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第16話「最後の花束」

 撤退命令!


 ここまで!ここまで追い詰めて!

 それでも1歩及ばずかっ!


 誰もが無念さを噛み締めていた。

 唇を噛みながら『はぐれ』を睨みつける団員たち。


 その前にゼクスが立つ。

 大剣を抜き、高々と掲げ、そして地に突き刺した。


 ドンッ!


 大地がゼクスの気合いに震えたような気がした。


 そして振り向かず、静かに語り出す。


「お前ら、ようやってくれた。

 やれる事は全部やる。

 お前らはキッチリそれを守ってくれたわ。

 結果は……チィッとだけ残念じゃが、仕方あるまい。

 あとはわしの言うたこと、しっかり守ってくれや……」


「団長…」


「わしより後に退く事は許さん。

 わしより先に逝く事は許さん。

 明日、胸を張ってみんなに誇れ。

 覚えとろうが」


 そして、地に刺した己の剣に手を掛けた。


「お前らは逃がす。わしの意地にかけて逃がす。

 天下の『武神』サマが全力で挑むんじゃ、お前ら逃がすくらいの時間は余裕で作れるわい」


 ザッと音を立てて片手で剣を担いだ。

 いつものゼクスの戦闘態勢だ。


「お前らはみんなンとこで、おとなしくわしの帰りを待ってろ。

 しばらく待って、わしが堂々と凱旋する姿を目の当たりにせいや。

 長らく『武神』なんて呼ばれてきたが、今度は新しく『竜殺し』って呼ばれるようになるわ。

 どうじゃ、カッコエエじゃろ……」


 そんな軽口だが、その裏に悲壮なほどの覚悟がある事は、誰の目にも明らかだった。


「……そんな……」


「……シド……それを貸してくれ……」


 アルベルトがシドの前に進む。

 シドが抱える最後の花束。

 それをガシッと掴んだ。

 

「さすがに無手ではヤツに挑めないよ。

 これくらい使わしてくれ」


 だが、シドは離さない。

 あの怖い顔が更に厳しい形相になっている。


 明確な拒否。

 そして、自分も残るという強い意志表示。

 だが、それを認めるわけにはいかない。


「ダメだよ、君は民間人じゃーーー」


 その時、またあの尾が地を薙いだ。

 ドォォン!

 食糧の木箱が尾に弾かれ宙を舞う。

 だが、今回は飛来する木箱の勢いが違った。

 複数の木箱が形をある程度とどめ、かなりの質量とともにアルベルトたちに襲いかかった。


「!!!」


 とっさにシドが矢を手放し、アルベルトを横に押しやった。


「シドーー!」


 よろけながらも矢を抱え、シドの方に振り向く。

 手を伸ばした。

 だが、届かない。

 時間が進まない。

 まるで時間が引き伸ばされているような感覚だ。

 その時間の中で、あの無表情なヒゲ面の男が、アルベルトに向かって、ほんの僅かだがーーー微笑んだように見えた。


 シドが身体を丸めた。

 両腕で頭をガードしたのとほぼ同時に、木箱が唸りを上げてシドに激突した。


 バギャァッ!


 破砕音とともに木箱は砕け、シドも後方に吹き飛ばされた。


「シド!」

「シドさん!」

「シド!」


 地に伏すシド。

 助けに向かおうとする団員たちに、時間差で複数の木箱が振ってきた。


 ガシャーン!

 ガシャーン!


「グッ…!!」

「うわぁ!」


 1番バリスタ隊に被害が広がった。

 射手は肩に、補充担当は背中に、木箱が激しくぶつかり、ふたりともその場に倒れ込んだ。


「クソッ、わしがエエこと言ってる最中にジャマしくさって!」


 ゼクスが2番バリスタ隊に大声で指示を出す。


「お前ら!倒れてる連中連れて、早くここから逃げろや!まだヤツとの距離があるうちにのう!」


 アルベルトが最後の花束を持ち、その横に立った。


 ゼクスがジロリとアルベルトを睨む。


「そんなモン振り回せるんか、青二才」


 アルベルトは苦笑し、首を振った。


「ハハハ……とても無理です。こんなの振り回せやしない」


「だけどーー」

 グッと矢の矛先を『はぐれ』に向ける。


「ヤツの鼻先に突きつけるくらいはできます」


 そう、 

 ヤツに意思はないーーはずだった。

 怒りも、憎しみも、理由すらないーーはずだった。

 

 『はぐれ』にとって人間は、まるで取るに足らないどうでもいい存在だった。

 

 目についた時、空腹ならば食う。

 聞こえた時、届く場所なら踏み潰す。

 たまになにかを小煩く仕掛けてくるが、何の痛みも感じない。

 少し邪魔だから薙ぎ払う。


 ヒトが羽虫を払う程度の事だった。


 だが、今は違う。


 ヤツの生存本能が、我々を“敵“と認定した。


 これまで、侮り、歯牙にもかけなかった”小さき者ども”が、かつて味わった事のない苦痛を与えている。


 ヤツは怒りに煮えたぎっているように見える。


 ヤツがもし、その怒りに任せ、我々を自らの牙で噛み千切ろうと考えたならばーー


 その時、私の目の前に広がるのは

 無数の牙を付き従えた大きな顎

 だがそこはーーー

 粘膜に覆われたただの肉だ


 ゼクスがふんっ、と鼻を鳴らす。


「まあエエじゃろ、しっかり握っておれよ」


 そして後ろに目を向けた。


「どうじゃ?!、連中の塩梅は!?」


 倒れている3人に取りすがっているルナが叫んだ。


「ケガはしてますがーー大事には至らないと思われます!

 ただ、全員気絶しており、自力歩行はできません!

 私でも、3人抱えてとなると、撤退速度は格段に落ちます!」


 ゼクスがギリッと歯を食いしばった。


「いよいよ……、性根すえてかかるしかないのう……」


 バッと左手を広げ、全員に号令を掛けた。


「わしらがキッチリ時間を稼ぐ!お前らはできるだけ早く、ケガ人連れてってやってくれや!」


「はいっ!」


 その時、またあの尾が地を薙いだ。


 ガァァァーン!!


 近くの民家が一撃で崩壊した。

 瓦礫が飛散し、土煙が上がった。


「……クソッ!逃さないとでもいうつもりか!」


 土埃の向こうに『はぐれ』の目が光る。

 

 憤怒、憎しみ、苛立ち……


 これまで浮かんでいたそれに、嘲りが加わった気がした。


「……笑っている……?」


 そんなはずはない。

 ヤツに、人を嘲るような理性などない。

 それでもアルベルトには、そう見えた。


 アルベルトが悔しさで胸が焼けるようだった。


 あと一歩、あと一歩というところまで追い詰めた。

 それがヤツの底知れない生存本能に覆された。


 ズゥン!


 また『はぐれ』の足音が響いた。


 白い煙を全身に纏い、人智及ばぬ厄災と呼ばれた存在が、こちらに一歩近づいた事に、誰もが凄まじい怖気を覚えた。



 その時だった。



「お前らあぁぁぁ!!とっとと逃げろぉぉぉ!」


 上方から叫び声が響いた。


 どこだ!

 どこからーー!


「か、監視塔……?」


 アルベルトが監視塔を見上げた。


 監視塔から、なにか、そう、樽のような物が落とされたのが見えた。

 それはなにか白いモノを振り撒きながら『はぐれ』の前方に落ち、四散し、そして、爆発的に白煙を巻き起こした。


 辺りが真っ白な煙に覆われた。

 全く視界が利かない。


 だが、無臭だ。

 それに……冷気?

 空気が冷えたようにも感じる。


「こ、これは……アレか……?」


 “うまい食べ物を遠くに届けたい

 食材の鮮度をできるだけ保って 

 いろいろな人たちに食べてもらいたい”


 運送業者が、その望みを叶えようと長年研究し開発したーー


「……冷却粉…?!」


 監視塔のこちら側に、人影があるのが微かに見えた。


「なにやっとる!とっとと逃げんかい!!

 お前らのいる横の路地に、荷車置いてある!

 それにケガ人積んで、早く逃げろ!!」


 白煙が少しだけ揺らいだ。

 僅かに開けた視界に、小さな老人の姿があった。


「く、組合長……!!」

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