き飛ばすかのように、ギッと『はぐれ』を睨みつけた。
そしてまた、太々しく笑った。
(ーー本望じゃ!!)
その気概に、ほんの一瞬だけ、『はぐれ』が止まったように見えた。
バァァン!
突然、出入口のドアが開け放たれ、ベンの身体が横に押し出された。
「組合長!どいてな!!」
それは陽光と重なり、影にしか見えなかった。
影は樽を掴み、両手で頭の上に掲げながら、『はぐれ』に向かって走り出した。
陽光がズレた。
影が実像を結ぶ。
ベンは見た。
ここに自分がいる事を知っているただひとりのーー
「……ゴッヅ!!」
「てやんでい!!テメエに食わせるパンなんざねえや!!」
ゴッヅはそう叫び、力任せに樽を『はぐれ』に投げつけた。
樽が宙を舞い、蓋が外れ、そこからこぼれ落ちる白い粉末が陽光を浴びてキラキラと光っていた。
樽はそのまま『はぐれ』の頭に当たり、箍が外れてその形を崩しながら、大量の白い粉を『はぐれ』の身体に撒き散らした。




