第三十六話
闇だけが広がっていた。
上も下も分からない。
足元すら見えないほど深い闇。
「ここは......」
俺は辺りを見渡す。
音もない。
風も吹かない。
時間さえ止まっているような、不気味な空間だった。
その時だった。
再び、あの白い花びらが静かに俺の目の前へ舞い降りる。
ーーアルケア。
そう思った瞬間だった。
花びらが淡く光を放ち始める。
最初は小さな光だったが、その輝きは少しずつ強くなり、闇を照らしていく。
「これは......」
やがて花びらは空中で静かに止まった。
すると、その光が一本線となって前へ伸びていく。
光は次第に幅を広げ、まるで橋のような形になった。
白く輝く、美しい道。
闇の奥へと真っ直ぐ続いている。
「橋......」
その時だった。
橋の向こう側から、小さな光が一つ現れた。
人の形をしている。
「あれは......」
近付くにつれ、その姿がはっきりと見えてきた。
「父さん!」
そこには間違いなく、レオニスの姿があった。
レオニスは俺を見ると驚いたように目を見開く。
「ミナト!」
俺は思わず笑みを浮かべる。
「良かった」
「その橋を渡れば、元の世界へ戻れます」
レオニスは静かに橋を見つめると、小さく頷いた。
そして俺へ向き直る。
「......本当に、ありがとう」
その一言だけを残し、白い橋へ足を踏み出した。
次の瞬間。
レオニスの身体は柔らかな光に包まれ、そのまま橋の向こう側へ吸い込まれていく。
「よし......」
俺は小さく息を吐いた。
すると今度は。
一つ。
また一つ。
闇の中から光が現れ始める。
それは歪みに囚われた人々の意識だった。
皆、不安そうに辺りを見回している。
俺は一人ひとりへ声を掛けた。
「安心してください!」
「もう大丈夫です!」
「その橋を渡れば、元の世界へ戻れます!」
俺の言葉を聞いた人々は、恐る恐る橋を渡り始める。
橋へ足を踏み入れるたび、その身体は優しい光に包まれ、静かに消えていく。
その光景はまるで、夜空へ昇る流れ星のようだった。
どれほど時間が経っただろう。
最後の一人が橋を渡り終え、闇の中には俺だけが残っていた。
「これで......全員か」
そう呟いた、その時だった。
白い橋が大きく揺れる。
「......っ!」
花びらの光が急速に弱まっていく。
橋の先から、少しずつ光が崩れ始めていた。
「もう......時間か」
思わず小さく笑う。
「最後に......みんなの姿、見たかったな」
胸の奥に寂しさが込み上げる。
それでも後悔はなかった。
守りたかった人たちは、もう帰ることができたのだから。
俺は静かに目を閉じる。
「......やらないと」
両手を胸の前で組み、祈りを捧げた。
みんなが無事でありますように。
二つの世界が、もう二度と歪みに苦しまないように。
その願いに応えるように、俺の身体から眩い光が溢れだす。
光は闇を押し広げ、この空間全体を静かに照らしていく。
果ての見えなかった闇に、初めて温かな光が灯った。
「これで......少しは、寂しくないかな」
小さく呟く。
そして最後に、みんなの笑顔を思い浮かべた。
「......元気で」
「俺の分まで、生きてほしい」
その願いを胸に。
俺は静かに眠りについた。




