第三十四話
眩い光が視界を包み込む。
アルケアの姿が少しずつ遠ざかっていく。
「待っていてください」
アルケアは静かに微笑み、小さく頷いた。
その姿は光の中へ溶けるように消えていく。
次の瞬間ーー。
「......っ!」
俺は勢いよく目を開いた。
冷たい感触が手のひらから伝わってくる。
目の前には、あの巨大な石。
俺は石に触れたまま、その場に立ち尽くしていた。
「ミナト!」
聞き慣れた声が響く。
振り向くと、翔が心配そうな表情で駆け寄ってくる。
「大丈夫か!」
「急に動かなくなったから心配したんだぞ!」
その隣では、レオニスが静かに俺を見つめていた。
「戻ってきたようだな」
俺はゆっくりと石から手を離す。
「ああ......」
「戻ってきた」
胸の鼓動はまだ速い。
俺は再び巨大な石を見つめる。
この中に、アルケアがいる。
一万年もの間、たった一人で閉じ込められたまま。
拳を強く握り締めた。
「翔」
「父さん」
二人は静かに俺を見た。
「石を壊す」
その一言に、二人は驚いた表情を浮かべた。
しかし、すぐに落ち着きを取り戻し、翔が口を開く。
「何か理由があるんだろう?」
俺は静かに頷くと、巨大な石へ向き直った。
両手をそっと石へ添える。
目を閉じ、アルケアの姿を思い浮かべる。
ーー必ず迎えにいきます。
心の中でそう呟き、全身の力を石へと注いだ。
その瞬間だった。
石が淡い光を放ち始める。
「お、おい......なんだよ、これ」
翔が思わず声を上げた。
光は次第に強さを増し、周囲を真っ白に照らしていく。
「少し下がるぞ」
レオニスは翔の肩を軽く引き、二人で石から距離を取った。
光り輝く石は、上の方からゆっくりと粒子となって消え始める。
まるで長い時を終え、役目を終えたかのように。
やがて、最後の欠片が静かに消え去った。
その場所には、一人の女性が立っていた。
長い髪を風になびかせ、優しく微笑むその姿。
アルケアだった。
彼女は俺を見ると、深く頭を下げた。
「ミナトさん......本当に、ありがとうございます」
「良かったです」
「間に合って」
その言葉を聞いたアルケアは、ゆっくりと振り返る。
そして石があった場所へ歩み寄ると、静かに地面へ手を添えた。
「アルケアさん?」
彼女は小さく微笑む。
「石が壊れた今、この場所を覆っていた結界は解かれました」
「今度は、私の力を世界へ返します」
その言葉と共に、地面へ光が流れ込んでいく。
眩い光は大地を駆け巡り、辺り一面へと広がっていった。
「......これって」
俺は思わず息を呑む。
光が消えた場所から、小さな白い花が次々と咲き始めた。
ルミナ草とは違う。
それでもどこか似た、柔らかな光を宿した花だった。
風が吹くたび、白い花々は静かに揺れる。
「......すっげぇ」
翔が思わず声を漏らした。
「何だか、懐かしい気持ちになるな」
レオニスは優しく目を細め、その景色を見つめていた。
――――――――――
しばらくすると、アルケアは静かに地面から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
「これで......私の役目は終わりです」
そう言って、俺へ微笑む。
次の瞬間。
アルケアの身体がふらりと揺れた。
「アルケアさん!」
慌てて駆け寄り、その身体を抱き留める。
腕の中の彼女は、とても軽かった。
そして、その身体は少しずつ光となって消え始めていた。
「どうして......」
震える声で問い掛ける。
アルケアは苦しそうに、それでも穏やかな笑みを浮かべた。
「力を失った私は......もう、ただの人間です」
「本来なら、一万年前に終わっていた命」
「それが......少しだけ、長く続いていただけなんです」
俺は何も言えなかった。
アルケアは俺を見つめ、安心したように微笑む。
「これで......地球はもう安全です」
「影も......もう現れません」
その声は、少しずつ弱くなっていく。
「早く......戻ってください」
「始まりの地で――――」
その言葉を最後まで紡ぐことなく。
アルケアの身体は光となり、静かに俺の腕の中から消えていった。
残されたのは、白く輝く花々だけだった。
風が優しく吹き抜ける。
まるで、この世界がアルケアへ感謝を伝えているかのように。




