第14話「迎撃開始」
偵察員が螺旋階段を降りてくる。
「……あれが……『はぐれ』か……」
遠目とはいえ『はぐれ』を見た。
アレはヤバい……。
あの凶暴な雰囲気……。
未熟な自分でも、寒気がした。
団長とみんなは、アレと対決するのか……。
「……団長……」
塔の出入り口に立った偵察員が、『はぐれ』の飛ぶ方向を見上げる。
顔を歪め、タッと走り出した。
偵察員が立ち去った後、人影が誰にも見咎められず、塔に忍び込むように入って行った。
❖ ❖
バリスタの矢の装填が始まった。
ハンドルを回す音が響く。
最初の操作の時よりも速い。
これも訓練の賜物か。
「装填、完了!」
「よっしゃ、仰角よし!そのまま待機!」
装填が終わり、臨戦態勢になったあたりで、偵察員が駆け寄ってきた。
「おう、ご苦労じゃったな。あとは力仕事じゃ。
わしらに任せて、お前は皆ンとこに行けや」
偵察員は込み上げてくるモノを必死で堪えている。
「……団長……」
その背をバンッと叩き、不敵な笑みを示した。
「バカモン、わしを誰だと思っとる。
ほれ、トットと行け。
厳命したはずじゃぞ、わしより後に引くことは許さん、とな。
モタモタしとって、凱旋するわしに追い越されでもしたら、オドレに3年間厠掃除してもらうぞ」
偵察員は、グッと何かを飲み込み、ビシッと敬礼をして、避難所方面に走り出した。
アルベルトがゼクスを見る。
走り去る偵察員に注がれる、ゼクスの暖かい眼差し。
(……ふふ……まったくこの人は……)
ゼクスは、アルベルトの視線に気づいた。
照れ隠しのためか、小さくチッと舌打ちしたのが聞こえ、アルベルトはゼクスに見えないように苦笑した。
ゼクスがバリスタの前に立ち、団員たちに向き直る。
「おお、そのまま聞いてくれや。
ゆうべお前らに、力持ちを誇るか悔やむかは勝手にせいっちゅうたが、ありゃ撤回するわ」
団員たちの顔が引き締まった。
それを見て、ほんの僅かに笑みを浮かべる。
そして、グッと胸を張り、いつもの檄を放った。
「誇れ!!お前ら誇ってエエぞ!
わしが認める!
明日、胸張ってみんなに言うたれや!」
ゼクスが空を睨んだ。
黒い影が旋回しながら、少しずつ近づいてくるのが見える。
「今からわしらがやろうっちゅうのはなぁ、わしら人間サマの意地よ、気概よ、悪足掻きよ。
わしらが今やれる精一杯じゃ。
うまくいこうが、失敗しようが、んな事関係あるかい。
わしらは、やれる事は全部やった!
お前らはそれを、明日みんなの前で誇れ!!
必ず明日じゃ!!エエな!!」
「おう!!!」
突然、黒い影が旋回を止めた。
少しの間、空中にとどまりーー
そしてーー
アルベルトが、グッと拳を握りしめた。
「来ます!!」
黒い影が見る見るうちに大きくなり、その体躯を晒した。
「ご来場じゃ!花束贈呈用意!
地ベタに降臨なさったら、交互にお渡しせいや!」
ダンッ!!
ガラガラガラ…!
影が実像になって、門壁の上に舞い降りた。
赤黒い身体。
黒光りするウロコ。
大きな翼。
明らかにこちらを見ている。
「……コイツ……か」
団員から、恐怖を交えた声が漏れる。
稀にしか出現しない『はぐれ』。
体験した事のない、圧倒的な禍々しさ。
それが目の前にいる。
心身を鍛え上げられた騎士団員でも、ある意味当然なのかもしれない。
だがーー
「なぁんだ、ただのでっかいトカゲじゃないですか」
肩を回しながら、サラリとルナが言ってのけた。
「オンナの子にはヘビとかトカゲとか、苦手ってヒト結構いるけど、私は平気な方なんですよ。
あなたたちもオトコならあんなの平気ですよね」
ニンマリとした笑顔でみんなを見渡すルナ。
一気に皆の顔から恐怖が霧散した。
「とはいえ、平気だからスキって事ではないんです!
さあ!トットとどこかに消えてもらいましょう!」
「おう!」
全員が『はぐれ』を睨む。
また緊張感が高まる。
特に射手は一段と緊張していた。
矢は数が少ない。
しかも初弾は重要だ。
手の震えが明らかに見て取れた。
アルベルトが、ポンッと肩を叩く。
「落ち着いて。まだその時じゃない。
あの壁の上では当たらない。ヤツが飛んだら、それこそもう無理だ。
ヤツがアレに目をつけ、降りてきたらーーだ」
そう、門壁の前に、食糧を置いてある。
カーチスでの遭遇時、ヤツは逃げる人には目もくれず、ひたすら食糧を貪った。
今、ヤツが空腹なのかはわからない。
だが、照準を半固定したバリスタをヤツに当てるには、ヤツが地に降りている事が必須だ。
であれば、文字通りの“エサ“を撒く。
その”エサ”でヤツを地に降ろしーーー
ヤツはまだ壁の上からこちらを見ている。
だが、警戒感はさほど感じない。
”小さき者が何をしようと痛痒など感じぬ”
そう思っているのか。
忌々しい。
だがーー
本当にそう思っているのならーー
その時、『はぐれ』が一鳴きした。
ブワッと翼を広げ、外壁から離れ、入場門前の“エサ“の前に舞い降りた。
(来た!)
アルベルトが心の中で叫び、ゼクスを見る。
ゼクスはひとつ頷き、右手を高々と上げた。
射手をはじめ全員が、ゼクスの右手と『はぐれ』に注目する。
『はぐれ』はギロリと一団を一瞥した。
が、ほとんど興味を示さず、エサをむさぼり始めた。
ゼクスの顔が、ギッと引き締まった。
「撃てーーーー!!!」
声と同時に右手が振り下ろされ、その号令が射手を貫いた。
ガイイイン!!
金属音とともに放たれた矢が、空気の壁を切り裂き『はぐれ』に向かって飛ぶ。
『はぐれ』はそれを察知したのか、翼で身体を覆うように前面に広げた。
だが、それこそが騎士団の狙い通りだった。
パリーン!
壺の破砕音が響く。
矢は、広げられた右翼の皮膜のど真ん中に当たり、砕けた壺から液体が撒き散らされた。
「……ギ、ュァァァァァァーーーーッ!!」
竜が、初めて明確な「悲鳴」を上げた。
竜の喉から絞り出されたのは、金属をヤスリで削るような、不快で凄絶な咆哮だった。
飛散した液体が、竜の薄い翼の皮膜に触れた瞬間、猛烈な白煙が立ち上った。
じゅうじゅうと嫌な音を立て、皮膜は焼け爛れ、黒く変色し、ボロボロと崩れ落ちていく。
(やった!やはり効果はある!)
アルベルトが並ぶバリスタの矢の壺を見つめる。
(組合長……、あなたの想い、届きましたよ)
ベンが密かに持ち込んだ品。
それは「灼硫液」と呼ばれる強い酸だった。
主に鉱山で、鉱石から金属を取り出すために使われている。
民間では「鉄食いの水」として知られ、その危険性から、各国とも一定量を超える民間流通を禁じていた。
まず初撃で空を奪う。
次に脚、こちらまで来させない。
動きを封じれば『はぐれ』の脅威度は格段に下がる!
初撃は成功した!
次はーー
「おっしゃ!効いとるぞ!
2番バリスタ!第2射行け!
1番バリスタ!続けて3射目も準備せい!」
「おう!」
即時、第2射が撃たれた。
矢は空を裂き、今度は、竜の左前脚ーー人間の太ももなど比較にならないほど太く、強靭な筋肉の塊ーーを狙ったものだった。
しかしーー外した!
パリン、という音とともに、液体が『はぐれ』の脇腹あたりを濡らした。
ウロコから、シュウシュウと音を立て煙が上がる。
変色はしている。
しかし、ダメージは見て取れない。
「クソッ!外した!」
2番の射手の顔が歪んだ。
すかさずアルベルトが、射手に助言を与える。
「落ち着いて。ヤツは動く。その動きを正確に捉えるのは難しい。
だが、一時的にでも止まっていれば、やれる。
3射目がきっとヤツの動きを止める。
その隙をつくんだ」
”やれる”にこもった力。
射手の目に、また光が灯った。
「はいっ!」
「ガ、アァァッ! ガァァァッ!」
ウロコに阻まれて、翼に与えたような、見えるダメージは少ない。
だが、液体は隙間に容易に侵入する。
内部が酸に浸食されているのは間違いない。
回り込むように移動していた1番バリスタが、『はぐれ』の背から狙った。
第3射が放たれた。
唸りを立てて飛んだ矢は、『はぐれ』の右脚の僅かに横で破砕した。
意外な方向からの攻撃だったのだろうか。
『はぐれ』が、1番の方向に首の向きを変えようとした。
(ここだ!)
2番射手が、動きの止まった左脚に向けて、第4射を撃ち放った。
ブォンッ!
空気を切り裂き、矢が左脚の膝関節あたりを捉えた。
酸で濡れる左脚。白い煙が立ち上がる。
ウロコが黒く変色した。
ダメージは見た目ではよくはわからない。
だがーー
身体に僅かのグラつきが見て取れた。
「動きは確実に鈍くなっている!
効果はあるぞ!」
「よし!効いてるぞ!シドさん、次弾の装填を!」
シドがコクリと頷き、ハンドルに取り付く。
ガガガガガガッ!
見る見るうちに弦が引き絞られていく。
「こっちも負けてられません!矢持ってきて!
すぐに装填します!」
ルナが吠えた。
雰囲気は明るい。
だがーー
「まだ油断するな!ヤツは飛べなくなったが、動けなくなったわけじゃない!
距離を詰められないよう注意しろ!
こちらの手札はあと7つだ!
効果的に使うぞ!」
アルベルトが僅かに弛緩しそうになった空気を引き締めた。
そう、まだ終わってはいない。
ヤツから空は奪った。
初動の作戦は成功した。
だが、まだ、脚も、尾も、あの巨躯も、制圧はできていない。
「青二才の言う通りじゃ!
花束は限りがある、大切に使えや!」
ゼクスの檄に、また地が揺れた。
「おう!!」
アルベルトがゼクスの脇に進んだ。
「騎士団長、『灼硫液』は予想以上に効きました。
我々はヤツから空を奪った。
しかし同時にヤツを追い返す術も失った。
もう撃退では済まない。ここに居座らせるわけにもいかない。
ここで決めましょう!」
ゼクスが、ギッと『はぐれ』を睨む。
「おう、その通りじゃ」
ゼクスがそのまま団員たちに、腹の底からの声を上げた。
「ヤツは飛べん!撃退しよう思っとったが、もう追い返せんわ!
方針変更じゃ!一気に仕留めるぞ!!」
ゼクスとアルベルトがアイコンタクトをし、アルベルトが引き継いだ。
「我々の優位性は『距離』だ!
最大の脅威はあの尾だが、近づけなければ恐れる事はない!
まずは脚!ヤツの移動能力を削ぐ!
残り7本の矢のうち、3本を脚に集中!
そして残りをヤツのあの巨体に叩き込む!!」




