第10話「ゼクス」
伝書鳩を使って届けられた凶報。
それは、『はぐれ』が不規則に近くの集落を襲いながら、テーゼに向かって進んでいるという内容だった。
このままだと、早ければ明日の深夜から明後日の明け方に、テーゼに到達する恐れがある。
「クソッ!やはり来るか!」
エリシアは苛立ち、テーブルをダンッと叩いた。
しかしすぐに気を取り直し、ゼクスに避難場所の整備状況を確認する。
「ゼクス、避難所設営はどうなっている?」
「寝具、水はいずれも予定量搬入完了。食糧は日持ちの問題があるで今日で搬入完了予定じゃ。さすがはベン、ようやってくれたわ」
「そうか!間にあわせてくれたか!」
エリシアが対策本部全体に号令を掛けた。
「市中に伝達!明日10時、市民は騎士団の誘導のもと、割り振られた避難所に移動を開始する。
午後には避難を完了させてくれ」
「了解!!」
緊張感が張り詰めつつも、市民の避難の時間的目処が立った事で、悲壮感はなかった。
司令部の喧騒を後にし、廊下でゼクスがエリシアの肩をポンと叩いた。
「……お嬢、なんとかなりそうじゃな……」
「……ああ、本当によかった……」
ひとつ大きなため息をつく。
これまでの溜まりに溜まった不安と焦燥が一気に流れ出てきたようだ。
「それじゃ、お嬢は早めに避難所に行ってくれ。
マーサやリンと一緒にの。
わしは団員何人かと残って、バリスタでお客サン出迎えにゃならんでな」
ゼクスの言葉に、エリシアは目を丸くした。
「いや待て、こうなったら私も残るよ。
領主として皆の避難は完了できる。
であれば……私も……」
だがゼクスはこれに是とは言わない。
「なにを言うとる。お嬢は先に避難しとって、わしらを安心させてくれや。
青二才から昨日諭されたんじゃろ、お嬢はこのテーゼの象徴じゃと。
アイツは相変わらず良い点を突いてきよる。
その通り、この街を体現するんはお嬢じゃ。
あんたにゃ生き延びてもらうわ」
「ゼクス……」
「わしが、なんで騎士団員なんぞになったか……
お嬢……わかるか……?」
突然の問いかけ。
エリシアには答えが出ない。
「わしはな……、ちっこい頃に身内を亡くしての。突然ひとりぼっちにされた。
もう、どうしていいか、なんもわからんかったわい。
そんな時に手を差し伸べてくれたんが、お嬢のジイさまと街のみんなじゃ。
みんな優しゅうてなぁ。
そんで、みんな口々に言うんじゃよ。
『子供は守るもんなんだよ』ってのぉ。
そん時決めたんじゃ、そんならわしはこの街の人たちを守るっての」
ゼクスがエリシアの肩を掴んだ。
「わしは別にこの地べたを守りたいんじゃないぞ。場所なんてどうでもエエわい。
わしゃな、人を守るために騎士団に入ったんじゃ。この街の人たちのその暖かさをな。
ココぶっ壊れたらまた造りゃいい。
なんなら別の場所でもエエわ。
そんで、またこの街の人たちと住みゃいい。
あんたがそれ引っ張ってくれい。
あんたと街の人たちが住む場所、つまりはそこがわしらン街、テーゼじゃ」
「ゼクス……」
エリシアの眼差しに、少し照れたようにゼクスがプイッと横を向く。
「……とか……こんな恥ずかしい話させんでも、お嬢にゃわかっとろうが。
わしの気持ちも……青二才の気持ちも……のぉ……」
エリシアが泣き出した。
顔をクシャクシャにして、子供のような泣き顔。
エッエッと泣くエリシアの頭をポンポンと叩く。
「バカモン、泣くんじゃないわ、ほれ、誰かに見られたら、みんな不安がるじゃろ」
「……だって……だって……」
ゼクスがしみじみと語りかけた。
「こうして見ると、まだまだ16歳の娘っ子じゃのう……。
最近はあまりに立派に見えておったんで、忘れてしまってたわい」
「……ゼクス……」
「お嬢の歩みは間違っちゃおらんぞ。
そのまま真っすぐ歩んでくれや……」
「……ゼクス〜……」
「……心配すんな、大丈夫じゃ、天下の『武神』サマがトカゲなんぞに負けるわけなかろうが。
じゃから安心して避難してくれ」
そう言ってスッと出口に向かう。
「わしゃ、これから騎士団本部で、最後の割り振りしてくるわ。そんじゃな」
手を振るゼクスの、その大きい手、大きな背中を見送りながら、エリシアの涙はまだ止まらなかった。
❖ ❖
ーーー騎士団本部ーーー
「それでは、今説明した通りの配置で、明日の避難誘導を行う。
尚、市民の避難が完了後も、当該避難所周辺の警戒を続けるので留意するように。以上」
アレクの避難誘導に関する指示が終わり、ゼクスが壇上に立った。
「みんなわかっとろうが、わしらの任務は市民の避難、これが最優先事項じゃ。
そんで市民全員が無事に避難が完了したら、避難場所では、みんなが少しでも安心して過ごせるよう配慮してやってくれや。
困り事があったらアレクに相談せい、コイツなら涼しい顔でさばいてくれるわ」
ここで一旦言葉を切る。
目に覚悟が宿る。
「バリスタ隊に指名されたモンは…、悪いがわしと居残りじゃ。自分が力持ちだった事を誇るか悔やむかは各自好きにしたらエエ。
じゃが……ひとつだけ命令……いや……厳命しとくで、よ〜く聞いとけや」
ビシッと団員たちの姿勢が整う。
一同を眺めるゼクス。
少し穏やかな笑みが浮かんだ。
(……皆エエ顔しとる……
そうじゃ……、それでこそ……わしの……)
何かを噛み締めるような刹那の時。
そして、『武神』はグッと胸を張った。
大きく息を吸い込む。
そこから発せられたあらん限りの声は、言葉以上の記憶として、団員たちの脳裏と身体に、深く深く刻み込まれた。
「誰一人として、わしより後に退く事は許さん!
誰一人として、わしより早く逝く事は許さん!
いいな!絶対命令!厳命じゃ!
お前ら!命懸けで守れや!」




