第12話「それぞれの覚悟」
翌日、市民の避難が開始された。
騎士団の誘導に従い、整然と市民が進む。
『予兆』発生での注意喚起から今日の避難まで、それなりの時間があった。
このためか、市民の表情に焦りや絶望はなかった。
避難は予定通り日が落ちる前に完了し、指揮官であるアレクはひとまず胸をなで下ろした。
(……団長……)
そして、昨夜のゼクスの訓令後の出来事を、繰り返し何度も思い出していた。
【アレク視点】
ーーー昨夜 騎士団庁舎ーーー
団長に呼ばれ、私は騎士団長室に向かっていた。
歩きながら、先ほどの団長の檄を何度も思い出し、その度に感銘を受けていた。
アレは……団長にしか言えない。
あんな豪胆な檄は飛ばせない。
今思い出しても身震いするほどだ。
幾度も幾度もそんな想いを噛み締めて、騎士団長室のドアを開けた。
部屋に入ると、団長がソファで一杯やっていた。
「おお、来たか来たか、ここに座れや」
テーブルの上にはにごり酒と僅かな干し肉。
素っ気ないほどの質素さ。
(団長らしい……)
なぜかそう思ってしまう。
「……どうじゃ、ん……?」
「……じゃあ、一杯だけ……」
注がれたにごり酒をクイッと飲み干す。
少しだけ赤ら顔の団長が笑みを浮かべた。
「お前はもうちっと洒落た酒が好みじゃったの」
確かに好みーーとは言い難いが、
「……いえ、これはこれで……美味ですよ」
そんな私をフンッと鼻で笑う。
「ウソ言うな、こんな安酒、お前の口に合うわけなかろうが」
ハハハ……、お見通しか……。
そう、もう団長とは30年の付き合いになる。
16歳になった時、私は騎士団に入団した。
あの時、団長は既に団長だった。
今も団長のままだ。
役も、実力も、為人も、あの頃のままだ。
私は、この人の背中を追って、少しでも、少しずつでも近づいて、いつか肩をーー
そう思い続けてきた。
地位は近づいた。騎士団のNo.2、副団長に就けた。
力もそれなりに近づけた…と自負はある。
『流刃』の二つ名はそれなりに知られている。
だが、あの豪放さ、度量の広さ。
こういう点は絶対に及ばない。
今日、改めて痛感した。
だからこそ、あなたは我々のーー
今夜は団長も珍しく酒が進んでいる。
暫しの談笑。
しばらくして、赤ら顔が問いかけてきた。
「……アレク……、お前から見て……連中のデキはどうじゃ……?」
問われて、私は瞼を閉じた。
少しの思案の時間。
そして答えた。
たぶん、私は笑っていただろう。
「はい、まだまだ……青臭い……、そう……青臭い連中ばかりです……。
歳になっても関係なく……、入団の日に胸に刻んだ誓い……、市民を守るという誓いを、青臭く抱き続けています」
団長もフッと笑い、
「……そうか……」
とだけ返した。
また談笑の間。
だが、やはり気になるのは明日の避難と、その後の『はぐれ』への対処だ。
「……団長……」
これだけは聞いておかなければ……。
真剣な表情で団長に問いかけた。
「もしバリスタが……ヤツに効かなかったら……どうされるおつもりですか……?」
団長の手のコップがピクリとした。
酒をじっと見つめる。
「……決まっておろうが……」
クイッとそれを飲み干し、トンッとテーブルに置いた。
「全員逃がすわ……、わしの意地にかけてのぉ」
“わしの意地にかけて“
騎士団長として、『武神』として、ゼクスという漢の矜持として、か……。
団長はそう言って立ち上がり、執務机の引き出しを弄り出した。
突然、団長が聞いてきた。
「……お前……46……じゃったか……?」
「……え……?」
ガサゴソ引き出しを探りながら、また聞いてきた。
「お前の歳じゃよ、確か46だと思っとったが……」
はあ……、なんだいきなり……。
「……いえ……、先週47になりましたが……」
「おお、そうか、お、これじゃこれじゃ……」
戻って来た団長の手に、1本のワインボトルがあった。
イヤな感じがした。
「……団長……?」
団長がボトルのラベルを眺めながら、なんでもない事のように返してきた。
「おう、プレゼントじゃ。ナントカっちゅう銘柄の46年物のワイン。お前の生まれた年に作られた酒じゃ。1週間違うたようじゃが、まあそこは誤差っちゅう事で勘弁せいや」
「……な……!」
私の背中に、さっきのイヤな感じが寒気となって一気に走った。
団長が部下に誕生年のワインを贈る。
これは、騎士団に長く継承されてきた慣習。
団長による引退表明と後任者指名だった。
「……だ……団……」
団長は私の狼狽ぶりを、一切気にしていなかった。
「避難誘導、市民の世話、警護、お前に全部任せときゃ安心じゃ。しっかり果たしてくれ……。
ーーそん代わりのぉ……」
ゼクスがギロッと睨んだ。
「わしの加勢に来る事だけは、絶対に許さん」
そしてスッと立ち上がり、ワインボトルを私の胸に放った。
「さっきの連中の顔見たじゃろ……。
ひよっこばっかじゃ思うとったが……、なんのなんの、立派になりよったわい……」
ウンウンと頷き、ワインボトルを抱える私をジッと見つめる。
そして……、少しだけ淋しげに笑った。
「今度はお前がアイツら引っ張っていけや。
わしは、連れてった団員は全員逃がす。
命に懸けても逃がす。
そうすりゃコレまで通りの騎士団のままじゃ」
「だ、団長……!」
思わず立ち上がった。
「……なんじゃい……」
素っ気ない返事……。
でも少しだけ口調に影がある。
どこかに後ろめたさがあるのだろうか。
了承なんてできるはずがない……!
断固拒否せねば……!
だが……
私の口からはーーー
あまりに弱々しい返ししか出て来なかった。
「……それじゃ……ひとり……足らないじゃ……ないですか……」
団長はこちらを見ない。いや、見れなかったのかもしれない。
「……まあ、そこは誤差っちゅう事で、勘弁せいや……」
そう言って部屋から出て行った。
廊下に飛び出した。
いつも追いかけていたあの大きな背中が見える。
いつまで経っても追いつけない、あの大きな背中が。
❖ ❖
リンはマーサとともに指定された避難所にいた。
快適には程遠いが、苦痛に感じる事もない。
周りの市民たちも落ち着いており、悲壮感はなかった。
夕闇が迫る頃、エリシアが馬に乗ってやって来た。
「お姉ちゃん!」
「リン、マーサ!」
馬から降りたエリシアにリンが尋ねた。
「お姉ちゃん、今どこにいるの?」
「ああ、私はな、中央街道脇の騎士団詰所にいる。そこを本部としてな、避難中のみんなの生活をバックアップするんだ」
リンが心配そうに聞いてきた。
「……『はぐれ』は来る……の……?」
エリシアの顔が少し歪む。
言うべきか、言わないべきか、決めかねている顔。
ややあって、状況を語り始めた。
「……来る……。最終警戒ラインを越えて、こちらに向かって来ているのは間違いない。
今の状況では、明日の昼頃にこの街の周辺に到達するだろう。
ただ、森のなかでジッとしていれば心配ないからな」
リンが袖に縋り付いた。
「……お姉ちゃん、……ホサは……?
……ゼクスじいじは……?」
「ああ、アイツらなら運送業組合の倉庫で別なお仕事してるぞ。ほら、みんなにいろいろ配らなくちゃならんだろう」
エリシアは明るく笑おうとしたが、やはりどうしても顔が歪んでしまう。
それを見て、涙目のリンが核心を突いてきた。
「……ホサも……ゼクスじいじも……
……危ない事……するんでしょ……」
エリシアがビクッと強張った。
マーサは目頭を押さえている。
否定できない。
リンはもう確信している。
ここでどうおためごかしをしても、リンをごまかす事はできないだろう。
コクリと、エリシアが肯定の意を示す。
「……アルベルトとゼクスは……いろいろと……
準備をしている……。
『はぐれ』をなんとか追い返せないかとな……」
「……やっぱり……」
「……『はぐれ』に勝つ必要はないんだ……。
ヤツが来たら……追い返す……。
なんかイヤな思いをさせて……ヤツがイヤんなって……どっかに行ってくれれば……
それだけでいいんだ……」
リンが歯を食いしばる。
漏れる声は弱々しく震えた。
「……『はぐれ』が……逃げなかったら……?」
「……アイツらが逃げる。一目散に……な……」
「……で……でも……!」
「……大丈夫だ!」
大声を立てそうになったリンを、ガシッと抱きしめた。
自分からも溢れ出しそうな不安。
それをなんとか繋ぎ止める。
「……アイツらのバケモノ振りは……リンも知ってるだろ……。
……ゼクスが言ってた……。
天下の『武神』サマがトカゲなんぞに負けるかってさ……。
アルベルトもそうだ……。
あんなになんでも見透せるヤツだぞ……。
逃げる方法なんて、もういくつも考えてる。
きっとさ……どれ選ぶか困ってるよ……」
抱きしめるエリシアの胸のなかで、ウンウンと頷くリン。
「……そうだね……そうだよね……」
ふたりとも泣かなかった。
互いの体温と心情を確かめ合う事で、湧き上がる不安を必死でねじ伏せようと抗っていた。




