第11話「ベンとゴッヅ」
「お〜し、コイツで頼まれてたパンは全部納めたぜ。じゃあ、あとはよろしく頼まぁ!」
ゴッヅは運送業組合に注文分のパンを届け、大きく伸びをうった。
これで避難所向けのパンは全て納入した。
日持ちのするパンを揃えはしたが、やはり、なるべく新しい状態で納入したい。
だから日数をギリギリまで計算し、予定数の最終分を今日焼き上げ、納入したのだ。
大仕事ではあったが、こうして終わってしまえば残るのは達成感だけだ。気分良く帰れる。
組合倉庫は一時の混乱にも似た繁忙振りが一段落し、最後の食糧搬出が始まっている。
ジャマにならないように少し離れた倉庫前に置いた荷車に向かう途中、何やらうめき声のようなものが聞こえてきた。
「……なんだ……?」
声が漏れ聞こえる場所。
倉庫には違いないが、空気がヒヤッと冷たい。
声は…その奥の方からだ。
「……ちょいとゴメンよ、誰かいんのかい?」
多少遠慮気味にではあるが、奥から聞こえる声の主を確かめようと中を覗くと、
そこにはーーー
腰をイワしてしまったらしく、うめきながら樽を抱え、立ち往生しているベンの姿があった。
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「……組合長、何やってんでぃ……」
「……おおゴッヅか……。良う来てくれた……。
……いや、私用でこの樽をな……ちょいと運び出そうと抱えたら……な……」
「……腰……イワしちまったンかい……」
「……バ、バカ言うな……、この腰はな……長年磨き上げた……ワシの最大の武器なんじゃぞ。
これでどんだけの女を泣かし……ヴッ……!」
「……全く、何をどう磨き上げたんだか……」
そう言いながら、ベンの身体を軽々と抱え上げた。
ブリッ……
持ち上げられた勢いで、関節が鳴る音とともに腰の辺りが伸ばされた。
トン、と降ろされると、なんとなく痛みが消えている。
「……およ……」
「大丈夫かい……?、今日はもうムリしねえほうがイイぞ、腰は結構クセになるっていうからな」
そう言いながら、ベンが抱えていた樽をヒョイと持ち上げた。
「コイツはどこへ運ぶんだい?」
「……え……?」
「おいおい、え?じゃねえよ。コイツ運ぼうとしてて腰イワしたんだろ。どこへ持ってきゃいいんだい?」
ベンは少し戸惑い気味に視線をあちこちさせていたが、それでも意を決したようにゴッヅに向き合った。
「ああ、スマンな、じゃあその辺の荷車に積み込んでーー」
だが、普段は置いてあるべき荷車はそこにはない。
「おいおい……、忘れたんか?
今は最後の食糧搬出真っ最中だぜ。
全部出払ってるに決まってるじゃねえかよ。
私用に回せる余裕なんてねえだろ」
「……しもおた……」
ガックリと肩を落とすベン。
その様子に僅かに苦笑し、ゴッヅがベンの肩を叩いた。
「組合長、俺はあとは帰るだけだ。
付き合ってやるぜ」
「……え?、い、いや、そういうわけには……」
「な〜に言ってんだぁ、ひとりでその樽抱えて運ぶつもりかい?
やめとけやめとけ、また腰にクるに決まってらぁ。
それに、腰痛めたあんたを知らんぷりして、俺だけ帰ってきたなんてカカアに知れてみろ、どんなにドヤされるかわかったもんじゃねえや。
ほれ、俺の荷車がある。積んでってやるよ」
それだけ言うと、ゴッヅはふたつの樽を抱え、さっさと歩きはじめた。
ベンはまだ逡巡していたが、それでもゴッヅのあとを追った。
❖
樽を荷車に乗せ、振り返ったゴッヅが尋ねた。
「全く無茶しねえでくれよ。で、コイツをどこに運べばいいんだい?」
しかしベンの反応は芳しくない。
何やら躊躇しているようだ。
「なんでい、なんでい。らしくねえぜ、組合長。
ほれ、チャッチャと運んじまおうぜ。
場所はどこだい?」
ベンの煮え切らない態度に、ゴッヅは何かを察した風に、少しイジワルな顔をベンに向けた。
「ははあ〜ん、またオンナのとこかぁ。
お盛んなこった、俺はカカアだけで手一杯だってのにな。
わかったよ、あんたは道案内だけしてくれりゃいい。それについてくわ」
そう言ってゴッヅが荷車を引き始めた。
ベンは、ガラガラと進む荷車を少しの間眺めていたが、キッと眼光を強め、ゴッヅの後に続いた。
❖ ❖
荷車を進めながら、ゴッヅは違和感を深めていった。
案内らしき案内はない。
大通りを進んで行ってくれ、ただそれだけ。
進むに連れて、ベンの顔が徐々に厳しさを増していくのがわかった。
その眼力の険しさはただ事ではなかった。
そして到着した場所ーー
そこはーーー
アミドニア・カーチス入場門の監視塔だった。
明日『はぐれ』が来るならここからーーと言われているアミドニア・カーチス入場門……。
「……組合長……あんたーー」
「ゴッヅ!」
ベンがゴッヅの言葉を遮るように、バッと手を翳した。
「ナンも言うな……ナンも聞くな……、頼むわ……」
ベンの様子は尋常ではない。
それはゴッヅにもわかった。
だが、あの豪放で武骨な老人が、あの厳しい目で上を見上げている。
であれば……
ひとつ、フンッと鼻息をする。
「おう、わかった。で、コイツを搬入すりゃいいんだな」
そう言うと、ガッと樽を抱えた。
「ゴッヅ……」
「あんたがそんな目で上見てんだ。終点はあそこだろ。ここまで来たんだ、最後まで付き合うよ」
❖ ❖
アミドニア・カーチス入場門監視塔。
「……あんた……この樽、ホントにひとりで運び込むつもりだったンかい……?」
ゴッヅが樽をふたつ抱え、ようやく階段を登りきった。
樽ふたつ抱える事自体は、ゴッヅにはさほど苦ではない。
だが、抱えながらこの階段を登るというのは別だ。
螺旋になっているとはいえ、かなりの段数がある。正直難行だった。
ベンであれば樽ひとつでも相当難儀な作業だったはずだ。
塔の見張り台にドカッと樽を置き、ふぅ~と大きなため息を吐く。
ゴッヅには初めて登った場所だった。
相当高い。
周りを一望できる。
「……スマンかったな、お前だけに任してしもうて……」
ベンが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、そりゃ別に構わねえんだ……。
……だがよ……」
ポンと樽を軽く叩き、ゴッヅをジロリと見た。
「ここまで付き合ったんだ……。
コイツを何に使うかは……やっぱあんたの口から聞かせてもらいてえな。
まあ……大方想像はつくがよ……」
「……ゴッヅ……それは……」
言い淀むベン。
そこにゴッヅが詰め寄った。
「らしくねえ!らしくねえぜ、組合長!
あんた、もっと開けっぴろげな人だったはずだぜ!
ほれ、言ってみなよ!
ワシャここで『はぐれ』を迎え討つつもりじゃってよ!」
「ゴッヅ……」
「避難場所とは真逆のここに、避難の前の日になんか仕込むってなりゃ、誰だってわかるさ……」
ゴッヅが憂いを含む視線を送る。
「……あんた……ひとりでヤるつもりかい?」
ベンの瞳に再び火が灯った。
そこまで見抜かれては、もう遠慮も気兼ねもする必要はない。
「……そうじゃ……。『はぐれ』はおそらくこの監視塔の正面から来おるじゃろう。
騎士団もそう想定して準備しとるわ」
やや驚くゴッヅ。
避難するだけではなかったのか。
「……騎士団が……迎え討つ……?」
ベンが頷く。
「一般にゃ伏せてるが、騎士団はバリスタを調達してな。その矢にワシが仕入れたある物を仕込んで、ヤツにカマす手筈じゃ」
ゴッヅが、ゴクリと喉を鳴らした。
「……そいつは……ヤツに効くと……?」
ベンは首を振る。
「わからん……。これはやってみにゃわからん話じゃ。
じゃが……、ワシは効くと思おちょる。
ワシが持ち込んだ品物は、矢とか石とか、そういう力での"衝撃"とは一味違うからの。
それで撃退できりゃ、ワシの出番はなしじゃ。それはそれでめでたいわい。
じゃが、そんでもヤツが逃げ出さなんだら…コイツをお見舞いしようと思っちょる」
「……そいつは……?」
「……コイツはな……」
ベンが樽を軽く叩く。
「コイツは、ワシら運送業者の長年の望みの結晶じゃ。
うまい食い物を新鮮なままで、みんなに届けてやりたいっちゅうな」
「……組合長……」
「……たぶん、コイツではそんなに効きやせんじゃろ……。
じゃが……、バリスタが通用せんかったら、騎士団はもう手詰まりになる」
ベンの手が震える。
「ワシが持ち込んだ品物じゃぞ。
それ使おてワシらを守ろうとしてくれとる騎士団をほっぽっとくなんて不義理、ワシャできんわい……」
そして、何かを堪えるように大きく息を吸い込んだ。
「じゃったら……せめて……騎士団が逃げられるだけの隙くらい作ってやらんとな……」
「これ使えば……逃げられんのかい……?」
ベンがまた、ポンと樽を叩いた。
「ああ、たぶん大丈夫じゃ。コイツの扱いにゃ、最初はだいぶ苦労させられたモンよ」
ベンがゴッヅに笑いかけた。
「コイツはな、先人たちが見つけて、試行錯誤して、磨き上げて、そんでワシらに語り継いできた。使い方も効果も、よう知っとるわ」
ゴッヅには、その笑顔が、悲壮感を無理やりねじ伏せながら、必死に活路を見出そうと抗う漢の笑みに見えた。
「……あんたは……逃げられんのかよ……?」
ゴッヅの目が赤い。
ベンはそれをワザと見てない振りをして、また明るく笑いを浮かべた。
「当たり前じゃ、とっとと逃げるわい。
ワシャ、こう見えても高いトコは大の苦手なんじゃぞ。今だって、できりゃすぐに降りたいくらいじゃ」
ベンがゴッヅの肩をポンと叩いた。
「まあ、そういうわけで、この事は誰にも言わんでくれ。特にアルベルトやゼクスに知られると、いろいろと面倒なんでな」
ゴッヅは声を少し詰まらせたが、それでもグッと堪え、笑って返した。
「……ああ、言わねえよ……。
この秘め事、あんたの漢気と一緒に飲み込ませてもらうわ……」
ベンが満足そうに大きく頷いた。
「……ありがとよ……」
ゴッヅと連れ立って階段に向かう。
ベンが並ぶ樽をチラリと見た。
ゴッヅは知らんぷりをする。
その背中を、ただ黙って追い掛けた。




